ボーイ・ミーツ・ゲーム!
ふいに真剣な表情を見せたギガンティック・リリパット社CEO、リチャード・ウォーホル。
――つまり、オレにとってはリックさんが懐かしむような口調で過去を語りだす。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「おれが最初にゲームをはじめたのは……十四のときだった」
え? そんなに遅く……ですか?
世界的ゲーム企業のトップが?
リックさんの言葉に、オレだけじゃなくサユリさんやヒサヨシさんも驚いている。
同業者である西嶋氏も口をぽかんと開けていた。
「しかたないさ。おれが生まれたのはスラムと言っていいほど荒廃した地区――育ったのもずっとそこだ。おれの家は祖父さんの代にアメリカにやってきた移民でね。ウォーホルって名前も好きなアーテイストから取ったらしい。そんないいかげんな育ちで、少なくとも物心ついたときには貧乏だったから、ゲーム機なんて高嶺の花だった」
……すいません。失礼なことをききました。
聞かされたのは予想以上に重い過去――気まずくなったオレたちは目を伏せる。
事情を知っていたらしいユズキさん、テムさんも少し重苦しい雰囲気だ。
「いやいや。そんなに悪びれないでくれ。勝手に話し出したのはおれなんだから。今じゃこうやって笑って話せるくらい昔の話さ」
そんなオレたちに、リックさんは軽い笑いとともに言い、話を続ける。
「……ま、貧乏だったが親父は立派な人でね。苦労しても子どもに教育を受けさせてくれた。自慢じゃないが、おれは学校の成績が良かったから寄宿舎付きの進学校にまで入れてくれてね。おれも親父の苦労に応えるため必死で勉強した。同年代の子みたいにゲームで遊ぶなんて考えもしなかった。いわゆるガリ勉だったな」
……う、なんだか涙腺がたまらない話です。
単純なサユリさんはすでに涙を浮かべてます。
「クリスマスにも帰らず、寮に残って勉強してたんだが……親父から荷物が届いた。開けて驚いたよ。中に入ってたのは携帯用のゲーム機だったんだから。こんなものをもらえると思ってなかったオレは喜ぶ前にびっくりした」
……それがリックさんにとって初めてのゲーム機だったんですか?
「ああ。勉強ばかりしてるおれを心配したらしい。同級生の話題についてけるよう、親父はウェイターに掃除のバイトまでして買ってくれた。といっても中古のおんぼろでボディが完全に黄ばんでたし、押したらもどらないボタンもあったが――おれにとって最高のマシンだった。親父の心づかいを、ありがたく受け取ることにしたよ」
話が進むにつれ、だんだんオレの視界がゆがんでくる。
あれ、おかしいな。
ったく、これだから旧式のVRマシンは……、
「いっしょに送られてきたのは、なけなしの五十ドル札。メモには『これでソフトを買え』って書いてあった。おれは悩んだ。送ってくれた金をムダにしたくない。ハズレゲームを買いたくないし、すぐ飽きるソフトもダメだ。できるだけ長くやれるゲームが欲しい。そう思ってゲームにくわしい友だちに相談してみることにした」
……いいお父さんですね。そしていい息子さんだ。
ちくしょう、さっきからVRマシンのピントがぼやけまくりだ。
おや、今までの話は沈着冷静な二階堂頭取の琴線にも響いたらしい。
ダンディに目頭を押さえてらっしゃる。
よかった。こんなお偉いさんも泣くんだから、オレがほろっときてもしかたないよな。
「友人の名はトーマス。実家が銀行でね。いいとこのぼっちゃんなのに、スラム育ちのおれにもへだてなく接してくれた。あの年頃でそんなことできるなんて、今思えばすごいやつだったな」
ほほう。それはたしかに。
中高生くらいでその気づかいって、なかなかできない。
「――で、そいつはおれの話を聞いて、いっしょになって必死に考えてくれたよ。なによりうれしかったのは、おれが貧乏と知っても、他のやつみたいに金を恵もうとせず、予算の範囲内で買えるものを考えてくれたこと……あいつは相手の誇りのことも考えられる男だった」
……へえ。いい友だちですね。
「そのとおり。親友だと胸を張って言える男だ。リリパット社の立ち上げにも関わってくれて、今はうちのメインバンクの重役をやってる。ついでに言えば……おれの義兄でもあるな。あいつのうちに邪魔してるうち、妹のメリッサとできちまってね。あいつは応援してくれたが、ご両親の説得が大変だった」
え? リックさんってけっこうアレな人なのに奥さんがいるのか?!
……ちっ、リア充め!
話のこの部分だけは共感できん!
「――話をもどすが。そいつに教えてもらったサイトで調べたりして、決めたのが『こいつ』さ。本体の修理代もかかったんで、もちろん中古だったけど」
リックさんがウェアラブル端末を操作すると――、
ゲームソフトの古びた包装が空間に表示される。
タイトルは……なになに『ドラグ-ン・ダンジョン・ディーパー』?
聞いたことないけど、ゲーマー心をくすぐる名前だな。
『おお! DDDじゃないか!?』
と、ヒサヨシさんが略称を口にする。
ていうか、やたら古いゲームにくわしいですよね?
脳波操作VRゲーム以前の、手動操作型ゲームの情報なんてどこで仕入れたんです?
『中学高校のころは中古屋をまわってレトロゲーを探すのが趣味だったからね。今はゲームじゃなく骨董に手を出してるけど』
ふ~ん。ヒサヨシさんって妙なもの好きだよな。
……で、どんなゲームなんです?
そのDDDって?
『ダンジョンに潜ってモンスターと戦い、アイテムや装備を収集――内容はベタだけどボリュームが段違いでね。スキルを上げたり、やれることはたくさんある。難易度は高いがやりこみ度もその分高い。何度でも遊べる、いわゆるスルメゲーってやつだね。その点は同時代に発売されたゲームの中で最高ランクだと思う。ネクステクスネスト社の傑作だよ』
ヒサヨシさんは冗舌に語る。その言葉の中――含まれた単語に聞き覚えがあった。
ん? ネクステクスネぷ、じゃなくてNTN社って、もしかして……。
「DDD、わたしの……作ったゲーム?」
つぶやいた西嶋氏は、ぼうぜんとしている。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ジャンクパーツを買ってきて、壊れたボタンを直して――ようやくゲームを始められたときの感動ったらなかったね。めずらしがって協力してくれたトーマスも自分のことのように喜んでくれた」
うん。その気持ちは分かる。
ソフトを本体に差しこむときのワクワク感って言葉じゃ言い尽くせないもんな。
まして自分で直したゲーム機に、厳選して買ったソフトを差しこむなら、なおさらだろう。
「おれに付き合ってDDDを買ったトーマスと第一層の攻略をはじめて、第十層で出てくる最初のボスで苦戦して……ネットで情報集めて立ち回りも訓練して、なんとか倒して……あんときはトーマスとコーラで祝杯を挙げたよ」
きらきらと目を輝かせるリックさん。
たぶん当時もこんな感じだったんだろうな。
「DDDにどっぷりはまっているうち……いつしかここまで深く遊べるゲームを自分でも作りたい。そう思うようになってトーマスと自作ゲームにまで手を出した。大学も分野が近い情報工学科を選んで、そこで集めた仲間と作ったゲームアプリが思いのほか売れてね。ついに会社まで立ち上げた。……それがリリパット社さ」
へえ、リリパット社にそんな過去が?
意外な事実ですね。
「ああ。友人の家のガレージで始めた文字通りの小人が、あっという間に巨大になって稼ぎまくった。今じゃ親父はプレゼントしたフロリダの家で孫たちと――おれの子どもたちと、おれのゲームを楽しんでる。一方、おれはクソいそがしい毎日の中、寝る前の十分、『DDD』をプレイするのが唯一の息抜きってわけさ」
映し出された画像には、きっちりスーツを身にまとい、高級そうなデスクについたリックさんの笑顔があった。
その手にはボロボロのゲーム機が一つ乗せられていて……。
「……なるほどな。ユズキの制止をふりきってNTN社と提携したのは、これが理由か」
「慎重なトーマスまで賛成したわけもわかった。ある意味、初恋の人との再会だもんね」
この件は初めて耳にしたらしい。
テムさんとユズキさんが、それぞれの言葉で納得している。
一方、話をきかされた西嶋さんは……男泣きに泣いていた。
「わ、わたしの作ったゲームをそこまで? 内容を濃くしすぎて……もっと予算と手間をかけずに作れと始末書まで書かされた、あのゲームで……世界的なゲーム企業のトップが?」
涙をぼろぼろ垂れ流し、顔をぐちゃぐちゃにして……。
正直オッサンの泣き顔なんてみっともないだけなのに、なぜ、こうも心が動かされる?
――と、うつむき、震えている西嶋さんの肩を優しくたたくダンディな頭取さん。
「いや。当時は時代がきみのゲーム作りに追いついていなかっただけだ。だが今はちがう。そうだろう? ミスター・ウォーホル」
頭取の言葉にリックさんも賛同する。
「ええ。最近のVRゲームでは広告収入が大きなウェイトを占める。集中プレイ時間という評価基準ができて以来、内容が濃いゲームのほうがもうかるようになってきた。ようやく、あなたのやり方が認められるようになってきたわけだよ、西嶋さん」
「……頭取、リックさん」
二人の言葉に西嶋さんはぐずぐずに崩れた顔を上げた。
かなりひどいありさまの西嶋氏に、二階堂さんはハンカチを差し出してやっている。
……おお。気づかいがダンディだ。
ああいうこと、さらっとやれる大人になりたいね。
「しかし、わたしは経営のことなどまるで……」
それでも不安を口にする西嶋さんだが、間髪入れずにフォローされる。
「だいじょうぶ、経営に関してはリリパット社からアドバイザーをつけるよ」
「うむ。八州銀行からも人員を送る」
リックさんと二階堂さん、二人から心強い言葉をかけられ、西嶋さんの顔に生気がもどった。
「……す、すみません。なにからなにまで」
「ははは、せっかくはじめようとしたゲームだ。運営がつぶれてしまっては困るからね」
頭を下げた西嶋さんに二階堂氏は笑いかける。
照れ隠しかと思ったが、そうじゃないようだ。
「それにしても楽しみだ。かつて戦聖といわれたこともある血が騒ぐな。待ってろ。ゾンビども!」
意外と好戦的なことをいうダンディ頭取。
その目には、お歳に似合わぬ爛々とした光がある。
――と、二階堂氏の言葉に西嶋さんがびくりと反応した。
「あれ? もしかして二階堂頭取、『戦聖のハルトマン』と呼ばれてませんでした!? サークルナイツ・オンラインってMMOゲームで!?」
「……ああ。本名の『春人』から、ユーザーネームをハルトマンにしていたよ。しかし、なぜそれを君が知っている?」
けげんそうな表情の頭取さんへ、西嶋さんが口早に事情を告げる。
「わたしです! 『癒し手のタロス』です! 二十年以上前ですが、一人で辻回復士をやってたとこを兵団の仲間にしていただいた!」
「……そうか! きみはあのときのぼっち高校生か!」
うわ……この二人、妙なところで知り合いだったんだな。
しかし、VRゲームでの偶然の再会か。
男女なら運命の出会いかもしらんが、おっさん同士だとちょっとアレだな。
「そうです! 本当にそうです!」
ん? サユリさん、なんでそこを力説するのかな?
妙にオレのそばに寄ってくるし……どうしたんだろう?
と、首をかしげたオレに――、
『タクくん、きみは……にぶいね』
「ええ。自分で言い出しておいてこれって……もう致命的」
「……ああ。空気の読めなさはリックに匹敵するぞ」
ヒサヨシさんとユズキさん、それにテムさんからあきれたような視線と言葉が向けられる。
――だから、なんなんですか!?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
一方、久々の再会におっさん二人はテンション爆上げ中だ。
「装備を強化していただいたおかげで、あなたの引退後も上位ランクに入れまして、そこからテストプレーヤーになり、その縁でゲーム会社に就職して……今にいたるわけです!」
「そうか。おもしろい偶然だな。はからずも君の人生に影響してしまったわけか。……ならば、なおさら協力しなければならん。昔みたいに――。もっとも今度は君が前衛でわたしが後衛だがね」
「はい!」
二階堂さんのおしゃれな言い回しに、力強く返した西嶋さん。
その丸ぽちゃの顔には先ほどまでの不安もおびえもない。希望の光があふれている。
――うむ。よかった。
これにて一件落着なのかな?




