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17.異変

マグマ玉を避けながら彼らの嫌う接近戦へと持ち込む事も出来たが、それより先に春澄には試したい事があった。



水蛇の鞭(スネーク・ウィップ)


一度黒刀を仕舞い、両の手のひらを軽く上へ向けスペルを唱える。

手の平から水が飛び出してきたかと思うと、それは二匹の巨大な蛇を象り始めた。それは見るものによっては龍のようにも見えたかもしれない。

自分達よりも巨大な揺らめく水蛇に見つめられたレッドアーマーベアは、マグマ玉を放つのも忘れて動きを止めている。


「行け」


水蛇に声帯があったなら、レッドアーマーベアに劣らない咆哮があっただろう。

そう思わせる勢いで、大口を開けながら春澄の望みどおりに動き始めた。1匹は、春澄が足に傷を負わせた方のレッドアーマーベアに向かい、もう1匹は周辺の火を食べ消しながら体をうねらせる。


普通の冒険者が放つ水魔法くらいであったなら、レッドアーマーベアはいなす事が出来ただろう。

だが巨大な水蛇が手で払った程度で消えるわけもなく、真っ直ぐに自分へ向かってくるそれを咄嗟に避けるしかなかった。

まるでそれを狙っていたかのように水蛇は戸惑う事無く過ぎると大きく旋回し、レッドアーマーベアを包囲した。


そのまま3周した水蛇はレッドアーマーベアに纏わりつく。纏わり付かれた方は体をよじらせ高音で細く鳴き始めた。

火を扱う魔物らしく水が苦手なのか、怖がってるように見える。

そのまま水蛇は大きな口でレッドアーマーベアの頭からかぶり付き、体全体を飲み込んだ。水に満ちた蛇の中で、レッドアーマーベアから漏れ出た悲鳴が泡となって上へのぼる。

もう一匹の水蛇で辺りの火を鎮火し終えた春澄は、すぐに魔法を解除し水蛇を消滅させた。解放されたレッドアーマーベアは四足を地に着き荒く息をしている。

水蛇がまとわり付いていたのは短時間であったにもかかわらず、二足で立てなくなったようだ。

しかし息を整える間もないまま、春澄の黒刀によって首の急所を切られ息絶えた。


「なるほど。水は苦手だが、毛皮は濡れても強度は落ちないのか。……かなり丈夫な皮をしてるな」


稀に苦手な属性で攻撃した場合、魔物の持つ素材が劣化する場合がある。

最初に足を攻撃した時も、今狙った首筋も、部位を切り落とすつもりでやったのだ。

しかし、深く切れた程度の傷で済んでるという事は中々丈夫な皮であり、水による劣化もなさそうだ。


初めて出会った魔物だったため、特性を知る為に1匹は普通に切ってみた。

しかし、本来春澄は毛皮など素材として利用できそうなものを殺す場合、基本的に無傷の状態で手に入れるようにしている。


それは如何に綺麗な状態で素材を手に入れられるかと言った、自分ルールの正に『ゲーム』のつもりでもあるし、一つの命を消すのだからそれを少しでも無駄にしないようにという倫理観から来るものでもある。


一見矛盾しているようだが、その価値観を自分の中に同居させているのが春澄らしいところだ。



自分の中の疑問を解決し終えた春澄は、水の巻き添えを食らうまいといつの間にか離れていたもう一匹のレッドアーマーベアに向き直った。


「お前の毛皮は綺麗に頂くぞ」


春澄に射抜かれ、思わずと言った感じでレッドアーマーベアの足が後ろに下がった。逃げようとしたのか、或いは思い直して同胞の敵を取ろうとしていたのか。

次の行動をとる前にまるで瞬間移動でもしたかのように目の前に現れた春澄に、防御する間もなく片目を貫かれた。レッドアーマーベアの口から出る抑えようもない断末魔の叫びが辺りに響き渡り、ズシンッとその巨体が倒れた。

まだ息があった為、もう片方の目を貫き脳を更に破損する事も忘れない。

こうして2匹目との戦闘は一瞬で終わったのだった。






戦闘を終えた春澄は真っ先に懐のユキの状態を確認した。

かなり動き回ったにもかかわらず、意外にもユキは酔う様子を見せる事もなくケロリとしていた。

その事に安心し、ボアフォックスとレッドアーマーベアの死体を異空間収納(インベントリ)に収納してまわっていた時のこと。


「あ、あの…」

「なんだ?」


最初に会った木の根元に隠れるような状態のままで、少女の1人に声をかけられた。腰でも抜かして立てないのかもしれない。


「助けていただいて、本当にありがとうございました。私は冒険者をしているミリアリアと申します。私を庇って怪我をしたのが姉のアルナリアです」


先ほどまでの恐怖が薄れないのか、ミリアリアが震える声でお礼を言いながら頭を下げ、後ろのアルナリアも怪我を押さえながら深く頭を下げた。

いつの間に駆け寄ったのか、リドーは怪我をしたアルナリアの上半身を支えている。

見たところ腿のあたりにざっくり傷を負っているが、きちんと治療をすれば跡が少し残るくらいで命に別状は無さそうだ。


「別に、成行きだ。この程度なら問題ない」

「ボアフォックスとレッドアーマーベアをこの程度って…」

「でも、すごいですよ春澄さん!こんなに強そうな魔物を簡単に倒してしまうなんて!」


冒険者の声を遮り、リドーが興奮したように春澄を見てくる。

それを春澄は冷めた目で受け止めた。


「そんな事より問題はお前だ、リドー」

「えっ?僕…ですか?」


春澄の言葉に全く覚えがないのだろう。目を不思議そうに瞬かせている。


「さっき、何故一人で突っ走って行った」

「それはもちろん、春澄さんが誰かが襲われてるかも知れないと言っていたので……」


今まで余程平和に過ごしてきたのだろうか。春澄が言いたい事が見えないようで、素直に答えている。


「誰かとは言ってない、都合よく記憶を書き換えるな。襲われてるのは実際人間だったわけだが、お前が駆けつけて何が出来た?俺が居なくても後先考えずに来たなら唯のマヌケだし、俺を当てにしていたのなら更に救いようのない愚か者だ」

「そんな……春澄さんはポイズンタイガーの討伐に来てくれたのですよね?もしかしたらそれに襲われてる人が居たかもしれないし……」

「わかってるじゃないか。俺は依頼を受けて特定の魔物を討伐しに来たのであって、あんたのお守りに来たんじゃないぞ。俺がこいつらを倒す力のない冒険者だったらどうしてた?あんたに付いて来たなら共に無駄死にしただろうし、実力を把握して逃げたとしても、後々何故あんたを見捨てて来たんだと罵られるかもしれない。あんたの軽率な行動でだ。そして死んで何も出来ないあんたはそれをどう責任を取るつもりだ」


予想もしていない言葉の数々だったのだろう。リドーは青天の霹靂と言った様子で呆然としている。


「でもっ…でも、私は春澄さんのランクを知ってましたし……Cランク冒険者で強いでしょう?」

「だからなんだ?強い者は奉仕活動にでも勤しめと?」

「そうじゃないですけど……じゃぁ、襲われてる人を見捨てるんですか!?」

「そういう選択肢も当然あるだろう。だが今俺が言いたいのは、お前の自己満足に他人を巻き込むなという事だ。お前一人の時ならどんな選択肢を取ろうと俺には関係ないんだがな」

「………………」


リドーは納得出来ないという表情をしながら、反論する言葉が尽きたのかそのまま俯いてしまった。

他の2人も話の内容から、リドーの無鉄砲さのお陰で春澄に助けて貰えることが出来たのだと悟ったが、同じ冒険者として春澄のいう事も判るのか、リドーを庇うことも出来ずおろおろとしている。

春澄は軽く溜息をつくと怪我をしている冒険者を見た。


「怪我は治療しないのか?」

「あ…逃げてるときにボアフォックスの攻撃が当たって、薬が入った袋を何処かに落としてしまって…」

「これからどうするんだ?」

「えっと、どうしよう………うひゃぁ!?」


予定も決まっていなくて怪我も治せないのであれば、いつまでもここに居ても仕方がないと、春澄はさっさとアルナリアを抱き上げた。いわゆるお姫様抱っこだ。

突然抱き上げられて混乱している声を無視し、春澄はそれぞれに声をかける。


「とりあえず村までは送ってやるから、そこで治療してもらえばいい。リドーはそっちのを支えてやれ」


促され、リドーは納得出来ない顔のまま、今は怪我人の治療を優先する為にミリアリアを支え早足で村へ歩き出した。


「あああああの、あのっ!非常にありがたいのですがこの運ばれ方はちょっとっ……!」


妹の前でそれほど年の変わらない初対面の男にお姫様抱っこをされる、というのは非常に羞恥を煽るものだった。

少女は真っ赤になってあたふたしているが、返って来たのは淡々とした声だった。


「自分で歩くのは却下な。けが人の速度に合わせるほど暇じゃないんだ。別に肩に担いでも良いが、あれは意外と苦しいぞ?それに怪我が少し腿の内側にも入ってるから、おぶると俺の胴と接触して大分痛いと思うが、物理的に痛いのと精神的に痛いのどっちが良いんだ?」

「うっ………………このままでお願いします…すみません」


後半だけ聞くとあらぬ誤解を受けそうな選択肢だが、もちろん他意はない。


アルナリアは羞恥心を無理やり押し込め、こんな美青年にお姫様抱っこされる事など一生でなかなか経験出来る事ではないのだから、と開き直る事にした。

但し他人の存在を気にすると羞恥心に負けそうだったので、目は瞑る事にした。眼を開けていれば、隣で少しだけ羨ましそうにしている妹に気づけたかもしれない。







「さて」


今、一人になった春澄の足元には、今回の依頼の元であるポイズンタイガーが2匹転がっていた。


ダート村の治療所にアルナリア達を置いてきた春澄は、まだ依頼が残ってるからと言ってさっさと先ほどの戦闘場所まで戻って来たのだ。

ポイズンタイガー指定で探索(サーチ)を使用し、川の上流へしばらく行ったところに反応を見つけ、あっという間に仕事を終わらせたのだ。



村にアルナリア達を送り届ける道中、彼女らの話を聞いていたのだが、二人は19歳と18歳の姉妹でEランクらしい。

今回は川の反対側でゴブリンが増え、人間を襲っている報告が上がっていた。

その為、ゴブリンキングが誕生したのかどうかや、ゴブリンの大まかな数を調査しに向かうはずだったと言う。

調査途中では、やはり危険な魔物に出遭ったりもする。その時にある程度対処出来るように依頼のランクはDとなっていたのだが、アルナリアが気配隠蔽スキルを持っていたので思い切って依頼を受けてみたらしい。

しかしアルナリアはスキルをずっと使い続けられる訳ではないので、現場付近に着いてから使用するはずだった。だがその前にボアフォックスに襲われてしまったと言う訳だった。


アルナリアは自分の力が至らないせいでボアフォックスに襲われる隙を作ってしまったと感じていたらしい。妹を守らなければという焦りが咄嗟に身体を動かし、代わりに攻撃を受ける事態になったようだ。

一息ついた頃には姉妹で謝罪合戦を始めていた。

この姉妹ならアルナリアの失敗が無くても、また妹を庇い同じ事をしていたのだろう。


そして少し前からこの一帯には居ないはずの魔物などが増えていて、被害報告が上がっていたのだが、最近になってより顕著になってきたというのだ。

ダート村から受けた依頼のポイズンタイガーも異変によるものだろう。

今まで特定の場所にしか現れなかった生物が突然行動範囲を変える場合、いくつか理由がある。

その中でも『強敵が現れ縄張り争いに負けた』或いは『餌不足』が有力かと思われる。

そしてリドーに聞いたところ人間の作物に異常はないので、餌不足の可能性は薄い。


春澄は一帯に影響を与えるほどの『強敵』の可能性に強い興味を引かれ、それを確かめに行くために早く依頼を終わらせたかったのだ。

村への依頼完了の報告は後で良いだろうと考え、春澄はひとまずレッドアーマーベアが最初に現れた方角へ行ってみることにした。

と、そこへ…


『        !!』


地が揺れ動く程の重低音とも高音とも言える、聞いたことの無い音が当り一帯に響き渡った。

春澄は直感的に、これは『強敵』の声だと悟り走り出した。





どのくらい移動しただろうか。

声のした方へひたすら走り山を登り、春澄が探索(サーチ)出来る最大距離の1kmの圏内にその巨大な反応を捉えた時、春澄は思わず声を上げた。


「竜種だ…!」


何の竜かはわからないが、これほど巨大な反応なのだからワイバーンのような小物ではないことは間違いない。

もっとも春澄以外にとって、ワイバーンは決して小物などではないのだが。


そうして更に走り、その生き物と場所を見た時に春澄はある依頼を思い出した。


『ロッキアナ火口の赤竜の封印強化の補助』


春澄がギルドで初めて依頼の掲示板を見ていた時に、唯一あったSランクの依頼だ。


『ロッキアナ火口の赤竜の再封印』を『封印強化の補助』に変更しました。

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