レディ!
無人の街、文明の崩壊した世界。
寂寥感と裏腹の解放感――この空気も終末系作品の醍醐味じゃなかろうか?
オレは、てくてく歩きながら考える。
文字通り自由な道になっちまった高速道路の上、乗り捨てられた車の間を縫いながら、目的地への歩みをすすめていく。
とりあえずリベレーターは汎用型のホルスターに挿したが……、
装弾数一発とか、あまりの頼りなさに不安がつのる。
それに、さっきからオレ一人なんですもん。
大規模参加型サバイバルゲームをうたってるくせに、だれもいないとはなにごとだろうか?
「おれたちはボッチプレイを強いられてるんだ!」
オレのあげた抗議の声は無人の街にむなしく響く。
それでも警察署まで残り3キロ。道のりの半分まで来た。
(……ん?)
と、そこでオレは気が付いた。いや――気が付いたが気が付かないふりをした。
気付けたのは偶然。
背後で小さな物音がし、曲がり角で一瞬だけ人影が見えたのだ。
(尾行されてる? まさか、PKか?)
多人数型ゲームではおなじみになった単語、プレイヤー・キラー。
短い人生、他に楽しいことはいくらもあろうに、あえて他人の邪魔する道を選んだ奇特な人たちだ。
このゲームでも、わざわざゾンビじゃなくプレイヤーを狩る妙な趣味の人はいるらしい。
しかしゾンビゲームで真っ先に会ったのがゾンビじゃなくPKとか。それはイヤすぎる。
どうする?
……決まってる。声をかけるのだ。
「あの、なにかご用でしょうか?」
へたれたあいさつとともに振り返る。
『気づいてるぞ、隠れてないで出てこい!』
とかいって、もしただの通行人さんだったら気まずいし。
「へえ、意外と鋭いわね」
ビルの影から姿を現したのは、パッと見、20代の女性。
ショートカットがよく似合う活動的な感じの美人さんだ。
ま、仮想外見が美女だからって、中の人がそうとは限らない。
場合によっては体重三ケタのオッサン入りってこともあるのがVRゲームの常ではある。
もっとも性別偽装行為が犯罪まで発展したケースが何度かあったので、今はゲーム機の生体認証情報と大きく食い違うアバターには、さりげなく印が付くようになった。
そのせいなのか、今では美少女風のアバターを使う男は一握りの勇者だけだ。
その点、オレの目の前に現れた女性はたしかに女性なようである。
女性にしては長身でオレと同じくらいの背丈だ。
引き締まった体にまとうのは特殊部隊風のボディスーツ。
ただし派手なカラーリングがサイバーパンク風である。
彼女が手にしてるのも名状しがたい、近未来的な形をした銃器だ。
ええとP90? 人間工学にもとづいて設計された個人用防御武器(PDW)だったはずだ。
貫通力と人体破壊力、双方に優れた専用の弾丸を使用する優秀な連射火器である。
受験勉強中、カタログをながめてヨダレを垂らしたことは懐かしい思い出だ。
いいな。うらやましいな。
……で、そんな銃器を持っている相手に対してどうする? これも決まってる。
「こ、殺さないでください!」
そんなの相手にオレの豆鉄砲が勝てるわけない。
以前、ネットで調べた作法にのっとり、もろ手を挙げて降参した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ホント、面白い子だね、タクくんは……。さっきの叫びも笑いをこらえるのに必死だったよ」
バトルスーツ姿のお姉さんは大爆笑している。
先ほどIDカードを拝見したところ、名前はユズキさん。
「すいません。お恥ずかしいところを……」
あれを聞かれていたのか。オレは赤面せざるをえない。
「だいたい、降参して見せても撃たないとは限らないのよ。PKだったらなおさらね」
「そうなんですか?」
「そうか。タクくんやっぱりビギナーだったんだね。『警官』相手に殺さないで――はないわ」
『警官』とは警察署をヘイブンとして所属している人たちの通称らしい。
このゲームでは所属する避難所ごとに様々な恩恵と制約がある。
たとえば警察署なら射撃能力、身体能力上昇。それにガチャでの優秀な拳銃の出やすさ。
しかし秩序の守り手であるため『警官』はPKできない。破れば重いペナルティが科せられる。
スタミナ切れ状態になったあげく、全装備外され、周囲にゾンビの大群が湧く……とか。
あえて即死させないこのイヤらしさが恐ろしい。人間ってどれほど恐ろしいことを考えるやら。
もっとも警官にも許されるキルはある。PK殺害は可能だ。
プレイヤーを殺そうとしているプレイヤー、あるいは一定時間内にPKした連中なら殺害できるのだ。
「ビギナーは狩られやすいからね。影ながら護衛してたんだ。ゾンビ出現率低い場所がスタートになりやすくて……この時間帯だとあのオフィス街がそうなんだよ」
そうか、オレがあそこに出現したのは偶然じゃないのか。
「ええ。で、ビギナーを狙ってる連中もそこへ行く。有料版スターターを襲うのが狙いね」
殺害されると所持アイテム価格、所持金の合計の半分を落とし復活する。
ヘイブンに所属していないオレみたいなプレイヤーはランダムでリスタート地点を設定されてしまう。
ちなみにヘイブン所属後は与えられた自室ベッドで復活することになる。
その際のセリフ『……ひどい夢を見た』から、このゲームで死亡は『夢オチ』と呼ばれているそうだ。
ま、それはさておき……、
つまりアイテム満載、所持金一万クレジットでスタートする有料ユーザーは資金稼ぎのいいカモ。
有料版と無料版の格差がやたらでかい、資本主義の本場メリケンさんのゲームならではの光景だ。
「『最初から有料版に手を出すブルジョアを狩る』っていう無料版スターターのやっかみみたいね。
でも、せっかくゲームを始めた仲間がスタートしてすぐキルされるんじゃ、かわいそすぎるからね」
「そうだったんですか。護衛、ありがとうございました」
「いいえ、おたがいさまよ。警官はPKを狩ればボーナスあるし」
初心者キルは問題になったらしいが、運営側は殺害行為に罰則を設けるのではなく、その妨害にボーナスを与える方針を取っている。そのほうがゲームの自由度を損なわないですむらしい。
「あれ? っていうことは……もしかして、オレをおとりにしました?」
オレが実際のところを問いただそうとすると、
ユズキさんはよそを向いて、口笛を吹いてる。
ま、裏があろうと助けは助けだ。
序盤に経験者の助言ありがたい。
「そうだね。君はちなみにどのヘイブンに所属する予定?」
「まだ決めてないんですよ。ただ、せっかくの仮想空間だから銃を打ちまくりたいなって」
「わたしも! 仕事のストレス解消にもってこいなんだよね! 1日の疲れが飛んでくっていうか!」
それもある意味トリガーハッピーか。
「あとは、せめてまともな銃が欲しくて……」
オレは手持ちの武器を見せる。
と――、
「リ、リベレーター? 逆にレア過ぎない?」
ユズキさん、またしても大爆笑していた。ただ不思議と腹は立たない。
むしろ美人さんを笑わせられたことがうれしい。これが人徳なんだろうな。
「ま、そういうわけでして、いい銃を手に入れるには軍基地のヘイブンがいいかなって」
考えていたことを話すと、ユズキさんは首をかしげる。
あれ、またなんかおかしなこと言ったかな?
「う~ん。たしかに高火力の銃は手に入りやすいけど……軍はちょっとおすすめできないかな。
ゾンビの討伐ノルマがきつくて危険度Aエリアのの地下鉄にもぐりっぱなしみたいよ。
弾薬消費も回復剤消費も鬼レベル。死ぬか儲けるかの二択ギャンブルを強いられるらしいの」
むむ、初心者にはきつい。たしかに戦闘はしたいが、そればっかりだと飽きるし。
「それに、基地ヘイブンのメンバーって……なんていうか求道系だからね。
うかつなことをすると怒られるし、楽しくやりたいからノリもいまいち合わないんだよ」
ユズキさんは言葉を濁したが、なんとなくわかる。前にプレイしたVRMMOでも似た連中がいた。
おそらく心の狭いオタの巣窟で、ちょっと悪い装備をもって行ったりするだけで、ぼろくそに言われるのだろう。
うん。近づくのはやめとこう。
しかし、ならばどこに所属すればいいのか?
悩んでると、ミズキさんに誘われた。
「キミもウチの署に来ない? 新人募集中なんだ。討伐ノルマは重くないし初期装備も充実。先輩がアシストするよ。ヘイブン順位もいいとこにつけてるし」
「誘ってくれて、ありがとうございます。興味はあるんですが……」
美人さんのスカウトにはぐらっときた。
――しかし、決めるのはまだ早い。
「ただ、もう少し、いろいろ見てまわってからにしようかと思います」
「うん、急いで決める必要はないよ。あわてて決めると後悔するからね。初回の所属は無料だけど、移籍にはけっこうペナルティがあるから」
と、ユズキさんはうなずいた上で、さらに情報を教えてくれる。
「それでも早くヘイブンに属したほうが便利なんだ。アイテム保管のできる自室に能力のボーナス。ヘイブンによっては定期的に賃金ももらえるし。
基本拠点に所属してなんぼのゲームだから、無所属だときついよ。保存できるアイテムや装備は手持ちの分だけだし、なくしたくない装備ができたら、さっさと所属しておくべきかな」
そうか。良武器を入手したら、すぐにヘイブン入りしよう。
「とにかく、うちの署においでよ」
ご親切にどうも。あれこれ教えてもらって、ありがたい。
(ゾンビとの銃撃戦目当てで買ったゲームだけど、他のプレーヤーと触れ合う、こういう時間もいいもんだよね)
そんな風に考えてた時期がおれにもありました。
――しかし、次の瞬間、ミズキさんの顔色が変わる。