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18.『強敵』との戦い

恐らく、依頼にあった封印強化とやらを出来る者が居なかったか、封印に魔力が足りなかったかで、先ほどとうとう封印が解けてしまったのではないだろうか。

頭の片隅で分析しつつ、春澄の意識の大半は火口の真ん中で堂々と立つ赤竜に持っていかれていた。

その赤竜は今、多くの魔法使いや騎士に攻撃を受けて鬱陶しそうに尻尾を振っている。

何故こんなにも人が集まるのが早いのかという疑問や、竜の尻尾によって吹き飛ぶ人間が居ようとも春澄には関係なかった。


ただただ、初めて実際に見るその美しい生き物に感動していた。


ゲーム内でも竜を見たり討伐したりする事はあったが、春澄がこの世界で黒刀を抜き感心したように、この竜もまたゲームとは比べ物にならない程の迫力だった。

高さは40メートルほどだろうか、全長になるとその倍はあるかも知れない。

その鱗はピジョンブラッドの宝石すら霞む程に深い深い透き通るような深紅で、日の光を浴びてキラキラと輝いている。そして瞳は金色で、鱗の美しさとはまた違った力強さで輝いている。気高く知性を感じさせる、圧倒的荘厳さだ。


まだ背中で畳まれたままになっている翼を広げられたら、自分はまた魅入ってしまうんだろうと春澄は思った。


しかし、そのまま眺めていたい春澄を赤竜は許してはくれなかった。

かなり距離があったのだが、赤竜の目が春澄を捕らえた瞬間、こちらに向かって灼熱のブレスが吐き出された。

放心状態にあった春澄は対処が遅れたが、ぎりぎりのところでそれを避ける事が出来た。


「おいっ!ブレスまで吐き出したぞ!」

「封印が解けてまだ完全な状態でない今しかチャンスがないというのにっ…」

「魔術師!弱体化の魔術は効いているのか!?」

「いったいどうすれば…」


どうやら封印が解けて記念すべき初のブレスは春澄に向けて放たれたようだ。

赤竜の周りの人間たちが混乱している。しかし当の春澄が気にしているのはそこではない。


「あー、しまった……敵認定されたか」


もちろん最初は『強敵』を探していたのだが、あまりの赤竜の美しさに、見た途端それで満足してしまったのだ。

だがこのままでは人間の町まで降りて破壊するかも知れないし、もし自分が拠点を構えようとしている町まで来られたら美味い飯どころではなくなるかもしれない。それは困るのだ。


無意識のうちにユキが落ちないように押さえていた自分の手に気づくと、そのままユキを地面に降ろし異空間収納(インベントリ)から出したブレスレットをユキの耳に引っ掛けた。


「1時間だけ結界を張れるアイテムだ。物理攻撃も魔法も防ぐから、何が飛んできても大丈夫だけど、一応離れてろよ」


そう言うと、春澄は深く息を吐いた。

春澄は相手を見れば勝てるかどうかが何となくわかる。しかし今回はあまりに相手の気配が大きすぎて『何となく』の範囲には含まれなかったようだ。

だが不思議と負ける気だけはしなかった。


ゲームでは何度も竜を討伐したが、この竜の強さはどれほどのものだろうか。

勝てるとして、正直あの美しき生き物に傷を付けるのは気が進まないが、そうも言っていられないだろう。

ほんの少し迷う気持ちを持ちながら春澄は黒刀を構えた。

赤竜の方も既に春澄しか見ていないようで、周りに居た者達には見向きもせず再び春澄にブレスを放ってきた。


春澄は身体強化で筋力や皮膚の強さを上げると、強く地面を蹴り上げ飛翔(ウイング)を使って一気に飛び上がった。

竜の弱点としてよく挙げられるのは、やはり腹側の皮膚が弱いとされている。しかし事実に関わらず、腹と言うのは爪とブレスの攻撃により非常に狙いづらい部位だ。


春澄は迫り来る竜の爪やブレスを『空中の水蜘蛛(エア・スパイダー)』で空中を蹴りながら潜り抜る。赤竜の頭上を越えて背中側にまわり、縦一直線に黒刀で切りかかった。

確かに鱗には少々傷は付いたが、まだまだその向こうの皮膚には届かないようだ。ならばと尻尾の打撃を避けながら鱗と鱗の間を狙ってそぐように刀を入れてみると僅かに手ごたえを感じた。痛みはあるようで赤竜が身をよじっているが、致命傷になるほど傷を付けるには気が遠くなるほどの作業になりそうだ。

今回黒刀はあまり役に立ちそうもないと思い、赤竜の攻撃を躱しながら異空間収納(インベントリ)に戻した。

いつもの春澄のスタイルで言えば迷い無く眼などを狙いに行ったのだろうが、敬意を払わせるほど強い輝きを持つ眼を傷つける事を、春澄の無意識がよしとしなかった。


基本的に春澄はいつも黒刀を使っているが、刀とは主に『切る』や『突く』事に特化した武器だ。切れない敵など今まで殆ど出会ったことがなかったが、流石に今回は強度に問題があるようだ。

今回は外から傷つけるのではなく内側を狙って打撃に頼る方が良いのかも知れない。

打撃をメインとした武器もいろいろと持っている。

あるいは同じ『切る』でも、魔法の攻撃や剣であれば通るのかもしれない。


赤竜の硬い鱗に対応できそうな聖銀(ミスリル)の魔法剣、アダマンタイトのウォーハンマー、強い刃をイメージした風魔法。

それぞれを思い浮かべて、まず聖銀(ミスリル)の魔剣を試してみる事にした。この剣は魔力を通せば通しただけ硬さが強化される剣だ。


ほんのりと発光しているかのような大振りの剣を出し、強度を増すように魔力を通す。それを赤竜へ向けて振り下ろすと、前足の爪でそれを受け止めた赤竜は、反対の前足で薙ぎ払うように春澄を狙って来た。

それをあえてギリギリでかわすと、指の付け根を狙って剣を振るう。

その場所は丁度鱗が途切れ丈夫なだけの皮だった様で、意外にも一本の指を切り落とす事が出来た。赤竜の喉が忌々しげに低くゴロゴロと鳴っている。


赤竜がブレスを吐く。自身の周りに吐き続けることで、春澄を近寄れなくしているようだ。

まだ聖銀(ミスリル)で竜の鱗が切れるのか試していなかったが、一度赤竜から離れ、上空へと飛んだ。


指を落とされた怒りのせいか、赤竜の攻撃が先ほどよりも鋭さを増す。


斬裂く旋風ジャック・ウォールウインド


飛翔(ウイング)だけでは俊敏性にかけるので空中の水蜘蛛(エア・スパイダー)でそこに地面があるかの様に空中を蹴り攻撃を避けながら、春澄は次の攻撃を放つ。

無数の見えない風の刃が赤竜のいたる所へ襲い掛かった。

背や腕などに当たった攻撃は、深紅の鱗に深く傷を付けたようだ。血は出ていないが、ぎりぎり皮膚に届いているかもしれない。

そしてやはり腹部の鱗の方が脆いようだ。幾つかの風の刃は赤竜の防御をすり抜け、腹側の白い部分に当たったそれは見事に鱗を突き破り赤竜の身を大きく削った。

赤竜の口から悲鳴が上がり、その傷口からは血が流れ出る。



その光景を見て、騎士や魔法使い達の口からどよめきが上がった。

人外の戦いについて行けず、いつの間にか離れた壁際まで後退し戦いを見ていたようだ。


「あれは同時発動(ダブルスペル)?……いや、三重発動(トリプル)なのか?ありえない………」

「腹とはいえ、あの竜に傷をつけるとは…。一体何者だ、あの少年は……」


魔法使いと騎士では注目している部分に誤差があったが、その驚きように違いはない。

本来魔法とは1つを発動するのが精一杯で、どんなに魔力と操作力を持っていても同時発動(ダブルスペル)が限界のはずだった。

それを、断定は出来ないが恐らく三つ同時に魔法を発動しているであろう春澄は、魔法使い達にとって信じられない存在だった。


また騎士達にとっては、たとえ腹でも傷をつける事が出来たという事実が信じられなかった。

竜種にも種類があり、下位ランクに入るワイバーンはBランクに分類されている。人間にとって十分脅威ではあるが、鱗を切裂けない存在ではなかった。

しかし上位種と呼ばれSランク以上に分類されているこの竜の鱗に傷をつけるなどありえない事であり、魔法使いの攻撃もなかなか効かないため、結界を張り封印を施すという策を取っていたのだ。

その封印が破れてしまった今、騎士達は剣ではなく魔道具などを使い、魔法使いや魔術師達が呪文を唱える間の盾役をしていたのだ。

封印ではなく討伐出来るかも知れないという僅かな期待が、彼らの胸中に生まれたのだった。



「やっぱり腹の方が、鱗が薄いか柔らかいんだな」


漸く出た攻撃の成果に春澄が納得していると、お返しとばかりに赤竜が口を大きく開く。今までのようなブレスではなくまるでレーザーに似た赤い光が、一瞬前に春澄が居た場所を通り抜け離れた岩壁を焼き崩した。



「光魔法も使えるのか?……一応火魔法に属するのか、微妙なとこだな」


割とどうでもいい部分を気にしつつ、春澄は次の攻撃を考える。


超高圧水砲(ウォータージェット)


春澄がそう唱えた瞬間、赤竜の身体に衝撃が襲った。

春澄の手から出た水が赤竜に真っ直ぐ伸びている。

見た目は地味なものだが、ただの水だと侮ってはいけない。3000気圧もの圧力をかけられマッハ2を超える速度を出した、ダイヤモンドすら切れる水砲なのだ。

ただし一瞬で切れるわけではないので、貫通させるには同じ場所にしばらくは当てて居たいものだが、動いている対象にはなかなか無理がある。

貫通は無理でも『打撃』としては非常に有効だったようで赤竜は身体を捻りながら苦しそうに後退している。

足元はふらふらとしていて、今にも倒れそうだった。


打撃が有効だと悟った春澄は魔法をやめ、弱い腹にも打撃を与えようと再び赤竜に接近した。

異空間収納(インベントリ)から2メートルを超す巨大なウォーハンマーを取り出す。赤竜も勘が働いたのか、春澄に対し背を向け腹を見せない。

春澄は頭上から迫ってきた尻尾を払い飛ばし、その勢いで赤竜の背中を殴りつけた。何度か打撃を繰り返すが、先ほどの超高圧水砲(ウォータージェット)がだいぶ響いているのか、抵抗の力が弱弱しい。


赤竜が何度も首を捻り、尻尾をうねらせる。

そして機会を伺っていたのか、突然段違いのスピードで尻尾が春澄を襲い、同時に首を捻ってブレスも放たれた。

その計算された絶妙な攻撃に、春澄は導かれるようにその空間に避けた。


「っ…!」


赤竜の狙いに気づくも既に遅く、今まで閉じられていた翼が突如開かれ、春澄はそれにより腹部を殴打され吹き飛んだ。

地面に着いた身体が何度かバウンドし、土埃を巻き上げ地面を抉りながら春澄は何十メートルも滑る。


「…………ははっ」


久しぶりに受けた攻撃に、何故だか口が勝手に笑みを形作った。


咄嗟に腹を集中的に強化したおかげでダメージはほとんど無い。

ゆっくり立ち上がると、春澄の周りに人垣が割れるようにして騎士達が呆然とした表情で佇んでいるのが見えた。壁際まではかなりの距離があったように思うが、随分吹き飛ばされたらしい。

そしてそこに赤竜のレーザーに似たブレスが放たれた。


「全員退避ーー!!!」


周りの人間が必死で避ける。数人が熱風で飛ばされているのを横目に、春澄は土の盾(アースシールド)でそれを防いだ。


「………なかなか止める気無いな」


そのまま数分。

絶え間なく襲いくるブレスに春澄も土の盾(アースシールド)を解除できない。

攻撃は防げても、周りからの熱までは防げない。ずっとこのままで居る訳には行かないと春澄は次の一手を打つ。


深い罠(ディープホール)


突然赤竜の右足の下に巨大な穴が開き、バランスを崩した赤竜のブレスが途切れた。その隙に赤竜へと近づきつつ、赤竜の足が入ったまま穴を元に戻す。

自由が利かなくなった体にもどかしさを覚えた赤竜の怒りの声が辺りに響き渡る。

赤竜は自由な左足を大きく上げ地面に叩きつけると、そのまま右足を抜こうと踏ん張り始めた。

その間も巨体に似合わない素早さで、春澄を切り裂こうと爪と牙を剥いて来る。

しかし足元に意識を削がれている攻撃は狙いに正確さが欠け、春澄が腹部に近づく事を許してしまった。

 

春澄はアダマンタイトのウォーハンマーを取り出し、振りかぶったそれは無防備な赤竜の腹にめり込んだ。赤竜の口から苦しそうな悲鳴が上がる。

その隙を逃さず春澄は飛翔(ウイング)で上を目指し、その勢いを殺さぬままウォーハンマーを掬い上げる様にして赤竜の顎下に叩き付けた。

防御も禄に出来ずまともに受けてしまった2度の攻撃は大分堪えたのだろう、完全に倒れるには至らないものの、ズシンと地面を揺らし両手と頭部を地に付けて動かなくなってしまった。

眼の焦点が合ってないので恐らく脳震盪を起こしているのだろう。


それを見た外野では歓声が上がっているが、春澄は少し浮いたところで油断無く見つめている。このままで終わるなら、春澄もこれ以上は攻撃しないつもりで居た。


しかし、まだ焦点の合っていない赤竜は動き出す。春澄が浮いていることは気配でわかるのだろう。その巨大な羽を羽ばたかせると、竜巻でも起こりそうなほどの風が巻き起こった。

春澄が砂埃に一瞬眼を眇めた隙をつき、空中へ飛び上がっていた赤竜が大きく口を開けて矢のように飛来してきた。

火事場の馬鹿力と言うものだろうか、身体強化した春澄ですら驚くスピードだったが、顎下へと避けた春澄は、赤竜の口に着物の裾が残る程度で済んだ。

確かに今のスピードは速かったが、殆ど思考が働いていないようだ。

再び赤竜の下に潜り込んだ春澄は、聖銀(ミスリル)の剣を胸の辺りに思い切り突き刺した。

赤竜はすぐに止まる事が出来ずに、己のスピードによって、そのまま腹の方まで一直線に切り裂かれてしまった。


そして今度こそ赤竜は悲痛な声を上げて地面に落下したのだった。



ストック(というか下書きみたいなもの)が無くなってしまったので、更新頻度が遅くなります。

タイピングが冗談抜きで亀の如く遅いので、早い更新は難しそうです。出来るだけ頑張ります。


感想やご指摘もいつもありがとうございます。

返信も遅くなりますが、きちんと返します。

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