14.決闘
皆さんのおかげで日間1位頂きました。
ありがとうございます!
「春澄殿!」
煩い口を開くものが居なくなり静かになった空間に、焦った声が響き渡った。
グレンと、その後ろからテリアが何事かと走り寄って来る。
「春澄殿、これは…」
「ちょっと鼠が居たんで払ってただけだ。宿に案内してくれるんだって?もう行けるのか?」
「ええ、もちろんです。ですが…」
グレンがちらりと、真っ赤な顔をして起き上がっている男達を見た。荒くれ者の多いここで、春澄が絡まれない訳がなかったのだ。
頭の上のホーンラビット、異国の服装、他人に興味の無い冷めた態度。
うっかり春澄を一人にしてしまった事を後悔するようにグレンは唇を噛んだ。
「この、やりやがったな!表へ出ろよ。お前なんかこのモーニングスターで一撃だぜ!」
黒髭の男は背中から、棍棒の先に無数の鋭い棘のある鉄球がついた、凶暴な見た目の武器を手に取り意気揚々と掲げた。
男の言葉を聞いた春澄が不思議そうに目を瞬いた後、すぐに顔を伏せて肩を小さくふるわせた。
「まさか、坊ちゃん泣いちゃったのかよ」
「ケケケッ。そりゃぁおめぇこの顔で凄んだら誰だって怖いわな」
「…それ自分で言う事じゃない」
3人組は先ほど春澄にされたことなど棚に上げ、自分達が優位であるかの様にニヤニヤし始める。
グレンとテリアも心配そうにこちらを見ているが、その心情は全く違う。
テリアは先ほどの件を見ていなかったし春澄の事もよく知らないので、Cランクに上がったのは魔法の才能があるからであり、体術は得意ではないのだと思ったのだ。
こんな建物や街中では魔法も使いにくいだろうし、それなら大柄な男3人に囲まれて恐怖していても不思議ではない。
一方グレンには春澄が何を考えているのか分からなかったが、あの3人組にとってあまりよくない展開である事は察した。
「はぁ…あまり笑わせるな…」
「あぁ?」
顔を上げた春澄は既に何時もの無表情だったが、満足げに溜息をついている。
「いや、この武器で一撃って。その武器が無いと俺に敵わないって自分で言ってる様なものだぞ?随分潔いなと思ってな」
「なっ!」
それを聞いて、今度は男達が羞恥で肩を震わせ始めた。
確かに体格で勝っているにもかかわらず武器を持ち出すとは、先ほどのハボックの言い方は己の身一つでは春澄に勝てないと認めたようなものである。
「何言ってやがる!今のは言葉のあやだクソッ、お前なんかに武器はいらねぇよ」
「勝負だ。付いて来いよ。…おい、練習場を貸せ!」
隻眼の男の後半の言葉は近くに居たテリアに言ったようだ。
ガラの悪いやつらだが『表へ出ろ』ではなく練習場へ行くとは、意外に行儀が良いなと春澄は感心した。
その練習場はカウンターの横にある大きめの扉から行けるらしく、3人組はそちらへ向かっている。
しかし春澄はと言うと、何食わぬ顔でギルドの正面出口へ向かっていた。
グレンとテリアはその場で困惑顔のまま立っている。3人組は扉の前に着いたあたりで自分達以外に練習場へ向かう者が居ないことを漸く察し、出口へ向かう春澄を見て慌てて走ってきた。
「おいこら、何帰ろうとしてんだよ!」
「今更逃げようったってそうはいかねぇぞ!」
寸での所で春澄をギルド内に引きとめ、出口を塞ぐように春澄の前に立つ。
「何だ?悪いが見知らぬやつと遊んでるほど暇じゃないんだが」
「いい加減にしとけよてめぇ…」
「ケケケッ。ママのとこに帰りてぇのは分かるが、それは俺達に可愛がられた後だ」
「さっさと付いて来い」
春澄は心底不思議そうに首を傾げた。
「了承した覚えがないが、何故俺が一緒に練習場へ行く話になってるんだ?それにさっきお前等負けたばかりだろ?」
「さっきのはこっちが手加減してやったんだよ!」
「ケッ、Dランクの俺たちがお前みたいなモヤシを相手してやるって言ってんだ。ありがたく思えよ!」
「へぇ、Dランク。俺より一つ下だな」
「………んあ?ああ、1つ下な。お前それでEランクか。そうだ、お前より1つ上のランクである俺たちに相手してもらえる機会なんて滅多にないんだぜ」
「……………グレン、話が通じない。さっさと宿に案内してくれないか」
春澄は噛み合わない相手と会話することを諦め、グレンを促した。
「は、良いのでしょうか。では……」
「春澄様、ちょっとよろしいですか?」
「……なんだ?」
割り込んできたのは意外にもテリアだった。春澄に近づいてくると、内緒話をするように顔を寄せてくる。
「冒険者には気性の荒いものが多い事はお話ししましたよね?」
「ああ」
「今勝負を受けて置かないと、意気地のない良いカモだと思われて勝負を受けるまで後々絡んでくる者が増えますよ」
「……それも鬱陶しいな」
勝負を受け勝ったとしても、逆に春澄が強いと分かり手合わせを申し込んでくる者が出てくる可能性をテリアは教えなかった。
入り口の騒ぎを野次馬する者が増えていたので、テリアはギルド職員としてこの騒動を一番早く収める方向へ持って行ったのだ。
あまりに危なそうなら自分が止めに入れるし、正直に言えば春澄が戦うところを見てみたい、とテリアは些細な職権乱用したのだった。
カウンター横の扉へ入ると、一本の長い道が真っ直ぐ続いていた。
その一本の道を仕切りに、左右にそれぞれ5個ずつ広い区画が並んでいる。合わせて10の区画で構成されている場所が練習場だ。
壁や天井はすべてが半透明の膜で出来ていて、膜の向こうで人が動いているのが見える。
道を挟んで右側の5部屋は魔法使用可、左側は使用不可の部屋だ。
時折右側の膜に魔法と思われる攻撃が当たると、紫や赤などに淡く明滅している。恐らく半透明のものは結界なのだろう。
その光のお陰か、地面を硬い土で覆われた殺風景な空間がどこか幻想的に感じられる。
春澄達はテリアに案内され、真ん中の道を奥へと歩いていた。
(こっちの結界は張る意味があるのか?)
魔法が当たらないせいで発光しない左側の膜を見て春澄は首を傾げたが、丁度模擬戦をしていた者の1人が剣を弾き飛ばされ、それが当たった膜が白く淡い光を発した場面を見た事により疑問は解消された。
一番奥の練習場の1つに入ると、模擬戦をしている者や1人で武器を振り回している者などがちらほら居た。彼らは何となく不穏な空気を察したのか、動きを止めて入って来た者達を観察し始めた。
構わず一行は空いている空間へ進むと、自然と3人組と春澄が対峙する形で立ち止まる。
それから春澄は思い出したようにグレンを呼んだ。
「グレン、両手出せ」
「なんでしょう?」
素直に差し出された両手の上に、ポンとユキを乗せる。
突然の事に、グレンもユキもピキッと固まっているが、春澄はさっさと面倒を終わらせる為に3人組の方を向いてしまった。
「さて、どうするんだ?まとめて掛かってきても良いぞ」
「ケケケッ。まとめてかかって良いんだとよ!」
「アホ、一人ずつに決まってんだろ」
「………」
春澄が事も無げに言った言葉に、彼らは三者三様の反応を示した。
ハボックは笑い飛ばし、バディストはむすっと顔を歪め、ゴードは無表情だ。
3人が目配せをし、隻眼の男が顎で合図を出すと黒髭の男が武器を仲間に渡してから前に出た。春澄もさりげなく腰の刀を異空間収納に仕舞う。
「ケケッ、俺が最初に相手してやるよ」
「そういえば、俺が勝ったらどうするんだ?土下座でもしてくれるのか?」
「ケケケケッ!土下座でも足舐めでも何でもしてやるよ!」
「…いや、それは遠慮する」
ハボックが前へ進み出る。テリアとグレンが見守る中、ハボックはそのムキムキとした体格に似合わない素早さで春澄へと襲い掛かった。
1時間後。
ハボックは一撃であっさり負け、次に挑んだバディストもゴードも当然の如く一撃で負けた。
しかし納得出来ない彼らは何度も何度も体力が続く限り春澄に挑み、結局は3人でまとめてかかった。それでも攻撃をかわされ、転ばされ、捻り投げ飛ばされ、時折殴られたりと言う事を繰り返し、最後には地面に大の字で寝転がってしまった。
「はぁっはぁっ…お前っ、その見た目で…くそっ」
「ケケ…ゲホッ、…詐欺だろ…」
「………負けた」
「はぁ、やっと終わったか」
なかなか負けを認めようとしない彼らが動かなくなったのを確認し、春澄は大きく肩を回した。
「さて、気は済んだか?」
「済む訳、ねぇだろ…」
「ゲホッ…次会ったら…また勝負だ」
「…負けない」
どうやら彼らは負けたという自覚はあるようだが、納得はいかないらしい。
またしても一方的な約束に春澄は肩を竦めた。
「まあ、俺が忙しくなかったらな」
返答は意外なものだった。側で勝負をずっと見ていたグレンも驚いたように眼を見張った。一度勝負したのだから次は断ると思ったのだろう。
春澄の態度は誤解を受けがちだが、実際は弱い者と戦うのが嫌いな訳でも馬鹿にしている訳でも無いのだ。
誰でも最初は弱いものだし、春澄自身、師範に鍛えて貰って今がある。
ただ他人にさほど興味がない為、どうでも良い人間に時間を割くのは好きではないだけなのだ。相手が強い者であれば自分の技術を高める為に時間を割くが、弱い者は自分の為にはならない。
今までに春澄が積極的に時間を割いていた弱い者と言えば、道場の弟子達とたまにやって来る施設の子供達ぐらいのものだ。
師範から受け継いだ教えを、自分の下へ譲り渡すのは当然だと春澄は思っていたので教えるのが苦手ながらも精一杯稽古をつけていた。
そしてこの諦めの悪い3人組を相手にしているうちに、何となく弟子達を思い出して懐かしくなり、こういう向上心のある相手ならたまには勝負しても良いなと思ったのだ。
実際に3人に向上心があったのかは不明だが、どれだけ負けても納得せず立ち向かってくる行動は、向上心と捉えても良いのかも知れない。
最初はただのチンピラかと思ったのだが、こんなにも根性があったとは、と春澄は彼らをかなり見直したのだ。弟子達にもこんなに根性のある者はなかなか居ない。
彼らの春澄に対する悪感情も、対戦しているうちにどこかへ行ったようだった。
元々お互いちょっとした揉め事だったので、その感情の変化は不思議ではないだろう。
「ユキ、グレン、テリア。待たせて悪かった」
「いいえ、むしろ自分が先に春澄殿を待たせてしまっていたのがそもそもの原因ですから。申し訳ありません。…しかし春澄殿の強さに驚き、いつの間にか見とれてしまってました。自分も早く春澄殿と手合わせ願いたいです」
「春澄様!とっても素敵でした!あの、私も勝手に立ち会っただけですから、気になさらないでください」
「そうか。じゃぁ、俺達は今度こそ帰るよ」
互いに謝りあっている間、ユキはグレンの手から解放され、漸く戻れた安心できる春澄の頭の上で嬉しそうにしている。
それからテリアに別れを告げ、グレンからの賞賛を更に浴びながら、春澄は転がっている3人はそのままにして練習場を後にした。
息の落ち着いた3人がテリアから春澄のランクを聞いて、自分達の一つ下ではなく上だったと知り、謎の唸り声を上げるまで、もうしばらくだ。
ギルドを出ると、辺りはすっかり暗かった。
春澄の宿への希望は『清潔な事』のみだったので、グレンは手頃な価格で店員も信用の出来る清潔な宿に案内するつもりだった。
しかし、そのお勧めに関わらず手頃な価格の宿はこの時間にはすべて満室になってしまっていた。
何軒か宿を回った後、最後に貴族や金持ちなどがよく利用する高級な宿に春澄は案内されたのだが、グレンはどうしても自分が支払うと言って譲らず少々揉めた。
春澄としては、高い宿しか残っていなかったのは自分の行動の結果だし、むしろ宿に泊まれるだけで有りがたかったのだ。
それはいつ終わるかも分からない勝負に文句も言わず待っていてくれたグレンが案内してくれたお陰だと思っていたのだが、彼はそうでは無いらしい。
「ここを春澄殿に払わせるわけには行きません。どうか自分の気が済むように、今日は出させて下さい」
とまで言われては春澄は引き下がるしかなく、グレンは嬉々として宿のカウンターに金を払ってから、春澄と握手を交わし帰っていった。
流石は高級宿と言うべきか、初老の案内役は春澄にもユキにも好奇な目を向ける事なく、柔らかい笑みで対応してくれた。彼に通された部屋に入ってみるとそこかしこに装飾がなされた無駄に広さのある部屋だった。
広すぎて落ち着かないなと思ったが、部屋に風呂が付いている事を知った春澄はこの高級宿とグレンに感謝した。
ユキは風呂を嫌がったので春澄は一人で風呂を堪能し、その後部屋まで運んで貰った食事をユキと分けながらゆっくりと過ごしたのだった。
数時間後→1時間後に変更しました。




