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10.名前

「ああ。アルカフロの人間に周辺で飯の美味い国を聞いたら、メランジュがそうだって言ってたからな。国王が美食家で料理にも力を入れているって聞いたけど本当か?」

「美味いものか!それなら自信を持ってお勧めする。君はどんなモノが好きかな?肉が良いとか、甘いものが良いとか」


ディアス王は思わずガッツポーズをしようと拳に力を入れるのを我慢し、心の中でに留めた。

この王は人権をよく考え無闇に人を利用したりはしないが、国に貢献してくれそうな人材を見逃す程平和ボケした王でもなかった。

海老で鯛が釣れるならそれに越した事は無いのだ。


「割と何でも食べるからな…そうだな、正直美味ければなんでも良いんだが、珍味とか他の国には無い珍しいものとかも興味があるな」

「珍しいものか………オラグンの卵なんかどうだろうか。オルヴィス湖に住む魔物なのだが、かなり稀少でね。美味しく感じるかは個人の味覚次第ではあるが」


春澄は、あっちの世界でのキャビアみたいなものかなと思った。キャビアはサメの卵だったと聞いている。まさにそのような感じなのだが、春澄はどちらも食べた事はないので、似ていたとしてもどうでも良い事だろう。


「へぇ、それは食べてみたいな。どこで食えるか紹介してもらえないか?」

「もちろんだとも。ただいつでも食べられるわけではないんだ。良かったら後日、王城に遊びに来ないかい?オラグンの卵を用意するし、他に美味いものもご馳走するよ」

「賛成ですわ。春澄様、是非いらして下さいな」


ディアス王の提案に、リディアも便乗して誘ってくる。


「…そうだな、気が向いたらな」


馬車に乗る前のリディアとの会話では、否定を返すと悉く反対の結果になってしまったので、つい弱気になり曖昧な返答になってしまった。


「ええ、是非気が向いて頂きたいですわ。ところでずっと気になっていたんですが、そのホーンラビットは春澄様の従魔ですか?」


その質問に、ディアス王と隊長達の間にのみ僅かに緊張が走った。

従魔とは、その名の通り魔物を従えている事である。

その法方は様々だが、自分で従魔を作るやり方としてはまず魔法陣を地面に描く。そして弱らせたり、餌で誘ったりするなどして魔法陣の上に従魔にしたい魔物を乗せて、名を付け契約を結ぶ。契約に成功すれば感覚でわかるが、失敗も多々ある。失敗する原因として、魔物の方が人間を主人と認めたくない事が一つとして挙げられる。いくら強い魔物を捕まえようとも、必ずしも従魔に出来るわけではないのだ。


ちなみに魔物の持つ魔石に反応して契約が出来るので、ただの動物とは契約は出来ない。

その為、ホーンラビットやスライム等で従魔の練習をするのが一般的だが、あくまで練習なので、契約出来てもすぐに解除するのが普通であった。

その他に、従魔を売っている店もあり、手軽でなかなか人気のある店となっている。こちらは購入前に魔物の値段の5%を払えば契約に挑戦することが出来、失敗すれば金は返らないが、何千ペル~何千万ペルもする魔物を買う前に契約が試せるので、良心的なシステムだろう。


そんなわけで、どんなに春澄が強かろうが、ランクの高い従魔を従えていなくてもそれほど不思議ではない。ないのだが、強い従魔を従えることは一種のステータスになっており、強い己が弱い従魔しか従えられない事にコンプレックスを抱いている者も中には居る。

したがって、先ほどの王女の質問はやや軽率では無いかと思われた。


「いや、諸事情により拾ったんだ。従魔にしてるわけじゃない」


春澄の返答を聞いて、心配は杞憂に終わったようだとディアス王達の緊張が解けた。しかし別の心配が生まれる。

従魔で無いとしたら、この魔物は命令を聞かないという事だ。それほど強い魔物でなくても、野放しの魔物と同じ空間に居ると言うのはいただけない。そんな保護者達の心中も知らず、リディアはのん気に話を続ける。


「なんだか普通のホーンラビットとは違うようですわね。希少種ですか?」

「そうらしい。ちょっと助けてやったら懐かれたみたいで、連れてきたんだ」


春澄が頭に乗ったままだったホーンラビットを膝の上に移す。春澄が撫でてやると、気持ち良さそうに目を瞑っている。


「随分と春澄様の事を信頼してますのね。人に懐く魔物など聞いたことが無いですけど…。従魔にはしませんの?」

「拾った責任として、こいつが自分から離れるまでの間だけ育てるつもりだからな。今のところ従魔が必要だと思ったことも無いし」


そう言うと、今まで大人しかったホーンラビットが突然春澄の膝を前足でぱたぱたと叩き始めた。


「どうした?」


大人しかったホーンラビットの突然の行動に春澄が驚き、周りは警戒した。春澄を見上げ、またパタパタとするのを繰り返す姿を見て、リディアが半信半疑で呟いた。


「……もしかして、春澄様の従魔になりたいのではないですか?」

「そうなのか?」


確認するように問いかけると、ホーンラビットが春澄の膝の上で嬉しそうに跳ねた。それを見たグレンが呆然と呟く。


「…人の言葉が分かるのですか。ホーンラビットでそこまで知能が高いのは聞いた事がありませんが」

「希少種だからかしら。春澄様といい、謎が多いですわね」


そんな周りの反応も耳に入ってないようで、春澄はホーンラビットを抱き上げて話しかけている。


「お前、従魔になってどうするつもりだ?悪いが戦いなら俺一人で良いし、何か役に立ちたいと思ってるなら、その毛並みを堪能させてくれるだけで十分だぞ」


どうやらこの短い間ですっかりホーンラビットの毛並みが気に入ったようだ。

それを聞いたホーンラビットは何となく嬉しそうに見えるが、やはりぱたぱたと前足を動かして何かを訴えたいようだ。


「わからん。従魔になると、コイツになにかメリットがあるのか?」


独り言なのか問いかけか分からない春澄の疑問にリディアが答える。


「そうですねぇ、お互いの状態が何となくわかったり、食べ物に困らなかったり、契約者の魔力によっては知能が高くなったり…などでしょうか」

「ああ、お前意外と食いしん坊だからな。心配しなくてもいっぱい食わせてやるぞ」


そういう事かと確信を持った春澄だったが、それもホーンラビットに否定された。

だが嬉しそうなので、食べ物も欲しいのだろう。では他に何が、と考えていると。


「…名前が欲しい、とか?」


ぽつりと リディアが呟くとホーンラビットの小さな耳がピンッと立った。どうやら正解らしい。


「すごいな、よく分かったな」

「随分と春澄様の事が好きな様子でしたので、なんとなく。好きな方に名前を頂けるなんて素敵ですもの」

「名前か…」


春澄にとってこのホーンラビットは既にペット扱いだったので、定番のポチとかタマしか頭に思い浮かばなくて困った。しかしそれは春澄の感覚では犬と猫の名前だ。かといって、見た目通りの『毛玉』で名づけるのは居た堪れない気もする。


その昔、10歳頃に施設で飼っていた金魚に『金太郎』『金次郎』『金三郎」と名前を付けたのは春澄だし、ハムスターに『ハム太』『ハム子』『ハム吉』と名づけたのも春澄だ。つまり壊滅的に名づけのセンスが無いのだ。


暫く唸りながらも真剣に悩んだ結果。


「ユキ」


ぴょこんとホーンラビットの耳が動いた。

春澄の隣ではリディアが慌てて欠伸を噛み殺した。どうやらいつの間にか春澄が考え込み過ぎてかなりの時間が立っていたらしい。


「すみません。お名前決まったんですね」

「ああ、雪みたいに真っ白だからユキにした」

「可愛らしいお名前ですわ」


シロと迷ったが、何となくユキの方が良いと思ったのだ。リディアは賛成のようだが、ディアス王と隊長達は内心『長時間考えてそうきたか』と思ったが口には出さない。春澄の今までの名づけ方を知っている者が聞いたら『十分まともじゃないか!』と叫んだに違いなかったが。

何より名づけられた本人が嬉しそうに耳を振わせているので良いのだろう。


「互いの状態がわかるのも便利かもな。でも従魔の契約とやらはまた今度な。やり方がわからないから、調べとく」

「春澄様、あれだけ高度な魔法をお使いになるのに、契約方法は知らないのですか?」


リディアが驚いた声を上げた。


「俺のは威力重視の魔法が多くてな。そういうのにはあまり詳しくないんだ」


そもそもゲームシステムに従魔設定が無かったので使えないだけなのだが、詳しくないという事にしておいた。



ふむ、と国王は思案する。

この短い時間で接した春澄という男について、国王はずっと冷静に分析していた。彼は今まで会ってきた中でも、とても不思議な男だった。見た目はこの辺ではあまり見かけない、黒目黒髪の美しい青年だ。


身分証についてや魔物の契約など常識であるのに、変な所でそれが抜けているようだが、それを隠して取り繕う事はしない。

普通ならそういう怪しそうな部分は人前では誤魔化しそうだが、春澄は知らないものは知らないとはっきりと言ってくる。


それにあの強さで有名にならないなど、今まで何処で何をしていたのだろうか。最初に見せた強さなど、ほんの片鱗に過ぎないだろう彼を、多少の疑問は残ろうとも何とか自国に取り込めないものだろうか。

春澄は確実に益をもたらす存在だと国王としての勘が告げていた。


一番最初の時など馬車が襲われていて戦える力のある大抵の人間なら、問答無用で護衛に加勢し盗賊から助けようとするだろう。

本気でこちら側が悪者だと思っていたわけではないかもしれないが、あの『もしかしたら』の仮説はなかなか思いつくものではない。

物事をいろいろな視点から見ることの出来る人物だと思う。


そして驚くべき魔力と操作力。自国の筆頭魔法使いの何人分の力を持っているのか。あるいは何十人分かもしれない。

そんな力を持っているなら国王達をすぐに殺す事が出来るだろうにしないという事は、とりあえずは敵では無い。


王族に取り入る線も無い。リディアが王女だと名乗った時に、微かに嫌そうな顔をしたのを見逃さなかったし、メランジュ王国の王族だけが嫌ならこうして和やかに会話をする事も無いだろう。

恐らく王族や貴族があまり好きでないか、嫌な思い出があるに違いない。

その態度から権力にも屈しない人間なのは明らかだ。

それからリディアは親から見ても中々の美少女だと思うのだが、その娘に言い寄られても全く靡かない事から女にも興味が無さそうだ。

いくらリディアが好みから外れていたとしても、これだけの美少女にくっつかれたら多少なりとも顔が緩みそうだが、逆に迷惑そうな顔しかしていない。


たとえ助けようと思ったわけでなくとも、結果的に助けているのに全く恩に着せようとも思っていない事から欲も無い。芯が強くて公平。しかし、娘に言いくるめられて馬車に乗ったり、ホーンラビットの名づけのセンスからなかなか素直な性格なのだろうと思う。

おそらく彼を取り込むのに、回りくどい方法は向いていない。


「春澄君。君は何か欲しい物とか好きな物は無いのかい?」

「欲しい物?何でだ?」


突然の話題に、春澄が怪訝な顔をする。国王は出来るだけ軽い調子で話すように努めた。


「君はとても強い。一対一で言えば、我が国には敵う者が居ないだろう程に強い。はっきり言ってしまえば、そんな君に是非とも我が国に腰を落ち着けて欲しい。だから、君は食べ物は好きみたいだけど、他に欲が無いようだし、何か君を引き止めるものが無いものかと思ってね」

「なるほど」


特に気分を害した様子も驕った様子も見せない春澄に、国王はやはり直球が一番だったと自分の予想を褒めた。そして意外な返答が返ってきた。


「そうだな、別に欲しい物は無いな。ただ、魔術無しの体術のみの手合わせには興味がある。どっかでそういう大会とかやってないのか?」

「体術のみか…」


2つほど隣の国では魔術有り、というか何でもありの大会ならあったと記憶しているが、メランジュ王国では開催していなかった。だが需要はありそうだし、帰ったら宰相達と相談するのも良いかも知れないと国王は考えた。

しかし、魔法使いとは本来体は鍛えていない者のはずだ。魔法も体術もとなるとどっち付かずになってしまうからだ。

魔法の才能がさほど無いのであれば体術もそこそこ出来て不思議では無いが、春澄のように高度な魔法が使える者が体術にも精通しているとはどうしても思えなかった。

そう思わせる要因が春澄の体型にもある。筋肉が付いていないわけではないが、その細身の身体は、ここに居る騎士と比べると随分と弱そうに見えた。

しかし、折角春澄が何かを望んだのだからと国王は提案する。


「大会はやっていないのだが、どうだろう。後日うちの騎士達の訓練に参加しないかい?たまには趣向を変えて、剣なしの模擬戦をやったら良い。なぁ隊長」

「ええ。俺も君と対戦してみたいな」

「自分も春澄殿と是非一戦お願いしたいです」


隊長達もディアス王と同じ疑問を持ったのか、少し戸惑っていたが興味はあるようだ。


「良いのか?それは楽しみだな」

「春澄様、私も見に行かせて頂きますね」


異世界の騎士と手合わせ出来ると聞き、春澄は喜んだ。

表情は動かないが、何処と無く嬉しそうな様子に、隊長達は魔法では敵わないが、体術では負けるわけにはいかないと気を引き締めた。

もちろん騎士と模擬戦と言う形で春澄の要望を叶えたとして、春澄がメランジュ王国に留まるとは限らないのだが、それはお互い承知している。


メランジュ王国の味覚や生活文化など、春澄にとって居心地が良い物かは暫くは暮らしてみないと判断できないが『メランジュ王国の模擬戦が楽しかった』という一つのプラス要素になれば良いと国王は考えた。

そうしたプラスの感情の積み重ねが愛着を涌かせるのだ。


楽しかった思い出と言っても、春澄を相手に接待のように負けてやるのは得策ではない。騎士に全力でやらせて春澄が負けたとしても、きっと彼なら満足してくれるだろうと思い、騎士には手加減しないように伝えようとディアス王は決めた。

お読みいただきありがとうございました。



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