カウンター・アタック!
新種ゾンビ発表イベントの会場――、
『廃棄された軍研究所』前にて――、
――オレとサユリさんは新種ゾンビ『ゾン・ビー』にふたたび挑戦する。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「みんな、丸太は持ったな?」
「ま、丸太ですか? 武器は刀しか使ったことないのですが、タッくんがぜひ使えというなら……」
気合を入れるため、オレが言ったネタゼリフにサユリさんがあわてる。
……あ、いえ。ただのネタですからね。
まともに返されると、こっちのほうがビックリです。
「あ、はい。すいません。そうとは気づかず……」
と、心ここにあらず――って感じであやまるサユリさん。
腰に差した刀の柄の上――彼女の手のひらは強く握りしめすぎたせいで、真っ白になっている。
どうやら今度の再挑戦にかなりピリピリしてるようだ。
これも妖怪のせい――じゃなくてゾン・ビーのせいなのだろう。
まあ……気分はよくわかる。
前回は初見殺しの空中殺法をくらいつづけ、逃げ帰るしかなかった。
あの敗北の無力感は、かなり心にくる。
刀と長巻――いっしょにゾンビの大発生をくぐり抜けた武器を過信しすぎてたみたいだ。
だが、今回は一味ちがう。かならずリベンジを果たす。
そのために新装備を手に入れてきたのだし。
「それじゃ、行きますよ。サユリさん!」
「はい。タッくん!」
相棒であるサユリさんに一声かけると、オレはウェアラブル端末を操作した。
『イベントを開始しますか?』
Y/N
宙に浮かんだメッセージに肯定の返答を送り、オレは戦場に踏み出していく。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
……ブウウウウウウウゥゥゥン!!!
重く低い羽音が周囲に響き――前回に挑戦したときと同じく、研究所の入口から大群の蜂ゾンビさんが登場してきた。
こちらを見つめるたくさんの巨大な複眼――人と虫が混じった生理的にアレな感じの外見。
(……う~ん。あいかわらず気色悪いな)
なんて小学生並みの感想を抱きつつ――、
「サユリさん、こっちへ!」
「はい、タッくん!」
オレはサユリさんを招きよせ、新装備『パワードスーツケース』の持ち手部分――飛び出てるボタンを、ぽちっと押しこむ。
と――、
カシャン……ジャキン、ガゴン!
男子心をくすぐるギミックと音とともに、スーツケースは瞬く間に展開した。
少しばかりご都合な四次元変型を経て、金属製の骨格と強化プラスチックっぽい装甲がオレの両手足にまとわりつき、無骨な人型のシルエットを形成する。
……そう。オレが手に入れた新装備『パワードスーツケース』は上に乗って移動できるおもしろスーツケースってだけじゃない。
変形し装着できる機械鎧――『パワードスーツ』になるのだ!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『パワードスーツ』ってのは、十年ほど前から世界中に普及した歩兵装備だ。
金属骨格と人工筋肉のおかげで筋力が数倍強化され、重い武器を持ち運べるようになったり分厚い装甲をまとえたり――個人の戦闘力を圧倒的に高めてくれる兵器だ。
そんな最新兵器をゲームの中とはいえ装備してる――その事実にオレはワクワクさせられる。
(しかも『装着変身』とか……むふふ。たまりませんな)
と、特撮ヒーローにあこがれてたころの夢がかなえられてイイ気分になってたオレに――、
サユリさんから、ためらいがちな声がかけられる。
「――でもタッくん。三分しか使えない装備が本当に役に立つんでしょうか?」
サユリさんの言葉を受け、オレは現実に引き戻される。
う~ん……たしかに。
サユリさんの言うことにも一理あるんだよな。
この便利スーツにも欠点が一つ――時間制限があるのだ。
電源の容量上、パワードスーツ状態で使えるのはわずか三分ほど。
バッテリーが切れると以降は再充電が終わるまで丸一日、ただのケースになってしまう。
たぶん使い放題だとゲームバランスを崩しかねないから、時間制限されてるのだろう。
もちろん、それは不便なことなのだが――、
……だが、そこがいい。
時間制限はむしろ男のロマン――そして勝利フラグでもある。
極端な光の国からやってきた巨人さん、電源ケーブルの抜けたエ〇ァ、それに魔戒騎士さん……みんなタイムリミットの先に勝利を勝ち取っているんだし。
ま、微妙に理由になってない理由だが、それでも無いよりはマシなはず。
「……だいじょうぶ。目的を果たすまでには十分な時間です」
サユリさんを安心させるように言い、オレは戦いの準備をすすめていく。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
さて――、
オレのまとうパワードスーツ『タイプ・アースラ』には脳波操作できる四本の補助アームがついていた――その機械の腕すべてを展開すると文字通り、六本腕の仏像、八部衆の『阿修羅』みたいな外見になる。
それが『タイプ・アースラ』という名前の由来らしい。
どっちかというと、スパイダー〇ンに出てきたタコ博士風の見た目だと思うのだが……、
ま、それはともかく――。
オレはその補助アームに愛用の長巻『次郎太刀』を持たせ、自分自身の手には新装備のサブマシンガン『グリースガン』を持つ。
この『グリースガン』は以前の愛銃――交換に出した『H&K P7M7』と同じ45ACP弾を使用する。手持ちの弾がそのまま流用できて、ありがたいかぎりだ。
……よし! これで準備完了。
続けて、日本刀入りケースを手にしてたサユリさんに声をかける。
「サユリさん、そっちのケースは預かります。しっかりついて来てくださいね」
「あ、はい」
そしてオレがケースを受け取り、補助アームに持たせた次の瞬間――、
オレたちに気づいた蜂ゾンビ――ゾン・ビーの群れが一気に押し寄せてくる。
迫りくる大群の虫ゾンビに上空が埋め尽くされ、影で地面が暗くなった!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ギィイイイイイイイイイッ!」
歯ぎしりに似たゾン・ビーの叫びがせまってくる。
しかし、オレは逃げない――むしろ、こっちから虫ゾンビの大群に突っ込んでいく。
日本刀がたくさん入って重いケースを持ってるが、強化スーツのおかげで足取りは軽やかだ。
気分よく虫ゾンビさんに接近しつつ、まずは――、
……ダダダダダダダダッ!
手にした『グリースガン』から45ACP弾をぶちまけ、弾幕を張った。
――バジュ、グジョッ、ベジッ!
大量のゾンビさんが宙に舞ってたもんだから、適当な狙いでも当て放題だ。
45ACP弾の強烈な衝撃に吹き飛ばされ、グロい緑の体液をまき散らす蜂ゾンビさん。
あっという間に三体のゾン・ビーが地に落ちてくる。
おお! やっぱり連射武器はいいね!
リリンの生み出した文化の極み――かどうか知らないが、ともかく以前とは段違いの火力だ!
実戦で確かめた新装備の優秀さに感動しつつ、オレは射撃をつづける。
『ギィイイイイイイイイイイイィィ!』
さらに数体の虫ゾンビが耳障りな絶叫を上げて墜落していった。
グリースガンの連射のおかげで目の前――ぽっかりとゾンビのいないスペースができあがる。
――お、このまま突破できるんじゃないか?
なんて一瞬思ったが……残念ながら、そこでいったん弾切れだ。
う~ん。弾切れまでが予想より早い。ちゃんと考えて撃たなきゃダメだな。
反省しつつ足を止め、手早く弾倉を交換して初弾を装填――そしてすぐに発砲。
ダダダッ!
『ギィイイイイイイィ!』
弾切れのすきを狙ってきたゾンビさんは、弾丸の雨に突っ込み撃墜されていく。
そして――討伐数のカウントは、ここまでであっさり二桁に達していた。
……おお、すごいぞ。連射兵器。
ただし優秀なグリースガンにも問題が一つあった。
節約したつもりが、またすぐ弾切れをおこしてしまったのだ。
この銃は発射速度がそれほど速くないらしいが、問題はオレのほう――大量の敵を目にした不安と操作に不慣れなせいで、やたら無駄弾を撃ってしまったらしい。
そして二度目の弾倉交換は無理なようだ。
もう完全に乱戦の間合いに入ってしまっている――今からじゃ間に合わない。
「だったら……こいつで!」
至近距離までせまった数体の蜂ゾンビさんを、オレは持ち替えた長巻『次郎太刀』で迎撃する。
まず最初の一体――横払いに胴を切り裂いてやった。
シュッ、
ほとんど手ごたえがない。それでも刃は見事に胴体を真っ二つにしている。
あいかわらずな『次郎太刀』の切れ味に感動しつつ、オレは返す刀でもう一体の首を刎ね飛ばす。
そして、さらにもう一撃――今度は腰のあたりで別の虫ゾンビを両断した。
ブシュ――、
緑の血を吹き、きれいな断面を見せて転がってくゾン・ビーさん。
ひさしぶりの接近戦でハイになったオレは、どこぞの大佐のように高笑いしてしまう。
……ふははははッ!
見ろ! 前回手こずった強敵がゴミのようだ!
その後も前進しつつ敵を切り払い、快調に戦うオレだったが――、
しかしゾン・ビーの数はしだいに増し……ついに対処能力が限度を超える。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
長巻――ぱっと見はデカい日本刀って感じの『次郎太刀』の刃をくぐり抜け、ゾン・ビーが体当たりをしかけてきた!
「……くッ!」
強烈な衝撃に思わず声が漏れる。
身を守る強化プラスチック装甲も重く激しい打撃に悲鳴を上げ、オレの足が止まった。
『ギィイィィィッ!』
と――そこへ叫びとともに押し寄せる虫ゾンビさんたち。
オレは大量のゾン・ビーにまとわりつかれ、押しこまれかける。
顔のすぐ近くにやたら巨大な虫の頭部がいくつもせまり、背筋がぞっとする。
だが――、
「タッくん!」
と、背後から聞こえた心配そうな声に、オレは闘志を取りもどす。
そうだ。後に続くサユリさんのためにも、ここで止まるわけにはいかない!
サユリさんの道はオレが切り開かなきゃ!
「うおおおおおおおおぉぉッ!」
魂の雄叫びとともにオレは機械に強化された脚力で体当たりを敢行。
ゾンビさんのしかけた押しくらまんじゅうを無理やり押し返し、わずか距離を取ると――、
――長巻で横殴りに斬撃をたたきこむ!
ザシュッ! ザシュザシュッ!
さらに続けて、次郎太刀でやたらめったら斬りつける。
パワードスーツの怪力も加えた強力な斬撃で、まとめて数体、虫ゾンビを切り刻んで片づけ――そこで、ようやく一息つけた。
「ふう……」
「タッくん! だいじょうぶですか!?」
「ああ、問題ない――ですよ」
心配そうに声をかけてきたサユリさんに強がって見せると、オレはちらっとスーツの状態を見る。
と――装甲に走る傷、フレームに残るへこみが目に入り、内臓がヒヤッとした。
(……うわ。生身だったらやられてたな)
冷や汗をかきはしたものの、それでもオレは前進を続行――さらに足を速めていく。
長巻の切れ味とスーツの力で強引に一歩、また一歩と道を切り開いていき――、
オレは『目的地』まであと数メートルのところまでせまった。
だが、そこで――、
BEEEEEEEEEEEEP!!!
強化スーツから警告音が響く。
たぶんバッテリーの残量があとわずかなのだろう。
ま、戦闘開始からすでにけっこうな時間たってるしな。
うん。こりゃ急がないと……。
「あと少し……一気に突っ込みます! ついてきてください、サユリさん!」
「は、はいッ!」
焦りつつ、背後に声をかけるとサユリさんが息を切らせて応えてくれた。
「よし。じゃ、行きますよ!」
という合図とともに――、
オレは目の前に立ちふさがるお邪魔な蜂ゾンビさんに体当たりをかまし、次郎太刀でなぎ払う。
そして――ようやく目の前に目的地までの道がぽっかり開けた。
虫ゾンビのいなくなった空間を、今がチャンスと一気に駆け抜けたオレたちは――、
目指した『目的地』――ゾン・ビーが出現してきた『軍研究所』の建物にたどりついた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
オレたちがダッシュで『研究所』に転がりこんだ、その数秒後――、
……キュウウゥゥン。
うるさく鳴り響いてた警告音が止まり『パワードスーツ』は機能停止した。
「うおッ!」
強制変形したスーツから放り出され、ふらついたオレの足下――原型に戻ったオレのケースと運んできたサユリさんの日本刀ケースがごろりと転がる。
バッテリーを使いきってしまったから、オレの強化スーツはあと一日――つまり、このイベント中は使えない。ピカピカだった外見も今じゃ傷だらけだが、それでもここまでよく役割を果たしてくれた。
(……ありがとな。お前のおかげで無事に到着できたよ)
と、心の中でボロボロになったケースさんをねぎらってるオレに――、
息を整えたサユリさんが話しかけてくる。
「タッくん、なんで苦労してここまで――『研究所』まで来たのですか?」
と、首をかしげ不安そうに左右を見回す剣術美少女さん。
……まあ、サユリさんの疑問ももっともだ。
『研究所の内部にたどりつく』って作戦は伝えたけど理由は教えてなかったもんな。
まして、ここはゾン・ビーの群れが出てきた場所だし、不安になるのもわかる。
だが、サユリさんは頭が残念な……じゃなかった肉体派の美少女さん。
説明がめんどくさ……じゃなくて、口で言うより体感してもらったほうが早いと思い、ここまで説明せずに来たのだ。
――そして、つごうのいいことに、すぐそばに実験台が来てくれた。
「……ま、一度、実際に戦ってみればわかりますよ」
と、告げたオレが背後に視線を送ると――、
『ギィィイイイイィ!』
――そこには、オレたちに追いついた数体の虫ゾンビさんの姿があった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……うっ、出ましたね! 虫ゾンビ!!」
前回負けたトラウマが残っているらしい。
微妙に戦闘をためらってるサユリさんにオレはお願いする。
「オレが回復してる間、ヤツラの相手をお願いします」
「え、ええ。タッくんがそういうなら……」
サユリさんはうなずき、ゾンビーに向かっていく……が、どこか自信なさそうなようすに見える。
もっとも、そこはさすがに剣術美少女さん。
戦いに入った瞬間、疑問や恐怖など吹き飛んだようで――、
すぐに迷いのない足取りになると、一気に剣の間合いに踏みこんでいく。
そして――、
「覇ッ!」
鋭い気声とともに、目にも止まらぬ速さで剣をふるう。
襲いかかってくる敵に向けたカウンター気味の抜刀――わずか一挙動でサユリさんは二体のゾン・ビーを切り裂いた。
さらに三、四、五、六体――続くゾン・ビーに襲いかかり、瞬く間に駆逐する。
ドサ、ドサドサッ!
あっという間の早業。斬られた敵が地面に崩れ落ちたのは、ほぼ同時だった。
……おお、あいかわらず素晴らしいお手並みですな。
神業に感嘆してるオレに向け、サユリさんはぶんと音を立てて振り返った。
そして目をキラキラ輝かせていう。
「タッくん、ここ……すごく戦いやすいです!」
うむ。さすが達人のサユリさんだ。
戦いの中、ここを戦場にした理由に気づいてくれたらしい。
やっぱり『論より証拠』ですね。
「はい! 敵が空を飛んで逃げないので剣でも戦えます! さすがタッくんの作戦です!」
胸を張って見せたオレにサユリさんが尊敬の目をむけてくれて――ちょっとくすぐったい。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そう――蜂型ゾンビ『ゾン・ビー』の一番たちが悪い点は『空を飛ぶ』ってこと。
手の届かない上空への回避、そして四方八方から来る攻撃がやっかいなのだ。
こっちからは攻撃できず、敵のファン〇ルみたいなオールレンジ攻撃で攻めたてられる――前回はそんな悪夢みたいな状況だった。
……でも、ヤツラが自由に飛びまわれない狭い室内なら?
ゾン・ビーの飛行能力に意味はなくなる。
天井と壁のせいでこっちの攻撃が届く範囲にしかいられないし、攻撃の方向も限定される。
――つまりヤツラは最大の取り柄を失い、ただのゾンビになるってこと。
わざわざ苦労して、この研究所まで来たのは蜂ゾンビの動きを封じるためだったのだ。
「――今みたいに室内で戦えば、こちらにも勝ち目があります! タッくん!」
「といっても形勢はまだ五分五分……いや。敵の数が圧倒的に多い。こっちが不利かな?」
やる気に満ちたサユリさんの言葉を受け、オレは冷静に分析するふりをしてみる。
だが、それでも、にやけ笑いが抑えられない。
強敵と戦える状況を手に入れ、オレたちの心には希望がやどっていた。
……さあ、ここから反撃開始だ。
新たに研究所に入ってきたゾン・ビーへ、オレは不敵な笑みをむける。




