スモーク・アンダーウォーター
からまれてたオレたちを助けてくれた人物の名はハルトマン――いや、二階堂頭取。
このゲームの旧運営による『道場ヘイブン襲撃事件』のときに知り合いになった、リリパット社の取引先銀行のおえらいさんだ。
思ってもなかった人物との再会――オレはビックリさせられる!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「お、おひさしぶりです。二階堂さん。あなたもこのゲームやってたんですね?」
「ああ。リアルな仮想空間を目にしたら、眠ってたゲーマーの血が目をさましてね。そっから先はもうどっぷりさ」
と、楽しげに笑う二階堂氏――いや、今はハルトマンか。頼りがいあふれる姿は、あのときのまま。
ただ前回のビジネスっぽいスーツ姿とはちがい、今はダンディなマフィアっぽいコートと帽子、スカーフを着用中。さらにごていねいに葉巻までくわえている。
ちなみに装備は――ドラム型弾倉付きのごっつい機関銃。
オレの視線に気づいたハルトマンさんは、機関銃をかかげて見せてくれる。
「――こいつは『トンプソン・サブマシンガン』。『トミーガン』のほうが有名かな? 『シカゴ・タイプライター』とも言うらしい」
おお……角ばった無骨なデザインがシブい感じですな。
「うむ。昔から好きな銃でね。手に入れてから楽しくて楽しくて、おかげで睡眠時間が不足気味さ。……しかし、もう年だな。昔は三日連続で徹夜なんてよゆうだったんだが――」
なんてグチる二階堂さんだったが――。
……いや。五十代で徹夜ゲーとか、むしろ、もう体力ありあまってるって感じしますけど。
「はっはっは。そういってもらえるとうれしいね」
てな感じでオレたちが再会をよろこんでると――。
「ヘイ! 勝手に会話を進めるな! そういうディスコミュニケーションなことをするからノラプレーヤーはうんぬんかんぬん――」
……あ、からんできた日本刀野郎、まだいたんだった。
そこで再開するにらみあい――銀行ヘイブンと四人組の間でバチバチ火花が飛ぶ。
ううぅ、もめ事の原因としては気まずいかぎりだ。
と――。
そこで銀行ヘイブン側から一人の女性が前に出た。
ギャルっぽくハデな髪型にきっちりキメたメイク――身にまとってるのは黒の皮製上下でハードな感じ。
そう言うとイイ女っぽく思えるかもしれないが……残念、そこは小柄童顔さんだ。
おかげで子どものコスプレみたいになってしまってるのが惜しいけど――ま、そこもかわいらしい。
ちなみに武器は小さな体に不釣り合いな散弾銃を背負っていた。
ほんで――そのロリギャルさんは脳天に響くハイトーンボイスでバカにしたように言う。
「あ~。クサいこと言ってんなと思ったら、やっぱ『下水ヘイブン』じゃん!」
ん? 『下水』……ヘイブン?
へえ、初耳だな。そんなのあったんですか?
と、オレが小柄ギャルの言ったことに首をかしげると――、
下水ヘイブンって言葉に反応したヌンチャク男が、わめきたてる。
「失敬な! 我々は『地下水道ヘイブン』だ! まちがえないでもらいたい! マンホールを出入り口に使える唯一のヘイブンで地下水道を通じ、街中を自由自在に行き来できるのさ! ゾンビとの野蛮な戦闘だって回避できる!」
……ほほう。ゾンビから自由に逃げられるのか。それはけっこう便利そう。
大量発生に苦労させられた身としては、ちょっとうらやましい。
それに、いつでも逃げられるならギリギリまで攻めにいけそうだし。
――というオレの感想にロリギャルさんは、うんうんとうなずいて言う。
「そう思うでしょ? でもコイツらはそんな便利スキルを持ちながらゾンビと戦闘しないの。他ヘイブンが戦ってるすきに、ちまちま物資や死亡時のドロップアイテムをかすめとってるだけ――ドブネズミみたいにさ。そのせいでヘイブンランクじゃぱっとせず、水面下でくすぶってるような連中なんだよ」
……う~ん、たしかにそれはどうなんだろう?
他人の遊び方に文句つける気はないけど、せっかくのゾンビゲーで戦闘しないのは、なんかもったいない気がするぞ。
「ええ。そのくせ他人のプレイに上から目線であれこれクッサい批判してくるの。そこでついた別名が『下水ヘイブン』ってわけ……ま、自業自得の悪名ね」
……うわ、なんかヒドイ言われようですね…………ぷっ。
小柄ギャルが舌足らずな口調から繰り出す激辛なツッコミに、オレだけじゃなく銀行ヘイブンからも笑いが漏れる。
で、そんな分の悪くなった空気にいらだったのか――、
「ヘイ! それ以上、リスペクトに欠けたディスを続けるとこっちにも考えがあるぞ!」
「――へえ、やってみなよ。ひさしぶりの対人戦も悪くないじゃん」
日本刀男、ヌンチャク男、サイ男――それに棍棒男が青筋立てて武器をかまえた。
対してロリギャルさんも背負ったショットガンに手をやったとこで――、
二階堂さんがすっと間に入り、ロリギャルさんをたしなめる。
「――よしたまえ。三条くん。さすがに失礼だぞ」
「でも……二階堂さ……じゃなかった、ハルトマン」
言い返そうとした『三条』というお名前らしいギャルロリさん。
だが二階堂さんはイタズラっぽくウインクして、こう続ける。
「最近では、処理技術の発達で下水もそれほどクサくない。それに微生物発酵によるメタン生成やら色々できる非常に有用な場所なんだ――他人をけなすなら、もっと別の表現にしたほうがいい」
「――あ、そうでした。『下水さん』ごめんなさい」
二階堂さんの意図に気づいた三条さんはテヘペロって感じで素直にあやまる。
……うわ。二階堂さん。三条さんをたしなめるふりして、さらにもう一段ディスりにいったよ。
つまり『下水』と『地下水道ヘイブン』をいっしょにしちゃ、下水のほうに失礼ってことだから――かなりキッツい皮肉だ。
「………………」
頭の回転が速くないとすぐ理解できない。そして、気づいたときには言い返す機会を失ってる――そんなうまいあおりに地下水道四人組は沈黙してしまった。
そこへ、さらに二階堂さんは声をかける。
「実績のともなわない人間が他者を批判しても反感を買うだけだよ。少なくともそこのタクくんは二度のゾンビ大量発生を戦って生きのびた猛者だ――逃げ回ってるだけの人間がどうこう言っていい相手ではないと思うがね」
つまり大事なのは結果――『結果にコミット』ってことだろうか?
……おお、なんか知らんが、すごい説得力だ。
「――ッ! よそに行くぞ、サンティ、ボナローティ、バルディ!」
カンロクたっぷりの二階堂さんにヴィンチと呼ばれてた日本刀男は反論できず、これまた意識高そうなオシャレっぽい名前の仲間と涙目で立ち去ってく。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
立ち去る地下水道ヘイブン――しょぼくれた四つの背中を見送って、オレはほっとした。
そして、胸をなでおろしつつ――、
「めんどうかけてすみません、二階堂さん」
「……か、かばってもらって、ありがとうございました」
オレとサユリさんが頭を下げると――、
「なに、気にすることはない。自由な発想を楽しむべきところで、他者にきゅうくつな思想を押しつける輩は、わたしもあまり好きではないからね」
ダンディに笑った二階堂さんが、軽く手を振って応えた。
そして、さらにたずねてくる。
「――それより、きみたち。このあとどうするつもりかな? よかったら我々『銀行ヘイブン』とともに今回のイベントを楽しまないか?」
……え!? なんか、いきなりなお誘いだな?!
急な話にオレはとまどう。人見知りなサユリさんもはっきり動揺していた。
すると――今度は三条さんが小声で事情を説明してくる。
「……さっきのあいつら、恥をかかされたことをうらんで、イベント中になにかしてくるかもしれないからね。あたしらのそばにいたほうが安心だよ」
あ、なるほど――そういうことか。オンラインゲーじゃ粘着してくるヤツって多いもんな。
また、からまれたら――それも最初から悪意をもって襲われたら、オレとサユリさんだけじゃ対処できないかも……。
そこらへん、さらっと気配りできるあたり、さすがゲーム歴の長い二階堂さんだ。
――うん。わかりました。それじゃお言葉に甘えて、お世話になります。
「こちらこそ、よろしくね。タクくん」
「ああ。二度のバタリオンを生き延びたという、きみの腕を貸してもらうよ」
三条さん、二階堂さんはあたたかく受け入れてくれた。
「た、タッくんがそう言うなら……」
不安そうだがサユリさんもオレの言葉にうなずいてくれる。
というわけで――。
今回のイベントはひょんなことから銀行ヘイブンと共闘することになった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……へえ。すごいじゃん。この前のゾン・ビー戦でもけっこう討伐数稼いでるみたいだね?」
「ふむ。たった二人でたいしたものだ」
フレンド登録がてら、オレの戦歴を確認した二階堂さん、三条さんが口々にほめてくれる。
……う、いかん。めずらしく人から認められて、不審な笑いが出そうだ。
顔が妙な感じにひきつったとこで、オレは急いで話題を変える。
あの、ところで――この銀行ヘイブンってどんなつながりなんです?
どういった関係のみなさんが集まったんでしょうか?
「皆、わたしの知人さ。いろいろストレスたまってるようだから軽い気持ちで勧めてみたら、すっかりハマってしまってね」
オレの問いに二階堂さんがあいかわらずカンロクたっぷりに答えた。
……ほう。銀行の頭取をやってる二階堂さんの知り合いだったのか?
むむむ、なんか上流なにおいがぷんぷんするな。
それじゃ、ちなみに…………お客さまの中にお医者さまはいらっしゃいますか?
と、急病人が出た飛行機のCAさんみたいなことをオレが問うと――、
「ああ」
「はい」
「どうも」
うおッ!?
ちょ、三人も手を上げたよ!!!?
予想外に結果に驚かされるオレ。
ほんじゃ、さらにちなみに――お客さまの中に社長さんはいらっしゃいますか?
「……ん」
「よッ」
「おう」
「――いちおう、あたしもね」
なん…………だとッ!? 三条さんをふくめて四人も……?!
「あとは弁護士二名に会計士一名――ま、みんなストレスたまりやすい仕事だからね」
と、にこにこ笑っていう三条さん。
――ふぎゃ! ガチの上流さんだらけじゃないですか!
「どうしましょう! すごく場ちがいな感じです。わたし」
知ってしまった銀行ヘイブンの素性にサユリさんがおびえてるが――。
……いえ。剣道で全国大会にも出てる剣術美少女のサユリさんは、まだいいほうですってば。
むしろ、ただの量産型へっぽこ大学生のオレこそ場ちがい感ありまくりです。
と、かなり気おくれするオレ。凡人がここにいてゴメンなさいって気分になる。
ま、周囲はエリートだらけって環境にほうりこまれたら、しがない一般人はだれだってそうなるんじゃなかろうか?
しかし、にしても――。
大量の社長さんにお医者さんに弁護士、会計士それに銀行の頭取か。『銀行ヘイブン』って、なんか天下取れそうなメンバーがそろってるよな?
しかも、そのメンバーが日頃のうさばらしでゾンビ狩り……かあ?
オレなんかが想像もつかないほどストレスがたまるんだろうし、気持ちはわかるが……。
う~む。上流社会の闇は深い。
なんてアホなことをオレが考えてると――、
♪ウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥーーーーーーーッ!
――やたらデカい音量のサイレンが鳴り響き、ぎょっとさせられた。
どうやら、これがイベント開始の合図らしい。
そして心臓に悪い非常警報の音を聞きながら――、
「ふむ……楽しみだね」
と、つぶやいた二階堂頭取――いや、今は歴戦の勇士であるハルトマンが不敵な笑みを見せた。
その笑みに体が引き締まるような思いをするオレ。
新イベント――そして新たな敵の登場は、すぐそこにせまっている!




