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悪魔の住む石  作者: Aino
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増えた謎

「大阪府から引っ越してきた、村田梨乃さんです。」

赤いふちの眼鏡をかけた中年の女の教師が、黒板に大きく「村田梨乃」と書いた。のり子は、少し緊張してお辞儀をした。クラスの児童たちが、のり子を物珍しそうに見る。

「ときに(とりあえず)、村田さんはあの席におかけて(お座り下さい)。石原君、村田さんに教科書貸したるんだら(だよ)。」

梨乃は長野県の方言など知らない。だが、賢明でない担任の教師は容赦無く方言を使って話す。梨乃は混乱してしまった。

「村田さん、言われたことはじき(すぐ)にすること。石原君、手を上げたって。場所分からんって。」

今の話は分かった。梨乃は、手を上げた男子の横の席に座った。

児童たちがクスクス笑う。方言で、意味が通じないのが面白いのだ。梨乃はムッとして、きりりと前を向いた。

「では、算数の授業を始めます。教科書37ページで、先生がえる(選ぶ)問題を解いてくれるかや(かな)?」

藤堂というこの女の教師は、梨乃には目もかけずに黒板に解く問題をサラサラと書いた。でも、梨乃は、石切の学校では成績が良く、いつも上位の方にいたのだ。だから、梨乃も負けずに鉛筆を走らせる。隣の席の石原という児童は、ポカンとして彼女の鉛筆を見ている。

「出来た人はゆうて(言って)くんな(下さい)。あとで説明してもらうもんで(から)の。」

藤堂がそう言った瞬間に梨乃は挙手した。クラスメートたちがはっと驚く。藤堂も少し顔をしかめて梨乃の方を見た。藤堂は、軽々と地元の子供達を抜いていく優秀な梨乃が、どうも気に入らないらしい。

「何んたら(あらまー)、村田さん、学問はたるくさく(とろく)ないんねぇ。なら、村田さんに説明してもらおう。」

藤堂が嫌味たっぷりに言った。クラスメートたちもクスクス笑う。梨乃は、なぜ笑われているのか分からなくてまた混乱してしまった。自分が説明するということは分かったのだが。

「じゃあ、説明してもらおか。」

藤堂は不気味に笑った。梨乃は緊張でカチコチになりながら前に進み出た。

(落ち着け…、この問題は得意な旅人算じゃないの…。)

「…aさんとbさんは、1分間にそれぞれ80m、120m進むので、進んだ距離の合計は80+120で、1分間に200mです。8000mの道のりを1分間に200mずつ縮めていくので、8000÷200=40、よって答えは40分です。…分かりますか?」

梨乃は、いつも通りに説明した。大きく深呼吸してひと息ついてから、クラスメートたちを見わたす。だが、彼らはポカンと梨乃を見つめている。実は、この解き方は少し応用した解き方なのだ。この学校では、時間はかかるが簡単な方法で旅人算を解くらしい。担任の藤堂を見ると、クスクスといかにも意地悪そうに笑っていた。すると、児童の1人が手を上げて起立した。

「かんな(ごめんなさい)。みやましい(立派な)解き方…。でもおら(私)らの学校は全国で学問はどべ(最下位)の方だもんで。都会のやり方とは違うんよ。おめー(おまえ)、おららをいびってる(いじめている)かや?」

彼はまたクスクス笑いながら言った。梨乃はわけが分からない。すると、またもう1人、次は女子が起立した。

「おらら、悪態(悪口)ゆうてんのちゃうよ。おめーが、おらは都会から来たお嬢様で頭いいでーす…みたいな態度して、いきれて(調子に乗って)、おららが分からんような説明して…ごうがわく(腹が立つ)わぁ!」

彼女は、「都会から来たお嬢様で頭いいでーす」のような自分の態度に怒っているらしい…梨乃はそれだけは分かった。だが、その他は意味が全く分からない。また、そんな態度をとっているつもりはない。梨乃がオドオドしているのを見て、児童たちが笑う。ただそれの繰り返しである。

キーンコーンカーンコーン…チャイムが明るく鳴る。児童たちはいそいそと運動場に出て遊びに行く。どうやら、わんぱく男児が多いようだ。

「では、休み時間にしましょう。」

藤堂が明るく言う。梨乃は、そっと席に座り、故郷石切のことを考えていた。天敵だった奈緒やさくら、玲さえもが懐かしい。


そして、石切では…

「なぁ、梨乃、どうしてるんかなぁ…。やっぱ梨乃がおらんとちょっと暗いわ…。」

奈々絵が言った。亜希や小夏、蒼璃もうなずく。

「梨乃と連絡とりたいけど、長野の山中で電波届かへんし、っていうか電話番号知らんし。『お父さんは倒産した』って梨乃は言ってたから梨乃のお父さん、近くにおらんし、梨乃のおばあちゃんは病気が悪化して入院したし…ちょっと無理、やんな…」

亜希がため息をついて言った。椅子にもたれかかる。

「いやぁ、でも、梨乃のお父さんの会社がつぶれるとか…。だって、4月くらいにテレビで報道されてたけど、梨乃のお父さんの『MRT株式会社』、10年連続黒字って。」

小夏が言った。奈々絵も、「それ、見た!」と言ってうなずいた。

「ちょ、ちょっと待って!おかしくない?だって、そんな大手企業が倒産したんやったら、絶対マスコミの耳に入って大きく報道されるはずやで!?…でも、最近そんなニュース、全然聞かへんで。おかしいやん…!」

蒼璃は、毎日欠かさずニュース番組を見る。さすが蒼璃、中学受験に必要不可欠な時事問題対策である。だから、もちろんMRT株式会社のことは知っているのだ。

「あ…!ほんまや…!」

3人は圧倒されて蒼璃を見つめた。蒼璃は、力強くうなずいた。

「今日、あたしんちで調べよう。MRT株式会社のこと。」

蒼璃が言った。他の3人も同時にうなずく。

「帰ろう。」

小夏が言った時、ちょうど下校時刻を知らせる「ピアノ・ソナタ第8番『悲愴』第2楽章」が鳴り響いた。

「早く帰りや。門閉まるで。」

そばを通りかかった男の教師が、亜希たちを見てそう言った。4人は「反省の顔」をつくって「はい…」と返事し、走って学校を出る。

「やっぱり、梨乃のお父さんは嘘つかへんで。そんな人じゃないはずやもん。」

温情あふれる奈々絵が言った。亜希もうなずきかけた…その時!

「見て、あれ!」

小夏が急に声を上げた。そして、小夏が指差す方向には…

「MRT株式会社、30周年記念…!?」

大通りに面した工場の前に、軽トラックが止まっていた。その荷台の上には、鈍く光る大理石が乗せられていた。そして、その大理石に彫られた文字…「MRT株式会社 30周年記念」。

「そんな…」

奈々絵が首を振った。そんな奈々絵の肩を、蒼璃がそっと持つ。

「でも、まだ倒産してないって分かったわけじゃないし。ちゃんと調べよう。」

亜希が冷静に言った。小夏もうなずく。だが…


「祝!MRT株式会社、30周年記念!皆様に愛されて…」

奈々絵はパソコンの画面から目をそらした。亜希もうつむく。

4人は思う。なぜあの剛直で賢明な梨乃の父が嘘をついたのか…そして、梨乃の母、美智子の死は…?謎は深まるばかりである。

むろん、情報、通信網の少ない-長野の山奥に住む梨乃は、全くことを知らないのだった。


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