サーチ&リサーチ!
新種ゾンビ『ゾン・ビー』発表イベント会場――、
『廃棄された軍研究所』内部にて――、
「ギイイイイイイィィィ!」
研究所の入り口から、うめき声とともにやって来る蜂ゾンビさん。
リノリウム張りの廊下に一列に並び、順番に襲いかかってくる。
う~む。見かけとちがって、実にお行儀のいいゾンビさんたちだ。
……ま、そうせざるを得ないんだろう。
ここは一本道の廊下だから、どうしたって並んで順番に攻めてこなきゃいけない。
で――こんな状況じゃ、オレの新装備『グリースガン』が力を発揮してくれる。
サブマシンガンってのは、そもそもせまい塹壕の中で戦うため生まれた兵器らしいから、こういう状況とは相性抜群だ。
――ガガガガガッ!
オレは密集している敵に向け、弾をばらまく。
反動はデカいけど『グリースガン』は発射速度が遅いので狙いが大きくそれることもない。
それに逃げ場のない室内だから、ほぼ全弾がゾンビさんに命中する。
着弾の重い衝撃がゾンビを襲い、はじき飛ばし……オレは撃破数を重ねていった。
そして銃器最大の隙、弾倉交換の間はサユリさんが援護してくれる。
たった今、オレがリロードしてるお隣りで――、
「破ッ!」
気合とともにサユリさんの愛刀『菊一文字』が振るわれた。
上段からの容赦ない一撃が、飛びこんできた蜂ゾンビをスパッと縦に真っ二つにする。
「覇ァッ!」
続けて下段からの返す一刀が別のゾンビにむかった。わき腹から肩へ抜ける斬撃は胴をすっぱりとななめに切りさく。
さらに数体、流れるような連撃でサユリさんがゾン・ビーを撃破。菊一文字が作り出す刃の結界の中、入りこんだゾンビさんは片っ端から排除されていく。
――そんなサユリさんの剣の舞を横目で見ながら、オレは悠々と弾倉交換をすませていた。
「サユリさん、さがって!」
一声かけたオレはまたグリースガンを発砲。なぎ払うようにぶちまけたACP弾がゾンビを襲う。
と――まあ、こんな感じでオレたちは蜂ゾンビを駆逐していく。
ただ、ゾンビさんもけっこうな団体さんでやってきてるわけで――。
戦ってるうち、あとからあとから湧いてくる数の圧力にオレは押し切られそうになる。
――もちろん。そうなったら潔く後退だ。
「サユリさん、少し退きます!」
「はい! タッくん!」
一度さがって態勢を立て直したら、オレがまたグリースガンで弾幕を張り、弾倉交換の隙に出てきた連中をサユリさんがたたく。
そんなほぼルーチン化した作業をこなし――、
……気づけばオレたちは最初に登場したゾン・ビーをすべて殲滅していた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
オレたちの足下――床は倒された虫ゾンビの残骸と体液で、かなりグロいことになっていた。
ゾン・ビーたちは自らの血の海に倒れ伏していて、周囲にもう動く人影はない。
『死屍累々』ってのは、こういう状況を言うのだろうか?
そんな光景を見て、サユリさんは――、
「え? もう終わり……ですか? 剣の切れ味もほとんど落ちていないのに……」
と、残念そうにつぶやく。
どうやら、まだ斬り足りないらしい……なんだかアブない発言だな。
ちょっと引くオレだったが、実はけっこう拍子抜けもしていた。
研究所の中での戦い――地の利を得ただけで、ここまでうまく行くなんて思わなかった。
最初にあんなに苦労したのがウソみたいだ。
――ただし、もちろん、これで終わりってわけじゃない。
「もしかして、これでイベント終了なんでしょうか?」
「……いえ。まだ他にもいると思います」
不満げなサユリさんの言葉をオレは否定する。
ここまでの討伐スコアはオレが31体、サユリさんが19体。合計で50体ちょうど。しかしランキング上位のスコアはもっと高い――たしか100体を越えていたはず。
つまり、どこかにまだ倒していないゾン・ビーが隠れているってことになる。
「えッ! 他にもいるんですか!? ……でも、どこに?」
サユリさんの問いに、オレは少し考えこむ。
……う~ん。
もし最初に出てきたモブ博士の言うとおりハチの習性を受け継いでるんなら――。
たぶん、今まで戦ってたのは『働きバチ』みたいな連中だ。おそらくエサを求めて外をうろついてたんだろう。
となると――、
「あとは他にも巣を守る『兵隊バチ』がいるはず……で、おそらくその『巣』は、この研究所にあるんじゃないでしょうか?」
推測を口にしたオレをサユリさんは目を丸くして見つめてきた。
「なるほど! すごい推理です! さすがですね、タッくん!」
いやいや、そんなたいした推測じゃないですよ。
というか、他に蜂ゾンビが隠れられる場所なんてありませんしね。
そもそも『この研究所で蜂ゾンビの研究をしてた』って、あのモブ博士も言ってたじゃないですか?
「……あ、そう言えばそんなことも言ってましたね、あの人」
と、悪びれずにいうサユリさん。
う~ん。あいかわらず人の話を聞かない感じだなあ。
ま、それはともかくとして――虫ゾンビさんの巣を探さないと。
「じゃあ、ゾンビ探しに行きますか?!」
「はい! タッくん!」
――というわけで、オレたちは研究所の探索を開始することにした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『廃棄された軍研究所』――今回のイベント戦場はかなり年季の入った古い建物だ。
うすよごれた壁、響く足音がおどろおどろしい。古典SFとかSFホラーに出てきそうな感じである。
で、そんな空間を虫ゾンビ探しに歩き回ること数十分――、
研究所一階『第二標本室』にて――、
――ガラッ!
立てつけの悪い戸を、音を立てて開け――オレは室内に踏み込んだ。
左右にグリースガンの銃口を向け、ちょっと特殊部隊っぽくゾン・ビーの襲撃にそなえる。
だが、そこには虫ゾンビさんの影すら見当たらない。
自分の取った行動のむなしさと気恥ずかしさに、オレはもだえそうになる。
「…………いませんね。ここも……」
背後でつぶやいたサユリさんの声も醒めていた。
さっきからテンションがダダ下がりな感じだ。
……ま、それもしかたない。
ゾンビーの巣探しを始めてから数十分――しかし、いまだに巣は見つからないのだから。
おとずれたのはゾンビの一人もいないハズレ部屋ばかり――居てもせいぜい数体うろついてる程度。おかげで討伐数がまったく伸びない。
おかげでサユリさんは手持ちぶさたって感じだ。
むむ。これはいかん。美少女さんを退屈させるなど男子の名折れ。
よし、ここはオレの軽妙な話術で――、
「とりあえず、いい方向に考えましょう。集団で襲いかかられるより、こうやって各個撃破できるほうが楽ですよね」
「………………そうですね」
なんとか話を振ってみるが、気のない返事が返ってくるだけ。
むう。このままではせっかく勝ち取ったサユリさんからの敬意が……。
それに『ランキングに載ってリリパット社のだれかに連絡してもらう』計画が根底から崩れてしまう。
イベント開始から日がたてばたつほど、どんどん攻略情報が出そろってくる。そうなると金満な人たちや腕のある人たちがランク上位に食いこんでくるだろう。
だから、なんとしても早いうちに……できれば今日、ゾンビーを大量撃破して日間ランクに乗らないといけない。
そのためには、やっぱりこのままじゃダメだ。
となると――、
「よし! 発想を逆転してみましょう!」
「発想の逆転……ですか?」
『発想の逆転』。
適当に口にした言葉だったが、サユリさんのきょとんとした顔を見てるうち、オレの頭の中で一つの案がまとまってくる。
頭の中の思いつきを口にしながら、オレはじょじょに考えをまとめていった。
「……え~と、ここまではこっちが敵を探してましたよね。でも、それより敵を集めて、その上でさっきみたいにまとめて倒せば効率的です」
「あ、そうですね。でも敵をどうやって集めるんです?」
サユリさんの素朴な疑問を受け、オレは言葉につまる。
……う、そこまでは考えてなかった。
いや、でも……なにか方法はあるはずだ。
オレは、あらためて使えるものがないか左右を見まわしてみる。
このゲーム――というよりリリパット社のゲーム全てに言えることだけど、最初は無理ゲーに見えても、どこかに切り抜ける方法が隠されてる。
たとえば、このゲームでいうならゾンビの大量発生に対して『ガススタ爆弾』が用意されていたり。
「あ、そういえば……さっきの虫ゾンビも研究所の建物に入ることで対処できました」
「ええ。とりあえずここまで来た部屋をもう一回探索してみましょう。なにか役に立つものがあるはずです」
「なるほど! さすがタッくんです!」
ふたたび尊敬の目で見てくれるサユリさん。
そんな美少女さんの期待にちゃんとこたえなきゃ――と、気合を入れなおすオレなのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ひたすら敵の姿を探してたときは目に入らなかったけど、もう一度探してみると、カードキーやら意味深なヒントみたいな書類が、あちこちに隠されていた。
で――オレたちはアイテムをひろって回り、ヒントの指示通りに動いてみる。
「……ええと『第二薬品保管庫』……ありました。ここですね! タッくん」
「はい。気をつけて入りましょう」
オレはサユリさんの言葉にうなずきつつ、鍵を開けた。
用心深く警戒しながら入室し、周囲にある薬品が収められてる戸棚を見回す――と。
……あ、あった!
そこには厳重に保管されたアイテムが存在してた。
一番大きな戸棚に一つだけぽつんと置かれている小ビン――あからさまに重要アイテムっぽい配置だ。
で、その小ビンにはラベルが張り付けられていて――、
『女王ゾン・ビーのフェロモン』
と、書かれている。
さらに近くの机の上、やたら目立つ位置――これ見よがしに開かれた日誌がおいてあった。
どうやら、あのモブ博士の同僚のものらしい。最後のほうは支離滅裂になり『かゆにくうま』な感じで終わってる。
ま、それはゾンビものの『お約束』だからどうでもいいとして――。
ざっくり目を通した日記の内容は、こういうことだ。
つまり――このフェロモンでゾンビーを集められるらしい。
……おお。これで敵を集められるぞ。
問題が一つあっけなく解決した。
――しかし、問題がもう一つ残っている。
敵を集めるだけじゃ意味がないのだ。弾にはかぎりがあるし、集めても集団でフルボッコにされたんじゃ意味がない。せっかく倒したスコアが無駄になってしまう。
だからあとは爆弾とか火薬――あるいはせめてガソリンでもいい。とにかく虫ゾンビをまとめて倒す方法もあればいいんだが……。
――そんなオレの無い物ねだりに対し、サユリさんがひかえめに意見を言う。
「……でも、今まで見てきた部屋に使えそうなものはありませんでしたよ?」
むむ……それはたしかに。
この部屋には……消毒用の薬品が大量に無造作に置かれてるくらいか。これはこれで微妙に役立ちそうだけど。
しかし、高濃度のアルコールがごっそり山積みなんて『消防』とか『火の用心』って概念に真っ向からケンカを売るような配置だな。
そのくせ天井に散水装置はしっかりと設置されてたりするし。
「ええ。本当にわけのわからない人たちです! 空を飛ぶ気持ち悪いゾンビを開発したあげく暴走させたり……この世界の軍とやらは、いったいなにを考えてるんでしょうか?!」
と、ぷんすか怒ってるサユリさん。
どうやら日本刀の天敵――飛行型虫ゾンビを生み出した連中が許せないようだ。
しかし……ま、それはしかたないんじゃないですかね?
敵であるゾンビも出てこず、爆発も炎上もしない場所じゃゲーム的にもつまらないですしね。
「……それもそうなんですけど」
とかなんとか、サユリさんとメタ視点なくだらない会話をしつつ、他にも役立つものがないかさぐってると――薬品を入れるためのものだろうか。周囲に置かれた空きビンが目に入る。
……ふむ。なんというか、ほんとに『古き良き時代の研究所』って感じだな。
どちらかというと、小学校の理科室って言ったほうが近いかもしれない……なんだかなつかしい。
そういえば小学生のころ、夏休み理科教室とかで、最近じゃまず見ない実験器具――アルコールランプを使わせてもらったこともあったっけ?
先生がおもしろい人で昔話ついでに家から持ってきてくれたんだよな。
でもマッチなんて触るの初めてだった子もいて、危うく事故になるとこだった。
などなど回想に浸ってるうちに――。
……あ、待てよ!
あれなら……もしかして……!?
ふいに浮かんだアイディアが――オレの脳内を駆け抜ける!




