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1.風呂の途中に

初投稿です。よろしくお願いします。


この話の中の古武術は実際の古武術とは関係ありません。

『体術系の万能なもの』と受け取っていただければと思います。

タグの確認をお願いします。

カシャン、と無人の部屋に鍵の開く音が響いた。

耳に掛かる程度の真っ直ぐな黒髪をした、整った顔立ちの青年が大きめの荷物を持って部屋に入ってくる。

時刻は23時過ぎ。大抵この時間に部屋の主である櫻井春澄(さくらいはるすみ)は帰宅する。

春澄は家に帰ると、まず最初に湯を溜める為に風呂場へ向かう。 風呂の蛇口を捻り、湯が溜まるまでの間で持ち帰った荷物の中身の胴着を洗濯機に放り込み、簡単に夕飯の支度をし、風呂から上がってからゆっくりと食べる。

これが2年前からの彼の日課だ。 2年前と言うのはそれ以前、彼が施設で育っていたからだ。18歳になってからは施設を出て一人で暮らしている。


3歳の時に家族を事故で亡くし、それから施設で育った春澄は、いつの頃からか施設の院長が経営しているという古武術道場に通うようになっていた。 院長の意向で、施設の子供は運動不足にならないよう、決まった曜日はいつでも道場に通って良いという恵まれた待遇だったのだ。


最初は興味を持たなかった春澄だが、他の子供から一緒に来て欲しいと頼まれて付いて行った時に、筋が良いと褒められた事が通い始めるきっかけだったように思う。子供とは褒められれば続けたくなるものだ。


そしていつの間にか道場で一番の強さを誇るようになった春澄は、地区・県・全国大会で何度も優勝し、今では道場で副師範を務めるまでになっていた。

当然の様に優勝してしまうようになり、開催者達から暫く遠慮してくれるとありがたいと言われてからは参加をしていない。


あまり表情の変わらない春澄が涼しい顔で優勝する事を、面白く思わない者からのやっかみがあった事も一つの要因のようだ。表情が乏しいからと言って、感情も乏しいわけでは無いのだが、確かに他人より感情の起伏は非常に緩やかだろう。


既に師範より圧倒的に強くなってしまった春澄だが、師範になってしまうといろいろと面倒くさい集会に集まらなければならなくなり、人付き合いが苦手な春澄はそれが面倒で師範に役割を押し付けていた。


が、いい加減強制的に師範を譲られそうな気配を感じていた春澄は、そろそろ引退を考えてる師範には悪いと思っている分を、弟子への稽古と道場の掃除でごまかしながらのらりくらりと嫌な気配を回避している。今日も役目を終え帰宅したが、汗と疲労で身体が重くなっている為、それを癒す風呂を春澄はとても楽しみにしているのだった。

もっとも、武術で身体を動かすことが好きな春澄にとって、その身体の重さは不快なものではないのだが。


そして、一日の大半を稽古で激しく動き通しなのにもかかわらず、風呂で癒せる程度の疲労で済んでいるというのは春澄が異常な身体能力を持っているという事を示しているだろう。



いつも通り、シャワーで汗を流し、目を瞑って浴槽に凭れ掛かりゆったりとしていた時だった。何故かだんだんと瞼の向こうが明るくなって来たのがわかった。 もちろん風呂場の電気は付いていて元から明るいのだが、これはそういうものではない。

怪訝に思った春澄が目を開けると、浴槽の底、つまり自分の下に不思議な模様が浮かび上がり、それが強く光を放っていた。

これは夢か、あるいは寝ぼけて居るのだろうかと不覚にも考え込んでしまった春澄だったが、模様の光が一層強くなった事で一気に意識が現実に戻ってきた。 そして頭に浮かんだのが非現実的ではあるが、最近物語でよく聞く召喚陣とやらではないのか、と言う事だった。 自分の仮説を信じた訳ではなかったが、そうであったら非常にまずい状況に居ることになる。

とりあえず考えるのは後にして、急いでこの物騒な浴槽から出ようと飛沫を上げて立ち上がった時だった。 まるで逃がさないとでも言うように、湯と一緒に足が底に引き込まれていく。


「おい、冗談だろ!?」


咄嗟に浴槽の縁を掴むが、如何せん引き込む力が強過ぎた。 抵抗も虚しく縁から滑り落ちた手は、最後に悔しさを表す様に浴槽を一度殴りつけてから底へと消えて行く。

後に残ったのは何の変哲もない、いつも通りの静かな風呂場だった。




一方春澄の方はと言うと、そのまますんなり召喚先へ送られたと言う訳では無かった。


(ちょっとキツイな……)


タイミング悪く入浴中に召喚などされた為、なんと春澄の周りには湯がまとわり付いていた。 つまり先ほどから春澄は息を継ぐことが出来ないで居るのだ。

冷静な時であったなら、普段から鍛えてる成果か15分は息を止めていられるのだが、あまりに非現実的な状況に、2分も立たず限界が近づいていた。


(こういうのは入ったらすぐ呼び出し側に行くもんじゃないのかよ……)


危うく意識が遠退きかけた時、何者かに右手をつかまれ、そのまま強く引っ張られた。決して柔らかくはない地面に体を打ちつけたが、何故か痛みは無い。 それを不思議に思う前に、春澄の意識は新鮮な空気を体に取り込む事に集中した。


「げほっ・・・っ、はぁっ、はぁ」


身体を横向けにくの字に折り曲げた状態で、暫く荒い息をつく。

少し落ち着いて来た春澄は体を仰向けにし、一度大きく呼吸をした。 まだ酸欠で視界がぼやけていたが、辺りを観察しようと視線を巡らせた。 辺りは黒い。しかし暗いわけではない。自分の体は確認することが出来る。黒く光っているとしか表現できない不思議な空間だった。 広いのか狭いのかも分からない。


「なんだ、ここ…」

「大丈夫ですか?手荒く扱ってしまい申し訳ありません」


足元から柔らかな声が聞こえ、だいぶ楽になった体を起こしてみると、髪の長い白っぽい人物が立っていた。 薄ボンヤリとしているが、透けてる訳でもなく、一応顔の表情も確認できる。中性的だが、なんとなく男性のような気がした。


「あんたが俺を呼んだのか」

「そうですね…半分はそうです」

「半分?」

「ええ、説明させていただく前にこちらをどうぞ。お風呂の途中で召喚されてしまうなんて災難でしたね」


困った顔をしながら黒いローブのような物を渡され、自分が何も身に着けていないことに気づく。 春澄はありがたくそれを受け取り、羽織ったのを見届けるとその人物が話し始めた。


「まずは自己紹介から始めましょうか。私はあなたがたで言うところの神、あるいは我々の認識では世界の管理者です。エーデルとお呼びください」

「櫻井春澄だ」


まずは相手の話を聞くべく、春澄は名前のみを簡潔に述べた。


「先ほど不思議な光に吸い込まれたでしょう。あれはあなたと異なる世界の者があなたを勇者として召喚しようとしていたのです。その途中、訳あって私があなたを横取りさせていただきました」


エーデルはにっこりと悪戯っ子のような笑みを浮かべた。


「やっぱり異世界からの召喚か。それで、エーデルは俺に何の用なんだ?」

「それは簡単に我々の事を話してから説明しますね。あなたも聞いた事があるかも知れませんが、神というものはただ見守るだけなんです。まぁ気まぐれで何かしてしまう管理者も居ることは居るんですが、基本的に我々の仕事は魂の管理とその魂を納める為の世界の管理です」


ふむ、とうなずく春澄を見て、エーデルは話を続ける。


「あまり細かい事はお教え出来ませんが、私たちは色々なバランスを考慮して各世界へ魂を配属しています。その魂達が勝手に他の魂を移動させると言うのはこちらとしても大変困る事なんです」

「なるほど。ということは、俺をこのまま帰してくれるのか?」

「もちろんあなたが望めばすぐに元の世界にお返ししましょう。ですが、もしよろしければ私からの依頼を受けて貰えないかと思いまして」

「こんな何の力もないただの人間に神が依頼?」


春澄を知る者が聞いたら「何の力もない?」と首を傾げるような身体能力と技術を彼は持っているのだが、本人からしたら超能力でも持っていなければ唯の人間に分類されるようだ。

訝しげな顔をする春澄に、エーデルは少し困ったように眉根を寄せた。


「管理者と言っても、そんなに万能ではないんですよ。あなたの世界でいう会社も、色々な部署があって力を合わせて運営して居るでしょう。我々もそんな感じなんですよ」

「へぇ、有神論者には夢が壊れるような話だな」

「ふふ、内緒にしてあげて下さいね」


内緒も何も人に話したら精神科を勧められそうだ、と春澄は肩をすくめた。


「それでですね、あなたが召喚されようとした世界にはもちろん魔法があるんですが、その召喚には恐ろしいほど莫大な魔力が必要なはずで、そうそう召喚なんて出来るはずがないんです。ですが50年ほど前から何度か召喚が行われているようでして。それも召喚場所は一箇所だけではありません。その原因をあなたに調べてもらえないかと思いまして」

「…俺に?」

「我々も、それぞれ大量の仕事を抱えてまして…簡単に召喚の謎を調べられる状況じゃないんです。万年人手不足でまさに猫の手も借りたい状況なのですよ」

「そんなこと、俺に調べられるのか?」

「もし原因を調べる事が出来なくても、召喚陣を壊して頂くだけでもかまいません。この先何人も不正に魂を移動されるより、今このままあなた1人に召喚されて召喚陣を壊してもらった方が良いですから」

「…なるほど、壊すくらいなら出来そうだ」

「召喚陣を壊す過程で、もし手掛かりがあれば追って頂きたい。期限は設けません。もちろんあなたの世界よりも命の危険が伴う世界です。今帰りたいと望めば帰せますが、そう何度も出来ないので、申し訳ありませんが召喚されたら一生そちらで過ごしていただく事になります」


(異世界か…)


春澄はなんとなく外国を想像してみる。生まれてこの方日本すら出たことのない春澄にとって外国も十分異世界なのだ。

元の世界に戻れないのは残念だし、未練が無いわけではないが、それ以上に異世界に興味があった。


「どんな世界なんだ?」

「そうですね、ざっくり説明しますと、世界の規模は地球より小さくて、人口で言えば半分も無いでしょう」


話を聞いてみると、日数や時間や数などは同じ単位で、違うのは金の単位くらいらしい。地球でも国が違えば通貨が違うのだから当然だ。

魔法が存在しており、火・水・地・風・雷・光・闇があり、2属性や3属性くらいなら使える者も多い。魔法の使えない者でも魔石や魔道具に組み込まれた術式で、攻撃する事も出来るし、日常にも使われていて生活に欠かせない物になっている。そういった術式をメインに扱うものは魔法使いではなく魔術師と呼ばれるそうだ。

魔物や魔族・エルフ・ドワーフ・獣人・人間などが存在し、魔物と魔族以外はそれぞれの国はあるものの、ほとんどが上手く共存しているという。魔族はそれぞれが自由主義らしく、国らしい国は作っていないようだがあまり詳しいことはわかっていない。彼らは他種族より強いが、圧倒的に数が少なく、敵対はしているが頻繁に攻めてくるわけでもないらしい。

そして魔物は動物とは違い、体内に魔石を保有している生き物の事で、魔物と契約して従魔にする事も可能だという。特に魔物が凶暴と決まっている訳ではなく、魔物でも高級食材になっていたり、動物でも恐ろしく凶暴な種類がいたりするようだ。

そして今回春澄が召喚された理由は魔王を討伐させる為だが、魔王の存在が確認された報告は入っていないと言う。


「魔王が確認されてないのに俺は召喚されたのか?」


春澄が困惑しているが、エーデルも似たような表情を浮かべている。


「すみません、魂を配属した後はその世界の事にほとんど干渉しないのです。魂配属と、種族決めはまた別の部署なんですが、例えば人間に配属した後は王に成るのか平民か、男か女かも分かりません。魔王の事は急遽調べさせたので確認しきれなかっただけかもしれません」


不安そうな顔で「依頼どうしますか」と問いかけるエーデルに、ほんの少し考えたそぶりを見せた春澄は、めったに見せない楽しそうな微笑みで答えた。


「そうだな、突然勝手に召喚されて勇者になれというのは非常に気に入らないが…こうやって依頼という形で受けるなら構わない」

「本当ですか!ありがとうございます。では、早速ですが依頼を受けて下さるあなたに、私から授けたいものがあります」

「お、何かくれるのか?」

「あなたはもともと身体能力が高い上に勇者として召喚されるくらいなので、あちらに行ったら魔力量もかなり上乗せされてさらに強くなるでしょう。ですが、せっかくこの依頼を受けて頂くのですから、私からも強さを付け足します。春澄さん、あなたには趣味の枠では納まらないほど大変お気に入りのゲームがありますね」


なぜいきなりゲームの話になったのだろうか。確かに春澄にはこれ以上レベルを上げられないほどやりこんだゲームがある。元々身体を動かすことが好きだった春澄だが、現実世界では限界があった。そこで見つけたのがVRMMOと呼ばれる非常にリアリティの高いゲームだ。実際に身体を動かしている感覚なのに、何メートルも飛べたり実際より早く走れる。春澄の日常はゲームと道場と食べる事と風呂で構成されていたと言っても過言ではない。

が、何故一個人の趣味を知っているのだろう。この短時間で調べたのだろうか。

春澄が疑問に思った事を悟ったのか、エーデルが申し訳なさそうな顔をする。


「少し、あなたの情報を見せていただきました。プライバシーを覗くような事をして申し訳ありません」

「まあ、気にならないわけではないが今は構わない。それで、ゲームがどうしたんだ」

「そのゲームのキャラクターのスペックを、あなたにそのままお付けしましょう」

「…は?」


にっこりとエーデルが微笑む。最初に見た、悪戯が成功した時のような笑みだ。

春澄は思わず目を開き、間抜けな声を発してしまった。

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