16.ダート村の依頼
ダート村は人口400人程の小さな村だ。
メランジュ王国では農作物が豊富に穫れる事が特色だが、この村も例に漏れず作物には困る事はあまり無かった。その為月に二度来る商隊とは、作物と日用品を交換したりしている。豊かに暮らしてはいるが、金の流れは少ない村だった。
今回、森に狩りへ出かけた村人の行方不明が相次いだことで、その原因と思われる魔物討伐をギルドに依頼せざるを得ない状況になってしまったのは、村にとってかなり痛い出費だろう。
不測の事態を想定して資金はある程度用意はしてある。しかし他者に依頼しなければならない魔物討伐と言うのは、この村にとっては決して安くなかった。
だから、小さなホーンラビットを頭に乗せ、変わった服装をしたお世辞にも強そうと言えない青年に『依頼を受けて来た』と告げられた時、村の門番が思わず眉を顰めてしまったのは仕方がない事だったかもしれない。
ユキの道案内のお陰で村まで辿り着いた春澄は、微妙な顔を隠そうともしない門番に仕方なくギルドカードを見せてやった。ランクを目にして表情を一変させた門番に、いそいそと村の代表者の下ヘ案内されたのだった。
着いたのは、他の家と比べても大きいという事はない普通の家だ。
「村長ー!依頼を受けて下さる冒険者さんをお連れしたぞー!」
家のドアに括り付けてあるよく磨かれた鈴を、勢いよく鳴らしながら門番が声を張り上げる。
暫くして家の中からは村長と言うには若い、30代前半の男性が顔を覗かせた。春澄を見て少し驚いた顔をしたものの、すぐに家の中へ通された。
「村長のリドーです。この度は依頼を受けてくださってありがとう。相場より報酬が少ないせいか、なかなか冒険者の方が来なくて困ってたんです」
リドーは安心したように小さく笑った。
「春澄だ。依頼はポイズンタイガーの討伐だったな」
「はい。1ヶ月前から狩りに出た村人が何人か行方不明になっているんです。ポイズンタイガーの尻尾を目撃したという情報が入り、恐らくそれに襲われたのではないかと結論を出した我々からの依頼です」
「はっきりと断定しないのは、襲われて生き残ったやつが居ないからか?」
「その通りです」
リドーは悔しそうに唇をかんで顔を俯かせた。
ポイズンタイガーは全身が白と紫の縞模様をしており、非常に特徴がある。体の一部分でも目撃すればそれだとわかる程だ。
一度獲物を認識すると何処までも追って来て毒牙を突き立て、動けなくしてから食べる習性がある。気配に敏感なポイズンタイガーを目視出来る距離に居て、気づかれずに無事帰ることが出来た村人は非常に幸運だったのだ。
「ポイズンタイガーなんて山奥に住んでるような魔物が、麓の森まで来ることは今までなかったので安心していたのですが…最近はもう皆怖がってしまって狩りに出られない状況が続いているんです。どうか討伐をよろしくお願いします」
「ああ、早速行ってくる」
「ありがとうございます!すぐに目撃したあたりに案内しますね。待っててください」
「いや、案内は不要…」
リドーは自ら案内するつもりのようで、春澄の言葉も聞かず部屋を出た。1分も待たず戻ってくると、上着を羽織り、腰にナイフを括りつけて戻ってきた。
「こんなナイフ、ポイズンタイガー相手に気休めにしかならないんですが、お守りみたいなものです」
「いや、あんたはそんなものが必要になるほど森に近づかなくても良い。そもそも案内も要らないんだが」
「これでも村の責任者ですから。出来る限りの事はしたいんです」
探索を使えばポイズンタイガーを見つける事は簡単だ。近くまで来てもらう必要はない。というか邪魔だ。
しかし春澄の言葉を遠慮と取ったのか、リドーは食い下がる。
(ああ、こういう空回りして足手まといになるタイプ居るな)
と、春澄は失礼なことを思ったが、使命感に溢れたリドーの顔を見て今回は言わないでおいてやる事にした。
リドーに案内されて着いたのは、村を出て20分程歩いた所だった。街道を逸れて道のない森を歩く。
「もう少し行くと川があるんです。だから、それを飲み場としてこの辺に定着してるのではないかと」
「100メートルくらい先のやつか?」
「え?ええ、そうです。よくわかりましたね」
今使っている探索は、『ポイズンタイガー』を指定して発動しているのではなく、周りの状況を大まかに把握出来るように発動している。
生物と水場くらいは把握出来るもので、森を歩きながらだとこちらの方が都合がいいのだ。
そして100メートルほど前方に水場の反応があったのでそう言うと、リドーは少し驚いた様子を見せた。
「川周辺に何か居るな。9体の反応がある」
「9体!?そんなに…しかし、そんな事どうやってわかるんですか?」
「そういうスキルだ。正確に何の生き物かはわからないが…動きを見てるとどうやら7体が2体を追い詰めてるみたいだな」
「追い詰めてる?大変だ!人間かもしれないし、行ってみましょう!」
そう言うと、春澄が止める間もなく走って行ってしまった。
正確に、と言うのは捜索対象を指定してない場合、何系の反応ありとしか出ないからだ。例えばポイズンタイガーだったら猫系、ゴブリンや人間なら人型といった具合だ。
そしてリドーの危惧は当たっているのか、2体の反応は人型を示していた。
だがどちらも魔物だったかもしれないし、追い詰めてる側が人間かもしれなかったのだが、どうやらリドーの頭は悪い方へ考えるタイプらしい。
そしてリドーはわかっていない。一番最悪なのは駆けつけた者も追い詰められている側と一緒に餌食になる事だと。
「あんたの護衛は仕事に含まれてないんだがな……」
心底呆れたように呟くと、仕方なく春澄は厄介者の後を追った。
リドーが必死に走る速度に軽く合わせて春澄がそこへ到着した時、追い詰められている方がまさに攻撃を受けたところだった。
冒険者らしき装いをした一人の少女が、隣の少女を庇ってボアフォックスに足を引き裂かれ、木の根元に倒れこんだ。
「ミリアリア!!」
「大丈夫ですか!?」
庇われた少女とリドーが思わず叫んだ。
それによって第三者に気づいた彼女達の瞳に僅かに安堵の色が浮かんだが、ボアフォックスには獲物が増えたことによる期待の色が浮かんでいた。
ボアフォックスは金に近い黄色の長毛を持ち、その毛皮は保温性に優れており冬場は人気が高い。Eランクの冒険者が1人で2匹倒す事の出来る魔物だが、それが出来ないという事は彼女らはEランク以下の実力なのだろう。
怪我をした彼女達に止めを刺すのは簡単だと考えたのか、2匹だけその近くに残り、5匹が春澄達の方へ近づいてきた。
そして仲間との連携を待ちきれなかったのか、5匹のうちの1匹が隙だらけだったリドーへと飛び掛った。
「ひっ!……グェっ!」
反射的に頭を抱えて蹲ったリドーの襟首を掴み、春澄は思い切り後方へ投げ飛ばした。
「邪魔だ」
明らかに仕留められた筈の狩りを邪魔されたボアフォックスは、怒りの雄叫びを発しながらそのままの勢いで春澄へと狙いを変えた。しかし怒りに任せたままの単純な攻撃など、春澄にとっては目を瞑ってでも処理できる作業だった。
いつの間にかその手に握られた黒刀によりボアフォックスは正確に左目を貫かれ、あっけなく地面に崩れ落ちる事となる。
それを見た4匹が漸く春澄を獲物ではなく敵と認識したのか、余裕そうな雰囲気が警戒へと変わった。
ピリピリした雰囲気をまといながら扇形に移動すると、それぞれが春澄の頭部や胴、足元へと狙いを定めて牙を剥いて来た。
はたから見ればとても避けられるような攻撃ではなかったが、春澄は彼らを上回る速さで刀を振るった。
頭部と胴を狙ってきた2匹の目を正確に狙い、0.1秒ほどの差をつけて順に貫いてみせる。脳へと到達する一撃は、あっさりと彼らの命を終わらせた。
足元に来たボアフォックスは顎を蹴り上げ、もう一匹は黒刀の柄で脳天を強打し、地に落ちたところを目を貫き同じように止めを刺した。
まさしく人間離れした動きに、その場に居た者はこの状況も忘れて呆けていた。
残されたボアフォックスの死体は、貫かれた目を見なければ死んでるとは思えない綺麗なものだった。
「そこの2匹はどうするんだ?」
春澄は刀をボアフォックスに向けると、逃げても良いんだぞ、と挑発するように切っ先をゆらゆらとさせた。言葉はわからなくとも、何となく伝わったのだろう。2匹が低い唸り声を上げながらゆっくりと春澄に近づいてくる。
そして今にもボアフォックスの前足が地面を蹴ろうとした時、ピクリと耳を動かした2匹が同時に首を同じ方向に向けた。
同様に、何かがこちらに向かってくる事を察知していた春澄も、そろそろ目視出来るだろうかと茂みへ目を凝らした。
突然動きを止めた両者に、冒険者の少女達とリドーも訳がわからないまま同じ方向を見る。
待つ事10秒ほど。その時間はそれぞれの者達にとって体感時間に非常にズレが出ただろう。
現れたのは大きな熊の魔物2匹だ。
その巨体に似合わず軽い草の音のみをさせて、静々と四足歩行で歩いてくる。その2匹は春澄達を目にすると、体を起こし自らの体を見せ付けるように手を広げて胸を反らせた。自分が優位であると相手に誇示するためのポーズだ。
「そんな……」
「嘘でしょ…レッドアーマーベアが2匹……」
「ありえない、こんなとこまで降りてくるなんて……」
現れたのは赤茶色の毛皮を纏い、真っ赤な目と爪が目を引く体長2.5メートル程の熊系の魔物だ。横幅が人間の何倍も在るので視覚に訴える圧迫感が並ではない。
先ほどリドーが呟いた通り、レッドアーマーベアは熱を好むので生息場所は火口付近にある森の洞窟となっており、このような麓の森へ来るような魔物ではない。
その毛皮は防火性に優れ丈夫で高値で取引されるので、それ目的の冒険者でなければ出会わないような魔物のはずだった。
ランクはBに分類されており、通常、討伐にはパーティーを推奨され、集団で挑まなければとても勝ち目はないとされている。
春澄以外は絶望的な顔だ。ボアフォックスも春澄の実力は量れなくても、レッドアーマーベアとの力量の差は感じるのかジリジリと後退している。
(こいつらは逃げを選ぶか)
そう春澄が感じた通り、レッドアーマーベアが1歩前へ進んだ瞬間、ボアフォックスは示し合わせたかのように同時に踵を返すと一瞬で姿をくらませた。
獲物が減ったにもかかわらず、レッドアーマーベアはボアフォックスが逃げた方向を一瞥しただけで、その視線はすぐに興味深そうに春澄へと移った。
その視線を受けて、春澄も同じ視線を返す。
「へぇ、ただデカイだけじゃなくて知能も高そうだな」
最近、春澄はなかなか面白いと思える敵に出会えていない。
この会った事のない新たな魔物はどうだろうか、と期待と興味で少しだけ胸が高鳴っていた。
『グゥオオオオオォォォォ!』
2匹の咆哮が重なり辺りの空気ごと鼓膜を揺さぶる。
それを意に介した風もなく、春澄は素早くユキを懐に入れ黒刀を構えると、左のレッドアーマーベアへ一瞬で肉迫しそれを振るった。狙いは足だ。
そうはさせまいと2匹の鋭く赤い爪が春澄を襲うが、彼らが狙った場所を切る頃には既に春澄は2匹の間をすり抜けて後ろを取っていた。
春澄が振るった攻撃はしっかりと届いており、深く切れた傷口からはマグマを思わせるドロリとした血が流れ出ている。
「同じ場所を狙うな。ぶつかるぞ」
そう言いながら再び同じレッドアーマーベアへと切りかかろうとするが、もう一匹から放たれたと思われる高速の物体に阻まれ一度後退した。
飛来した複数の物体はピンポン玉ほどの小さな物。それが『ブシャッ!ブシャッ!』と音を立てて草や木に当たった後、そこから次々と火が燃え盛り始めた。
その様子はマグマの玉を投げられたようであった。
「驚いたな。魔法が使えるのか」
彼らは接近戦は分が悪いと思ったのか、春澄の視線が逸れた隙を狙い次々とマグマ玉を連発してきた。
どうやら爪の辺りから出しているらしく、手を一振りするたびに5発の玉が打ち出され、避けても避けても次が来る。当たればなかなか厄介かもしれない。
そして避ければ避けるほど、次に移動出来る足場が減っていく。
「おい、山火事にでもする気かよ」
春澄の周辺は地面の草も木の幹や葉も、あちこち燃えてしまっている。一つ一つの火種はまだ小さいが、すぐに炎が合わさり大きく燃え盛るだろう。
もう少し遊んでも良かったが、春澄はこちらからも攻撃をする為に一度大きく距離を取った。
1000人→400人に変更しました。
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