花火大会
「あーずさ」
教室で、彼紫音くんが私に声を掛けてきた。
「何?」
今日は、終業式で、明日から夏休みだ。
「梓。花火大会に行こう!」
唐突のお誘い。
エッ…と……。
「流崎くんが行くなら、わたくしも一緒してもよろしいでしょうか?」
何処で聞いてたのか、有美さんが口にする。
「じゃあさぁ、クラスで行ける奴だけで行こうぜ」
って……。
何んで、大事になってるの?
彼も苦笑し出した。
ってなわけで、クラス一同(有志だけ)で、行くことになった。
待ち合わせ場所は、会場の入り口。
親友の朋子は、前から彼氏と約束してたみたいで、今日は来れない。
よって、今日は、朋子にヘルプが出来ない。
はぁーーー。
うーん。
取り敢えず、浴衣に着替え髪を耳の後ろで両サイドをお団子に結い、待ち合わせ場所に向かう。履きなれない下駄を踏んで。
会場では、色とりどりの浴衣を着た女の子達が、彼を囲んでいた。
端から見ると、迷惑な団体となっていたが……。
彼の浴衣姿を垣間見得るとは思わなかった。
他の女の子達も、そうなんだろうなぁー。
私もそんな彼女達の一員となって、見とれていた。
「おっ、田口。首もとがイヤらしいな」
って、クラスの男子が、私の後ろに立っていた。
わお、何時の間に……。
確かに、普段は下ろしてるからそう見られても仕方ない。
「…そう?」
「う…うん。俺的には、アップにしてた方が…可愛い…と思う…」
照れながら、答えられた。
うーん。
可愛いか…。
自分では、全く可愛いなんて思わない。だって、彼の周りに居る子達の方が、可愛いって思う。
「なぁ、田口。奴は、他の女子の相手で忙しそうだから、俺と廻るか?」
唐突に言われる。
確かに、今目の前で健気に相手をしてる彼。
私の存在にも気付いていないみたいだし。
ずっと気付かないで終わっちゃいそうだな。
「そろそろ移動するか…」
委員長の声が、辺りに響く。
まぁ、ここに長居してても、仕方ないし、他の人にも迷惑だろうしね。
納得しながら、ゾロゾロと歩く。
彼を真ん中にして、彼女達も移動する。
彼の横を陣取ってるのは、有美さん。
ベッタリと張り付いてる。
彼が、一番嫌がることなのに……。
私は、その様子を見ながら後に付いていく。
時折、出店を覗きながら……。
「田口。いいのか?」
さっきの彼が言う。
「何が?」
「あれ…」
って、顎で指す彼に。
「毎度の事だし、イチイチ気にしてたら、身が持たないよ」
って、苦笑してみせた。
「まぁ、そうだろうなぁ……」
彼も苦笑を漏らす。
「寂しくないのか?」
うーん。
「寂しいって思ったことはないよ。だって、彼女達の知らない姿を私の前では、見せてくれるからね」
拗ね顔なんて、凄く可愛いし…ね。
思い出し笑いをしてしまう。
「そっか…」
そんな呟きが耳に届いた。
「この辺でいいだろう」
委員長が、花火が見やすい場所(川沿いの遊歩道)で止まった。
まぁ、クラスの大半が来ているのだから、ここが一番いいのであろう。
彼の回りには、相変わらず彼女達が群がっている。
アハハ……。
入って行く余裕さえないや。
私は、他の人の邪魔になら無いところに腰を下ろした。
「はい」
って、私の前にお好み焼きの入ったパックが差し出された。
「あ、ありがとう。お金は?」
って聞くと。
「俺の奢り」
って…。
奢ってもらう言われもないので、巾着からお金を取り出して、彼に渡した。
そんな私の行動に困惑を見せる彼。
「奢ってもらう、理由無いからね」
って苦笑した。
「頂きます」
私は、手を合わせてそう言うと、パックの蓋を開けて、食べ出した。
う〜ん、美味しい。
外で食べるからかなぁ?
それとも、何時もと違う環境で食べるから?
モグモグ……。
「お前、美味しそうに食べるよな」
って、横から言われて。
「美味しいものを美味しく食べないで、どうするの?」
って、逆に聞く。
「そりゃそうだ」
って……。
「そんなに美味しいなら、俺にも一口くれないか?」
ってさ。
う〜ん。
まぁいいか。
買って来てくれたんだし……。
私は、箸でお好み焼きを一口大に切って、彼の口に運ぼうとしたら。
「梓!!」
って、大声で呼ばれた。
振り返ると、彼が焦ったように私の方へダッシュで駆け寄ってくる。
浴衣が着崩れするのも構わずに……。
な…に……。
何が起こった?
彼が、怒った顔で近付いてくる。
えっ…。
えっえっ……。
私、何かいけないことした?
少し、パニック状態。
「木村。梓で遊ぶな!」
彼は、木村くんと言うんだ。
同じクラスなのに初めて知った。
って、違う。
彼が、木村くんに掴みかかる。
「それなら、お前は、何してるんだ?彼女をほったらかしにして、他の女子達と楽しく遊んでるのにか?だったら、俺が彼女と居ても構わないだろうが?」
木村くんが、余裕の笑みを浮かべて言う。
一触即発ってこの事?
「オレはな、花火が始まる前にアイツラを蹴散らせてから、ゆっくりとだなぁ……」
彼の言葉尻が小さくなっていく。
「ほーー。そんな算段を……」
不適な笑みを浮かべて、言う木村くんに。
「そう言うお前こそ、オレが、梓を誘ってるところに最初に『クラスで行こう』って言い出したんだろ?梓の事、狙ってるんだろ?」
……ん?
今聞き捨てならぬ言葉が、彼から聞こえてきたような……。
「あぁ、そうだ」
エッ…肯定してる。
「流崎が、他の女子を相手にしてる内に手を出そうとな。したら、田口から惚気けを聞かされたよ。お前の事、信頼してるんだなって思った。田口の中には、隙なんて微塵もなかった」
って…。
あれ?
私が惚気てた?
さっきと違い、紫音くんが呆けた顔をする。
?
私が、紫音くんの顔を覗き込むと片手で口許を押さえて、そっぽを向く。
うん?
照れてるね。
暗くて、顔色までは、わからなかったけど…。
「お前でも、そういう顔するんだな」
木村くんが、からかうように言う。
「うるせえ」
って、小声で呟く。
「田口。俺は、お前の事が好きだ。それは、偽りの無い想いだ。もし、流崎と別れるようなら、俺のとこに来い。何時でも歓迎するよ」
真顔で言う木村くんに。
「誰が、梓を手放すかよ!」
って、紫音くんが言い返していた。
えっと……。
つまり………。
木村くんが、私の事が好きで、彼が他の女子の相手をしている内に私を……ってこと?
アレレ?
「梓…」
彼が、バツの悪そうな顔をする。
「ごめんな。オレ、梓の事ほったらかしにするつもりなんてなくて…、彼女達を言いくるめて、梓と一緒に…って思ってたんだ」
って…。
「言い訳染みてると思うけど、梓と二人で見たかったから…。オレにとって、梓との“初めて”をしたかったんだ」
ちょっとだけ顔を困らせて言う。
うん。
私も、彼…紫音くんと“初めて”を増やしたいって思ってた。
「ううん。元はと言えば、私が早く返事をしなかったからだもの。私こそ、ごめんね」
私は、彼に頭を下げた。
「なぁ、梓。オレにもそれをくれないか?」
って、紫音くんが、私が手にしているお好み焼きを指す。
「冷めちゃってるけどいい?」
「うん」
私は、お好み焼きを一口大にして、彼の口に運び込んだ。
彼は、とても満足そうな笑顔を見せる。
「旨い!」
って、声が聞こえた。
うふふ…。
私は、一口大に切ったお好み焼きを頬張る。
モグモグ……。
うん。
冷めてても美味しい!
「梓…」
彼に呼ばれて。
「うん?」
小首を傾げる。
「間接キス」
って、耳元でささやかれ、顔に熱を帯びる。
そっか、さっき慌てて走ってきたのって…。そんな事に思いいたった。
そんな私に対して、彼が直接キスしてきた。
その時。
「ヒューーー、ドドーーン」
っと音が、耳に届いた。
クラスメートの名前も覚えていない梓。
相変わらず鈍い。
彼の苦悩は、いつ終わるんでしょう?