ニュー・イベント!
八月末――夏も終わりが近づいているはずだけど、まだまだ暑さは抜けそうにない。
熱気でゆらめくアスファルトの上、パンパンにふくらんだコンビニ袋を両手に抱え、オレはひいひい言いつつ、アパートにたどり着いた。
……うん。なにもかもがなつかしい気分だ。
荷物片手にポケットから鍵をまさぐってドアを開け、コンビニ袋をぼてっと玄関に落とす。
冷たいものを入れたせいでたっぷり汗をかいたビニール袋から、お目当ての炭酸飲料をひっぱりだし、行儀悪くそのまま玄関でぐびっと、のどに流しこむ。
「……ぷは……ふぅ……生き返る」
炭酸が泡立ち、口の中に栄養ドリンクのケミカルな味わいが広がり――そこでようやく一息つけた。
ちなみに、なんで無人配送機の宅配サービスを使わず、わざわざ自分で運んでるのかといえば荷物がドローンの積載限界を越えちゃってるから。
じゃ、なんでそんなに買いこんだのかというと――。
そりゃもちろん――先日、予告された新たな強襲イベントにそなえるためだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
十年くらい前だろうか……。
ゲーム業界は広告でかせぐほうに力を入れ出した。
たとえば電子マネーで使った額がゲーム内通貨になったり、現実世界で買った商品がアイテムとしてつかえるコラボ広告。あるいは雑誌とかお菓子を買うと『景品』としてガチャチケットをもらえるとか――ま、いろいろあって今にいたるらしい。
と、いうわけで――。
今回オレも回復アイテムとして使える栄養ドリンクとかお菓子を買いこんできたわけだが――、
うわ、ちょ……マジで手が……震えるんですけど……。
日ごろの運動不足のせいか。重いものを持ったオレは生まれたての子鹿みたいにプルプルしてる。
現実世界の場合、時間経過によるスタミナ回復もわずか。アイテム一個で筋肉痛が回復されもしない……ホントしんどい。
それでも予定の時間はやってくるわけで――、
エアコンの冷風をあび、汗が引いたとこで――オレは『ゾンビヘイブン』にログインする。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ログイン地点はすっかりおなじみの道場前。
すると、さっそく無人配送機がアイテムを運んできてくれる。
ちなみに最近決まった愛称はアランくん。
『経空兵站支援網(エアリアルロジスティクスサポートネットワーク)』という正式名称から名付けられたらしい。
♪ぴぴ、ぴぴぴー!
「……おお、いつもありがとね」
♪ぴぴぴー!
で、オレが無人配送機くんにお礼を言って、アイテムを受け取ってると――、
道場から人影が一つ、ものすごい勢いで飛び出してきた。
「――――タッくん!!」
息を切らせて、そこに立ってたのは……待ち合わせ相手、サユリさんだ。
あいかわらず女学生姿がまぶしい。きりっとした美少女さんだが……刃物を手に全力で駆けよってくる姿は、正直かなりこわい。
で、そのサユリさん――アランくんの飛行注意音を聞きつけ飛び出してきたらしい。
……う~ん。そんなにアイテムが届くのが待ち遠しかったんですか?
ま、たしかに今度の新イベント――すごく気になりますもんね。
「……え? いえ……わたしが待ってたのはそっちじゃなく……」
あ、それじゃアランくんですか?
動作が妙にかわいいとちまたで評判ですし。
「いえ……そっちでもなくって…………もういいです」
なぜかしょぼんとしたサユリさんもアイテムを受け取り――準備はカンペキ。
オレたちは道場へむかい、今回のイベントの作戦会議をはじめる。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
オレがおなじみの道場に入ってくと――、
「……やあ、待ってたよ、タクくん」
目を細め、さわやかにあいさつしてきたのはヒサヨシさん――サユリさんの兄であり、道場ヘイブンの主さんだ。
受け取ったアイテムをスーツケースに押しこんでるオレたちを見て、ヒサヨシさんは楽しそうに笑いかけてくる。
「おお。ふたりとも気合い十分だね」
「……ええ。今度こそ『リベレーターの呪い』を解かないといけませんからね」
収納を終えたオレは、ヒサヨシさんに深々とうなずく。
大きな声じゃいえないけど――オレは、この『ゾンビヘイブン』の開発企業『リリパット社』社長リチャード・ウォーホルさんと知り合いだったりする。
で、このリチャード氏、通称リックさんは、オレがハズレ銃器リベレーターのマニアだとかんちがいして、善意のつもりでガチャでのリベレーター出現確率を上げてくれた。
おかげでオレはハズレ銃器しか手に入らなくなって……しかもリックさんとも連絡が取れない。最悪のリベレーター地獄におちいってしまったのだ。
あの日からオレはゲーム内ランキングに載って目立ち、リックさんから連絡がくるようがんばってる。
で、それにサユリさんも協力してくれてるのだが――、
「…………前回はがっかりな結果でしたから。今度こそタッくんの呪いをとかないと!」
思いつめたような表情で言うサユリさんにオレの心が痛む。
……うう、この前のイベントは失敗だったしなあ。
前回、オレたちは新種の虫型ゾンビ『ゾン・ビー』と戦い、最後にサユリさんが女王ゾン・ビーを倒してランキングにのった。
と、そこまではよかったんだけど――。
……まさかサユリさん、リックさんとフレンド登録してないとは思わなかった。
ほんとコミュ障美少女をなめてました。すいません。
おかげで、リックさんとは連絡が取れないまま。
イベント後のむなしい帰り道――サユリさんは放心状態で「わたしは強い子、負けない子」なんて、ぶつぶつつぶやいてたし。
……だから、二度とあんな思いさせちゃだめだ。今回はオレががんばってランキングに載らないと。
そんな思いとともにアイテムも学生の資金力で買えるだけ買った。
これで、どんな敵が来てもだいじょうぶなはず…………だよな?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「うん。これでいいと思うよ。今回のイベントもいつもどおり情報が少ないから、安全策は必要だし」
回復多めのアイテムリストに、ヒサヨシさんがうなずく。
たしかにヒサヨシさんの言うとおり……イベントの事前情報はほとんどない。
え~と。たしか……新たなエリア『G区画』が解放されるんでしたっけ?
「ああ。しかし、わかってる情報はそれだけ。出現する敵は秘密みたいだ。もっとも……高火力武器がイベントガチャに投入されてるから、強敵が出ると思ったほうがいいだろうね」
とかなんとか――ヒサヨシさんは新装備からイベント内容を推測している。
さすが経験あるヘイブンリーダーさんだ。
しかし……むむむ。その点は心配なんだよな。
高火力の武器が必要な敵――手持ちの装備で対処できるのか?
オレは不安になるが――、
いや……なやんでてもしょうがない。
ヒサヨシさんがくれた愛刀『次郎太刀』、トレード入手した愛銃『M3サブマシンガン』――そして相棒のサユリさんを信じて戦うだけだ。
決意に燃えるオレへ――ヒサヨシさんは頼もしそうにうなずく。
「おお、その意気だよ! タクくん。イベントがんばって!」
ええ、ありがとうございます! オレ超がんばりま……
……って、ん? あれ?
待てよ? ヒサヨシさんは今回のイベント参加しないんですか?!
――ヒサヨシさんの発言にオレはあわてた。
正直、ヒサヨシさんがいないと心配だ。長巻使いのヒサヨシさんは戦力としても優秀だし、暴走しがちな剣術美少女――サユリさんのストッパーとしてもいてほしい。
てっきりイベントに参加してくれると思ってたんだけど……。
――不安になったオレへ、ヒサヨシさんはすまなさそうに頭を下げた。
「協力できなくてわるい。タクくん。けど道場はまだまだ発展途上のヘイブンだからね。他がイベントに集中してるこのチャンスに物資確保に走らないと…………あと、サユリの邪魔をしても悪いし」
……なるほど。勝算のあやふやなイベントより確実な物資回収ってことか。
なかなか戦略的ですな。さすがヘイブンリーダー。
あれ? でも最後になんか妙なことをつぶやいたような……?
ヒサヨシさんの発言に、ちょっと首をかしげたオレ。
すると疑問をかき消すように、サユリさんがあわてて口をはさんだ。
「――わ、わたしはもちろん、タッくんといっしょに行きます!」
「ああ。我がヘイブンの恩人のために、そしてヘイブンポイントのためにもがんばってくるんだよ…………あとは自分のためにもね」
そんな妹さんをヒサヨシさんは生暖かい目で見て、言う。
しかしイイことを言ってるようで、ちゃっかりもしてるヒサヨシさん。
でも……最後の『自分のため』って、どういう意味なんだろう?
「……な、なんでもありません! 気にしないでください!」
オレが考えこむと――赤くなって否定するサユリさん。
そう言われると逆に気になるけど……。
「だ、だから、なんでもありませんってば! タッくんは、さっきから細かいことを気にしすぎです! あまりうるさいと刀のサビにしますよ!」
さらに顔を真っ赤にしたサユリさん、ホントに刀の柄に手をかけている!
あわわわ! ストップストップ!
この美少女さん――照れ隠しで本気の斬撃が飛んでくるからな。
こんなとこで斬られちゃたまらないので、その件は気にしないことにしよう。
てなわけで――、
オレたちはイベントに参加するため、新たに解放された領域『G区画』へとむかう。




