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ゾンビヘイブンon-line  作者: 習志野ボンベ
三章
35/59

バーン&バン!

 手元にある高濃度アルコール。それに小ビンをつかって何をするのかといえば?

 答えは一つ。

 火炎瓶かえんびん――簡易火炎瓶(モロトフカクテル)の製作だ。


 小学生のころ、理科教室でやった実験のときのこと。火がついたままのアルコールランプを落とした子がいて大さわぎになったことがある。

 今、オレたちがいる場所が理科室っぽかったんで、その事件を思い出して――そこから思いついた(アイディア)だった。

 

 で、オレたちはせっせとぶっそうな武器づくりに精を出す。

 さいわいなことに、ここは研究所だ。火炎瓶づくりに使える道具がたくさんあった。 

 オレはそれらを使い、アルコールをタンクから小ビンにうつしかえる作業をこなしていく。 



 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



 室内には、むっとするほど強烈なアルコールのにおいがたちこめていた。


「う……すごくイヤなにおいです」

 

 オレがアルコールを詰めたビンに紙で栓をする――そんな作業の途中、サユリさんが苦情を漏らした。


 ……ま、それはたしかに。消毒用アルコールって強烈なにおいがするもんな。鼻にツンとくる。

 リアル志向の仮想現実ゲームとはいえ、なにもここまで再現する必要はないんじゃなかろうか? 

 注射のときの記憶がよみがえってイヤな気分だ。 


「…………はい。わたしもなんだか……入院してたときのことを思い出します」

 

 オレの言葉に、ちょっと悲しそうな顔をするサユリさん。

 あ、そういえばサユリさんって……子どものころに大きな事故にあったんだっけ?

 

「ええ。両親といっしょに旅行に出たときトラックに追突されて……事故から二か月くらい入院していました」


 つぶやいて遠い目をするサユリさん。 

 ……いかん。マズいぞ。嫌な記憶を思い出させてしまったじゃないか。

 

「だったらサユリさんは向こうで休んで――いや、周囲の警戒に当たってくれたほうがいいんじゃないですか? この作業はオレがやりますから」

「いえ、だいじょうぶです。」


 あわててかけたオレの言葉に、気丈に返してくれるサユリさん。

 そのけなげさが今のオレには痛い。


 ――これは、ちゃんと結果を出さなきゃな。

 がんばって耐えてくれてるサユリさんのためにも……。



 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



 その後、火炎瓶の他にあれこれ作戦の仕込みを終えて――。

 研究所の部屋の中から選んだ戦場として最適な場所、『第一研究室』で、オレたちは虫ゾンビを迎え撃つことにした。 

 ちなみに、この部屋を選んだ理由は――大量のゾンビが入れる広さと、気密性とがんじょうさを兼ね備えていたから。

 なんで、部屋にがんじょうさが必要かといえば…………いや、それはプランがうまくいってから語るべきだろう。事前に作戦内容を語るって、よくある負けフラグだし。 


 とにかく――これから大群の虫ゾンビをここに呼ぶことになる。序盤の苦戦を再びくりかえしてしまうかもしれない危険な状況だ。

 決戦の予感に緊張しつつ、オレは問う。 


「サユリさん、いいですか?」

「はい。タッくん」


 大きくうなずいたサユリさん。

 彼女の反応をたしかめたオレは手にした小ビン『女王(クイーン)ゾン・ビーのフェロモン』を床に思いきりたたきつける。


 いや……別にふつうに中身をまいても結果は同じなんだけど、そこは景気づけにね。 


 ガシャンとさわがしく割れた小ビンから、どろりとした内容物が床にまき散らされると――。

 むっとするほど甘ったるいにおいが周囲にただよった。



 ……ブウウウウウウウゥゥゥゥン!



 数秒後、さっそく低く重い羽音が遠くから響いてくる。

 その反応の速さにサユリさんは驚いていた。


「わあ、もうやってきましたね……虫ゾンビ!」

 

 ……ええ。たしかにハリウッド的ご都合展開ですな。

 いくらなんでも、こんなに早くにおいが広がるわけないが……長々と待たされるよりはましだ。



「あっちです! タッくん!」



 サユリさんの言葉にのぞきこんだ廊下の先。

 せまい空間を埋め尽くす黒い影――集団の虫ゾンビがこちらにせまる! 



 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆ 

 


 レッツ・パーリィって勢いで押し寄せる虫ゾンビさんの群れ。

 で、その蜂ゾンビ――ゾン・ビーがわき目もふらずに目指すのは部屋の奥。

 オレが『女王ゾン・ビーのフェロモン』をまき散らしたあたりだ。



「「「ギイイイイイイィ、イィィィッ!」」」



 えらく興奮した様子で室内に入ってきたゾンビさんたちは、フェロモンのこぼれた一帯で押し合いへし合いをくり返している。

 ……う~ん、ラッシュ時の電車みたいな混み具合だ。まっとうに相手にできるとは思えないほどの数のゾンビが、そこに集まっている。


 そして、さらに……あとからあとから湧いて出てくる虫ゾンビさん。 

 全員が入室し、いい具合に密集したのを確認したとこで……オレは作戦を始動する。 



「よし! 今です!」

「はい!」


 サユリさんに合図を出すと同時。オレはアルコール入りのビンをゾンビのただなかに投げ込んだ。 

 ふりかぶってからの思いっきり全力投球――さらに続けて、もう一投!

 オレは並べておいたビンを、はしからどんどん放り投げていく。


「鋭っ!」


 同じく、サユリさんもアルコールビンを投げつけていた。

 小さなモーションながらも、ひじから先を鋭く振りぬいた高速の投擲とうてき……もしかして『手裏剣術』というやつだろうか? 

 サユリさんの投げるビンはおもしろいくらい蜂ゾンビに直撃した。


 ――ガシャン、ガシャン、バリン!


 無我夢中でフェロモンに殺到する虫ゾンビさんへ――オレたちが投げたビンがどんどん当たり、内容物(アルコール)がじゃんじゃんぶちまけられる。

 虫ゾンビの体表、それに身にまとっていたぼろぼろの白衣とかはアルコールでずぶ濡れだ。  

 しかし、オレたちは手を止めず、さらにビンを投げ続ける。

 

 さらにいえば……実はフェロモンをまいた床周辺には、大量のアルコールがまいてあった。  

 こうして上も下も高濃度アルコール漬け。こっちの狙い通りの状況になった虫ゾンビに向けて――。



「それじゃ、第二弾! 行きますよ!」

「わかりました! タッくん!」

 

「ギイイイイイイイィィィィッ!」


 フェロモンの効果が切れたのか、そのタイミングでこっちへ注意向ける虫ゾンビさん。


 ……だが、もう遅い。


 オレの投げつけた火種つきの火炎瓶は、すでに直撃している。

 さらに続けてサユリさんの投じたビンが鋭くぶちあたる。


 ――そして、音を立て一気に燃え上がる炎。


 (ゴウ)ッ!


 着火から炎上までは瞬時と言っていい短さだった。

 ブオオオオオオ――すさまじい熱気が立ち上り、蜂ゾンビの集団が業火に包まれる!



 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



 部屋の奥の一角――、

 虫ゾンビさんと高濃度アルコールを燃料にした巨大なキャンプファイアーが誕生していた。


「それじゃ逃げますよ! サユリさん!」

「ええ!」


 そんな光景をあとにして、オレたちは部屋から逃走をはかる。

 部屋の入口まで、いっきに駆け抜け、扉を閉めようとした。


 だが――。


「ギイイイイイイイイイィィィィッ!」


「うわッ!」

「キャッ!」


 なんと入り口近辺には――まだ残ってた蜂ゾンビが一体いた。どうやら扉に引っかかって室内に入れず、置いてきぼりをくらった哀れなぼっちゾンビさんなようだ。 

 しかし、出会いがしらの衝突とか、ラブコメの転校生じゃないんだからやめてほしい。

 あれをやっていいのは食パンくわえた美少女さんだけだ。


 ――というわけで、身のほど知らずなことをした虫ゾンビさんには八つ当たり気味の報いを受けてもらうことにする。



「……ラスト一本! これでもくらえッ!」



 用心のため手に持ってた最後の火炎瓶に火をつけ、オレは蜂ゾンビの顔面に炸裂させる。

 と――炎があっという間に虫ゾンビを包み、人型の炎が生まれた。



「ギギギギギィィィィッ!」

「しつこいッ! あっちへ行けッ!!」


 悲鳴らしき鳴き声を上げてる火だるまゾンビを室内に蹴りこんだら――ぶあつい扉で押さえこんで鍵をしめる。


 ……よし。最後にちょっとハプニングがあったけど、これで作戦は成功だ!



 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



 集めたゾンビたちを閉じこめた室内――ぶちまけたアルコールががんがん燃え盛る。

 そのようすは実験室の小さな丸窓ごしでもよくわかる。

 しかし、さすがに生物兵器を扱う研究所だけあって頑丈な扉が設置されていて、気密性も高そうだ。

 おかげで炎の熱もさえぎられ、こっちには届かないまま。



 一方、室内のゾンビさんたちはといえば――、



「「「「「ギイイイイィィィ!」」」」」



 紅く染まった強化ガラスの窓の向こう側――雄叫び、悲鳴が響くとともに黒煙の中、炎に包まれた虫ゾンビさんの姿が見え隠れする。 



 ……ドガッ、ガツッ!



 酸欠で苦しいのだろうか? 虫ゾンビさんたちは炎の中で大暴れしている。

 しかし、タフなゾンビさんだけあってなかなか倒れそうにない。

 そればかりか、断末魔の怪力で悪あがきをはじめた。


 ……ドゴンッ!


 連続する強烈な体当たりで鋼鉄製のドアが大きく揺れた。

 熱で劣化したせいもあるのだろうが、丸窓の強化ガラスにさえ、ぴしりと亀裂が走る。



 ――その状況を、やや引いた場所からオレたちは見ていた。



「あ、これでは扉が破られてしまいます! なにかで補強しなければ……」

 

 痛めつけられるドアの様子に、サユリさんがあわてて言うが……。

 オレはサユリさんの動作を止める。


「いえ。これでいいんですよ」

「え、どういうことですか……あ、ドアが?!」

 

 がんじょうなドアの部品がはじけ飛んだ。

 虫ゾンビたちは脱出への困難な戦いに勝利したかに思えたが……。  


 しかし――。


「サユリさん、伏せて!」


 棒立ちになってるサユリさんを抱え、ここまで持ってきたスーツケースの後ろに隠したのと同時――。

 わずかに空いたすき間から、研究室内に新鮮な空気が流れ込み。


 そして――。


 

 ……轟ッ!



 強烈な爆発が研究室を包む!



 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆

 


『バックドラフト現象』


 それは密閉された室内で大きな火災が起きたとき、発生しやすい危険な現象だ。

 

 閉じた空間ではあっという間に酸素が使い尽くされ不完全燃焼が起こる。そのタイミングで新鮮な空気が室内に流れこむと高温の一酸化炭素と流れこんだ酸素が反応し――、


 ……きわめて強烈で危険な『爆発』が起こるのだ。

 そう。たった今、オレたちの目の前で起きたような爆発が――。

 


 ――ガンッ、ゴガン!



 高々と舞い上がり、天井にぶち当たった鋼鉄製のドアが断末魔の悲鳴をあげて転がる。

 虫ゾンビの体当たりを喰らい続け、さらに爆発の直撃を受けたのだから、それも当然だろう。


 うん……今までごくろうさまでした。


 もっとも周囲で音を立てているのは、そのドアだけ。

 さっきまで鋼鉄ドアを痛めつけてたゾンビたちは今の爆発で全滅したようだ。

 


 ……う~ん。正直、ちょっとやりすぎたかな? 

 まさかここまでバックドラフトの威力がデカいと思ってなかった。

 盾にしたスーツケースに爆風が吹き付け、ドアの破片とゾンビの残骸がすごい勢いで当たってる。


 ――うむ。さすがは期待に応える『ハリウッド空間』ですな。爆発する可能性のある状況なら必ず大爆発してくれる。 


 と、アホなことに感心してるオレの隣では――。

 サユリさんが爆発の威力に目を見張っていた。


「これがバック……ドラフト?! タッくん、すごいです……こんなこと思いつくなんて!」


 目をきらきら輝かせ、オレを見ているサユリさん――驚きと尊敬の視線が心地よい。

 実家にいたとき、だらだら見てたテレビの科学番組に感謝だ。

 ムダ知識が、まさかこんな状況で役に立ってくれるとは思わなかったけど。

 


 ……よし。これでゾン・ビーの大量撃破に成功したぞ!

 


 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆ 


 さて――。

 作戦がうまくハマったとこで、ここまでの戦果を確認しておこう。

 オレはウェアラブル端末を起動し、戦績画面を表示する。

 

「え~と。討伐数はオレが75体、サユリさんは44体……か」 


 さっきのゾン・ビーはだいたい五十体ほど――で、オレたちはそれを半分ずつ討伐したことになる。

 火をつけたのはオレだけど、サユリさんはアルコールビンをかなり命中させてたから、そこらへんで功績は半々って判断されたんだろう。  


「やりました! 一気にかせぎましたね! タッくん!」


 告げられた戦果に無邪気に喜んでるサユリさん。 

 だが、しかし――。


「……でも、まだランキングには少し手が届かないですね。上位は100を越えたあたりだったし」 

「むう……あれだけ苦労したのに……」


 オレの教えた状況にサユリさんは難しい顔になってしまう。

 あいかわらず、ころころ表情が変わって見ていて飽きない美少女さんだ。

 おかげで厳しい状況でも心がなごまされる。



 ……しかし、それにしてもだ。

 どうしてランキング上位者は討伐数100体を少し超えたあたりで足止めされてるんだろう?


「もしかしてゾンビは100体までしか出てこないんじゃないでしょうか? タッくん」

「……いえ。ちがうと思いますよ」 


 サユリさんの答えに、オレは首を横に振る。 

 

「このイベント――100体しかゾンビが出てこないなら、討伐数じゃなくて100体討伐までの時間を競うランキングになってなきゃおかしいですし」

「それじゃどうして……?」

「……う~ん」 


 悩むオレたち――。

 しかし、その疑問の答えは、オレのすぐ背後にせまりつつあった。   



 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



「……ともかく、またゾンビ探しにもどりましょう。まだ見てない部屋もありますし」

「むう~。また、あの退屈な作業ですか?」

「まあ。さっきのでだいぶスコアを稼ぎましたから……あと少しですよ」 

 

 子どものようにむつくれるサユリさんに対し、苦笑しつつなだめるオレ。

 そのときのオレは自分の策でゾンビを大量撃破したことで調子に乗り、緊張がほどけてたんだと思う。



 でもって――。


 ……そんな油断は、見事にフラグになってはねかえってきた。




 ヒュ――ドスッ!



 背後から急に響いたのは――風を切る音。

 そして、にぶい着弾の音はオレの背中から聞こえた。

 感じたのは軽く背を押されたような衝撃だけ。痛みはまったくなかった。

  

 ――だが、体からは力が急に抜けていき……オレはがくりとひざをついた。



「…………タッくん?」


 その場に、いきなり倒れこんだオレ。

 サユリさんがけげんそうな顔と声で呼びかけてくるが……返事ができない。  



「タッくん! どうしました!? タッくんッ!!!!」




 ――サユリさんが必死に呼びかけてくる声も……倒れ伏したオレの耳には遠く聞こえた。

  



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