「村田先生」の疑惑
「あ、あれ?」
亜希は、前方から来る2つの影に見覚えがあった。影はどんどん近づいてくる。
「知ってる人?」
千都世は目を凝らして影を見た。だが、見覚えはない。
「…高野、先生…と、奈緒のお母さん…!」
亜希は思わずつぶやいた。近づいてくる影はやはり高野と奈緒の母親、咲子だ。
「…うっ…、如月亜希…。」
高野はしまった、とでもいうように後ずさりする。亜希は1歩1歩、ゆっくりと前進。
「英治さん…、この子、6年A組にいた子やんね…。」
咲子も蒼ざめている。
「とにかく…、私は村田先生のところに行くから。貴方も、行こう…。」
咲子は早口でそう言うと、ズンズンと進んでいく。高野は、咲子についていった。
(村田先生…!?どういうこと…?)
亜希は千都世を見た。千都世はうん、とうなずいた。…尾行開始だ。
「村田先生は良い方やで。厳しいけど。」
咲子が言った。高野は、へぇ、と相槌を打つ。2人は木の陰に隠れる。
「あの方の力は凄まじい。私、ほんまに楽になったもん。」
「楽って?」
「気持ちの問題。気持ちが楽になった。でもあそこは女だけしかダメならしいの。だから貴方は外におって。いい?」
「ああ。分かった。」
そこで会話は終了した。山道を登っていくつもりのようだ。
「もうやめとこう。暗なったらあかんから。如月のお母さんも心配してるやろ。帰ろう。」
千都世は足を止めた。亜希もうなずく。空はもうオレンジ色が隠れてきていた。街灯など何もないので、辺りは薄暗い。
「本当、今日はありがとうございました。梨乃にも会えたし、手がかりも少しはありましたから。」
亜希は千都世に心から感謝していた。千都世がいたから、今日梨乃に会うことができたからだ。
「別に。そんなことないで。如月の性格上、浜松からここまで根性で行けるんちゃう?なんか、駅員にめっちゃ聞き回って行けそう。」
千都世の冗談に、亜希は笑った。だが…、
「どうやって帰ろう…?」
千都世は笑いを止めた。懐中電灯をリュックサックから出す。
「なんか、寒なってきたなぁ…。」
中央高地の気候は、昼と夜の気温差が激しいという特徴がある。薄着で来た2人は、ブルブルと震えた。
「おや…?あんたたち…、お昼間の…。」
しゃがれた声が聞こえた。振り返ると、さっき梨乃の住む家を教えてくれた老婆だった。老婆は、心配そうに2人を見た。
「あんじゃーない(大丈夫)かや?もうよーさ(夜)だら。おらっち(私の家)に今日は泊まり。」
老婆は親切に言った。だが、2人とも信州弁は分からない。戸惑っていると、不意に亜希の携帯電話が鳴り出した。亜希は携帯電話を耳に当てた。
「亜希!?今どこにおるん!?浜松!?」
亜希の母、彩子だ。彩子は、亜希が野辺山原にいることは知らない。今日は、友達と一緒に浜松で海水浴をして、夕方には帰って来るという予定だ。まさか亜希が友達と別れて中学2年生の大先輩と野辺山原で迷っているなどとは思わないだろう。
「あ、あんな、ちょ、ちょっと梨乃に会いに行こうってことになって、今は長野の野辺山原にいおる…。で、でも、今私の横に地元のおばあさんがおんねん。その人に帰り道聞くから大丈夫やねん。…ご、ごめんなさい…。」
亜希はハラハラしながら話した。もうすぐ彩子の雷が落ちる。
「そうなん!?それで、一緒の友達は?大丈夫なん?」
彩子の声がだんだん大きくなっていく。亜希は困惑した。千都世が心配そうに亜希を見る。彩子が小夏や奈々絵、蒼璃の家に電話したら、もう一貫の終わりだ。なぜ亜希だけ帰っていない…ということになるだろう。
「う、うん…。今すぐ帰るから!心配せんといて!」
亜希は千都世のことを言わずに電話を切った。すっかり忘れている…。そして、ふぅ、とため息をついた。
「本当にあんじゃーない?…ときに、おらのあんちゃ(兄さん)に駅まで送っていってもらい。車出してもらうからお寄りて(家の中に入って)。こっちだら。」
老婆は2人の前をゆっくり歩いた。着いた家は、梨乃が今住んでいる家より少し大きくて、亜希は少し足をすくませた。
「よし。送ってったろう。」
少しすると、老婆の兄が車を出してくれた。千都世と亜希は、お礼を言いながら車に乗った。…その後は、亜希は全く覚えていない。(ほとんど寝ていたのである。)
帰ると、まずは彩子のお説教だ。早口で怒る様子は、まるで忍者が手裏剣を投げるようである。(このような形容をすると、また彩子に手裏剣を投げられそうである…)
数日後、亜希と千都世は神社の前で待ち合わせた。
この石切神社は、お百度詣りで有名で、今日も何人かの人がお百度詣りをしている。皆、真剣な表情で、亜希や小夏、奈々絵、蒼璃、そして千都世と同じで、それぞれの大切な人を想っているのだ。
鳥居の前で数分待つと、千都世が遅ればせながらやってきた。さっそく本題に入る。
「でも、如月の担任教師とクラスメートの母親が密通してて、その人が梨乃の祖母と知り合いだった…って、何か梨乃の母親の殺人事件と関係してるんちゃうん?」
千都世はそう言った。亜希は首を傾げる。
「じゃあ、梨乃のお父さんのフリンっていうのですかね…、不倫は?」
使い慣れない言葉を使って亜希が訊いた。
「分からへんけど、つながりはあるはずやと思う。…でも、俺は、何か梨乃の父親が怪しいと思う。だってさ、梨乃に『倒産した』って言ったのに本当は会社は何事もなく動いているんだろう。ウソをついた人はマークしといた方がよくない?何らかの情報を隠そうとしてんねんから。」
千都世が言った。専門家のようだ。
「梨乃のおばあちゃんも怪しいです。だいいち、あんな山奥に行って何してるんって話です。おかしいですよね。」
亜希も疑問点を挙げていく。
「何か隠れてやってるんちゃう?村田先生っていうのも、絶対何かあるわ。」
2人は黙って考え込んだ。真剣だ。
「も、もしかして、死体埋めてるとか…?」
亜希はビクビクしながら言った。考えただけでゾクっとする。
「いや。そりゃちゃうんちゃう?『先生』やで。死体を埋めてる先生を普通慕う?しかも、あん時の話を思い出してみ。『あの方の力は凄まじい。私、ほんまに楽になったもん。』だぞ。雰囲気が違う。」
千都世の記憶力は凄まじい。亜希は「はぁー」とため息をつきながらも、納得した。
「じゃぁ…、宗教的な…!?」
亜希がつぶやくと、千都世が亜希をまっすぐに見つめた。
「それや!」
亜希が、久しぶりに千都世に赤くなった。




