バタリオン!
ユズキさんの鋭い視線の先、転がっていたのは$マークのついた箱が三つ。
「殺害ドロップ? いつもの『洋館組』のPKの姿が見えないと思っていたら……、
まさか、こんなところで殺られてたとはね」
「……どういうことですか?」
と、問うオレに、ユズキさんは真剣な口調でこたえる。
「タクくん、ゲーム開始早々いきなりで酷だと思うけど……」
思わせぶりな言葉に不安が募る。
「いったい、なんなんです!?」
「……いるのよ」
「だから、なにがいるんです!?」
「……ゾンビの……大群」
ユズキさんがその単語を口にすると同時、ゾンビの大群がビルの影から現れた!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
街中を疾走するオレたち。
飛び散るさわやかな汗、流れていく景色、青春ムービーみたいな光景だ。
背景が廃墟で、後ろから迫るのがゾンビの大群でなければね。
うめき声が風に乗って届くところとかが超リアルです。
ちなみに、このゲームに登場するゾンビは今のところ二種類が実装されているそうだ。
幸いというべきか、オレたちを追ってるのは足の遅い暴食タイプ。
これが足の速い憤怒タイプだったら確実にやられてただろう。
初登場時にはプレイヤーたちを恐怖のどん底に叩き込んだ連中だという。
ま、殺害されるのが早いか遅いかの違いだけかもしれないけど。
しかしゾンビを撃ちまくるゾンビゲー、せっかく大量に出てきたのにまともな銃器がないとは……。
不運にもほどがある。
「逃げるしかないんですか?」
「ええ、相手にしてたら弾が足りないわ」
ちなみにユズキさんの所持弾は百発。銃についてるものと予備、50発入りのマガジンが二つだ。
ゾンビを倒すには一体あたり平均三発ほどいるらしい。
後ろに見えるのは――ざっと五十体くらいか?
チーン、脳内計算機が活動する。50×3=150。うん、まちがいなく足りない。
「専用弾が高いからね。ケチったのがまずかったわ」
というのがユズキさんの談話だ。
それでも一人なら戦えないこともないんだろうが、今はオレという足手まといがいる。
自分の無力さが歯がゆい。
「……にしても、なんでいきなり大群が出てくるんですか?」
「マップを見て。そこに地下鉄の入り口あるでしょ?」
「え、あ、はい」
走ってる最中だと視界が揺れて見づらいが、マップ上、たしかにある。
「ゾンビの発生地点なの。そこに限らず地下につながってるとこは全部そう。覚えておいて」
へえ、そんなとこから?
「ええ。ふだんならいいカモなの。だからそこは『切り株』とか『柳』って呼ばれてるわ」
待ってればウサギとかドジョウが取れるあれですか? けっこうシャレが効いてますね。
「うん。でも、たまに大発生するのよ。そういうときは、みんなで大掃除するんだけど……」
わあ、楽しそうだな。銃があれば……、
「発生がずっと一か月おきだったから安心してたのよ。一週間前に大掃除したから……。
ここにきてパターン替えか。読んでおくべきだった。運営の性格の悪さは知ってたはずだったのに!」
走りながら器用に髪をかきむしるユズキさん。
「で、どうします? 助けとか呼べませんか?」
「無理よ。今日土曜日でしょ? 登録してあるフレンドはこの時間、みんなログアウトしてるし。
うちのヘイブンでも今、動けるのはわたしだけなの。ショッピングモールで他のイベント中だから。
それに、この発生具合だと、うちの署に向かうのは無理だわね」
でしょうね。間にあの団体さんがおいでなので。
「病院まで逃げ切るしかない……か。なんかイヤだわ。昔から病院って好きじゃないのよ」
気持ちはわかります。
それでも他に行く場所はない。オレは病院の場所をマップで確認する。
残り七キロ弱か。けっこう遠いぞ。
逃げ切れるか? おそらく難しいだろうな。スタミナ切れが怖い。
強制的な足止めからの強制的な戦闘。
というより、今のままだと、あと少しでそうなる。
だから――、
オレは足を止めた。
つられて足を止めたユズキさんにオレは告げる。
「ユズキさん、置いて行ってください」
「え?」
ユズキさんは、考えもしなかったかのように驚く。
「このままじゃ二人ともやられます。こっちは初めて食われてみるのも、オツなものかな……と」
何事も経験ですよ、と、オレは笑って言って見せた。
ほんとはイヤだけど。
肉食われるとことか、かみつきとか、超リアルらしいので、超イヤだけど――。
他人に巻き添えをくわすのは……もっといやだ。
「だめ、それだけは絶対にしない。最後まで一緒よ!」
だが……断る。
ユズキさん、首を横に振る。
……男だ。いや、女だけど漢だ。
彼女は切実な表情でオレに告げる。
「とにかくダメ! 『警官』が市民を見捨てたら、重いヘイブン・ペナルティがあるから!」
ああ、なるほど。噂にきく状況判定システムか。
それに警官ってけっこう大変なんですね。
そして感動がだいぶ冷めた。
ま、それでも一蓮托生なのはいっしょだ。
「せめて数を減らせたら、どこか別ルートに回避して……いえ、ダメね。フルオート射撃できない。弾幕張れない。これじゃ追いつかれて終わり」
ユズキさん、パニクってらっしゃる。
だが、なんかおかしくないか?
「あれ、それP90ですよね。フルオート連射できる銃じゃありませんでした?」
「いいえ。よくまちがわれるんだけどね。これは民間用モデルのPS90なのよ」
「え? じゃあ、それ……連射できないんですか?」
なにげなくオレが指さすと、ユズキさんはPS90を抱え込む。
オレが向けた視線から守るかのように。
「それでもいい子なのよ! 規制でバレルが延長されているせいで結果的に命中精度は上がってるし、無駄弾を撃たないで済むから専用弾の節約にもなるわ!」
まるで出来の悪いわが子をかばうダメ母親の表情だ。
「わたしも最初はハズレ銃器だと思ってたんだけど、他に使えるのがないからカスタムしてたの。
そのうち、この子には、わたしがついていなきゃいけないような気がしてきてね」
それ、ダメ男に引っかかる女性そのまんまの思考ですよ。
しかし、連射できない、弾幕張れないなんて、この状況ではけっこう致命的な弱点……。
「なによ! あなたの単発豆鉄砲よりマシじゃない!」
はい。まったくもっておっしゃるとおりです。
口径はユズキさんのより大きくはあるんですが……、
「じゃ、せめて爆弾とか……」
次善の策を考えつつ、オレは自分のアイテムポーチを探る。
……あるわけない。
有料版特典なのか、アイテム欄には有名企業の食料品の名前の数々がある。
全部が回復アイテムらしい。
しかし、この状況だと回復アイテムがいくらあっても死ぬまでの時間をのばせるだけ。
宣伝には程遠い。いや。苦痛を長引かせるとか逆にネガキャンじゃないか?
でも……ばらまいたら、おとりくらいにはなるかな? 三枚のお札みたいな。
「あたしもないわ。手榴弾って、けっこう高いのよね。
でも課金には手を出したくなかったし。性格上、手を出したら泥沼なのはわかってるから……」
その気持ちはわかる。よ~くわかる。
「……なにか、なんとかするには!」
ユズキさんは必死に考えている。
「せめて爆発物スキルでもないと。ああ、ポイントをケチらずに付けときゃよかった。
警官の選択スキルの一つなんだから……って、ん? 爆発物?!」
と、そこで何かひらめいたようだ。
「待てよ? たしか、ここって……」
ユズキさん、なにかを必死にマップで確認している。
「……ねえ、タクくん」
そのねっとりした声には嫌な予感しか、感じないのですが……、
「いい案があるんだけど……」
『けど』……その次に続く言葉はなんでしょう?
「時間稼ぎが必要なのよね」
ほらきた。
「ね、おとりになってくれない?」
ユズキさんはかわいらしく、首をかしげていった。