謎の国語ノート
それから5年の歳月が経つ。そしてこの日は、あの日と同じ、ポカポカと暖かい5月のある日だった。
「おっはよお!梨乃!」
梨乃の親友、亜希だ。少々大雑把だが、すらりと背が高く顔立ちの整った少女である。
「おはよう!」
梨乃も微笑み返した。梨乃は、お金持ちのお嬢様で、まだまだあどけない童顔だ。だが、明るくて優しいので、クラスでは人気者である。
「亜希!梨乃!おっはよー!」
3人の少女が駆けてきた。それぞれ、奈々絵、小夏、蒼璃である。奈々絵はひかえめで清楚、小夏はお笑い好きのお調子者、蒼璃は中学受験を控えた慎重な眼鏡の秀才…と性格の全く違う3人だが、以心伝心気の合う3人だ。さらに、そこに亜希と梨乃が加わると、どんな試練にも圧勝だ。あるクラスメートたちからの試練以外だが。
「そういえばさぁ、みんなプレゼンの原稿って仕上がった?」
いつも話題のタネをまく小夏が言った。
「今日の総合学習でやるやつやんな。たしか、国語ノートに書くんやったっけ?」
梨乃が言った。みんなは、「そうそう」とうなずく。
「ど、どうしよう…。私、社会ノートに書いてもうた!急いで写さな…!」
宿題忘れの多い亜希が言った。
「ちょ、ちょっとそれより時間見て!」
いきなり奈々絵が公園の時計台を指した。朝礼の時間まであと5分だ。もうすでに蒼璃は走り出している。
「ヤバい!」
少女たちは一目散に駆け出した。
「おはようございます!」
日直が大声で朝の挨拶をした。それに続けてクラスの児童たちが応える。
「みんな、おはよう。じゃあまず、宿題だったプレゼン原稿の国語ノートを班で集めて、リーダーが提出して。忘れた者は…、おらんと思うけどすぐに申し出て。お説教が待ってるからな。」
梨乃たちのクラスの担任、高野英治が真面目な顔で言ったので、クラスの児童たちの背中が凍りつく。でも、各班の信頼されているリーダーたちは、テキパキとノートを集めていく。
「あれ、村田、ノートは?」
梨乃の班の班長、仁川卓朗が言った。卓朗は、成績がとても良く、クラスメートからの信頼が厚い。また、有名私立中学の受験合格を目指すエリートでもあるのだ。
「ちょ、ちょっと待って…、あ、あれっ?おかしいな…。ど、どうしよう!無い!絶対入れたはずやのにいっ!」
梨乃がどこを探してもノートは見つからない。結局、彼女のノートが学校で現れることはなかった。
「…ったく…。ちゃんとランドセルの中確認しとき。たまにはミスるかもしれへんけれど、次は気いつけや。今日はこの紙に覚えている分を書いて発表しい。分かった?」
いつもは、若いだけあり宿題忘れの常習犯には感情的に怒鳴りつける高野だが、今日は宿題や持参品を絶対に忘れてこない梨乃だったので、さほど気にしている様子はなく、話を進めた。
でも、梨乃はまだノートの件を根に持っていた。彼女は今日の朝、きちんと国語ノートがランドセルに入っていることを確かめたのだ。だから、無いということは有り得ないのだ。
次の休み時間、梨乃の机のまわりには亜希や奈々絵、小夏、蒼璃が集まった。
「梨乃。そんな気にすることないって。私なんて今まで忘れ物何回してきたと思う?まだ梨乃は1回目やん。」
今日はギリギリで間に合った亜希が言ったが、梨乃はまだ元気がない。
「うーん…。でも、梨乃が忘れるやなんて…。」
奈々絵が言った。小夏や蒼璃も考えこんでいる。
「も、もしかしてやけど…。誰かが故意に盗んだ…とか?」
小夏が言った。…と、その言葉をある3人のクラスメートは聞き逃していなかった。
「ああもうっ!小夏ちゃん。また誰かのせいにするつもりなん?」
髪をポニーテールに束ねた少女が、梨乃たちの輪にゆっくりと近づいてきた。切れ長の目をしていて、それはまるで獲物を狙う肉食動物のようだ。また、その少女の背後には、3つ編みの少女と短く髪を切りそろえた少女とが2人いる。
「奈緒、玲、さくら…!」
小夏は不服そうな表情をした。この3人は、梨乃たち5人の天敵なのだ。梨乃たちは、このグループにはいつも負けてしまう。
「でもさ。高野先生、忘れた人には説教って言ったのに、梨乃ちゃんには全然怒らへんやん。この意見、妥当やんな!?」
3つ編みのさくらが言った。呑気な顔をしている。もう小夏は爆発寸前まできていた。それを必死に奈々絵がなだめる。
「エコヒイキ…じゃないっ?」
玲がニタリと笑って梨乃たちに問いかけた。
「ちょっと!それは言い過ぎやろ!?…もしかして、あんたらがノート盗んだん?」
小夏がついに爆発してしまった。声はふるえている。梨乃たちも不愉快だ。
「またそうやって人のせいにするんやぁ。ま、小夏ちゃんはそーいう性格やからな、しょうがないしょうがないっ。」
リーダー格の奈緒がうるさそうに言って、3人は教室から出て行ってしまった。
「あーあ、小夏、今日も私たちの負けやで。爆発したあかんって。冷静を保たな。」
亜希が残念そうに言った。
「でも、次はオトシマエつけてやろうや。」
小夏はまだ興奮している。
「分かってないな…。」
亜希がボソリとつぶやいた。国語ノートの件は、この時にはもう忘れ去られていた。




