イノセント・ゲーマー
ラスボス・アルコフリバスが撃破されたあと、
イベント専用フィールドにて――、
衛星砲が引き起こした爆風が暴風に変わり、そのうち突風レベルまで弱まっていった。
すべてが焼き払われ、強制的に平原にされた戦場に強風が吹き荒れる中――、
♪パパパパァ~パパパァ、パパパパァ~、パパパパァ~ン!!
戦場では場ちがいにノー天気なファンファーレが響く。
そして同時に――腕の情報端末から無機質な案内音声が、こう告げた。
『銀行ヘイブン所属――ハルトマンによるアルコフリバス撃破を確認しました。戦場に残存するゾンビなし。これにて本作戦は終了となります』
……お、おおっ! どうやらホントにこれでイベント終了らしい!
よかった! ホントよかった! これ以上ボスが出てこられたら、どうしようもないもんな。
作戦終了のお知らせにオレはほっとする。
だが――案内音声はさらに予想外の報告をしてきた。
『先の攻撃においてプレイヤー殺害が複数発生。実行者のハルトマンが所属する銀行ヘイブンには規約によりペナルティが課されます。賠償金の額は――』
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――ほへッ! なんですか、その額!? アホみたいに多いじゃないですか!
案内音声が告げた賠償金のお値段にオレはあわてた。
銀行ヘイブンがここまで上げた撃破功績とかを帳消しにしてあまりある数字――オレが半年くらい必死でゲームに打ちこんで、ようやく返せるかどうかって額に心臓がびょんびょんする。
これじゃがんばってボス撃破した意味がない。むしろ赤字になってしまってるぞ!
しかも……これって、よく考えりゃ原因はオレのせいだ。
二階堂さんはオレがヘコまされたことに対するしかえしで、基地ヘイブンに向けて衛星砲をぶっぱなしたわけで――、
で……その結果が天文学的賠償金。
うわ……もうしわけなさすぎだ!! マジですいません!! 二階堂さん!!
と、オレはアタフタしつつ頭を下げたが――、
「なに。我々が好きこのんでやったことだ」
二階堂さんは平然と男気あふれるダンディスマイルを見せる。
それに銀行ヘイブンのみなさんもまったく動じていない。
……え、いや、でも……そう言われましても金額が金額ですしね。
だいたい、二階堂さん――なんでここまでオレのためにしてくれるんだろ?
さっきの衛星砲による報復攻撃だけじゃない。思えば――オレが気分よくプレイできるよう、二階堂さんはあれこれ気を配ってくれてた。
大型ゾンビの撃破作戦を考えさせてくれて、実行をサポートしてくれたのもそう。
下水ヘイブンに病院ヘイブン、あげくに基地ヘイブン、今度のイベントじゃ何度もからまれてヤな気分にさせられたけど、それでも最後まで楽しめたのは……、
…………全部、二階堂さんのおかげだ。
でも、莫大な賠償金を背負ったり、オレのシロウト作戦に協力してくれたりなどなど――どうしてここまでしてくれるんだ?
本気で不思議に思ったオレに、ダンディ頭取さんは遠い目をして言った。
「わたしにとって後輩ゲーマーを楽しませるってのは――ゲームへの恩返しなのさ。ゲームには、かつて命を救われた恩がある。ゲームがなければ、わたしは今、生きてこの場にいなかったかもしれないのだから」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――は!? ゲームがなければ生きてなかった?! つまり『ノーゲーム・ノーライフ』ってこと?
この場合のライフってのは人生じゃなく命って意味なわけで……なにやら大ごとじゃないか!
「え、ええ。そうですね。どういうことでしょう?」
二階堂さんの思わぬ言葉に、きょとんとしたオレとサユリさん。
……いや。オレたちだけじゃない。
「あ、それ、あたしも……気になりますね」
と、目を光らせたロリギャル三条さんはじめ銀行ヘイブンのみなさんも初耳のようで興味深そうな表情をしてる。
そんな一同の視線を受け、二階堂さんはゆっくりと口を開いた。
「あれは――入行して五年目のことだったな。仕事のミスを指摘した同僚に逆恨みされ、横領の濡れ衣を着せられたことがあってね。彼のやり口がやたら巧妙だったもので完全に犯人あつかいされ――調査の間、わたしは三か月ほど謹慎を食らうことになった」
――ほげッ! いきなり大ピンチじゃないですか!?
話が急に超展開して、オレたちと銀行ヘイブンのメンバーは思わず息をのむ。
先を知りたくなった一同がじっと見つめる中、二階堂さんは淡々と続けた。
「……いやはや。あのときはツラかった。警察やら職場やらで長時間取り調べされ――被害が多額だったのでニュースにもなったんだが、その報道でも犯人扱い。自宅にまでマスコミがやってきて……正直、この状況から逃れられるなら嘘の自白をして逮捕されてもいいと思った。それどころか知らない間にネットで『苦しくない死に方』なんてものまで検索してたり……ね」
――わわっ! ヤバすぎでしょ! どんだけ追いつめられてたんですか!? 冷静な語り口が逆におそろしすぎますって!
「……ああ。あれほどキツイ時期はなかった。友人や同僚からも疑いの目を向けられ、気晴らしにテレビをつけても犯人あつかいされて――と最低最悪の日々だったよ。で、そんなとき唯一わたしを信じてくれた直属の上司に『調査の間、とにかく趣味に打ちこんでろ』って言われてね」
――あ、なるほど。それで趣味をやってたわけですか。
「そうさ。学生のころからハマってたネトゲをやってる間は純粋に楽しくて……すべてを忘れられた。最低な気分も自分が置かれてる危機もなにもかもね。――で、そのうち上司が不正の動かぬ証拠を突き止めてくれて濡れ衣を着せてきた同僚は逮捕され、わたしも職場復帰できたというわけだ」
――おお! ハラハラしたけどハッピーエンドでよかった! そしてナイス有能上司さんですね!
「そのとおり。あの人には全力で尽くしたつもりだが……それでも返しきれない借りがある。そしてもう一つ。ゲームにも大きな借りができた。あのとき自棄にならずにすんだのは、徹底的にやりこめたゲームのおかげなのだから」
――ふ~む。なるほど。イイ話だ。
二階堂さんが純粋にゲームを愛して、恩を感じる理由が理解できた気がするぞ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
……あ、でも、やっぱ賠償金に関してはマズイ。さすがに額が大きすぎる。
ていうか、あんな金額のペナルティが発生するってことは最初に教えておいてほしかった。
そしたら、なにがなんでも止めたのに……。
二階堂さんがオレを助けてくれたわけ『ゲームへの恩返し』って理由はよくわかったけど……オレとしては返しきれない大きな借りを作ってしまったわけで――。
うぅ、どうやってこの恩を返そう……?
と、オレはおおいに悩む。
だが――そんなオレを二階堂さん、三条さん――銀行ヘイブンのみなさんはあっさり笑った。
「あの程度のお金なら気にしなくていい。どうせちょっと課金すればすむ問題だし」
「大丈夫だ、問題ない」
「そだね――あのくらいなら、お財布は全然痛くならないよ」
「うむ。ミスしてペナルティ食らったら腹も立つけど、今回は自分らで選んだ結果だからな」
……あ……ああ、そういや、そうでしたね。
若干一名、妙なフラグを立ててる人がいたけど――基本、銀行ヘイブンのみなさんってば、全員が富豪のリア充さん。
そりゃビンボー学生が真っ青になる金額も気軽に出せるワケだよな。
銭をまくから風流せいってことか?
……ちぇ、さっきのイイ話に感動して損した気分だ。
と、内心ふてくされつつも、オレは礼を言うことにする。
だが、つい口が滑り――。
「ちっ、この上流国民どもめ! (ありがとうございます。みなさん、おかげでイベントを楽しめました)」
「あわわ! いけませんタッくん! 本音のほうが口に出ちゃってます!!」
う、うお……しまった!
サユリさんの指摘にオレはメチャクチャあせる。
そんなオレの無礼発言とあわてぶりを、銀行メンバーたちは笑ってみていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
と、まあ、あれこれ一段落し――、
笑顔となごやかな空気があたりを包む中――、
まず、二階堂さんが口を開く。
「さて――ミッションも終了したことだし、ここらでお開きにしようか?」
「そですね――ああ、でもホント楽しかった! デカいゾンビとドンパチできた上、最後には気に食わない連中も景気よくぶっ飛ばせたし!!」
と、子どもっぽくぴょんぴょん飛び跳ねながら、三条さんはぶっそうな発言で返した。
そんな三条さんに銀行メンバーたちも口々に同意する。
「――うむ。予想以上に充実した時間だった」
「だな。あなどってたけど――こりゃ十分に投資の対象になるエンターテインメントだよ」
「ああ。これなら二階堂さんが推してる例の件――前向きに進めてもいいんじゃないかと思ったんだが、みんなはどうだ?」
「賛成だね」
「おう。おれもだ」
ほうほう。みなさん。キツいペナルティを食らったわりに前向きな発言が多いですな。
同じゲームのプレイヤーとして、いっしょに楽しめるのはうれしいことだ。
と、ほっこりしたとこで、オレはふと気づく。
……ん? でも待てよ? 『投資の対象』とか『例の件』ってどういうこと?
銀行のみなさん、いったいなんの話をしてるんだろう?
会話のところどころに混じった謎の単語。
疑問に思ったオレは――うなずきあってる銀行メンバーさんたちを見回した……。




