ハッピーエンド?
ようやく、すべてのかたがついた。
これでこの騒動も終わりかと思ったのだが――、
発光――ログイン現象がまたも発生した。
「ようやく来たな。遅いぞトーマス」
ウェアラブル端末で確認したリックさんが、新たにログインしてきた人物の名を告げる。
……うわ。なにもかも決着したとこで来るとか、かわいそうな人だな。
で、光の中から現れたその人物は――、
「話は聞かせてもらった! 人類は滅亡す――」
「おだまりッ!」
MMRっぽい発言を言い切る間もなく、ユズキさんの飛び蹴りを食らう。
……最後までボケ切らせてもらえないとか、かわいそうな人だな。
「ひ、ひどいじゃないか! サラ!」
「うるさい! アンタまでボケに回られるとツッコミが追い付かなくなるのよ! ウチはただでさえ問題児が多いんだから、よけいなめんどう増やさないでトーマス!」
トーマス――ってことは、たぶんさっき話に出てきたリックさんの親友だろう。
ボケ殺された彼は抗議の声を上げるが、ユズキさんにあっさり却下された。
――にしてもユズキさん、いつにもまして遠慮のないやりようですな。
「あいつらは幼なじみなんだよ。サラの伯父さんがトーマスの家の顧問弁護士らしい。その縁でサラはウチの立ち上げのとき仲間に引っ張りこまれたそうだ」
と、テムさんが教えてくれた。
へえ。ユズキさん、そんな理由で入社したんだ。
ちなみにテムさんは、どうしてリリパットに入ったんです?
「おれはリックと同じ大学で数学――ゲーム理論を研究していてね。研究の一環で試作したカードゲームがリックの目に留まったらしい。いきなりやってきたアイツに強引に誘われたんだ。おかげでけっこう有名な企業の勧誘を断るはめになり……そこの人事担当にだいぶ嫌味を言われた」
……それは災難でしたね。
「ま、結果としては良かったんだろう。あのとき別の会社に行った連中のだれより楽しく仕事してるし、稼がせてもらってる」
おお。楽しくて稼ぎがいい仕事って最高ですね。
それでテムさんは、どんなゲームを作ったんでしょうか?
「最初はアプリのゲームデザインを担当したよ。試作したカードゲームにネイティブアメリカンの伝承を組み合わせたのがデビュー作『グランド・クラン・トーテム』。北米限定発売だったから日本人のきみは知らないかな?」
う~ん。すいません。記憶にございません。
と、首をかしげたオレに、ヒサヨシさんからおしかりの言葉が飛んでくる。
『おいおい。世界的ヒット作「ワールドブレイブ・レイブ」のもとになった名作じゃないか! この程度は一般常識だよ! そんな男に妹はやれないな!』
「タッくん、大変です! そのゲームについてちゃんと勉強してください!」
ヒサヨシさんの怒りに、サユリさんがなぜかあわてている。
……この兄妹、なにを言ってるんだろう?
でも『ワールドブレイブ・レイブ』なら知ってる。高校のときずいぶんハマった。すべてのカードが魔法にもキャラにもエネルギーにもなる――シンプルだけど奥深い戦術が魅力のオンラインカードゲームだ。
……そうか。あれがテムさんの作品だったのか。
やっぱり、すごい人だったんだな。
「ああ。あれはいいゲームだったよ。売上の面でもウチを大いに助けてくれた」
と、こちらにやってきて言うトーマスさん。
オレのステータスバーを確認し、にっこり笑う。
「やあ。きみがタクくんだね。話は聞いていたよ。今回の件の根回しのため駆け回ってたせいで、なかなか会う機会はつかめないでいたが……おれがトーマスだ。このゲームじゃトーラスって名乗ってたけど」
なるほど。この人がトーラスさんか。
トーマスがトーラス――けっこう安易なネーミングだな。
そういえば、この人、リリパット社のオリジナルエイトの一人だっけ?
なんで会社をやめたんだろう?
「……いまいましいことに、親父にむりやり呼びもどされたのさ」
オレの疑問にトーマスさんがむっつり答え、リックさんが後を続ける。
「トーマスの父親は学生のおれたちが会社を起こすのを許可し、資金まで出してくれた。もっともそれは夢見がちな息子に失敗させ、現実を教えるってもくろみだったらしい。しかし予想外にもリリパットが成功しちまったんで、あわてて息子を手元にもどしたってわけだ」
ほほう。それはお父さんもびっくりだったでしょうね。
「オレとしては残ってほしかったんだが……新興企業がメインバンクににらまれたくなかったし、やむを得なかった。メリッサとの付き合いもあったんでなおさらね」
う~む。それはしかたない。
お金は大事だし、ましてのちのち義理の父になる人の頼みじゃ断れないだろうな。
と、納得しかけたオレだったが――、
当のトーマスさんは青筋立てて親友の言葉を否定する。
「ちょっと待て! なにが『残ってほしかった』だよ! 妹との結婚のため、あっさり親父に親友を売りやがって! しかも、こいつめ、親父のボディガードに連れ去られてくおれに向けて、大音量で『ドナドナ』を流したあげく、大笑いしてやがったんだ!」
……ヒドい。さすがにそれはヒドい。
オレだけじゃなく、その場にいた全員から白い眼が向けられるが、リックさんには反省のかけらも見られない。
「おかげで後腐れなく実家にもどれただろ? そして……また職場にもどる時間だ」
と、あっさり言われ、トーマスさんは肩を落とす。
「何年かぶりに全力でゲームを楽しんでたのに……もう終わりか。あの監獄にはもどりたくないなあ」
ため息をつくトーマスさん。
銀行の重役――はたから見れば恵まれた地位にいるんだろうけど、ちょっとかわいそうだ。
そんな親友の肩をリックさんがたたく。
「あきらめろ。今日までさんざん楽しんだだろ? それにおれたちだって、お前のオモシロ銃器コレクションに協力したじゃないか?」
「ああ、ひさしぶりにレアアイテム取ったときの喜びを味あわせてもらった。実にイイ体験をしたよ」
親友の言葉に気を取り直したトーマスさん。
手にした銃器に視線を送り、うれしそうに笑う。
と、そこへユズキさんが声をかけた。
「それはそうとトーマス――そこの横溝社長に話あるんじゃなかった?」
「ああ。そうだった」
なんだかついでのように言うと、トーマスさんは話を切り上げた。
そして放心状態でひざをついている横溝氏のとこへ歩いていく。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
失脚したから当たり前だが、どんよりした雰囲気の横溝社長。
しかしトーマスさんは気にせず軽い口調で声をかける。
「おひさしぶりですね。横溝さん」
「トーマスさん、そうか……黒幕はあなただったのか。株主や金融機関への根回しがあっさりすまされていた理由がわかったよ」
二人は顔見知りだったらしい。横溝さんは気の抜けた声で返答した。
なんだか完全敗北って感じの横溝さんに、トーマスさんがはっきりと告げる。
「率直にもうしあげよう。横溝さん。あなたはゲームの運営に関しては才能がまるでない。課金で金もうけしようって意図が露骨すぎるんだ。お客はそこらへん敏感だからね。すぐ覚められてしまう」
「………………」
がっくりと音を立て、横溝さんの首が下がる。
……うわ。さらにとどめ刺したよ。トーマスさん。
これっていわゆる死体蹴りってやつじゃないか? わざわざやってきて最後の一押しをするなんて、さすがリックさんの親友だ。
もっとも、トーマスさんのほうは親友に比べ常識人だったらしく、フォローも忘れない
「――だがしかし、金もうけに関しては優秀だ。だからあなたを我が財団に迎えにきた」
「わたしを追い落としておいて、なにを今さら……」
と、当然のことながら言い返す横溝社長だったが――、
トーマスさんは横溝氏の暗い顏の前に$マーク付きの数字を並べる。
「それは残念。あなたを迎えるに当たり、報酬はこのくらいを予定してたのだがね」
うわッ! すごい! けたがすごい!
宙に浮かぶ数字には、びっくりするくらいゼロがならんでいる。
――その金額に横溝社長はあっさり転んだ。
「勤務はいつからです!? できれば早めがいいです! なんでしたら明日……いや明後日でも!」
立ちあがった横溝氏は満面に笑みを浮かべ、トーマスさんの手を取り握手する。
あ、話に乗るんだ。乗っちゃうんだ。横溝さん。
……ま、そりゃそうか。大人は生活あるもんな。
そして、なるほど。
ただクビにさせるだけじゃなく、その後の勤め先まで用意しておく。
つまり『落としてあげる』――なんてうまい懐柔方法だ。
仕事がなくなったとこに、前よりいい給料を提示されたら、飛びつくしかないじゃないか。
横溝さん――迷惑もかけられたし、ちょっとヤな人ではあったけど、それでも仕事をなくすようなバッドエンドにならなくてよかった。トーマスさんは優秀な人材が手に入ってよかったんだろうし。
――うん。みんなが幸福な結末だ。
オレはこの結末におおいに納得する。
一方、トーマスさんと横溝さんはさっそく雇用条件に付いて話を進めていた。
「あさってはさすがに早すぎますね。そちらにも準備があるでしょう? それが終わりしだいということでどうでしょうか?」
「はい。では来週から……ということで。やった! 夢の外資勤めだ!」
そんな二人はさておき、リックさんたちは帰り支度をしている。
「よし。一件落着! では帰るぞ! 睡眠時間をけずってのゲームもさすがにそろそろ限界だ!」
「賛成。お肌に悪いわ」
「……異議なし。しかし無理がきかなくなってきたな。こういうときに年齢を感じるよ」
「それは言わないでティム。たしかに体はしんどいけどね。……ふぁああああああ」
いきなり疲れが出た感じで、ユズキさんなんか大あくびをしている。
ま、時差を考えれば向こうは深夜だろうし、それも当たり前か。
少々なごりおしかったが、お疲れのところ引き留めてもしかたない。
それにヘトヘトなのは、オレたちもいっしょだ。
アングリー種のバタリオンとの戦いから衝撃的な事実のオンパレード――ここまでのできごとのせいで、精神も肉体も疲労はピークに達している。
「……それじゃ、オレたちもログアウトしますか」
「そうですね。お疲れさまでした」
『ああ、それじゃまた会おう』
オレの言葉にサユリさん、最後まで幽霊状態だったヒサヨシさんが同意し――、
「じゃあね、タクくん、サユリちゃん、お兄さん」
「はい。ユズキさんもリックさんも……みなさんお体に気を付けて」
みながそれぞれ別れを告げて、ログアウトしていく。
――かくして、オレとサユリさん、ヒサヨシさんが巻きこまれた事件は終わりを告げた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――あれから一か月。
季節は夏に突入していた。
気温はぐんぐん上がり、最近じゃ毎日のように真夏日が続く。
一方、『ゾンビヘイブン』は二週間ほど前から長期メンテに入っていた。
少々さびしく感じてはいたが、しかし、けっこう大学のほうもいそがしい。
レポートにテストの準備などなど――まともに大学生やってると、やるべきことは山ほどある。
そんなある日――、
ひさしぶりにヒマができたオレは『ゾンビヘイブン』にログインしてみることにした。
「……おお、思ってたより人が多いな」
ゲーム本編はまだ遊べないが『射撃訓練』みたいなミニゲームがいくつか稼働している。そこで獲得したポイントは本編でのクレジットに変えられるらしく、けっこう割のいい稼ぎになるらしい。
武器のトレード市場も動いているから、本編メンテ中にもかかわらず人はおおぜい入っていた。
もっともサユリさんやヒサヨシさんはいないようだ。
フレンド検索して知り合いの不在を確認したオレは少し落胆する。
「ユズキさんたちは……やっぱりいないか。……ま、しょうがないよな。あれは仕事だったんだから」
と、がっかりしつつウェアラブル端末をいじっているうち――、
『動画メールが一件到着しています』との表示が出た。
「……ん? だれからだろ?」
使ったことのないメールボックスをチェック。
差出人を確認してオレは驚かされる。
「おお! リックさんからじゃないか?!」
いったい、なんの用事だろう?
わくわくしながらメールを開封すると――、
目の前にリックさんの姿が浮かび上がり、なつかしい声が響きだす。
『やあ、ひさしぶりだね。タクくん! 元気にしてたかい?』
……うわ! いきなり大音量だな!!
周囲の視線が気になり、オレはあわてて音量を落とす。
そんなオレの困惑など気にせず、リックさんの立体映像はハイテンションに語り続ける。
『こっちはいそがしい毎日だ。日本版で遊んでる間に仕事が山ほどたまって一大事だよ! ――とはいえ、有意義な休暇だった。プレーヤーとしての立場で観察して改良点もたくさん見つかったからね。今はなんとかそれを形にしてるところさ!』
おお。それはよかった。
すでに十分楽しいこのゲームが、さらにもっとおもしろくなりそうだ。
プレーヤーとしては、ありがたいかぎりですね。
『ああ、そうそう。ここだけの情報なんだが……サービス再開後、少ししたらイベントを開始する。新装備も大量投入するから、今のうちにクレジットを稼いでおくといいよ』
ほう! イベント?! 楽しみだな。
それに新装備……か。もしかしてユズキさんが使ってた『衛星砲』や、リックさんたちが使ってたロボみたいなのも投入されるのか?
……それなら、ちょっと使ってみたい。
『ちなみに冷遇されたせいで迷惑をこうむった弱小ヘイブンすべてに資金を送った。迷惑をかけた道場ヘイブンには割増でね。もしどこかのヘイブンに所属したいなら今がチャンスだね』
へえ。まだヘイブンに所属するつもりはないけど、それは助かる。
バタリオン撃退のためにはしかたなかったけど、それでも道場を爆弾で派手にぶっ壊しちゃったから、ちょっと心が痛んでたんだよな。
そのポイントがあれば立て直しできるし、道場も新たなメンバーを迎えやすくなるかもしれない。
うん。これまた実にありがたい話です。
と、そこで――リックさんは声を潜めた。
『……そして今回、活躍してくれた君にも贈り物を用意させてもらった。おとりとして使った罪滅ぼしと思って受け取ってくれると助かる』
いやいや。そんな。お礼なんて。
こっちはただ善意でやっただけですからね。
……しかし、どうしてもというならば、お断りするのもかえってよくない。
…………で、なにをいただけるんでしょうか?
オレは興味津々で話の先を聞く。
クレジットをもらえたら、追加される新装備にも手が届くんじゃないだろうか――という、ちょっとズルいもくろみもあった。
だが――、
あのリックさんがただのボーナスをくれるわけがない。
オレはその事実にさっさと気づいているべきだったのだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
オレが期待とともに見つめる中、
立体映像のリックさんは予想のななめ上を行く発言を始めた。
『きみはリベレーターを気に入って使ってくれてるようだね? バカにするようなことを言ったけど……実はうれしかったんだよ。ああいう縛りプレイは作った側としてはこれ以上ないほど喜ばしい。深くやりこんでもらってる証拠だからね』
……え?
いや。リベレーターは別に『縛りプレイ』とか、好きで使ってたわけじゃないです。
ただ不運が続いたせいでアレしか出なかったんです。
進化版に強化しちゃったのも、ちょっと血迷っただけで――、
――心に湧き上がる不吉な予感をオレはおさえきれない。
『そこで……だ! サラやティムにもないしょで、きみの抽選のリベレーター出現率を、かなり上げておいたよ! 存分に! たっぷりと! リベレーター生活を堪能してくれたまえ!』
と、告げたリックさんはいたずらっぽくウインクを送ってくる。
…………いや! まって!! まってください!!
それは、ありがた迷惑すぎます!
なにが悲しくて欠陥銃器を使い続けにゃならんのですか!?
それじゃ特典じゃなく罰ゲームとか呪いじゃないですか!
おっと、いかん。
立体映像の前で抗議しても意味はない。早く返信して断りをいれなきゃ。
オレは急いでメール作成用のパレットを呼び出す。
「――ええと、まずは時候のあいさつとボーナスのお礼を言ったうえで……」
なんてオレが文面を考えてる間に、リックさんの話は進んでいき――、
『……じゃあ。ここまでだ。いつかまた会おう、タクくん!』
と、別れのあいさつを告げたとこで……リックさんはさらなる衝撃発言をした。
『――ちなみに、このメールは自動的に消滅する!』
……え?!
いや、ちょっと待って!
なんで、そこスパイ映画みたいなノリを入れるんですか!?
と、オレはツッコミを入れたが――、
……あ、そっか。相手はリックさんだもんな。
と、自分で納得してしまう。
そんなこんなしてるうち、リックさんのメールは……リストから消えていた。
当然、返信はできないまま。
「…………………………………………」
事態を把握するまでに数秒。
そして、オレは気づきたくもなかった事実に気づかされる。
……つまりオレ、今後ずっと……リベレーターといっしょ?!
「イイイイイイヤあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
アパートの窓のすきまから、古びたエアコンの冷気とともに絶叫が漏れ出る。
オレが心から発した悲痛な叫びは、アスファルトの上、陽炎を揺らしながら突き進み――、
やかましく鳴いてるセミの声をかき分け――、
――入道雲の浮かぶ青空のかなたへ消えていった。




