ジ・エンド・オブ・パンタグリュエル!
イベント会場『G区画』内――、
巨大な廃墟と化したショッピングセンター建設予定地にて――、
――ブッピガーン、ピゴォォォーン
実に巨大メカらしき効果音とともに、マルさんが操縦する巨大多脚クレーンが移動を開始する。
デカブツゾンビ『パンタグリュエル』の周囲を円をえがいて這う重機――その姿は八本の足と糸を伸ばしたようすから巨大なクモのようにも見えた。
ほんで――オレの目の前、機械じかけの大グモは炭素繊維の糸でとらえたパンタグリュエルの首を締め上げながら、獲物の背後に回りこもうとしていた!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
先ほど神技を見せてパンタグリュエルの首にワイヤーをかけたマルさんは――、
「このデカブツ! さっさと往生……しとけェェェェェェェッ!」
熱血なセリフをさけび、クレーンを巨大ゾンビの背後まで移動させた。
同時に重機の馬力を生かし、パンタグリュエルの首を後ろに引き始める。
ギリッ、ギリギリィ……!
パンタグリュエルの首回りに巻かれたワイヤーが音をたてて引かれ、強烈な負荷がかかったクレーンアームがきしむ。
ハードな工事現場にも耐える重機がここまで悲鳴を上げたのだ。当然、ワイヤーをかけた相手――生身のゾンビには、さらなるダメージを与えていて――、
GRRRRRRRRRRRAAAAAAAHHHHHSSSSHHHHHH!
絞殺されかけ苦しさにもだえるパンタグリュエル――超大型ゾンビは腹に深く刺さった鉄骨から手を離し、首回りのワイヤーを引きはがそうとした。
だが――、
ギリ、ギリギリ、ギリィ……!
クレーンの力で引っ張られ、ワイヤーはどんどん首に食いこんでいく。
金属製の強靭な処刑縄は、ぶよぶよした首の肉の間に深く埋もれ――さすがの巨大ゾンビさんにも、もうどうしようもない。
くわえて――さっき腹に刺さった鉄骨を抜こうとあがいたせいで、パンタグリュエルは足元のガレキの中へより深く埋まっていた。
足元を固定されて身動きの取れなくなった超大型ゾンビは、巨大クレーンに首を引かれ、背後にのけぞらされる。
――ブシュッ!
ワイヤーを食いこまされた首、そしてパンタグリュエルの丸い腹でも肉の裂ける音がした。
反り返ったせいで伸びきった腹筋が、深く突きささった鉄骨で引き裂かれたのだ。
――ボドッ! ドブッ!
裂けた腹の穴からピンクと茶色を混ぜた色の腸が顔を出し、あふれてこぼれ落ちた。
そして大量の湯気が立ち上る――ぶっちゃけ、かなりグロイ光景だ。サユリさんの15禁バージョンじゃ、きっとぼかしが入ってるにちがいない。
正直、ここまでリアルでスプラッタなダメージ描写にこだわる意味が見えないけど……まぁ、それはともかくとして――、
――マルさんのエグイ攻撃は確実にパンタグリュエルを追いつめていた!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
巨大怪物と巨大重機の対決も決着まであとわずか。
戦いは重機使いマルさんの力技によって終わろうとしていた。
GBBBBBBVVVVVVV……V……SH!
強靭なワイヤーで首を絞められ、声も上げられないパンタグリュエル。
のどから、ごぼごぼとヤバい感じの音がする。
――そして最後の悪あがきを見せる巨大ゾンビ。
GUUHHH! AAAAAAHHHHHHH!
大きく手を振り回し頭を上下させてワイヤーの拘束から逃れようとしたけど――パンタグリュエルの抵抗もそこまでだった。
ググッ……ゴギッ!
関節を鳴らしたときの数十倍は大きな音がした。たぶん首の骨のどっかが外れたんだろう。
巨大ゾンビの体から力が抜け、手がだらりと垂れ落ちた。いまだ、ぐいぐい首を引きつづけるクレーンに、もう抵抗を見せることもない。
――そんな超大型ゾンビの最期をオレたちはかたずを飲んで見守る。
「…………………………殺ったか?」
しばしの沈黙のあと。ようやく口を開いたのはゲンジさんだった。
あわわわ! それって敵の健在フラグっぽい発言じゃありませんか?!
と、ちょっとあせったオレだが――、
「ああ……おそらく」
慎重に同意した二階堂さん――銀行ヘイブンリーダーの言葉で緊張がとけ、オレたちは溜めていた息を吐きだし、ほっと一息つく。
と、そこで――ずっとワイヤーを引っ張っていた巨大クレーンも動きを止めた。
かかっていた力が抜け、パンタグリュエルの頭部がどすんとアスファルトの上に着地する。
「「「「…………………………」」」」
こうして完全に沈黙したパンタグリュエルを、オレたちはぼうっと見つめていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
腹から内臓をはみ出させ、首にワイヤーをからめて横たわるパンタグリュエル。
そんな超大型ゾンビの亡骸を見て、二階堂さんは深くうなずきつつ言う。
「……ふむ。腸を引きずり出しての絞首か。話に聞いた、かつてのメディチ家のようなやり口だな。そういえばメディチ家の生業も銀行だったことだし、ある意味ウチのヘイブンにふさわしい勝ち方かもしれん」
とかなんとか――ぶっそうで小難しい感想をおっしゃって一人で納得してる二階堂さん。
ま、それはともかくとして――、
……オレたちは勝った。
最後はえげつなくグロイ力技だったんで、かなり引いちゃったけど……とにかくオレたちは巨人ゾンビ『パンタグリュエル』を倒した!
ようやく勝利の実感が湧いたとこで――、
――腕の情報端末からサザランド大佐の声が響く。
『おめでとう! よくやってくれた! まずは一体目撃破だな! 今回のパンタグリュエル撃破における最大の功労者は……銀行ヘイブンの《マル》氏だ! 彼の奮闘と献身に感謝を!』
突然の通信が告げたのはパンタグリュエルの最期、そしてマルさんの名前だった。
「よっしゃ!」
「やったぜ!」
「うん! やったね!」
「マルくん、おめでとう」
「おう、ありがとな!」
マルさんの名が呼ばれたことに銀行ヘイブンは歓声を上げる。クレーンを降りてきたご本人さんと、銀行のみなさんはハイタッチまで交わしていた。
集団作業の達成感っていいもんだなあ……と、オレも、ほっこりあったかい気分になる。
だが――。
そこでたった一人、サユリさんだけは、しかめつらだ。
「……むぅ、タッくんの立てた作戦なのに……どうしてタッくんの名前が呼ばれないんですか……」
と、静かに怒ってるサユリさん。
どうやら、先ほどオレの名がよばれなかったことに腹を立ててるらしい。
う~ん。気づかってくれるのはうれしい。
だけど、せっかくのお祝い気分に水差しちゃダメですってサユリさん。
軽くたしなめたオレに、サユリさんが言いかえす。
「でも……タッくん! ランキングに載れないと、タッくんはいつまでも『リベレーター地獄』のままなんですよ!」
あぅ……それを言われると……。
図星をつかれヘコむオレ。一方、サユリさんはまだまだ不満そう。
するとそこで――満面の笑顔だった三条さんがオレたちの会話を聞いて表情を変えていた。
「……あ……ごめんねタクくん。ウチのヘイブンが手柄を横取りしちゃうことになっちゃって……」
けっこう気にしいな感じの三条さんは真剣な顔で頭を下げてくる。盛り上がってた銀行ヘイブンのみなさんも気まずそうなようす。
なんか妙な気を使わせてしまったことに、オレはあわてて首を左右にふった。
「い、いえ! そんなことありませんよ! みなさんがいなけりゃオレの策なんて机上の空論でしたし!」
……ま、実はちょっとだけくやしいけど、これも当然の結果だろう。
オレの大ざっぱ作戦の成功は、ほとんどマルさんの超絶技量のおかげだ。
鉄骨が使えなくなったときもマルさんがあわてずさわがず作戦変更してくれたから、パンタグリュエルを倒せたんだし。
……いや、それだけじゃない。
挑発のための長距離狙撃だったり、爆薬を使った巨大ゾンビの足止めだったり――銀行ヘイブンのみなさんの奮闘でパンタグリュエル撃破は成功したのだ。
「――ね? だからマルさんが一番の功労者でも、ぜんぜんおかしくないんですよ、サユリさん」
「…………うぅ、タッくんがそう言うなら……いいですけど」
と、オレがサユリさんをなだめてると――、
「うぅ……タクくん、やっぱ、きみはイイ子だよ! どれ、このお姉さんがホメてあげよう」
感極まったようすの三条さんはオレの頭をなでようとしてくる。
ただ三条さん――小柄ギャルなもんでオレの頭まで手が届かない。
「ええい、それならっ……って、あっ!」
いらだった三条さんはジャンプしてオレの頭に手を伸ばしてきたが――足元がすべり、頭をなでようとした手が微妙にそれて顔面に向かう。
そして――。
――ボコッ!
「へぶッ!」
昇竜な拳っぽい対空アッパーカットがオレのあごにクリーンヒット! 思わぬ奇襲でオレの目の前にダメージエフェクトの火花が散る。
そんな年上お姉さんの暴挙に落ちつきかけてたサユリさんが、またしてもキレた。
「…………おのれ、この女……手柄を奪っただけではあきたらず、タッくんに暴力までふるって!」
――暗い声でつぶやいたサユリさんの背後からゴゴゴゴと立ち上る殺気。
……う、マズイぞ! これは!
もう慣れちゃったオレはともかく、一般人に刃物を持ったサユリさんの相手はアブナすぎる!
危険を感じたオレは、抜刀したサユリさんを急いではがいじめにした。
――い、いけません! サユリさん……殿中でござる!
「くっ! なんで止めるんですタッくん!? 後生ですから、あの女を斬らせてください!」
「いやいや! そんなのダメですってば! ほらッ! 三条さんも早く逃げて!」
じたばたするサユリさんを押さえつつ、オレが言うと――、
三条さんは後ずさりしつつ平謝りした。
「あ、あわわッ! ごめんよタクくん! サユリちゃん!」
「いいえ! 許しません! 成敗しますから、そこに直ってください!」
いっさい迷わず人に向けて抜刀したサユリさんにおびえ、あわてて逃げまどう三条さん。そして暴走する剣術美少女を必死で止めるオレ。
まるでコントみたいな光景で周囲の銀行メンバーから笑いがもれる。
おかげで、ちょっと気まずくなった空気も元通りだ。
それから――けっこう痛い思いと危ない思いをさせられたが……まあ、よしとしよう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「サユリさん! 落ちついてください! そのかわり、あとで日本刀集めの資金稼ぎに協力しますから!」
「………………む…………それなら……そうですね。業物二振り分で手を打ちましょう」
しばらく悪戦苦闘して、なんとかサユリさんの暴走を止めた。
趣味を利用する方法を思いつくまで必死でがんばったオレに二階堂さんが苦笑している。
「……いやはや。なかなか大変そうだね。タクくん。まあ、それはともかく……ウチのメンバーがきみの策に助けられたのは事実だ。今度は我々が手助けさせてもらうよ」
――そんな二階堂さんのお優しい言葉は、オレにとってありがたいかぎり。
てなわけで――ようやく本題である巨大ゾンビ討伐にもどることができた。
次に戦う相手は『ガルガンチュア』防御の固い大型ゾンビだ。回復力はあるけど簡単に攻撃が通ったパンタグリュエルみたいに倒せるかどうかはわからない。
だけど、こっちには巨大重機という心強い武器があるんだし――やれるとこまでやってやる!
なんて、オレは決意を新たにしてたのだが――、
――ブスン、ブスンブスン、ぼふっ……!
闘志を燃やすオレの耳に、少し離れたとこに止められてた大型重機から不吉な音が届いた。
微妙に情けないその音に、さっきまで巨大クレーンを操縦してたマルさんが肩をすくめて言う。
「ああ、やっぱりか……あいつはもうガス欠だぞ。それを言いに降りてきたんだ」
――え? ちょ! ガス欠?!
となると、あのクレーンはもう使えないってことですか!?
ぼうぜんとしたオレに、マルさんはしれっとうなずく。
「そりゃそうだ。ガス欠じゃ動けないしな」
……そ、そんな!?
さっきまで、あんな元気にゾンビをしとめてたのに?
なんで、いきなり使えなくなっちゃったんだ?
「……ふむ。おそらくクレーンの利用時間には制限がかかってるんだろう。強力な武器が使い放題ではゲームバランスが崩れてしまうからね」
そんな二階堂さんの冷静な分析――パニクッたオレの耳には遠く聞こえた。
……え~と。ということは、つまり――。
巨大カチコチゾンビ『ガルガンチュア』と生身でやりあわなきゃいけない……のか?!
――当てにしてた強力武器が使えない特大ピンチ、オレは真っ青になる!