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ゾンビヘイブンon-line  作者: 習志野ボンベ
一章
7/59

バタリオン!!!

「タクくん、こっち!」

 先行するユズキさんが背後のオレに声をかけた。

 目の前ではバトルスーツに包まれた細身の体が躍動する。

 しかし彼女のスタイルの良さをじっくり鑑賞している余裕はない。

 

 オレの真後ろ、大量のゾンビさんが成長期の少年みたいにお肉を欲しているからだ。


「UUUUUUUUUUUUUUUH!」


 元々、洋ゲーなのでゾンビさんたちの声は野太い。

 それが直近で大合唱してるのだから、けっこうおっかないのだ。

(リリパット社の重役たちが総出で声を当ててるらしい)


「GUAAAAAAAH!」


「うわっ!」


 ゾンビにつかまれそうになって、オレはあわてて速度を上げた。

 先ほどビルにこもって回復したスタミナがもう切れそうだ。

 

 飽きもせずオレたちを追尾し続けるゾンビたち。

 マラソンランナーみたいなスタミナと、この執念が恐ろしい。

  

 しかも、ここにはオレたち二人しかいない。

 つまり、彼らのヘイト値は全部オレたちに向けられてるわけで――、

 冷や汗をかかされながらの逃避行は続く。

 

 それでも、なんとか目当てのガソリンスタンドにたどりついた。

 


「じゃあ、この先はお願いね!」

 言い残すと、ユズキさんは事務所の中へ向かう。

 機器を操作してガソリンを噴出させるためだ。 

 この作業は一度経験済みの彼女にしかできない。


 そして、オレの仕事は事務所のドアのところで陣取り、彼女が操作を終えるまで、ゾンビを食い止め続けること。


 ――正直、かなりきつい。



「いい? 敵を多く倒そうなんて考えないで、生き残ることだけ考えて」

 ユズキさんはそう言っていた。


 美人さんにここまで心配してもらうなんて、ここまでの人生で一度もなかった。

 そうか、ゾンビに囲まれる命がけの状況を潜り抜ける中、いつしか二人は……。

 つまり、これが吊り橋効果か!

 危機にある男女の仲をつなぐ、もてない男には恩寵といえる、すばらしい心理効果!

 

 ――なんてオレが感動していると、


「頼んだわよ、あなたに死なれたら、機械操作中のあたしにヘイトが集中するんだから!」

 

 ……そりゃそうですよね。

 (デス)代償(ペナルティ)って装備を持ってるほど大きいし。

 

 さて、オレはどうするかって?


 ドアの前、槍をぶん回します。

 これより我ら修羅に入ります。

 

 主君たる義経を守る平泉の弁慶です。矢でハリネズミにされた挙句、立ち往生はしたくないけど。


 あるいは長坂の橋上、万夫不当(ばんぷといえどもあたらず)の燕人・張益徳です。


「AAAAAAAAAAAAAAAAAH!」


 突っ込んでくるゾンビ。

 お一人さまですね?


「OOOOOOOOOOOOOOOH!」

 

 あ、三名さまでしたか。

 では、冥土にご案内しま~す!


 囲まれないこと。押し返すことしか考えてないので、討伐数は稼げない。


 ボゴシュ!


 それでも当たった柄でゾンビの頭蓋ははじけ飛ぶし、


 シュピッ! スパツ!


 ダマスクス鋼の刃はゾンビの手足と頭をぽんぽん乱れ飛ばしてくれる。


 本当に大活躍だな。この槍は――、


 だが―――、


 わずかに数十秒。それだけの戦闘で(スタミナ)が上がりそうになる。

 一方、足を止めたオレに対し、数を増し続けるゾンビたち。


 あと少しでゾンビの包囲が完成しようかというとき――、


「OK! もういいよ!」

 

 室内に響くユズキさんの声。

 同時に配管の圧力が限界まで高まり、ついに破裂。

 地面の亀裂から、給油機から、勢いよく噴出する揮発油(ガソリン)


「うおおおおおおおおおおおおっ!」

 オレは合図を受けて、逃走を開始していた。


 槍を左右にふるいながら、前進ッ、 突進ッ、 さらに猛進ッ!

 そのさま、まさに狂瀾怒濤(シュツルム・ウント・ドランク)! 

 ――なんて自画自賛じぶんほめしてみる。

 

 目の前のゾンビに体当たりするように槍を押し当て、強引に切り払う。

 刃が骨肉に引っかかっても……力任せに押し斬る! 胴の半ばまで切断しながらゾンビを押し除けた!


 そして、だれもいなくなった前方へ向け、疾走を開始。

 降りしきるガソリンのしぶきを潜り抜ける。


 そう、オレはゾンビの包囲をギリギリで切り破っていた。 

 

 ――ちなみにユズキさんは裏口の窓から脱出済みだ。このちゃっかりさん。


     

    ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



「ナイスな時間稼ぎだよ!」

「はい、どういたしまして!」


 オレとユズキさんは合流した。

 急いでガソリンスタンドから距離を取る。

 瞬間的なスピードはゾンビより断然こっちのほうが上、

 だから、ヤツラの群れをガソリンの霧と豪雨の中へ取り残せるわけだ。


「さあ、これで!」


 後ろ向きダッシュ中のユズキさんがPS90を構える。

 あとはトリッガーを引くだけ。

 そう、今です。目標をセンターに入れてスイッチしてください。


「あッ!」


 あ……、ユズキさんこけた。 

 ドジっ娘だ。可愛い――じゃなかった。


 背面ダッシュってたしかに転びやすいけど、まさかこのタイミングで?!

 しかも大事な相棒落としてるし。


「UUUUUUUUUUH!」


 おお、なるほど。

 転がってた足のないゾンビさんに抱きつかれたわけですな。

 後ろ向きに走っていたせいで気づかなかったらしい。


「ちょっと! 見てないで助けてよ!」

 

 いや、そういわれましても……、

 くんずほぐれつしているお二人さんには手の出しようがないわけで。


 っていうかヤバい。

 ゾンビの群れがこっちに向かってる。


 早く撃たないと!

 せっかくのガススタ爆弾が台無し、そればかりか囲まれてジ・エンドだ。


 だが転がっているユズキさんの銃、PS90は使えない。

 このゲーム、終末的世界観の割に無駄にハイテクな銃器IDが存在する設定なのだ。

(だからユズキさんは足止め役のオレに武器を貸せなかった)


 大ピンチすぎる!


 せめて銃が……銃さえあれば……


 銃、銃、銃……銃?


 いや……、待て。

 あるぞ。一発きりのスペシャルウェポン!


 ガッカリ武器だから、すっかり忘れていたが……



 オレが起死回生のひらめきを受けた瞬間、ユズキさんが、ようやくゾンビの頭部を踏み潰す。

 そのまま銃を拾いに走る彼女に、オレは叫ぶ。




「ユズキさん、オレが撃ちます!」

「タクくん! でもどうやって!? ……あ!?」 



 槍を放り出したオレの手にはホルスターから取り出したリベレーター。

 

 たった二十三個の部品で作られた、質より量の粗悪で粗末な品。


 ――それでも今は、オレとユズキさんの命をつなぐ大事な相棒だ。


 弾道を安定させるための施条(ライフリング)もなく、短い銃身も命中率を低下させる。

 そんなこいつでも、広いガソリンスタンドのどこかに着弾すればいい。

 だから狙いは大ざっぱに。ガソリンスタンドの敷地内、真ん中あたり。

 むしろ反動で体勢を崩さないほうを優先する。


 右手は押し出し、左手は引き――金属プレスの持ちにくい(グリップ)を確実にホールド。

 骨格と腱でゆるぎなく支えられたリベレーターがぴたりと狙いを定める。

 ひざはやや落とし、反動とその後の動作にそなえる。


 ん? もちろん全部ネットの受け売りだよ。 

 ハワイで射撃を教えてくれる親父なんていなかったからな。



「ふう」

 オレは小さく息を吐く、


 目の前には大群のゾンビ。弾が当たらなきゃ終わりの最悪(クソッタレ)な状況。


 手にしたのは大量生産の粗悪品。数々の汚名を与えられた最悪(クソッタレ)な銃器。


 それでも――、だ。


 たった今くらい、こんな状況と汚名に反抗してみせろよ、相棒! 


 『反抗者(リベレーター)』 

 

 その名の……とおりにさ!

  


 よし! 自分でもけっこうウザい語りは終了! 


 そして発砲! 


 ドンッ!


 持ちづらいグリップのせいか、思ったより反動が大きい。しびれるような痛みがオレの手のひらにもたらされる。

 その反動を利用するように引き受け、オレは反転。

 ゾンビとガソリンスタンドに背を向けて駆け出した。

 

 ユズキさんは相棒PS90を拾い上げ、すでに疾走の態勢に入っている。

 

 ――そして二人同時に、前方へ大きく飛ぶ。


 通称・ハリウッドジャンプ。 

 ダッシュジャンプ滞空時間中の謎の無敵時間を利用した爆風回避方法だ。

 たとえ当たり判定があろうと、ハリウッドっぽいという一点において、無敵状態になれるという驚異の謎テクニックである。

 ユズキさんに教えられた、このテクニックがあればこそ、オレたちはこんなムチャな計画を立て実行したのだ。


 その少し前、リベレーターの発射した.45ACP弾がガソリンスタンド内部に着弾。

 舞い踊った火花が、わずかの時をおいて、空中に漂うガソリンの霧に引火し、

 

 

 轟ーッ!



 その結果は……地上で発生した巨大な火の玉。

 ガソリンスタンド内部に小型の太陽が顕現する。 

 

 発生した熱と衝撃波は腐りかけた骨と肉の合成物体を瞬時に破壊。

 圧倒的な炎と暴風の猛威の前に……、ゾンビの群れは殲滅させられる。


 ハリウッドジャンプ中のオレたちのすぐそば、爆風と肉片が猛スピードで駆け抜けた。



        ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



 ばらばらと舞い上がり舞い落ちるのは、元は人間のかたちをしていた部品の数々。

 腐乱した人体パーツはボテボテ音を立て大地に転がり、アスファルト上に広がった業火に焼かれ、消滅していく。

 

 なんと見事な……爆発、四散。


「た~まや~!」

 ユズキさんがそうつぶやきたくなるのもわかる。

 


 道路の上、転がっていたオレは似たような体勢のユズキさんを視線を交わした。

 

 二人は息をそろえて叫ぶ。


 そうだ。こんなとき言うべきことは一つ――、



「「きたねえ花火だ!」」



 煤まみれの青い空に、オレたちの声が高らかに響き渡る。


 


 ――ゾンビの大群(バタリオン)、討伐、完了!!


 


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