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2.異世界へ

「…そんな事出来るのか?」

「ええ、あなたの見た目はそのままで、魔力やスキル、今まで手に入れたアイテムなどすべて異世界に持って行けます。身体的ステータス・転移(テレポート)異空間収納(インベントリ)状態異常無効(オールインバリッド)探索(サーチ)鑑定(アイデンティファイ)などももちろん使えます。お金はあちらの世界のものに両替しておきますね。…ああ、武器の一部にゲームにしか存在しない物質があるので、これは適当な物に変換させておきます」

「随分と大盤振る舞いだな。確かに助かるが」


春澄が依頼を受けるか考えた時に、実はゲームも心残りの一つだったのだ。だが実際に魔法のある世界というのも興味があった為にこちらを選んだのだが、嬉しい誤算があったものだ。ちなみに道場に関しては春澄はどこでも稽古出来るし、後任は師範がすぐに育てるだろうと思い、あまり心配はしていなかった。

もう一つの心残りは師範や弟子達に挨拶が出来ない事くらいか。


「こちらの依頼を受けて頂くのですから、あなたの強さはこちらのメリットにもなります。なのでこれだけを依頼報酬にするわけにはいきませんので、春澄さんから何かありませんか?」


春澄としてはそれだけで十分過ぎるほどだったが、全く知らない世界に行くのだ。何かしてもらえるというなら今のうちに考えておいた方良いだろう。


「そういえばいくつか質問がある」

「はい、出来る限りお答えします」


もともとあまり表情が動かない春澄が今までで一番まじめな顔をしているのを見て、エーデルも背筋を伸ばした。


「大事な事だが……あっちの飯は旨いのか?」

「え、ええ…場所によって差はありますが、全体的に生活水準はそれほど低くは無いので、不満に思われる事はあまり無いかと思います」


エーデルは一気に力が抜けて猫背になってしまったのを、気を取り直してもう一度まっすぐ伸ばした。

そういえば先ほど春澄の情報を見た時に、食べる事も趣味に含まれていた事をエーデルは思い出した。確かにあまり発展していない世界だと、とりあえず食べられれば良いという程度の物しかなかったりもする為、その懸念はもっともだろう。

春澄はそれから金の詳しい単位、風呂の有無、世界についてのある程度の常識などを聞いた。


「お金の価値は1円が1ペルと言う単位に変わるだけです。ですが今は1ペルなどほとんど使わないようですね。1円が1ペルで木貨、10円が10ペルで小銅貨、100ペルで大銅貨、1000円ペルで小銀貨、1万ペルで大銀貨、10万ペルで金貨、100万ペルで白金貨、1000万ペルで黒金貨という価値になっています。お風呂は基本貴族の家にしかありません。後は銭湯がある街もあります。行って頂く世界の名前はカース。それからよく使われるいくつかの言語は読み書き出来るようにしますので、心配ありません。向こうへ行ったらギルドに登録すると良いでしょう。身分証になりますし、春澄さんならそこで楽に稼げますので」

「わかった。後はあっちに行ってから自分で調べるよ。最後に、さっき召喚陣が一箇所だけではないようだと言っていたが、実際に何個あるんだ?何か場所がわかる目印みたいなものは無いのか?」

「その説明もまだでしたね。実ははっきりとはわかっていないんです。それほど多くはないと思うんですが…こちらをお持ちください」


どこから出したのか指輪のようなものを渡された。 ブラックゴールドの幅広のリングに青白く平べったい大きめの石がはまっている。


「これはどうやって使うんだ?」

「つけていただいてるだけで結構ですよ。通常、召喚陣や他の魔法陣と言うものはそれ自体に魔力はなく、術者が魔力を込める事によって発動するのです。それが今回の問題になっている召喚陣は、何故かそれ自体が高い魔力を宿しているようで、指輪はそのような膨大な魔力に反応するようになっています。指輪に平たい石がついているでしょう。魔力反応があるとその方角の石の端っこが光ります。離れていればごくごく薄いピンクから始まり、近づけばだんだん色が赤くなるんです。場所がはっきりしなくて申し訳ないのですが」

「いや、かなり便利だ。膨大な魔力に反応するということは、確実に召喚陣に反応するわけじゃないんだな」

「実はそうなんです。もしはずれがあっても、気長に依頼を続けていただけるとありがたいです。基本的に近いものを示すようになっていますから、別の魔力反応を探す時は、石を強く押して頂ければ次の場所を表示しますので」


召喚陣以外の膨大な魔力がそうそうあるとは思えませんが、とつぶやくエーデルは複雑な顔をしている。


「期限は無いんだろ?大丈夫だ、途中でやめたりしない」

「ありがとうございます。失礼な事を申しますが、どの道春澄さんがご存命の間も私たちは忙しくて召喚陣の事は何も出来そうにないので、他の事も楽しみながらゆっくりなさって下さい。………ところで、報酬は何か決まりましたか?」

「そうだな…」


あちらの世界に行けば魔力量もそれなりにある上、ゲームのスペックを付けてくれると言う事は戦闘能力に対しても不満は無い。ゲームのキャラレベルはMAXになっているため、魔法やスキルもこれ以上強化する必要は無いだろう。


もしも春澄があちらの世界で弱い部類に入るのであれば、エーデルは『ゲームのスペック』ではなく別の力をくれたはずだ。恐らく自分の強さは向こうで十分通じる。


金も換金してくれるというのであれば、一生働かなくても良いほど持っている。

そういえば、何となく春澄が思い出したのは自分の容姿の不満についてだった。それも贅沢な方向の不満だ。

春澄の容姿を客観的に見れば、大変美しいという表現が正しい。女らしいという意味ではないが、かっこいいと言われる事が少ない春澄は綺麗だと褒められる事に対してあまり良い顔をしない。古武術の試合などでもかっこいいとではなく、師範や観客から聞こえてくる言葉は「いつ見ても櫻井は綺麗だ」と言う言葉だった。身体もある程度は筋肉がついて引き締まっているものの、元々筋肉が付き難いらしくこれ以上は望めないだろう。


春澄は一瞬、筋肉がしっかり付いた体格の良い男に変えてくれと頼もうかとも思ったが、今まで稽古やトレーニングを必死で頑張って来た自分を否定する気がしてそれはすぐやめる事にした。

いつか自分の力でこれ以上の筋肉を増やす事をまだ諦めてはいないのだ。

とすれば思いつくものがあれくらいしかなかった。


「なぁ、師範に伝言とか頼めるか?」

「…そんな事で良いのですか?」

「ああ、他に思いつかないからな」

「春澄さんが良いならそのようにしましょう。欲のない方ですね」


欲が無いも何も、欲を出す以前に『ゲームのステータス』という欲の塊を与えられてしまったのだ。さらに依頼に関しても役立つ指輪を貰ってしまっている。これ以上何を望めというのかと春澄は首を傾げた。

春澄が伝言の言葉を伝えると、春澄さんらしくあっさりしてますね、とエーデルは苦笑した。


「では、最後に何かありますか?大丈夫でしたら、先ほど春澄さんが呼び出された陣に戻し、そのまま召喚されて頂きます」

「そこでその召喚陣も壊せば良いんだな」

「はい。どうかよろしくお願いします」


そう言ってエーデルが手で何かを操作するように動かすと、春澄の足元に最初と同じ光が現れた。少し足が沈んだところで、エーデルが思い出したように言った。


「そうだ、最後に個人的なお願いなんですが、我々の仕事を増やしてくれた彼らに、私の代わりにお灸を据えて頂けませんか?」


お灸の据え方は任せますので、とにっこりとエーデルが黒く笑った。

春澄はもう首元まで陣に飲まれ言葉を返す余裕は無かったので、代わりに口元に不敵な笑みを浮かべた。それだけで答えは伝わったはずだ。




最初と違い風呂の湯に苦しむ事もなく安心して不思議な浮遊感に身を任せていた春澄は、突然物騒な事を思い出した。

すっかり忘れていたが今はエーデルに貰ったローブ一枚のみではなかっただろうか。 召喚そうそう、向こうが悪いのにこちらが変態かのような目で見られるのは大変遠慮したい。


せっかく纏わり付く湯が無くなったのに、なんだか息苦しいような気がしたところでどうやら目的地に着いてしまったようだ。

いつの間にか瞑っていた瞼の先の明るさが変わり、身体に重力が戻ってくる。

ゆっくり目を開け『素晴らしい!』『ついに成功だ!』など騒がしい周りよりも、真っ先に自分の姿を確認した。


果たして春澄は、しっかりとゲーム時の服を着ていた。


ゲームの種族を日本人にした時に着ていた初期設定のままの黒い着物と灰色の帯。こげ茶色の下駄と、腰にはいつだったかダンジョンの最下層で手に入れた愛用の黒刀といういつもの姿だ。


気の利いているエーデルに心の中で礼を言うと、今度は周りを観察することにした。


そこは意外にもただの洞窟のような場所だった。家が一軒入る程度だろうか、青黒いごつごつとした岩壁と、天井からは同色の鍾乳石が所狭しと垂れ下がっていた。

洞窟の床には道を作るようにランタンが置かれていて、空間全体を明々と照らしている。 てっきり異世界召喚と言えば、白亜宮のように大きな白い柱や白い壁などを想像していた為、春澄は少し拍子抜けしてしまった。

春澄の真下には、吸い込まれた時と似たような模様の入った丸い陣が描かれているが、その大きさは十倍以上で模様もさらに複雑になっている。そして少し離れた所にも今居る陣の三分の一程度の大きさの陣もあるが、それが何かは春澄には分からなかった。

洞窟の出口へ続く道の付近には10名ほどの騎士が立っていてなにやらこそこそと言葉を交わしている。考えるまでも無く春澄の事を話題にしているのだろう。春澄の前方には藍色のローブ姿で杖を持っている男女が3人跪いて、こちらを希望と欲に満ちた眼差しで見ている。

一番背の低い女が魔方陣のすぐ外側まで近寄って来ると、恭しく頭を下げた。


「ようこそ御出でくださいました、我らが美しい勇者様。私どもは貴方様を召喚した魔術師でございます。どうかこのアルカフロ王国とナクロ大陸をお救い下さい」


他のローブの男2人も寄って来ると、女と同じように頭を下げた。


「突然の事で混乱も御座いましょうが、どうか我らをお助けください」

「詳しい事は国王陛下がご説明をいたしますので、どうかご足労願います」


その様子を見て、随分と芝居掛かった様子だなと感じた春澄は、その茶番に思わず鼻で笑った。しかしそれをどう好意的に受け取ったのか、召喚が成功して気分が高揚しているのか、魔術師達は機嫌良さ気に春澄をもう1つの魔法陣へと案内した。


「さぁ勇者様、城まで少々距離が御座いますので、こちらの転移魔法陣での移動をお願い致します」

「ああ、陛下も首を長くして待って居られるでしょう。どうぞこちらへ」


そう言われ、先ほど見た使い道の分からなかった魔法陣の使用法が判明した。ここで召喚陣を壊して無駄な騒ぎを起こすと、先ほどエーデルに『お願い』された件を解決する好機を逃してしまうかもしれないので、まずは召喚なんて馬鹿な事を命令したやつの顔を見に行く事にし大人しく付いていく。


転移魔法陣はそれほど大きくはない為、魔術師達と4人でその上に立つと、かなり狭く感じた。 しかし、春澄はそんな事を気にせずお願いされた件に頭を巡らせていた。 どういったお仕置きが良いのだろうか。強い力を貰ったのであれば、手っ取り早く殴り倒すのが無難かもしれない。 しかしそれはどの道ここを出る時に必然的に起こるであろう事態だ。お灸を据えたとは言わない気がする。


春澄が黙考しているうちに、いつの間にか魔術師達が転移を済ませたのか、辺りの景色が変わっていた。 その場所こそ、春澄が最初に想像していた白亜宮のような場所だった。その白い空間は転移するだけの場所のようで、すぐに部屋を出され数分歩き、豪華な客間に案内された。国王の支度が整うまで、ここで待たされるらしい。


侍女が用意してくれた、苦味の無いほんのり甘い香りのストレートティーと、ふわふわしっとりの柑橘の香りが上品なマドレーヌを堪能し、おかわりも貰いながら待つ事1時間ほど。

出されたものが美味しかったので待ってやったが、これが無ければ春澄は早速殴り込みに出向いたに違いない。

先ほどのローブの女魔術師が迎えに来て、とうとう謁見の間とやらに案内された。 扉の前で武器を預けるように言われたが、触らせたくは無かったので刀は異空間収納(インベントリ)に仕舞う。突然消えた刀に兵士が驚愕の眼差しを向けてきたが、面倒なのでそ知らぬ顔で無視をした。


お読みいただきありがとう御座いました。

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