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「水晶の魔女」の魔法塾

ミサと港の星読みの魔女と

作者: 蒼久斎

 お久しぶりです。リハビリ頑張ってます。体調不良の予防も兼ねて、ハーブと薬草の勉強をはじめました。そうしたら、もう本当に冒頭だけ書いて放置していた「あやしい魔法塾」シリーズの2つめが、ふっと浮かんできたのです。

 今回の単品でも読めます。ちなみに前作の「先生(アヤ先生)」とは違って、今作の「サヤ先生」は、かなりテキトーでゆるい感じの人です。あと、今回はちょっとだけ、いかにも「魔女」なこともします。でもやっぱり地味なのが、この「水晶の魔女」シリーズなのです。まぁ、ゆっくり、のんびり、いきましょう。




 学校は丘の上にあるけれど、高台の校舎から南を見れば、青い空と白い雲の下に、青い海と白い船とを見ることが出来る。風光明媚な港町。

 授業が終わり、委員会活動が終わり、皆が部活に散る頃には、ミサは鞄に辞書まで詰めて、塾に行く準備を万端に整えていた。ミサは帰宅部である。いや、塾部である。

 教科書も辞書も学校のロッカーに置きっぱなしにする生徒が大半であるところを、毎度毎度、律儀に持って帰り、また決して忘れてこない。そんな彼女は職員室でも評判の、風変わりな優等生だ。

 失礼します、と挨拶を飛ばしながら、ミサは港湾方面に向かうバスに乗る。

 バスやその他の乗り物の窓から、流れる景色を飽かず眺める。毎日、変わらないようでいて、実は少しずつ変わっていっている。そんな姿を観察するのが、ミサは何より好きだ。

 まだよく知らない自分の育った街。あの店は何をする店だろう。どんな人がいて、どんな雰囲気の店なのだろう。あの素敵な商品を作った職人さんは、この店で会うことが出来るだろうか。

 図書館で借りたのは、日本で一番有名な海外旅行のガイドブックだ。

 いつか、知らない街へ旅に出てみたい。

 思う存分、知らない空を眺めて、今までに見たこともない美しい景色、自然の峻厳さ、人の心の温かさと強さを、体感的経験として、この体に蓄積したい。

 それがミサの言葉に力を与え、やがて未来に羽ばたく半人前魔女を鍛えてくれるだろう。

 街の小さなブックカフェ。

 そこがミサの「魔法の塾」だ。

 からんからん、とベルを鳴らして、喫茶店の扉を開ける。

「アロー、先生!」

 どうやって商売が成り立っているのか不思議なくらい、ミサの来る時間帯には客がいない。先生が言うには、ミサが家に帰る頃がかき入れ時らしい。

「ウチは、夜はバーにもなるからねぇ」

 ミサがまだ本当に、ここに来て間もなかった頃にした問いに、先生はそう答えていた。

 たしかに、奥まったところにはバーカウンターもあるし、ずらりと酒瓶も並んでいる。

 けれどもやっぱり、壁一面を埋め尽くすだけでは、まだ足りない本棚が、あまりにも圧巻で、お酒のことなんて、ほとんど目に入らない。だって、この店ときたら、半個室状態にするためのブースを、本棚で作っているのだ。しかも、天井まで届くような本棚で。

 そのブースの一つ一つは、二人席か四人席だ。そして、ブースごとに、並んでいる本の分野が違う。たとえば児童向けファンタジーの席、たとえば近代日本小説の席。詩と和歌・短歌に俳句の席。西洋や中国やインドの哲学の席に、歴史学の席。あるいは宇宙と天文学・地質学の席。植物学の席。ミサの一等のお気に入りは、もちろん「民俗学と地理の席」である。

 真ん中には一つだけ、大きな長テーブルがあるけれども、これは色々な雑貨を並べた、いわば商品の陳列台で、お客さんの荷物置き用の椅子を、ちょこちょこと下に潜ませている程度だ。ここは、一人か、それとも気心の知れた友と訪れるための店なのだ。

 ちなみに、陳列されている雑貨は、アンティークやヴィンテージのアクセサリーや燭台、鉱物や化石の標本に、天秤や天球儀やアストロラーベ、古い時代の実験器具と、本当に雑多だ。中には先生の手作りもある。でも、そのどれ一つとして、この店の雰囲気を損なうことはない。

 それと、本棚と言っても、ぎっしり本で埋まっているわけではなくて、ところどころに、その時々のお薦めの本と、それに関連する絵や標本や模型が飾られていて、それもまたこの店を訪れる楽しみの一つになっている。店主でもある先生は、宮沢賢治が好きらしい。

《食べたら200円。とれたて》

 そうメモを貼り付けて、やまなしが飾られていたこともあった。

「アロー、ミサ」

 カウンターの傍に立っていた先生が、笑顔でコチラを振り返った。真っ黒なロングドレスに、生成り色のフリルのエプロンをつけている。ちょっとだけ、メイドさんみたいだけれど、よく見ると実は綺麗な細工がされた眼鏡を見ると、メイドさん、とはちょっと違う気がする。先生が着ている真っ黒のドレスは、長袖になったりパフ袖になったり、結構種類があるけれども、そのどれに着ていても、いつも、大きなペンダントをつけているのだ。

 アンティークゴールドの台座に、向こうを透かし見えるように嵌め込まれた水晶には、まるで花火や流星雨のように、金色のルチルが散っている。

 こんな素敵なアクセサリーは、どうしたってメイドさんの着けるものではないだろう。

 そして、いよいよ今日は、ミサが待ちに待った日なのである。



 ミサがこの「塾」に入って知ったのは、魔女とその「つがいの石」のことだ。二酸化ケイ素系の……つまり、水晶に代表される、石英質の鉱物の中には、地球の力が特に感じ取りやすく入っている。魔女はその力に共鳴して、少しだけ「不思議なこと」を起こすことが出来る。

 そして、そんな魔法使いには皆、自分たちと巡り会う日を待っている、運命の「番の石」がある。もっとも、これは世界でたった一つしかないものだ。運良く早々に巡り会う例もあるそうだけれど、そんなことは滅多にない。だから、ほとんどの魔女たちは、最初は「番の石」を探す手がかりとなる「適合水晶」を探す。

 普通のごく一般的な水晶の人もいるし、紅水晶ローズクォーツ黄水晶シトリン紫水晶アメジストレモン水晶(レモンクォーツ)煙水晶スモーキークォーツ黒水晶モリオン緑水晶プレシオライト乳白水晶ミルキークォーツの他、水入り水晶やオイル入り水晶、草入り水晶、ススキ入り水晶、そして、ミサの先生のような針入り水晶(ルチルクォーツ)なんて「変わり水晶」のこともある。

 あるいは、そういった結晶質のものではない、隠微晶質クリプトクリスタラインの鉱物の場合もある。たとえば、紅玉髄カーネリアン緑玉髄クリソプレーズ瑪瑙アゲート碧玉ジャスパー血星石ブラッドストーン、オニキスや虎目石タイガーアイなんて、半ば宝石扱いの石が「適合水晶」の事例もある。

 さらに、まさしく宝石である、蛋白石オパールが「適合水晶」の魔女もいる。ミサはこの「塾」で初めて知ったのだけれども、オパールは非晶質アモルファスと呼ばれるタイプの、石英クォーツグループの宝石だったのだ。ちなみにオパールの魔女は、金欠と戦う運命にあることが多いらしい。そりゃあ、相手が宝石では、なかなか手は出ないだろう。

 あと、可哀相なことに、ようやく見つけた「番の石」が、博物館の所蔵品だった、という魔女もいるそうだ。こういう相手を、特に博物館級ミュージアム・クラスと呼ぶらしい。絶対に一緒にいられないのが「運命の相手」なので、半ば悲劇扱いされている。

 もっとも、一度その「番の石」と出会ってしまえば、魔女と石の間に「リンク」が出来るそうで、それまでよりもスムーズに、力を使えるようになるらしい。なので、たとい相手が博物館にあろうとも、出会えたならば問題はないのだそうだ。ただ、ちょっと切ないだけで。

 「適合水晶」や「番の石」には色々種類があるけれど、宝石や博物館級ミュージアム・クラスだから強いチカラを使えるとか、ただのよくある水晶の欠片なら弱いとか、そういうことはないらしい。ただ得意分野が異なる傾向は、ちょっとあるらしい。

 ミサの「適合水晶」は、なかなか見つからなかったのだけれど、先生に誘われて行った鉱物即売展覧会ミネラルショーで、ついにそれが見つかった。

 不透明なはずなのに、どこか滑らかな青色をした、玉髄カルセドニー

 それを見た瞬間に、先生の言っていた「見れば分かるよ。聞こえてくるからね」という言葉を、はっきりと体感した。呼ばれている、と、あの時ミサは確信した。

「シーブルーカルセドニー?」

 商品名を見て、ちょっと違うと思った。これは、海の青だろうか? いつも見上げている、港町の空の青の方が、よっぽど似ている気がする。

 いや、こんな色の海も、あるのかもしれない。自分が見ていないだけで。

 ミサは商品棚をひっくり返し、いちばん気に入ったシーブルーカルセドニーを選んだ。先生は「番の石」の手がかりになるなら、好きなものを選べばいいと言っていたのだ。

「これ、ください」

 ミサのお小遣いでも十分に手に入る、空豆大の水色の半貴石。

 満面の笑みで「これが私の水晶でした」と言ったミサに、先生は「じゃあそれ、何にしよう?」と問うてきた。もちろん、ミサは即答した。

「ペンダントがいいです!」

 先生がいつも着けているみたいに、自分もいつも身につけたい。

 わかった、と言ってくれた先生と、色々話し合ってデザインを考えて。

 それがついに今日、ミサの手元にやってくる。



 わくわくしながら、ミサはカウンター席に座る。

 先生は、小さな黒い紙箱を取り出して、それからそっと開いた。

「わあっ!」

 銀色の土台の中央に、しっとりと光る、シーブルーカルセドニー。

 その水色の周囲を、ぽつぽつと、宝石代わりのカットガラスが囲んでいる。ちなみに、ガラスも石英質なので、実は結構、媒体に使えるのだ。きっと補助も兼ねているのだろう。

「シルバーで仕上げたよ。銀は『チカラ』を良く伝えるからね」

 先生は、彫金の技術を持っているのだ。

「ありがとうございます!」

 にまにまと、笑いがこみ上げてきて止まらない。

 さっそく、ミサはそれを着けてみた。

 そして、先生が用意してくれた鏡を覗き込む。

「……似合わない」

 しょんぼりと肩を落とす。

 とても素敵なペンダントなのに、ミサの学校の制服には、どうしたって似合わない。

「じゃ、着替えてみようか?」

 そう言った先生の手には、黒いドレスが現れていた。

「それっ!」

「ミサのための『魔女のドレス』だよ」

 従業員用の奥の部屋を使わせてもらって、ミサはその黒いドレスに着替えてみる。

「うわぁ、ピッタリです!」

 先生は、洋裁の技術も持っている。いつものドレスもほぼ全て自作である。

 ヨーク切り替えの胸元には、控えめにピンタック。カッチリした印象なのに、意外に肩が動かし易いのには驚いた。背中のファスナーも引き上げやすい。後ろリボンをきゅっと結ぶと、なんだかまた一段、魔女になれたような気がして、嬉しい。

 でも先生とは違って、スカートは膝丈だ。先生のは、地面につくほどのロング丈なのに。

「……この、スカート」

 そう言って、少し俯いたミサに、あはは、と先生は笑う。

「ミサにはまだまだ、ロングスカートはダメだよ。これは一人前の証だしね」

「早く一人前になります!」

 ぐっ、と拳を握りしめるミサに、先生は今度は、少し困ったように微笑んだ。

「良い心意気だ。でも、焦ったらダメだよ。正しく『チカラ』を使えなくなる。『魔法』というのは、人間の謙虚さが生むチカラだ。世界の大きさを知る人間が、少し分けてもらうものだ」

 先生は何度も、ミサにそう言っている。

「はぁい」

 本当に大事な「掟」なのだろう。耳にたこができるほど聞かされている。

 でも、早く一人前になりたいと思うのも、仕方のないことだろう。

「ほら、ミサ」

 先生は、話題を変えるように柔らかく笑んで、姿見を向かせる。

「どう? これなら似合うだろう?」

 鏡の中の自分を見て、ミサは満面の笑みを浮かべた。

 スカート丈はまだ膝までだけれど、黒いドレスと、青い適合水晶のアクセサリー。

「これで私も、立派な『半人前』の魔女ですね!」

 そう言えば、先生は、あはは、と笑って、何度も頷いた。

「よく似合っているよ」

 じゃあ、勉強しようか。

 ニッコリと、先生は分厚い辞書を構えて、くるくる回るミサにそう言った。



 ミサがこの「塾」に来て知ったこと。その2。世の中の人が思っているほど、「魔法」って簡単なものじゃない。それから、すごいことが出来るものじゃない。

 杖を振って、呪文を唱えたら、何かが起きる?

 そういう魔法を望むなら、ミサたち「水晶の魔女」は専門外だ。

 ミサの師匠である、サヤ先生の姉弟子の中には、杖を使う人もいる。けれどもそれは、おまじないの最後の仕上げ用だったり、とにかく、何か現象を起こすための「アイテム」とは違う、どちらかというと、お祈りのための聖なる道具、という感じだ。

 「水晶の魔女」は、大自然からチカラを分けてもらう。チカラの分けてもらい方を知っているだけの、ただそれだけの人間だ。そして、チカラを分けてくれるかどうかは、サヤ先生のいわく「交渉」にかかっている。その「交渉」のことを、人は「儀式」とか仰々しく呼ぶのだけれど、ともかく、本当のところその実態は、チカラを分けてもらえるように、最適のタイミングで、最適の方法で、世界に「お願い」をすること。ただそれだけのことなのだ。

 魔女たちは、大自然が出してくれるサインを、敏感に受け止めて、そしてそれに合わせて、最適な道を探し出す。目を凝らして、耳を澄ませて、直に触れて、時には味わって。

 そして、それぞれ得意な分野を見つけて、お互いに助け合いながら生きていくのだ。だって「魔法」が、その程度のものでしかないなんて、だいたい身内しか知らないものだ。世の中の人は、魔法はもっと仰々しくて、派手なものだと思っている。それか、おどろおどろしいものか。

 実際には、地味で大したことも出来なくて、それなのに、それをすら出来るようになるまでに、たくさんたくさん勉強しないといけない。

 まず、世界の言葉を理解するために、国語というか、語学。そして、世界の法則を理解するために、数学や物理学や化学。世界の姿を見るために、地学や生物学。世界の変化を考えるために、哲学や歴史学。それから、世界と交渉するための、弁論術や修辞法、美術や音楽。

 まぁぶっちゃけて言うと、学校の勉強も出来ないようでは、一人前の「水晶の魔女」になんて、到底、なれはしないのだ。ミサの成績が良いのは、ある意味では当然だ。

 それらをやって、ようやく、世界の言葉を受け止めて生かす「占い」や、世界のチカラを分けてもらう「おまじない」が出来るようになる。

 実際には、全部同時進行で学習を進めていくのだけれども、やっぱり「占い」や「おまじない」は、なかなか教えてもらえない。これらを正しく使うためには、サヤ先生いわく「自分がどれだけ、弱くてばかで、ちっぽけな存在かを、心底思い知る」ことが必要なのだそうだ。

「魔女というのは、自分がどれだけ弱い存在かを、人よりよく知っている人のこと」

 サヤ先生の口癖だ。先生の姉弟子の口癖だったらしい。

 そうだろうか、とミサは思うのだけれど、そう思ううちは「半人前」らしい。

 ちなみに、サヤ先生はミサの憧れで、魔法の中では「占い」が得意だ。ミサがサヤ先生に弟子入りすると決めたのも、サヤ先生の占いがきっかけだった。

「私にとっての占いは、人に希望と勇気を与えるもの、だよ」

 そして、時には「覚悟」をね。

 サヤ先生は、得意なくせに、滅多に占いをしてくれない。けれども、本当に困っている時には、少しだけ「世界の声」を教えてくれる。

「占いなんて、半分以上はカウンセリングだよ」

 そう言いながら笑っていたサヤ先生は、一応、カウンセラーでもあるそうだ。

「世界の声を聴くことも、人の心を聴くことも、基本は同じさ……もっとも、人の心を聴くことは、たいてい、あんまり気持ちのいいものじゃない。世界の声にはなくて、人の心にはあるもの……それが何だか、分かるかい?」

 そう問われて、ミサは答えに困った。何だろう。まずミサは、「世界の声」というのも、まだあんまり聞くことができないのだ。

 悩むミサに、サヤ先生は、少し悲しそうに微笑みながら、教えてくれた。

「『悪意』だよ」

 この地球をとりまく世界には、膨大なエネルギーが宿っていて、その爆発は時に大災害として、たくさんの人々に悲しみをもたらす。けれど、そこには「悪意」はない。人間の感覚では、どんなに悲惨な出来事でも、世界そのものに、人間に害をなそうとする意志があるわけではない。

「でも、人間は違う……人間の心には、他者を害しようとする、積極的な意志がある」

 だからね、向いているけれども、私は滅多に占いなんて、やりたくないのさ。

「それに、わざわざ占いなんてしなくても、洋裁や何やで、なんとかやっていけるからね」



 彫金に洋裁、喫茶店兼バーの経営に、本人はやりたがらないけれども、占い。

 サヤ先生って、何でも出来るんですね、と最初の頃ミサは言ったものだ。

 けれども、サヤ先生程度のことも出来ないようでは、一人前とは認められないのだな、ということを、勉強が進んで行くにつれて、ひしひしと感じるようになった。

 たとえば、他の街ではあるけれども、同じく喫茶店を兼業した「塾」をしている、アヤさんという魔女は、高校の先生であり、小説書きであり、イラストレーターであり、アロマセラピストであり、アクセサリーのデザイナー兼作家であり、真面目な学問の研究者であると同時に、「あやしげ」な占い師で、シンガーソングライターだという。しかも、料理も裁縫もばっちりで、染色と刺繍をこなし、布だって自分で織ってしまえる。ついでに、何故か格闘戦術までマスターしているらしい。

 その話を聞いて、超人だ、と思ったミサの考えには、さすがのサヤ先生も頷いていた。

「アヤ姉さん以上にすごいとなると、エリカ姉さんぐらいだろうね」

 エリカさんは、文章書きで、絵描きで、アクセサリーのデザイナー兼作家で、もちろんのこと料理も上手だ。しかも裁縫は、糸から紡いで染めて織って裁断して服が作れる。家具まで自分で作ってしまう。ハンドクラフトはたいていこなせるそうだ。お店の所々に飾られているステンドグラス、あれはエリカさんが作ったのものだと聞いた時には、さすがに仰天した。

「エリカ姉さんの、すごくて、悪いところは、一目見たらだいたい何でもできるところだ」

 なんでも、さらに、アロマとハーブの知識が豊富で、サヤ先生の姉弟子の中でも、特に薬草の扱いが上手い一人だそうだ。もちろん、魔女であるから「占い」や「おまじない」も出来る。アヤさんとは違って譜面に起こしたりはしないそうだが、即興で「世界のリズム」に合わせて歌を作れるそうだ。これは特に優秀な魔女にしか出来ないらしい。ついでにいうと、国立大学の院卒の、研究者でもあるという。

 大学院卒、と聞いて、無論、ミサは固まった。

「……その、エリカさん、って、どのぐらい賢いんですか?」

「知能指数的な意味なら、最大値200の測定テストで、IQ160だか170だったかな。ちなみに、東大生の平均が120だそうだ。世界が100人の村だったら、エリカ姉さんより知能指数が高いのは、せいぜい一人ってぐらいだよ。あと偏差値って意味なら、高校の時の模試で、たしか90とか言ってた」

 偏差値90!

「そ、それって、本当の……?」

 ミサの心など、サヤ先生にはお見通しなのだろう。苦笑と共に肩をすくめられた。

「嘘って『声』は聞こえなかったし。まぁ、お勉強という意味なら、たしかにエリカ姉さんは、私の姉弟子の中では、トップクラスの学者肌だよ。今は山奥に家を構えて、そこで薬草とか野菜とかを育てたりしながら、猫と一緒に一人暮らし……いや、二人暮らし、というべきかな?」

 いかにも「魔女」だ。

 もっとも、やがて世界中を飛び回りたいミサの夢とは、対照的な姿だけれど。

「やっぱり頭が良くないと、優秀な魔女にはなれないんですか?」

 ミサの問いに、まぁある程度まではね、と、サヤ先生は無情な答えをくれた。

「『水晶の魔女』は、『世界のチカラ』を分けてもらう。そのためには、分けてくれる相手のことを、深くしっかり知らないといけない。そこはね、ある程度までは勉強が出来ないと、話にならない……だけどね、ミサ。どんなに知能指数が高くても、まっすぐに『世界』と向き合わない人間は、絶対に『魔女』にはなれないんだよ。考えてもご覧。自分のことをいい加減にしか扱ってくれない相手と、付き合うだなんて、嫌だろう?」

 パチン、とウィンクをして、サヤ先生は言った。

「私たち『水晶の魔女』は、世界のリズムの中で生きている……最初に必要なのは学力だけれど、最後の最後に、魔女の優秀さを決めるのは、世界に対する感受性の高さと、それから謙虚さだよ。アヤ姉さんは少しばかり、自信満々なのが玉に瑕だな」

 でも、学校の先生でもあるのなら、自信がなさ過ぎても問題だろう。



 ミサはあの話をした時に、いつかその「アヤ先生」に会ってみたいと、サヤ先生に言ってみた。そうしたら、サヤ先生は、「ミサの『適合水晶』が見つかったらね」と言っていた。

 さて、ミサも「適合水晶」を見つけたし、半人前とは言え、魔女のドレスもできた。

 わくわくしながら、ミサは店の端っこの「勉強のテーブル」に座る。ここは、ミサが「水晶の魔女」の勉強をする時の席であり、それから、サヤ先生が時々する「占い」に使う場所でもある。

「じゃあ今日は、古文をしようか」

「……語学ですか」

 基本中の基本教科だ。ガックリと、ミサは少し肩を落とした。

 世界を旅するのに使える英語はともかく、古文はいまいち、好きになれない。難しいし、ややこしいし、敬語だらけで面倒くさい。それに何より、今更こんな言葉、使わない。

 はっきりと、残念そうな様子を見せたミサに、サヤ先生は苦笑する。

「こら。古文でコケてるようじゃ、先には進めないぞ」

「だって退屈……」

 うー、と唇を尖らせる弟子に、サヤ先生は三冊の本を示す。

「今日の選択肢は三つだ。『枕草子』と『徒然草』と『方丈記』……どれにする?」

「『徒然草』!」

 即答したミサに、おや、とサヤ先生は目を見開く。

「……今、授業でやっているな?」

「バレましたか」

「じゃあ、授業と同じ範囲を、やろうか」

「やった!」

 ミサが、あんまり好きになれない古文のテストでも、わりといい点数を取れるのは、サヤ先生が授業と同じ範囲を、もう一度「魔女の視点」で読み解きなおしてくれるからだ。

「楽をしたがるのは、ミサの悪い点だな」

「短所は長所です」

 減らず口を叩く弟子を、こら、とたしなめ、しかし「そういえば」と、サヤ先生は呟く。

「数学は、コツを掴むと早いな」

「公式って、素晴らしいですよね!」

 ぐっ、と両手を握りしめて、思わず力説するミサは、理系コースである。

「……言っておくが、数学は法則の分析方法でしかないぞ。この世に『唯一の答え』というものがあるとすれば、それはすなわち『唯一の答えなど存在しない』ということだ」

「なんだか、クレタ島人のパラドクス、を思い出しました」

 ギリシア哲学の、有名な逆説である。すなわち「全てのクレタ島人は嘘つきだとクレタ島人が言った」場合、論理的整合性を失ってしまう。

「ふむ。いささか異なる気がするが……まあ良いか。私だって、変なところで『テキトー』で『いい加減』なのが短所だと、マリ先生に言われたしな。あと、忘れっぽいとか」

 サヤ先生の姉弟子が、アヤ先生とエリカさんで、三人の師匠はマリ先生。マリ先生の師匠は、マヤ先生というそうだ。ご存命かどうかは、残念ながらミサは知らない。

 少し思い出に耽ったらしいサヤ先生は、はっ、と目を見開いた。

「しまった! 少しズルをしよう!」

 そう叫ぶと、お店の経理などに使っている、ノートパソコンを持ってきた。

 現代では「魔女」だって、パソコンを使うのである。

「やっばいやっばい……」

 そう言いながら、サヤ先生は、ミサの勉強そっちのけで、天文ソフトを立ち上げた。



星占い(アストロマンシー)ですか?」

 サヤ先生の占いは、たいていはタロットだ。しかし、それは多分にカウンセリングの要素を含む場合の話で、本気を出す時には、ホロスコープを作って占星術をやる。ちなみに、天文学はおろか、地質学も物理学も数学さえも総動員する、オリジナルの術式らしい。

「そう。術者は己を占うべからず、ってのは占いの大原則なんだが、コイツと『数占い(アリスマンシー)』はちょいと別だ。解釈は『魔女』の感受性次第だが、聴き取るために必要な情報源は、確定事項だからな。いつも、自分のことを『みる』時には、たいてい1枚引きのタロットで済ませるんだが、何だか今日は、そっちだとヤバそうな気配を感じるんだ」

「ヤバい?」

 何やら不穏な表現が飛び出して、ミサは首を傾げる。

「起き抜けに、ふっとタロットの1枚引きをやったらな……『愚者フール』が出た」

「……『愚者フール』って、警告のカードでしたっけ?」

 たしか、基本の意味は「夢想・愚行・極端・熱狂」だった気がする。あくまでも「ウェイト版タロットでの場合でだぞ!」と、サヤ先生は言っていたが。

 ミサはよく知らなかったし、まだ詳しく教わってもいないが、一口にタロットと言っても、エッティラ版やら、マルセイユ版やら、何だか色々と複雑にたくさんあるらしいのだ。そしてもって、サヤ先生のタロットカードは、アヤさんなのかエリカさんなのか、あるいは他の誰なのだかは知らないが、先生の姉弟子お手製の、サヤ先生専用のオリジナルである。

「時と場合によりけりだ。まったく、世界ってやつは本当に気まぐれだな! 物理法則も数式も美しくまとまるくせに、現実ってやつは本当に予測不能ケイオスなんだから!」

 ミサは、ああ、サヤ先生はやっぱり私の師匠だな、と、改めて思った。

 師匠と弟子は似ると言うが、サヤ先生のずぼらな部分を見ると、特にそう思う。あと、自分のためにちょっとズルをしてしまうところとか、結局理系なところとか。

 星占いはまだ早すぎる、と言われているが、数占いなら、ちょっとは教わった。とても簡単な、西洋式の姓名判断だ。名前をアルファベット表記して、各文字に1から9の数字を割り当てる。それに足し算やらを繰り返して、性格判断などをする。それぞれの数字には、中核となる「キーワード」があって、そのキーワードを手がかりに「解読」をするのだ。

 さすがに「解読」の作業に入ると、これはもう本当に「作文」の領域だな、という感じで、もうタロットと大差ないのだけれど、最初から何とでも解釈できそうなタロットよりは、天体や日時や姓名といった、逃げ場のない確定的なモノを始点にしている占星術や数占いの方が、ミサとしてはよほど「作文」のし甲斐がある。個人的な好みだが。

 カタカタとキーボードを打ち、カチカチとマウスを叩いて、画面が出る。

 まだミサには、惑星の記号ぐらいしか理解できないのだが、細かく、各惑星の角度やら何やらが表示されていて、実に数学というか、幾何学的で、美しい。

 一方、サヤ先生の方は「うわぁ、マジでか……」と天を仰いで呟いていた。

「何か起きるんですか?」

「うん。面倒くさいことが起きる。しかも、逃げられない……ヨードになってる。スクエア1にセスキコードレイト2なのが、まぁ救いっちゃあ救いだけどな。セクスタイル1にクィンカンクス2のヨードだったら、マジで勘弁してくれ、だ」

 ミサには全然分からない、占星術の専門用語を呟いて、先生はさらにパソコンを叩く。

「……マ・ジ・で・か! ちょっ、ミサ、覚悟しときな!」

 ますます首を傾げるミサの眼前に、サヤ先生は、机の下に常備している、一般客への「カウンセリング的占い」に使う時のタロットを引っ張り出し、そこから一枚を引き抜いた。

 何も確かめずに引いたのに、それは間違いなく「愚者フール」のカードだった。

「客が来るぞ。とびっきりの問題児だ」

 そう、サヤ先生が言った次の瞬間、からんからん、と喫茶店入り口のベルが鳴った。





「久しぶりだね、サヤ姉! 弟子が出来たって本当かい?」

 ドアを開けて入ってきたのは、砂色の服に土埃のにおいをまとわせた、若い男の人だった。少しサングラスの形に日焼けをしていて、そう、まさに「バックパッカー」という感じだ。

「リオ……うち、一応、飲食店なんだけどね?」

 いかにも嫌そうな顔をしながら、サヤ先生はそのバックパッカーの青年に応対するが、リオと呼ばれた青年の方は、少しも気にする風はない。

「はっはっは! どうせ昼間は閑古鳥だろ? そう『聞こえ』てたぞ」

 その一言に、ミサは目を丸くした。

「……きこえる?」

 思わず、そう声に出してしまったミサを、リオは見下ろして、それからニカッと、明るく爽やかな笑顔を見せた。

「やあ、君がサヤ姉の弟子かい? 初めましてだな! 僕はリオ。サヤの弟弟子さ!」

 勝手にミサの手を掴んで、ぶんぶん振り回すような握手をしてくる。が、ミサには、気安く触るなとか何だとかより、リオの言葉の方がよっぽど衝撃的だった。

「お、とうと、弟子?」

 だって「魔女」っていうぐらいだから、女しかいないと思っていた。

 そんなミサの心中を見透かしたように、リオはパチン、とウィンクをした。

(あ、サヤ先生と同じ癖だ)

 その仕草を見て、ミサの胸の内に、すとん、と「弟弟子」という言葉が落ちた。

「僕は『魔女』だよ! 英語で言うところの『witch』だね! どうにも僕は、男のくせに……って言うのも何なんだけど、『wizard』の素質が足りないみたいでさ……むしろ、そっちの素質は、サヤ姉の方があるぐらいだな」

 ミサの脳内を、ぐるぐると疑問が飛び交う。ドレスもできたし、「適合水晶」だって見つけたけれど、ミサはまだ、ようやく「立派な『半人前』魔女」になったばかりの、新米なのだ。

「えっと……『witch』と『wizard』って、何が違うんですか?」

 ミサが小学生の頃に熱中した、魔法学校の小説では、女が『witch』で男が『wizard』だった。性別での使い分けだと思っていたのに、リオは「男の『魔女』」だという。

「はっはっは! まだそこも知らない新米さんか」

「……はい」

 ちょっと失礼なことを言われていると、いつものミサなら思うはずなのに、何故か、全く反発心がわかない。むしろ、爽やか、という印象が、さらに強まる。

「とりあえず、シャワー浴びて着替えてきなさい! 6のCよ!」

 ビシリ、とサヤ先生が言う。6のCは、従業員用の部屋にあるロッカーの番号だ。多分、そこに彼の服があるのだろう。

 はっはっは、と、また実に楽しそうに、リオは笑った。

「『ろくでなしー』ってかい? サヤ姉らしいな!」

「お黙り、このスカポンタン! 検疫はちゃんとしてきたんだろうね?」

「ばっちり。空港で受けてきたよ。この服だって、これでも洗濯済みなんだぞ?」

 え、それで? と、ミサは、思わず我が目を疑った。

 サヤ先生は、実に渋い顔をした。

 リオは鼻歌を歌いながら、従業員部屋に入っていった。

「よし、ミサ……あのすっとこどっこいが、シャワーを浴びて、着替えをしている間に、店の中を消毒して、清めの儀式をやるぞ。営業中には基本的にやらないが、今日は特別だ」

 おお。なんだか、魔女っぽいことができそうだ。

 ミサは心の中で、なんだか好青年の印象になってしまったリオに、感謝した。



 ユーカリとペパーミントのエッセンシャル・オイルを、消毒用のアルコールに入れたものを、リオの近づいたテーブルや椅子に、スプレーで吹きかけて、雑巾で拭く。

 それから、ローズマリーにヘンルーダと、メドウスイート、そしてペパーミントのドライハーブを、お茶の出し殻と一緒に大きな蓋つき瓶に入れて、ガシャガシャと思いっきり振らされた。しっかりハーブと出し殻が混ざったら、それを店の床にえいやっ、と撒いて、箒で丁寧に掃き取る。

「って、掃除ですよね、これ?!」

「お掃除は、魔法でも魔術でも、基本中の基本の第一歩!」

 汚い部屋より綺麗な部屋の方が、入りたい気分になるってもんだろう?

 そう言われると、まぁたしかに否定できない。

 せっかく、ついに仕立て上がったばかりの、半人前用とはいえ魔女のドレスに、「適合水晶」のペンダントをしているのに……と思いながら、けれども黙々と、ミサは掃除をする。出し殻とハーブを撒いたせいで、箒を動かさないわけにはいかない。床に撒いた出し殻の片づき具合で、ばれてしまう。

「よーしよし」

 ミサがきちんと掃除をしているのを見て、サヤ先生は満足そうに頷く。

 その手には、見たことのない道具があった。

 天井から下げて使うタイプの、ランプみたいな形状だ。

「先生、それ、何ですか?」

振り香炉(センサー)だよ。清めの儀式の道具で、キリスト教でも、特に東方正教会オーソドックスでよく見るね」

 先生は、その振り香炉(センサー)を、ミサの「勉強の席」の真ん中に置いた。それから、それを囲むように、6種類の水晶……通常の無色透明の水晶に、紫水晶アメジスト紅水晶ローズクォーツ黄水晶シトリン煙水晶スモーキークォーツ乳白水晶ミルキークォーツ……を、きちんと六角形の形に並べた。何やら、置く位置から順番から、細かく決まっているらしい。

 それから、サヤ先生は、なんだかアンティークな雰囲気たっぷりのガラスの小瓶を取り出すと、中の液体に人差し指を浸して、水晶と水晶の間に、線を引き、図形を描いていく。

「代々の叡智の交感よ、上昇・下降の循環よ、なれかし世々の王冠に、命の息吹の円環なれ」

 何か、ものすごく、呪文っぽいことを言っている!

 ミサは箒を動かす手を止めて、いかにも「魔女」しているサヤ先生を見つめた。

「御恵みあらば、星の囁き、御身に宿しませ」

 先生がそう唱えた次の瞬間、何かが振り香炉(センサー)の中で、弾けるように光った。

 いや、正確に言うと、視覚で光を感じたのではない。何かが光ったように、ミサの、それこそ何か視覚とは違う、第六感的な感覚器センサーが、感知したのだ。

(何、今の?!)

 くるり、と、サヤ先生がミサを振り返る。

「ミサ、掃除! まだ残ってるよ!」

「あ、はい……あの……」

「説明は、全部終わってから、ちゃんとするから」

 そう言われて、ミサは今度こそ真剣に、全力で箒を動かした。箒を動かしている間に、リオはシャワーを浴びて、着替えて戻ってきた。黒い、一見すると神父さんか、牧師さんのような格好だ。けれど、胸に下がっているのは十字架ではなくて、金色の精緻な細工の土台に、細長い無色透明の水晶の結晶がセットされた、ただのペンダントである。

「うわあ、サヤ姉、ここまでするのかい? ひっどいなぁ」

 姉弟子の振る舞いを見て、リオはそれが何を意味するのかを理解した。

「お黙りやがれ、この風来坊!」

 先生、日本語が不自由になってますよ、と、思わず呟いたミサを、リオが見下ろす。ちなみに、ミサよりもリオの方が、頭一つ半分ぐらい背が高い。

「そうやって箒を持っていると、なんだか本格的な『魔女』みたいだね」

 そう言いながら、朗らかな笑みを見せたリオに、ミサの胸はどきんと跳ねた。

(どうしよう……)

 すごく、すごく、うれしい。



 サヤ先生は、ミサの前ではほとんど使わない「杖」を取り出すと、鋭く振り抜いた。

 バシュッ、と音がして、杖の先に火がともる。

 先生はそれで、振り香炉(センサー)の中の「何か」に点火した。

 それから、ふいっ、とまた一振りして杖の先から火を消すと、それをドレスのベルトに挟み込み、香炉を、ゆらりゆらりと振り始めた。

 今度も、また何か呪文のような言葉を、けれども歌うように紡ぎ出す。

 ミサの知らない外国語らしく、何を言っているのか、さっぱり分からない。

「おー、さすがにマグワートで済ましてくれるのな。これがフランキンセンスだったら泣いてたよ。ミルラだったら、さしずめ涙の川で溺死ってとこだ」

 スン、と鼻を一度動かせば、リオには燃やしているモノが分かったらしい。

「……えっと、マグワート、とか、フランキン……って?」

 正直、今日はあんまりにも「魔女」過ぎて、ついていくのも難しい。

 いつもの「学習塾」状態の方が、すごく楽だということを、はからずも理解する。

 混乱しているらしいミサに、ああ、とリオは爽やかに笑って説明をくれる。

「和名の方が分かり易いか。マグワートってのはヨモギのことさ。フランキンセンスは乳香。ミルラは没薬もつやくで、乳香と没薬については、新約聖書のルカによる福音書で、イエスの誕生を祝してやって来た『東方の三博士』が贈ったという、黄金以外の二つの宝だ。両方とも香料で、西洋および中東では、聖なる香りとされているな。中国でも漢方薬だよ」

「へえ……」

 ミサの感心に、くすっと、今度は困ったように笑って、リオは肩をすくめた。

「ちなみに全部、浄化の儀式の時に燻して使う。ヨモギは害虫駆除とかで日常的にも使うけど、乳香には聖なる場所を清める、という意味があるんだ。で、没薬に至っては、さらに『けがれを清める』って意味まで続くのさ。没薬の『没』とは、つまり『死』のこと。古代エジプトの時代から、ミルラは死体の有する『ケガレ』『毒』……まあ、現代的に言うと病原菌だな……それらを『きよめる』ために使われてたんだ。実際、ミルラには殺菌作用がある。乳香は使い方によって効能が変わるが、振り香炉(センサー)で使う場合には、リラックス作用をもたらすと言われているね」

 いや、ちょっと待て。死体?

「……それはつまり」

「もし、サヤ姉がミルラで振り香炉(センサー)を使っていたら、間接的に『死んでろ』って意味になるんだよね。はっはっは!」

 からからと笑う顔に、曇りはない。それだけ、実は気心が知れているのだろう。

 なんて底抜けに明るい人だろう。

 それから、不思議な人だ。男なのに「魔女」だというし、バックパッカーで、「検疫」とかサヤ先生に言われていたからには、なんだかあまり衛生環境のよろしくない、フツーの観光旅行では行かないような所に行っていたのだろう。

 この人が、とても、気になる。もっと話を聞きたい。

 そう思っているミサに、肩すかしを食らわせるように、リオは言った。

「ところで、お掃除、手が止まってるよ?」

「あっ!」

「僕も手伝うよ。ま、ある意味、僕のせいといえば、僕のせいだしね」

 勝手知ったるとばかりに、リオも箒を持つ。男なのに「魔女」というだけあって、なんだろうか、これはこれで違和感がなくて、しっくりくる。

 朗々と紡がれていた、呪文らしい不思議な歌が、終わる。

 それから、サヤ先生の怒声が飛んできた。

「明らかにお前のせいだろ、リオ!」

「はっはっは。でも、大収穫だったんだぞ。たくさんのことを『聴いて』きた」



 サヤ先生が、道具を収納するために、さっきとはまた別の儀式をしている。

 その間に一緒に掃除を終わらせると、リオはミサに、色々な話をしてくれた。

 リオは鉱物採集業に携わって、各地にいる「魔女」たちに「適合水晶」や「番の石」をもらたすべく、世界中をめぐっているらしい。今回も、どっさりと石英質の「適合水晶」候補を、確保してきたそうだ。が、やはり石だから重いので、大半は別便で送ったらしい。

「バッグに入れてた分は、今は浄化槽に入れている。ガラスビーズの中に、レモングラスにマートルと、あと何だっけ……そう、セージだ。うん。セージ。それに少量、ローズマリーを混ぜる。で、歌いながらぐるぐるビーズをかき回して、後はゆっくりじっくり放置だ」

 なんともテキトーな人だが、いかにもサヤ先生の弟弟子だ、とも感じる。

 リオは、カウンター席に置いてあるソルトミルを取り上げて、がりがりと中の岩塩を削って小皿に落とし、それをぺろりと舐めとった。うん、美味しい、と呟く。

「アヤ姉さんのことは知ってる? うん、三人も弟子を抱えたってさ。で、一人は黄水晶シトリン、もう一人は紅水晶ローズクォーツって、早々に判明したらしいけど、残る一人のがなかなか見つからない。それで、僕の所に連絡が来た。閃電岩フルグライトを頼まれた時には、さすがに参ったね。博物館級ミュージアム・クラスに内定ものだよ? 結局、急遽北米まで行って、カスケード山脈のシールセン山で、それらしき『呼び声』を拾い集めるハメになってさ。それまで南米にいたから、季節がひっくり返って、もう困ったの参ったの。他にも鱗珪石トリディマイトとか方珪石クリストバライトとか……あれだ、高温型石英ってやつだね。まったく、アヤ姉さんは、僕に無茶振りしまくりなんだよ。そのくせ、抜けてる」

 その「抜けてる」という表現に、あ、かの超人先生も、やっぱりサヤ先生の姉弟子なのだな、と、ミサは変な納得をした。エリカさんはどうか知らないが、リオといい、サヤ先生といい、アヤ先生といい、マリ大先生の弟子は、どうやらうっかりさんが多いようだ。

「その三人目、先日、ようやく判明したそうだよ」

 儀式を完了し、道具を従業員部屋のどこかにしまい込んできたらしいサヤ先生が、話に加わってくる。大ニュースのはずなのに、ああ、とリオは何でもないような声で返す。

「うん、メールが来たよ。まったく『幽霊水晶ファントムクォーツ』を試してなかったなんて、実にマヌケな話だよな。妹弟子に『針水晶ルチルクォーツ』の魔女がいるってのに、変わり水晶の可能性を忘れてるなんてさ」

 メール。

 意外に普通のツールでのやり取りだったのに、ミサはちょっとがっかりした。

 その間にも、サヤ先生とリオの会話は進む。

「まぁね……その代わり、その弟子は一発目で『番の石』に当たったそうだ」

「うわっ、マジでか!」

 その反応は、実に、ホロスコープを見た時のサヤ先生に、そっくりだった。

 サヤ先生の方は、ちょっと嫌そうな顔をしつつ、頷いて言った。

「お前が掘ってきたやつだったそうだよ」

「わぁお! 採集者冥利に尽きるってもんだな! はっはっは!」

 実に愉快そうに、リオは笑う。そのリオの眼前には、サヤ先生が「お前も『お清め』だ」と言って淹れた、とても濃いハーブティー……正確には「浸剤」というらしい……がある。そのマグカップの中身を、ぐいっと飲み干して、リオはぷはっ、と息を吐いた。

「腕を上げたね、サヤ姉! 前のより美味しいぞ」

 ふんっ、とサヤ先生は鼻を鳴らした。

「三年経っても進歩してなけりゃ、『wizard』どころか『witch』の資格もないだろ」



 そうだそうだ。と、ミサは疑問を思い出した。

「あの、サヤ先生……『witch』と『wizard』って、何が違うんですか?」

「そうだな、説明しないと」

 そう言うと、先生は、ちょっと端の方がへにょっとくたびれた、でもどう見てもコピー用紙の「巻物」を持ってくると、それを開いた。巻き戻りそうになる紙の四隅には、鉱物標本を置く。この角は紫水晶アメジスト……と考えていると、ああ、とサヤ先生の声がかかった。

「この標本の配置には意味はないぞ。ただの文鎮だ」

「……そうですか」

 覗き込むと、紙には「witchcraft」とか「wizardry」と書いてある。色々と、フローチャートのように図を描いて、そこにさらに、手書き文字でメモがついている。

「今、ミサが使えるのは、全部がこの『witchcraft』だ。簡単な『数占い』や、ちょっとしたハーブの使い方……そして『聴く』こと」

 うん、とミサは頷いた。

「まあ『数占い』も、もっと高度になれば『wizardry』になるんだけれど、ミサが今できる分には、まだまだ『witchcraft』の範囲だな」

 どうやら『wizardry』の方が、『witchcraft』より、レベルが高いらしい。

 そう思いながら聞いていると、リオが「まぁ『wizardry』の方が、勉強は難しいけど、どっちも一長一短さ」と、まるでミサの心中を見透かしたように言った。

「結論を先に言うな」

 サヤ先生は、弟弟子をぎろりと睨む。

「さて、と……私たち『水晶の魔女』の定義では、『witchcraft』というのは、ひたすら耳を澄ませて『聴く』ことなんだ。そうして、必要とされていることができるようになるために、世界のチカラを分けてもらう。さっきの儀式も、いつもの『交渉』の一つだ」

「え? そうなんですか?」

 いかにも高度なことをしているように見えたのに。

「基本的な『おまじない』の類は、ほとんどが『witchcraft』と考えていい」

 トン、と指し示された箇所には、「基本の占い」「薬草の扱い」というメモがあった。

「もともと『witch』の起源は、いわゆる産婆だと言われている。出産は現代でも、母体や子どもの命に関わる一大事だ。生まれたての子どもは弱いし、出産前後の母親は体が弱る……そういった人たちのために、薬草を調合して、健康に過ごせるように手助けをした。それが『witch』の源流だ。つまりもともと『witch』というのは、弱っている人々を支える存在なんだよ」

 ほうほう、と、ミサは頷く。

 先生は、例の常備タロットを袋から、今度はデッキごと取り出して、扇状に開いた。

「私は以前に『占いなんて半分以上はカウンセリング』と言っただろう? つまり、そういうことさ。私たち『witch』のやる占いは、元々は未来のことを知るものじゃなく、依頼者に、自分の抱えている悩みを正確に認識させて、どういう風に対処したらいいのかを考えさせて、そして、一歩を踏み出すための、覚悟や勇気や希望を与えるものだ。自分に明日があるなんて保証は、人間に出来るものじゃない。事故とか事件とか、何が起こるか分からない。でも、来るかどうかは保証はないけれど、そんな明日に希望を抱ける。そういう幸福を与える。それが『witch』の占いだ」

 ふむ、とミサは、自分なりに考えをまとめた。

「つまり『witch』っていうのは、保健室の先生みたいな存在なんですね?」

 いかにも高校生らしいまとめに、サヤ先生とリオは顔を見合わせ、同じ笑みを見せた。

「そう。だいたい、そんな感じだ。だから『聴く』こと、そして『共感する』こと、これが何よりも大切なんだ……実はこれは、カウンセリングの基本でもあるんだよ。まさにね」

 これに対して、と、サヤ先生は指を『wizardry』の文字の方へ動かした。

「この『wizardry』は、学術的な面を強く持つ。今、ミサはここを『塾』として、古文や英語や数学や、理科や社会やを学んでいるね。これらは全て『wizardry』の基礎なんだ」

 まだちょっと、よく分からない。



 ミサは、じっと先生の説明を傾聴する。

「『witchcraft』は、『人』のための魔法だ。まず『人』がいて、その『人』を『支える』ための技術だ。対して『wizardry』は、その中心に『世界』がある。別に『人』を幸せにすることを目的にするものじゃあ、ない。ただ『世界』の声に耳を澄ませて、そして『世界』の流れを読み解いて、よりうまく『世界』の中で生き抜いていく道を探す。これが『wizardry』だ」

 あえて形容するなら、と、サヤ先生は前置きをして、こう言った。

「『witchcraft』が、人を『支える』魔法なら、『wizardry』は、人を『導く』魔法だ。『世界』の流れを読み解いて、より『良い』方向に……あるいは、悪い『wizard』なら、自分や権力者にとって『都合の良い』方向に、人々を動かしていく。それは時に、大戦争をすら引き起こす」

 恐ろしい話に、ミサは、ごくりとつばを飲み込んだ。

「『witch』にも恐ろしいことはできる。だって、私もミサも、このリオも、みんな人間だ。心の中に弱さを持っているし、『悪意』と無縁ではいられない。そんな『悪意』が作用すれば、『witch』の『まじない』は『のろい』に変わる」

 サヤ先生は「巻物」に、黒々と筆で書かれた「呪」の字を指さした。

 それを見た瞬間、さっきとは全然違う、ぞっと冷たい暗い衝撃が弾けるのを、ミサは感じた。サヤ先生が「清め」の儀式で使ったのとは、正反対の、対極の感触だ。

 ヒュウ、と、リオが口笛を吹いた。

 その音を聞いた途端、ミサは、ぞっとするような重さが消えるのを感じた。

「うん、いい子じゃないか、サヤ姉」

 どきん、と、ミサの心臓がまた跳ねる。なんだかちょっと、熱いぐらいだ。

「そうだろう、そうだろう……まあ、たいていの子は、お前よりはいい子だろうけど」

「ひっどいな!」

 からからと笑うリオから、何か温かくて優しいものを感じる。

 サヤ先生は、ぺしん、と弟弟子の額を叩くと、「話を戻すよ」と言った。

「『病は気から』というだろう? そのとおり、心の不調は体の不調に繋がる。そういうものには『witchcraft』で対処できる。ただ、そういうのじゃない病気は、心のケアだけじゃ足りない。そういう部分に対処するのが、『wizardry』の一つだ。どうしてこうなるのか、何をするとどうなるのか……『witchcraft』は、経験に基づく部分が大きいけれど、『wizardry』は、過去の分析から理論を構築する。『witchcraft』は事が起きてからの対処になるケースが多くなるけど、『wizardry』は事が起きる前に対処することも出来る、ってわけだ」

 ミサは、首を傾げ、ちょっと考えて、そして頷いた。一度起きてしまったことを教訓に、次を「よりうまく生き抜く方法」を見つける。それがつまり「wizardry」なのだ。

 サヤ先生は、サラサラとハーブを調合しながら、話を続けた。

「昔の人は、今の人よりも、まだ色々なことが分からなかった。分からないから、不安になる。不安になるから、病気になる……それを分析して、教えて、人々を安心させる。それが『wizardry』の元来の姿だ。『witch』が産婆なら、『wizard』は教師だね……ただ、両者の仕事は重なる。奇しくも哲学の祖であるソクラテスが、こう言っている」

 《 教師とは智の産婆である 》



「ま、ソクラテス自身は何も書き残してないんだけどな。ただ、そうだな。誤解を恐れずに言うのなら、そう、証拠は全くないのだけれど、多分、ソクラテスは世界で最も古い『魔女』の一人だ。彼は子どもの頃から、時折『ダイモニオン』という、何かの声を聞いていたという。それは多分、私たち現代の『水晶の魔女』が聞いている、『世界の声』に近いものだろう」

 ミサは目を見開いた。世界史の授業に出てくるような人と、自分が、繋がる?

 ふふっ、とリオが楽しそうに笑った。

「壮大な話だよな。でも、僕らは日常的に、色んな事を『きいて』いる……空を見上げて、風を感じて、草のにおいを嗅いで、全てに触れて、そして食べることによって味わって、命を繋ぎながら、そして毎日『考えて』いる……違うかい? どうして生きているのか、悩んだこと、あるだろ?」

 リオの言葉に、こくり、とミサは頷いた。

 サヤ先生が、少し懐かしそうな微笑みを浮かべながら、ハーブに湯を注ぐ。

 そうだ。初めてここに来た時、ミサはまさしく、自分はどうして生まれてきたのか、なんのために生きているのか、そのことについて悩んでいた。考えていた。

 学校のこと、人間関係のこと、進路のこと。分からないことばっかりで。

 分からないと分かっていることさえも、考えずにはいられなかった。

「生きることとはどういうことか……それと向き合いながら生きる。それが『魔女』だよ。そして、生き抜くこととはどういうことか、そのためにはどうするべきか……それを考え続けるのが『wizard』……敢えて日本語に訳そう。『賢者』だ。だが、わかるね?」

 そう言ってリオは、ふっと鋭い表情になって、ミサの目をまっすぐに見つめた。

「『賢者』という在り方自体には、良いも悪いもないんだよ。人が真っ直ぐに、世界と向き合って、自分と向き合って、そうして生きていこうとすることだから。けれども、そうして得られた幾ばくかの知識や知恵を、どう使う? もしも『賢者』の心の中の、悪い部分が働いたなら……」

 ミサは、リオの目を見つめ返す。違う。覗き込まされている。

 ばしっ、ばしっ、ばしっ。

 ミサの脳裏に、苦しくて悲しくて惨たらしいイメージが、叩きつけられるように浮かぶ。

 でもミサは、リオの目から目をそらせなかった。

 リオも、苦しそうな顔をしている。

 きっとこれは、リオが見てきたことなのだ。世界中をめぐる旅の中で。

「サヤ姉が言ったとおり、『witch』は『人を支える』存在だ。頼りにされるけれども、それは困った時だ。けれど『wizard』は違う。『人を導く』存在だ。困っている時はもちろん、いつか困る時が来ることに怯える人たちにとっては、いつだって頼りたくなる存在なんだ」

 あ、と、ミサは思った。

 まるで「witch」って、消防士みたいだ。火事が起きたら、頼られる。でも、火事が起きないと、頼りにされることはない。本当の消防士は、きっと細かくは違うだろうけれども、でも、だいたいそういうことなんだな、と、ミサは理解した。

 それと比べたら、「wizard」は、全然別の存在だ。困った時に頼られるのは同じだけれど、困っていない時だって、いてくれないと困る存在。そして、人を導く。上に立つ。

「……政治家?」

 ふと、そんな言葉が、まるで閃くように浮かび上がった。

 そして、自分で呟いた言葉なのに、その瞬間に、びっくりした。

「そうか……だから『wizard』のチカラの悪用は、『witch』より恐ろしいんだ!」

「ああ。そうだよ」

 リオは、しっかりと、はっきりと、頷いた。



「だからね、僕らは『魔女』……『witch』って名乗るのさ。僕ら自身が、自分たちを『賢者』だと思って、思い上がったりしないためにね。特に僕なんかは『支えたい存在』であって、『導きたい存在』じゃあない。だから正直に言うと、特に学校の先生なんかしているアヤ姉さんは、むしろ『wizard』の要素の方が強い……でも、アヤ姉さんも『魔女』って名乗る。思い上がらないためにね」

 そっとサヤ先生が、ハーブのマグを差し出してくれた。すっきりと爽やかな香り。ペパーミントと、レモングラスが入っているのは、きっと間違いない。

 リオが、すん、と鼻を動かした。

「エルダーフラワーにセントジョンズワート、カレンデュラ……ひっどいな、サヤ姉!」

 リオは、調合された他のハーブを判別して、そう叫んだ。

「え? 何がひどいんですか?」

 サヤ先生のハーブの調合は、状況に応じて、いつだって優しいのに。

 そう思っているミサに、リオは、いささか大げさな身振りで訴えかける。

「その調合の効能は、殺菌・消毒・抗菌・抗真菌・抗炎症、それと抗ウィルスだよ!」

「えっ?」

 ミサは思わず、固まった。これはどう考えても……

「僕をまだ、病原体扱いしているね?」

「高山地帯はともかく、南米やら東南アジアのジャングルを駆けめぐってたんだろ? 可愛い一番弟子に何かあったら、心配でたまらないじゃないか!」

「一番弟子! なるほど、じゃあミサは、サヤ姉の初めての弟子なのか」

 何故かリオは、変なところに食いついた。

「……お前は本当に脱線が好きだな」

「そりゃ、僕は生きることを楽しむ『魔女』だからね! 気になる方に動くのさ」

 さて、それじゃ、と、リオはかしこまった様子で、改めてミサに向き直った。カウンター席から立ち上がって、一見何ということもないけれども、よく見ると少し不思議なステップを踏む。

「ミサも同じようにして」

 サヤ先生が、耳元でそう囁いた。ミサは頑張って、リオのステップを真似た。少し間違えたかもしれない。だって、サヤ先生がちょっと困ったように笑っている。リオもだ。

「改めて、自己紹介を……僕はリオ。『歴史の魔女』マヤの弟子の、『詩歌の魔女』マリの弟子。ハーキマー・ダイヤモンドの『律動の魔女』だ」

 ほら、ミサ。私の言うとおりに繰り返して。

 サヤ先生が、囁いてくれるとおりに、ミサも自己紹介をした。

「私はミサ。『歴史の魔女』マヤの弟子の、『詩歌の魔女』マリの弟子の、『天文の魔女』サヤの弟子。シーブルーカルセドニーの……半人前、です」

 こんなに仰々しく「半人前」と名乗るのは、ちょっと恥ずかしかった。

 けれどリオは、ミサのそんな気分を吹き飛ばすかのように、輝くように笑った。

「じゃあ、改めまして……よろしくだな、ミサ!」

「……はい!」





ひょっとしたら、続くかもしれませんが、まぁ、よく分からないので、短編小説にしておきます。間に、3人目の「先生」の話が入るかもしれませんしね。


ちなみに「機械の国のアリス」は、次話を途中まで書いてあります。最終章の姿はもうはっきりしているので、投げ出すってことはしないですよ! そこにたどり着けるまで、しっかり、体のリハビリもしながら、頑張っていきますね!


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