ジャイアント!
♪ウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥーッ!
夏の風物詩――高校球児の夢の祭典の開始を告げるようなサイレンが鳴り響く。
これが試合開始……じゃなかったイベント開始の合図らしい。
そして、サイレンが小さくなっていき、鳴りやもうかというところで――、
腕の携帯端末が震え、通信が入る。
『この……エリ……アに……集まってくれ……た勇敢な戦士たち……に感謝したい』
どうやら、このエリア全員にむけた通信らしい。オレだけじゃなく、あちこちでプレーヤーが端末をのぞきこんでいた。
中年男性のものだろうか? いきなり響いたノイズ交じりの声は緊迫感をあおる。
……う~む。なかなかの好演出ですな。
胸をワクワクさせたイベントの始まり――突然の通信は、さらにこう続く。
『……しかし……諸君、残念な……知らせがある。人……類存亡の危機が発生した。我々の命運はこの戦いにかかっている!』
――ようやく安定した通信は、驚くべきことをオレたちプレーヤーに告げた!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『――わたしは国連対ゾンビ機関《Zフォース》のサザランド大佐だ。これより諸君に対し、簡潔な状況説明をおこなう』
……ん? 《Zフォース》? 初耳だな――そんな組織あったのか。
ゾンビだからZって安易かつB級感あふれるネーミングだが――なかなかワクワクさせてくれる。
――で、そのZフォースさんが、どんなご用でしょう?
『我々Zフォースは全世界のゾンビ発生状況を観測していたのだが……数日前から、この地域に異常が見られた。ゾンビ特有の生体反応《ゼータ反応》が、ここ数日で急上昇したのだ。くわしく調査したところ……巨大なゼータ反応の発生源は地下百メートル――二体の《超大型ゾンビ》からのものだった!』
おお! 『ゼータ反応』が急上昇――なんか知らんけど、それっぽいSF用語だぞ!
さらに……それにくわえて『超大型ゾンビ』!?
今までいなかったタイプの敵が二体とか、いきなり超大盤ぶるまいですな!
でもって、その先は――?!
『――どうやら光の差さぬ地下奥深く、ゾンビどもはひそかに進化をとげていたらしい。現れた巨大ゾンビの反応はじょじょに上昇してきて――地上にせまりつつある! 諸君らにはその迎撃を依頼したい!』
――わお! なんだか『巨大な敵』ってだけでテンションが上がるぞ!
興奮をあおるワードに周囲のヘイブンのみなさんの目も輝いていた。
そしてプレイヤーの心を高ぶらせる放送は、さらにこう続く。
『しかも、どうやらこの巨大ゾンビども――周囲のゾンビを引き寄せ、活性化させるフェロモンをはなっているらしい。急上昇したゼータ反応の原因はこれだろう。おかげで周辺には大量の凶暴化したゾンビが従っている。もし、このデカブツ二体が世界最大のゾンビ発生地――領域Bに到達したら一大事、凶暴化したゾンビが大量発生しかねん! そうなる前に二体の討伐を…………頼む! ああ、もうヤツらの地上到着まで時間がないようだ! 諸君らの……武運を祈る!』
――そう告げて、サザランド大佐の声はぷつりと切れる。
うひゃ! 巨大なゾンビだけじゃなく、おなじみゾンビ集団の迎撃任務も!?
けっこうしんどそうだけど、とんでもなく心躍らせる設定てんこ盛りじゃないですか!
もり上げ上手な説明のおかげで場の空気が一気にヒートアップした。
と、ほぼ同時に――、
ドオオオォォーーーーーーォォォォン!
ドグァァァァァァァァァーーーーーッ!
新たなイベントエリア『Z区画』全体に強烈な轟音が響き渡り――そして、やや離れた二か所で高々と立ち上る土煙。
――どうやら巨大ゾンビのド派手な登場らしい。
「……く、二か所か!?」
「おい! どっちに行く!?」
「右か……いや左だ!」
「急げ! 他に後れを取るな!」
轟音と土煙を目にして、いくつかのヘイブンが一気に動き出す。
たぶん、一番乗り狙いなんだろう。
……む! これはオレも負けてられん!
「行きましょう! サユリさん!」
「はい! タッくん!」
と、駆けだした連中に続こうとしたオレとサユリさんだったが――、
「……待ちたまえ」
背後から声がかけられる。
オレたちを止めたのは二階堂さん――ハルトマンだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「――え? なぜ止めるんです!?」
「はい! 早く行かないと先を越されてしまいます!」
頭に血が上ってたオレたちは二階堂さんに食ってかかる。
そんなオレたちに二階堂さんは大人のよゆうを見せた。
「……いや。今はようすを見たほうがいい。相手をよく知らないうちに飛びこめば、思わぬとこで足をすくわれかねない。まして今回の敵は初登場――すべてが未知数なのだから」
――そんな二階堂さんの落ち着き払った態度に、ようやくオレたちも我に返る。
あう……そういえばそうだ。
この前のゾン・ビー戦でも、なにも考えず突っこんだせいでヒドイ目にあったんだよな。
あやうく、前回と同じ失敗をするとこだった。
でも……それじゃ、これからなにするんです?
「観察して情報を得るのさ。相手の弱点や行動パターンをじっくり探り、確実な勝機が見えた瞬間に全力たたく――これが勝負の鉄則だ」
と、自信たっぷりにいう二階堂さん。
……むむ。なんかおえらいさんが言うと説得力があるな。
けど、どうやって観察するんです?
こっからじゃ、巨大ゾンビの影すら見えないんですが……?
「ああ――だから『高みの見物』といこうじゃないか?」
そう言った二階堂さんは、ちらりと――ここらで一番背の高そうな廃ビルを見た。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
廃墟になったビル――エレベーターなんて気の利いたものは当然ながら動いてない。だからオレたちは、ビル脇についてた鉄階段を利用する。
階段はサビてて大人数で使うのはこわかったけど、それでもなんとか荷重に耐えてくれた。
そして十数階分をがんばって上り、たどりついた屋上から見下ろすと――、
「おお! かなり遠くまで見えますね!」
「……ふむ。なかなか良い展望だね」
二階堂さんの言うとおり、そこには予想外のパノラマが広がっていた。
地上とは視野が全然ちがっていて、先ほど立ち上った二本の土煙が両方とも見える。
ほんで、その噴煙の足下では――、
……うおッ……ちょ、マジでデカいんですけど!!!
初めて目にした超大型ゾンビの姿――オレはビビらされた!
林立してるビルのすき間から、巨大な頭部がにょっきり飛び出していて――そいつが移動するたび、かなり離れたこっちにまでズシンズシンと震動が伝わってくる。
内臓の揺れ、そして目にしたサイズに全身の血の気が引く。
――ただ『巨大な敵』ってだけで本能的に恐怖させられると、ようやく実感できた。
あわわ……あんなのにむやみに突っこんでたら、ビビってなにもできないうちに、やられてたかも。
なんて二階堂さんの冷静さに感謝しつつ、観察を続けるうち――。
オレは現れた二体の巨大ゾンビのちがいに気づく。
片方は全体的に丸みを帯びたデザイン――それも『ぶくぶく』とか『ぶよぶよ』ってレベルのたるみっぷり。はっきり言って、かなりのぽっちゃりさんだ。
もう一方はゴツゴツしていて筋肉質な感じ――というより物理的に堅そうな質感の表皮を持っている。
で、その巨大な『やわらかゾンビさん』と『ゴツゴツゾンビさん』に向け――、
突撃をしかけてく、いくつかの人影があった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
どこのヘイブンの所属なんだろうか?
巨大ゾンビ目がけて一気に突っこんでくプレイヤーさんたち。
そんな彼らに対し、巨大ゾンビの足下にいた通常サイズのゾンビが迎撃に向かう。
ふむ……いつもどおりのレギュラーサイズのゾンビもけっこういるな。
大量発生したときくらいの数は、そろってるんじゃなかろうか?
そしてゾンビが射程に入ると同時、プレイヤーの銃声が鳴り響き……戦闘が開始される。
と、まあ、合戦の火ぶたが切って落とされたわけなんだが――問題が一つ発生した。
……む、かなり見づらい。
この廃ビル――巨大ゾンビを見るには最高だけど、ふつうの人間サイズのバトルの観察には向いてない。始まった戦闘はなにが起こってるのか、さっぱりわからん。
それでもオレがときどき光る銃火、もぞもぞ動く豆粒大の人の動きに目をこらしてると――、
「二人ともこれを使いたまえ――予備で持ってきたものがある」
見かねた二階堂さんが小さな双眼鏡をオレとサユリさんに差し出してくれた。
「……お、すいません。助かります」
「あ、ありがとうございます」
礼を言い、受け取ってのぞきこんだオレたちだが――その拡大倍率の高さに驚かされる。
「!?」
「これって?!」
まるで目の前で戦闘が起こってるかのように――ゾンビの表情すら読み取れるくらい近くに見えてマジでビビった。
どうやらコレ、ぱっと見は平凡な双眼鏡だが、あれこれ電子部品がつまれてるらしい。
……ちょ、この双眼鏡――かなりの高性能品じゃないですか?!
その分だけ『でも、お高いんでしょう?』てお値段の装備品ですよね?
こんなイイもの、お借りしちゃっていいんでしょうか?
ていうか、こんなの予備にするなんて、どんだけの資金力ですか!?
――あわてたオレに二階堂さんは笑って言う。
「気にしなくていい。銀行ヘイブンは資金面では最強といっていい優遇ぶりでね。専用ミッションの報酬で大量の資金が獲得できる――さらに少々高い装備でもローンで買うことが可能なのさ」
――おお! それは便利そうですね!
しかし、ふむ……資金を獲得できる専用ミッションか。うらやましいかぎりだ。
「ああ、そういうわけだから遠慮なく使って観察してくれ」
……あ、はい。
それじゃ、お金持ちさんのご厚意と、お言葉に甘えさせていただきます。
二階堂さんのすすめに従い、オレは再び双眼鏡をのぞきこむ。
そして拡大された視界のむこう側では――、
――先行した人間とゾンビとの激戦が繰り広げられていた!




