リスタート!
「……ようやく……終わった」
大学構内、玉砕気味の期末テストを終えたオレはつぶやく。
レポートの提出や講義はオンラインでできるけど、テストは大学の試験場で受けなきゃならない。
少し前まではオンラインでも試験できたけど、替え玉受験やら、そもそも存在しない人間が在籍したりと色々問題が出て、けっきょく昔と同じく試験会場でやる方式になったらしい。
しかし……あの試験会場の何とも言えない緊張感は精神的に疲れる。
ずっと緊張してたせいで首や肩が動かすたびボキボキいっている。
でも、これで前期が終わった。
あとは長い夏季休暇が待っているだけ。
そう考えると、とんでもない解放感だ。ひゃっはー!
というわけで――、
ほっとした気分になると、今日まで手をつけられなかったゲームが気になった。
そこらのベンチに腰かけ、腕時計に触れ、ポケットの懐中時計型スマートフォン、眼鏡端末と連携起動する。
メガネはセルロイドの黒縁、時計は機械式っぽいアナログ型――少し前に流行してたSFっぽいデザインだと街中で浮くから、こういうデザインが主流になったらしい。
ま、懐中時計はやりすぎだと思うけど……。
どれも見た目はクラシックだけど先端技術品で、メガネは視線操作機能も搭載している。
オレはそのメガネのレンズに投影された半透明アイコンの中から『ゾンビヘイブン』のアプリに視線で矢印を合わせた。
そして時計の縁にあるボタンを押して選択する……ぽちっとな。
『ゾンビヘイブン・サポートアプリを起動します』
というメッセージとともメニュー画面が表示された。
ちなみに、このゾンビヘイブンのアプリではユーザー同士の連絡や装備の点検、あとはミニゲームやイベント情報のチェックもできる。
「お……ヒサヨシさんもログインしてるな」
オレはさっそくコンタクトを取ってみる。
と、ヒサヨシさんは即座に通話に出てくれた。
……あれ? あの人って、けっこうヒマ人なのかな?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
仮想空間内のヒサヨシさんはにっこり笑って話しかけてきた。
『やあ、タクくん、ひさしぶり』
「どうも。ごぶさたしてます。さっきようやく大学のテストが終わりましたよ」
『それはおつかれさま。こっちはおとといで終わりだったよ。さっきまで新メンバーの装備をそろえてたとこさ』
画面の向こう――ヒサヨシさんは上機嫌だ。
マスターを務める道場ヘイブンに新人が入ったのが、かなりうれしいらしい。
ヒサヨシさんの所属するヘイブン『道場』は日本刀というチート武器が嫌われたこと、それに運営に冷遇されてたせいで人がいなかった。
しかし、そんな道場にも最近メンバーがもどってきているそうだ。
冷遇してたおわびに運営から大量の資金が贈られたおかげだろう。
ちょっとアレな感じだった外見もアングリー種の襲撃で壊れたのを機に建て替え、今は内外装ともに和風で統一された渋い感じの日本建築になっている。
だから見た目で避けられることもなくなったみたいだ。
そして、なにより大きいのが――、
「やっぱり日本刀の性能変更が影響してるみたいですね」
『ああ。耐久度が下がりチート武器じゃなくなってユーザーが増えた。こうやって、あえて不便を求めるとこが日本人らしさなのかもしれないね』
ヒサヨシさんは興味深げに考察する。
そう。道場ヘイブンの目玉武器である日本刀は以前のチート武器から、技量のいる高難度ピーキー武器に変わっていた。
高い攻撃力は健在なものの、耐久値が導入されたせいで使用回数に限りができてしまったのだ。
しかも使い方にも注意が必要で、下手な戦い方をしてるとゾンビ三、四体を斬っただけで使い物にならなくなってしまう。
しかし『だが、そこがいい』という、かぶきものさんたちが多いので、チート武器だった以前より使用者は増えてるらしい――なんだか不思議な話だ。
「道場が再興してよかったですね。サユリさんも大喜びじゃないですか?」
オレはヒサヨシさんの妹の名を出した。不人気武器である日本刀のユーザーを増やすため、がんばってたんだから、最近の状況はかなりうれしいはず。
と、オレは思ったのだが――、
『いや、それがね。集めた日本刀コレクションの性能が下がったことにがっかりして、部屋でふてくされてるよ』
あらら。落ちこんでるのか。乙女心は複雑だな。
……でも、それなら、オレといっしょに他のヘイブンを見て回る話もやめたほうがいいかな?
今は道場も活気づいてるから、前とは事情も違うし。
オレはそう考えたが、ヒサヨシさんは首を横に振った。
『いや、それはよしといたほうが……そんなことをしたら……』
ヒサヨシさんが恐ろしげに体を震わせる。
ん? なにか問題でもあるんですか?
と、オレが問いかけたとき――、
なんと、眼鏡レンズのスクリーン上、至近距離に和風美少女の顔が超ドアップで湧いてきた。
『いいえ! 行きます! 絶対行きます! かじりついても付いていきます!』
うわ!? なんだ!?
叫びとともに目の前に迫りくる和風美少女――ちょっとホラーな光景にオレは腰を抜かしかける。
……ってサユリさんか。びっくりしたな、もう。
あれ? なんで、いきなり顔を出してきたんです?
ふてくされて寝てるって話じゃありませんでした?
『おなかが減って目を覚ましたんです。そしたらタッくんの気配がしたのでログインしました』
オレの質問にサユリさんは胸を張って答えた。
……腹が減ったから起きた? 春先のクマみたいな行動パターンだな?
それに気配を感じてログインって、どんな野生の勘ですか?
『とにかく、わたしを置いて行くことなんて絶対に許しません! そんなことしたら、斬り殺したうえで七生たたってやります!』
――というか、斬り殺されたんなら、たたるのはこっちのような気がするぞ?
オレは心の中でツッコミを入れた。
兄であるヒサヨシさんもあきれ顔で肩をすくめている。
……ま、しかし、斬殺されちゃかなわない。
オレは逆毛を立ててお怒り中のサユリさんに言う。
「いっしょに行きますよ。つごうのいい時間をメールで教えてください。今、リアルのほうのメールアドレスを送ります」
『やったやった。タッくんとメールしてゲーム!』
サユリさんはあっさり機嫌を直し、小躍りしていた。
う~ん。そんなに道場から外に出てみたかったのか。
『……やれやれ。前途が多難そうだね』
そんな妹さんとオレにため息一つつくと、ヒサヨシさんは話題を変える。
『……で、タクくん、相談を受けた件だけど、やっぱり銃はリベレーターしか出ないんだよね?』
「はい。体感で八割ってとこです」
小声で問うヒサヨシさんにおれはうなずく。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
少し前、オレはゾンビヘイブンの運営会社の内紛に巻きこまれた。
そのおわびとお礼として、このゲームを作った会社――リリパット社のトップであるリックさんから、とある特典をもらったのだ。
ま、そこまではありがたいかぎりのお話だったんだが……、
なんとリックさん、オレがハズレ銃器である『リベレーター』の熱心なユーザーとかんちがいし、オレの銃器ガチャのリベレーター出現率をかなり上げたという。
あわてて確かめてみたが……恐ろしいことに、それは事実だった。
賞金の高いアングリー種を大量撃破したおかげで資金がたんまりあったが――かなりの額がリベレーターに変わってしまった。
……いや、リックさんの話が信じられず、むきになって試したオレが悪かったんだけどさ。
とにかくハズレ銃器しか引けない状況に耐えかね、オレはヒサヨシさんに相談を持ちかけたのだ。
「――何回引いてもリベレーター、リベレーター、リベレーター、……もう、悪夢でした」
『それは……きついな』
「ええ、思い返しただけでも気が遠くなりそうです」
なげいたオレにサユリさんがあわてて声をかけてくる。
『タッくん、大丈夫ですか!? 気を確かに持って! お兄ちゃん、なんとかしてあげてください!』
『ふむ、そう言われてもねえ……ああ、そうだ。ユズキさんやテムさんに連絡は取ってみたのかい?』
「ええ。でも、ダメでした。二人ともログインしてないんですよ」
最後に会った日から、ユズキさんたちが再びあらわれることはなかった。
送ったフレンドメールも未開封のままだ。
……まあ、いそがしい人たちだからしょうがない。
現実のほうのメールアドレスは知らない――というか、オレとユズキさんたちは、ものの見事に現実での接点がない。ただの大学生と世界的ゲーム企業の重役だから当然だけど。
むしろ、いっしょに遊んだわずかな期間のほうが夢みたいなものだったと思い知らされる。
「……ふう」
重いため息がオレの口からもれた。
そんなオレを見かねたのか、サユリさんが提案してくる。
『そ、それでは運営にメールしてみたらどうでしょう?』
「……苦情と思われるだけですよ」
『ああ、そうだな。なんべん引いても〇〇しか出ないってのは、よくある苦情の筆頭だろう』
だが、オレもヒサヨシさんも首を横に振る。
自分の提案をあっさり却下され、サユリさんはむきになった。
『じゃ、じゃあ、SNSかなにかで……』
「いえ。あの人たちって有名人なんで、初対面の人からもらうメッセージが多いんです。見つけてもらうのは至難の技じゃないかな?」
『あ、そう……でしたね。ユズキさんたち、大きな会社のえらい人たちなんでした』
気づかされた事実に、サユリさんは落ちこみ、しゅんとなってしまう。
気さくな人たちだったから、気軽に連絡取れそうに思えるけど――実際はそうじゃないんだよな。
「それにフレンド以外はメッセージが公開されますからね。知り合いぶって変なお願いなんかしたら、ユズキさんたちの邪魔になりますし」
『邪魔になるって……どういうことです?』
オレの言葉にサユリさんが首をかしげる。
「知り合いをひいきしてると疑われたらオンラインゲームの運営としては問題でしょ? 実際にオレは、ガチャ確率をいじってもらったわけだし。新しく運営をやりなおそうってときによけいなことで邪魔しちゃいけないと思って……ああ、でも、このリベレーター地獄をどうしよう」
けっきょく八方ふさがりな状況に、オレが頭を抱えてると――、
ヒサヨシさんが苦笑しつついう。
『まったく、あいかわらず君は人が良すぎやしないかい? 自分だってこまってるのに、他人の心配をしてがまんをするなんて』
『いいえ。そこがタッくんのいいところです!』
なぜか胸を張って反論するサユリさん。
そんな妹さんをほほえましそうに見て、ヒサヨシさんはうなずく。
『たしかに……タクくんの厚意のおかげで、おれたちも助けられたし、そのせいで恩人のタクくんがこまってるのも見過ごせないな』
少し考えたあと、ヒサヨシさんはおもむろに口を開く。
『……だったら、こういうのはどうかな?』
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「イベントのランキングに入る……ですか?」
ヒサヨシさんが提案してきたのは、ゾンビ討伐数ランキングに入賞することだった。
ランキングはイベント期間ごとに集計され、期間終了後に大々的に発表されるらしい。
『発想の転換だよ。こちらからコンタクトをとれないなら、むこうから連絡してくるようにすればいい。知人がランキング上位に入ってたら、また連絡してみようと思うんじゃないかな?』
おお! 『発想の転換』とか言われると名案みたいにきこえるぞ。
でも……ランキングに入るって、けっこう難しいことじゃないですか?
長いことプレイしてるすご腕ユーザーさんもいるだろうし。
『うん。大変だと思う。でも、この前の賞金がまだ残ってるだろ? 装備やアイテムをいっぱい買って、一つのイベントに集中投入すれば……ま、なんとか行けるんじゃないか?』
なるほど。アイテムごり押し戦術か。それならやれそうな気がしてきた。
金満プレイは気が引けるけど、このさい文句も言っていられない。
『わたしも協力します! がんばりましょう!』
と、サユリさんも言ってくれた。
名案を出してくれたり、協力を申し出てくれたり――道場兄妹のお二人には本当に感謝だ。
『いやいや、ほんの恩返しさ。よし。それじゃ良さそうなイベントを探してみよう』
端末をいじって、イベントスケジュールを調べ出すヒサヨシさん。
『おお。あった。来週、新種ゾンビの初登場イベントが開催されるみたいだ。これはチャンスだよ。初見の新種なら、やりこみ組との差も縮まるんじゃないか?』
ふむ。たしかに。
ゲームの上級者と初心者の一番のちがいって経験値や場数だもんな。
『むむッ。さらに新装備の先行販売もあるのか。予定が入ってなかったら、おれも行きたかったな』
ヒサヨシさんはくやしそうに言う。
へえ、さらに新装備か……それもちょっと見てみたい。
よし。新種ゾンビをサユリさんと狩りにいこう!
即座に決断したオレはサユリさんを誘う。
「じゃ、いっしょにイベントにいきましょう。夏休みの間ならオレはいつでも行けますから、サユリさんの都合のいい時間帯を教えてください」
『はい! 夏の補習の日程が決まったら、すぐメールします!』
オレの誘いにサユリさんは元気いっぱいの返事をかえしてきた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「サユリさん、ヒサヨシさん、相談に乗ってもらってホントに助かりました」
『お役に立ててなによりさ。イベントで戦果をあげられるよう祈ってるよ』
『タッくん。いっしょにがんばりましょう!』
サユリさんとヒサヨシさんと別れのあいさつをかわす。
そして道場兄妹との通話を終了したオレはアプリを閉じる。
まだまだ前途は多難。
だけど、やるべきことが見つかって気分が明るくなった。
そして新種ゾンビに新装備――楽しくなりそうな予感がする。
オラ……わくわくしてきたぞ!




