救助宣言、野辺山原にて
日が経つのは早いもので、もう海開きの時期となった。亜希は今、浜松の海水浴場で奈々絵や小夏、蒼璃と遊んでいる。
「リフレッシュするわー!毎日調査ばっかりやったしー!」
そう言いながら浜辺で水を掛け合う。小夏は、苦労して張ったテントの中からスコップを持って来た。
「持ってきたで!あ、そういえば亜希、携帯ブルブル言ってたで。多分メッセージじゃなくて、電話の方ちゃう?長いこと鳴ってたから。」
小夏が亜希に伝えた。亜希は首を傾げてテントに向かった。
「着信履歴、7月7日午前11時23分、早水千都世…?今さっきやん。何やろ?」
亜希は携帯電話を耳に当てた。千都世はすぐに出た。
「あぁ、如月。今からさ、一緒に梨乃のところ行ってくれへん?今日しか無理やねん。夏休み行こうと思っててんけど塾の講習とかサッカーの合宿があったりして忙しいから。」
千都世はもう必死な声になっている。亜希は「ちょっと待って」と電話を置き、3人のところに走った。
「なあみんな、私、今千都世先輩から電話があって至急長野に行こうって言われてんけど…、いい?今日しかあかんらしいねん。みんなも行く?」
亜希が訊いた。でも、小夏、奈々絵、蒼璃は、そろって首を振った。
「ウチ、英語あんねんけど…」
小夏が困ったようにそう言った。
「私、今日午後からピアノやねん。」
と奈々絵。
「私は塾が…。」
と蒼璃。
小夏も、奈々絵も、蒼璃も、梨乃に会いたいのだ。梨乃と別れてから、もう2ヶ月を過ぎた。梨乃の苦しみを知っていながら会えないなど、無念すぎるのだ。
でも、3人にとって、今日はそれぞれの習い事をすっぽかすわけにはいかないのである。
だから、代表して小夏が言った。
「梨乃に、めっちゃ会いたいって伝えてきて。私達はお昼過ぎに帰っとくわ。亜希、頑張ってきてや!」
残りの2人もうなずいた。
「ありがと!ほんまに!ありがとうな!」
亜希は頭を下げてお礼を言った。そして、千都世にOKと伝えた。
亜希はすぐさま着替え、荷物を持って静岡を出た。新幹線に乗り、超高速で松本に向かう。千都世とは、松本で待ち合わせだ。
松本に着く頃には、太陽が西にあり空は水色、オレンジ…カラフルに飾られていた。
長野県の夏は、比較的涼しい。山岳地帯であるからだ。また、梨乃の住む辺りは「野辺山原」という特に田舎なのである。
「ここに来たのはいいけど、どこの家かも分からなへんのに…。」
亜希は、小さな集落を見てあきれた。千都世も苦笑いする。
「…誰かに聞くしかないやんな。まあ、小っちゃい集落やし名前も知らんってことはないはずやんな。…すいませーん!」
千都世が、畑仕事をしている老婆を見つけて、走り出した。亜希も千都世について行った。
「…すいません、ここの辺りで、村田さんっていう方の家はどこにあるか知ってますか?小学生の女子と同居していて…」
老婆は、気の良さそうな人で、シワだらけの顔をくずしてニカっと笑った。
「あぁ、梨乃さんゆうねーちゃ(お嬢さん)かや。たしか、神奈川の方から引っ越して来はった…」
どうやら、梨乃のことを知っているようだ。
「はい、そうです。…それで、家はどこに…?」
次は亜希が言った。千都世もうなずく。
「うーん、あ、あった!あの、3つ家がちょっと離れて建ってるじゃろ。その、1番左じゃ。1番ちょうきな(整っている)家じゃ。分かったかや?」
老婆が2人を見た。千都世と亜希は、はい、とうなずいた。
「ありがとうございます!」
千都世は頭を下げてお礼を言う。亜希も慌ててそれにならった。
「よし、行こう!」
梨乃の住む家に向かう。辺りはほとんどが畑だが、のどかな雰囲気だ。
「ここ、か…。」
表札には、「村田」と記している。千都世は、引き戸をトントンと叩いた。中から、タッタッタっと足音が聞こえた。そして、ガラガラッと引き戸が開く。
「えっ!?…千都世兄ちゃんに、亜希!?」
出てきたのは、地味なエプロン姿で、ひどく汚れた姿の梨乃だった。千都世と亜希は、目を丸くした。梨乃は、寂しそうに笑った。
「まぁ、とりあえず上がって上がって!疲れたやろー!あ、今おばあちゃんおらんから大丈夫やで。」
梨乃はそう言うと、引き戸を最後まで開けた。千都世、亜希の順に家に入る。梨乃は、2人を応接間に案内した。
「でも、何で千都世兄ちゃんと亜希がここ来た?っていうかさ、いつ知り合ったん?」
梨乃が汚れたエプロンを外してお茶を運んできた。元気な笑顔を見せる。
「協力して、梨乃の絡む事件を解決しようとしてんねん。」
亜希が真面目に言った。千都世もうなずく。梨乃は「そんなんいいのに」と言いながらも微笑む。
「それより、梨乃、体大丈夫?重労働させられてるみたいやけど…、中学受験は?どうなってるん?」
亜希が心配そうに尋ねた。梨乃は苦笑いした。
「大丈夫。おばあちゃん、いつも決まった時間になったら山奥のお寺に行くから。その時にサボるし。…あと、中学受験は、おばあちゃんに頼んだらダメやって。こっちが引き取ってあげたのにまだお金を出させるのかって。だから諦めてもうた。」
梨乃は無理に笑顔を作る。亜希や千都世も分かっていた。梨乃の辛さを。だが、どうやって助けられるのか…。
「そういえば…、小学校どうなってるん?いじめはもうないん?」
また亜希が訊いた。梨乃は率直にこう言った。
「まだまだ。相変わらずやで。ここら辺では、体罰なんて当たり前ならしいで。大阪とか都会ではちょっとずつ見直されてきてるみたいやけど。」
亜希は鳥肌が立った。よく見ると、梨乃の手足、顔には浅黒いあざがついていて、ところどころに青紫色のはんてんがある。梨乃の、陶器のように白い肌が台無しだ。
「そんな…、なんで…。」
亜希はぺたんと畳の上に手をついた。梨乃を助けてやりたい…でも何も出来ない…、そんな自分が情けなかった。
「俺は、絶対梨乃助けたんで。だって、幼なじみの危機やで!?俺は昔から梨乃んこと知ってんねん。如月、お前も、梨乃の親友なんやろ?一緒に、この事件解決さして、梨乃を石切に帰そう。それしかないはずやん。あと、梨乃の母親を殺して、みんな不幸にした奴を捕まえてやるわ。」
さっきまで黙っていた千都世が、一気に話し出した。うつむいていた亜希は、はっと顔を上げ、千都世を見つめる。梨乃は、目に涙をあふれさせて、大粒の涙をこぼした。
「うん…、そうやん!梨乃のために、私ら、全力でやるから。…だから、梨乃も辛くてもちょっとだけ待ってて。私らのこと、信じててな。」
亜希は、ハッキリと、梨乃に向かって言った。梨乃も、泣きながら「ありがとう」と言う。亜希は、サッと立ち上がった。
「こちらこそ、梨乃、ありがとう。また、会いにくるから!」
2人は抱き合った。千都世がそれを見守る。かたい友情を。絆を。2人の涙を。
「じゃあ!元気で!」
亜希と千都世は外に出た。夕日がきれいだ。
「今からは本気モードだ。行こう。何か手がかりがあるかもしれない。」
陽炎がのぼる坂道を、ゆっくり歩く。野辺山原ののどかな景色の余韻を楽しんで。




