リベンジャー!!
――ふたたび光の渦から姿を現した人物。
それは四十くらいの中年男性だった。ぽっちゃりした体型だ。
妙に晴々した、何か吹っ切ったような表情でこっちに歩み寄ってくる。
「どういうことだね?! 西嶋くん!?」
「どうもこうもありませんよ、横溝さん」
西嶋――そう呼ばれたおっさんは気弱そうな表情なのに堂々たる応対を見せる。
それが意外だったらしい。
ややあっけにとられながらも、横溝社長、なんとか言い返す。
「西嶋くん、わたしのことはきっちり社長と役職までつけて呼びたまえ!」
「そうでしたね。あなたは……『まだ』社長でした」
「ちょっと待ちたまえ! 先ほどから聞く『まだ』とはどういう――」
わめきたててる社長から視線をあっさりそらし、こちらへやってくる西嶋さん。
ヒサヨシさんのステータスをちらりと確認すると、深々頭を下げる。
「道場ヘイブンのマスターの方ですね? アングリー種による無茶な襲撃に、これまでの不利益なあつかい――どちらもすみませんでした。運営として深くおわびもうしあげます」
『……あ、いえ、もともと不人気ヘイブンでしたからね。道場のデザインがあんな感じですし』
急にあやまられてヒサヨシさん、困惑している。
これまで色々やられて、言いたいこともあったろうに、逆になだめるような口ぶりだ。
しかし、西嶋氏はヒサヨシさんの厚意に甘えず、きっちり謝罪する。
「いえ、それも日本版ローカライズのときに変更すればよかった。そうしなかったのは予算を理由に制限が加えられていたからですが――今後はきっちりと対応させてもらうと約束いたします」
はっきり言い切った西嶋さんに、横溝社長は青筋を立てて口をはさむ。
「おい! なにを勝手に約束している! 訂正を……いや、もういい! 独断で動くようなものはクビだ!」
うわ。なんて横暴。
あまりな言い分にオレは引いたが、西嶋氏は上司の言いようを鼻で笑う。
「……あなたにできるものならね」
「なんだと! この――」
横溝社長が罵詈雑言をまき散らそうとしたそのとき――、
――もう一度、発光現象が発生する。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
(……今度はだれなんだ?)
オレは光の差す方へ視線を送った。
(だれ? このしぶいダンディさん?)
ログインしてきたのは五十代くらい……だろうか? 年齢なりの貫録を備えた感じの人だ。
このゲームではめずらしい年配の外見だと思う。
けっこう歳のいったユーザーも多いらしいが、みんな若いアバターでプレイしてるし。
たぶん、この人、この手のゲームは初めてなんだろう。
スキャンした現実の外見そのままのアバターでログインしてるようだ。高そうな仕立てスーツが、そのままこっちの仮想現実に反映されている。
なんてオレがあれこれ推測してると――、
新しくログインしてきた男に、西嶋さんが話しかけていた。
「頭取、わざわざのお運び感謝いたします」
「いや。こちらも興味があったからね。……ほう、最新のゲームはこうなっているのか?」
そういって興味深そうに周囲を見回すダンディさん。
一方、横溝社長は目を白黒させていた。
「あなたは……二階堂頭取!?」
――え? 頭取?!
なんだか偉そうな肩書ですけど……どちらさまなんでしょう?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
いきなり乱入してきたオッサン二人。
そのうち年長のほうの顔を見て顔色を変える横溝社長。
――これ、どういう状況なんですか?
視線を向けると、リックさんが教えてくれた。
「あれは横溝氏が社長を務める会社の主要取引銀行――八州銀行の頭取である二階堂氏さ」
へえ。なんでそんなおえらいさんがここに?
そして言いづらそうな社名ですね。ネクステクスねぷっ……、
――ただ今を持って標的甲を、NTN社と呼称する!
で、そのメインバンクだかの偉い人がなんでここに来たんです?
「それは……このおれが呼んだからさ」
え? どういうこと?!
いたずらっぽい笑みを浮かべたリックさんはすたすた歩いていく。
そしてダンディな頭取さんに気取ったあいさつをした。
「ゾンビヘイブンの世界にようこそ。二階堂さん」
「こちらこそ。お招きに感謝するよ。ミスター・ウォーホル。さすがにすばらしいものだね。街並みが、実にリアルだ。やはり海外の人のほうがエンターテイメントへのお金の使い方がうまい」
「それほどでもありません。それに日本にもすばらしいグラフィックのソフトがあるじゃないですか?」
リックさんのけんそんに頭取さんは肩をすくめた。
「……いや。我が国のソフトは『こんなにきれいに作ってやった』という自慢が鼻につくのだよ。グラフィックというのはあくまで背景――没入感と臨場感を増す添えものだ。それが表に出過ぎている。しかし肝心なゲーム内容がいま一つなものが多い」
「きびしいご意見ですね。慢心におちいらないよう、我々も心にとどめておきます」
お~、なんか大人のやり取りですね。
ふだんはちょっとアレな感じのリックさんだけど、ちゃんとまともな応対もできたんだ。
オレが感心していると――、
「おい。待て!? どういうことだ!?」
横溝社長が乱暴に口をはさむ。
完全におどすような口調だったが、対する二階堂さんは冷静だ。
「なに。こちらの方がNTN社とのより密接な業務提携を打診してきてね。大株主としては興味深い話だったから、ウォーホル社長にお会いしてみようと思ったのだよ」
「ま、まさか、そんなこと許しませんよね?! 二階堂さん? わたしは反対です!」
「……横溝くんなら、そういうだろうと思ってね。今日はきみに辞任勧告しにきた。解任という形で経歴に傷がつかないうち、穏便に座を譲りたまえ」
ん? 座を譲りたまえ?
ぶっちゃけ『辞めろ』ってことだよな?
なんだかえらそうな横溝社長だったが、この二階堂って人はそれを上回るのか?
――急な話に横溝社長の顔が蒼白になっている。
「いったい、なぜ!? わたしはちゃんと利益を出しているじゃありませんか!」
と、あわてて抗議した横溝氏へ、
二階堂さんは説教でもするようにゆっくり告げた。
「横溝くん、君の手法は今や文化となりつつある『ゲーム』という産業を食いつぶすやり方だ。正直なところ苦々しく思っていたが、それでもここまで利益を上げてきたから支持せざるをえなかった。気に入らんという私情で取り引きを切るわけにいかんからね」
「だったら……どうして!?」
「このたびリリパット社はNTN社のかつての名作をVRゲームとしてリメイクしてくれるという。そちらのほうが期待できる利益が大きい。だから、より大きな利益のため君を切る。それだけの話だ」
「そんな……」
冷徹に告げられた事実。
横溝社長、ついにがくりとひざをついてしまった。
そこへリックさんがさらなる追い打ちをかける。
「ま、そういうことだ。あんたが弱小ヘイブンつぶしにうつつを抜かしている間に、水面下で頭取と交渉をすすめてきたわけさ。百年稼ぎ続けられる娯楽を文化と呼ぶ――おれは自分の作ったゲームをそんな存在にしたい。あんたのような目先しか考えられない人間に関わられちゃこまるんだ」
最高に人の悪そうな笑みを浮かべ、とどめを刺しに行くリックさん。
――やっぱり本性は男子中学生みたいな人なんだな。
しかし、方法はえげつない。
きっちり資本主義でやるから、よけいたちが悪い。
「……ああ」
と、うめくような声を出し、両手を地面につく横溝社長。
完全に打ちひしがれてしまっている。哀れと言えば哀れな光景だ。
ま、道場ヘイブンつぶしで、アングリーゾンビをわんさか送り付けられたからな。
さんざん苦労させられたこっちとしては同情できない。自業自得だと思ってしまうけど――。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
かくして勧善懲悪、一件落着な空気が漂う一方――、
交渉を終えたユズキさんが、なんだか泣きそうな顔をしていた。
ん? どうしたんだろう?
「……あなたたちをおとりに使って、本当にごめんなさい」
サユリさんとヒサヨシさんに、ユズキさんが頭を下げる。
道場ヘイブンへの襲撃やいやがらせを見過ごしたことを気にしてるみたいだ。
しょうがないことだと思うけど、ユズキさんはけっこう周りを気をつかう人だからな。
ハズレ銃器のリベレーターを連続で引いて、オレがゲームをやめそうになったときも、手配書を出してまで探しまわってくれたし。
……あれはあれでめんどうを引き起こしてくれたけど。
でも、いい人にはちがいない。
少なくとも放心状態の横溝社長を指さし、腹を抱えて笑ってるリックさんとは大ちがいだ。
……まあ比べる対象がアレだが。
『いいえ。あやまる必要なんてありません。むしろ、こちらこそ礼を言うべきでしょう。あなたの助勢のおかげでサユリとタクくんは助かりました』
「ええ。兄のいうとおりです」
「ありがとう。そういってもらえて助かるわ」
あっさり許した道場兄妹にもう一度、頭を深々と下げるユズキさん。
そして、今度はオレのほうに向き直る。
「タクくんもごめんなさい。そしてありがとう。あなたの踏ん張りのおかげで貴重な証拠まで取らせてもらえた」
「別に、オレは好きで首を突っ込んだだけですから……」
なんてオレがかっこをつけてみると――、
「もう。タクくん……こういうときはお姉さんに素直にほめられときなさい」
ユズキさん、オレの虚勢を見抜きながらも感極まって抱きついてくる。
海外育ちらしい大げさな感情表現だ。
ま、それは別にいいんだが――、
つまり現在、ユズキさんの胸にオレの顔がガッツリ埋められている状況なわけで――、
そこには、旧式VRゲーム機の再現機能でも十二分に伝わる極上の感触があった。
(諸君、わたしはおっぱいが好きだ! 愛しているといってもいい!)
なんて風に仮想空間でオレが壊れかけてると――、
シュッ――
刀の鞘走る音が聞こえてきた。
その不吉な音にオレは我に返る。
こいつはヤバいッ! ヤバい人がここにいるのを忘れてた!
案の定、あわてて視線を送った先には、目を血走らせ般若の形相のサユリさん。
その手にはすでに抜刀済みの菊一文字が――!
「ユズキさん! 感謝の気持ちはわかったから、もうやめてください!」
極上な弾力と感触は惜しかったけど、命には代えられない。
サユリさんの剣が届く前に、ユズキさんを少々乱暴に押しはがす。
同時にサユリさんの刀の間合いからさりげなく離れて――、
「――で、これからどうなるんでしょうか? このゲームって?」
オレは適当な話題を出して、ごまかすことにする。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「今後かい? たぶん大幅なアップデートしなきゃならなくなるだろうから、少しの間、ゾンビヘイブンはサービス停止になるだろう」
オレの問いにテムさんが答えてくれた。
こっそりウインクしてくるあたり、オレのごまかしに協力してくれたようだ。
……でも、サービス停止って経営的にだいじょうぶなんですか?
それに生活の一部になりつつあるこのゲームが、遊べないのはこまるなあ。
「そうです! こまります!」
サユリさんが抜身を手にして、なぜか強く言う。
そうか。そんなにこのゲームが好きだったのか。
力説したいのはわかるけど……危ないので、刀をふり回さないでください。
「いえ、そうじゃなく……タッくんと会えないというか……」
納刀しつつ、なんだかぶつぶつ言っているサユリさん。
と、そんなサユリさんの悲痛な言葉にリックさんが応えた。
「なんと! そこまでこのゲームを楽しんでくれてたとは! ならば登録済みの有料ユーザーさんには、おわびとしてリメイクしたNTN社のVRゲームを無料で一本配布しようじゃないか!」
おお! なんだか気前がいいですね!?
でも、そんなことして問題ありません?
お金足ります? 人が良すぎやしませんかね?
オレは少々心配になる。
だが――それは杞憂だった。
『むむ。定番のドラグナー・サーガか? いや大穴でアマゾネスニンジャブレイブも捨てがたい。VR化されるとなればやってみたいゲームばかりなんだよなあ』
オレの隣――ヒサヨシさんはすでにウェアラブル端末で検索をかけ、かつての名作リストをならべて真剣に悩みだしている。
……切り替え速いな。この人は。
そんなヒサヨシさんの耳元、リックさんが悪魔のようにささやく。
「ちなみにリリースから半年間限定。三本セットなら半額にするつもりだ」
『えっ! 半額?! ……よし、しばらくバイトするか!』
そうか……無料配布は撒き餌か。
やっぱり商魂たくましいな。リックさん。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ほう、ドラグナー・サーガか……なつかしいな。最後に買ったゲームだよ。当時はいそがしさのあまり積みゲーにしたあげく転勤のときになくしてしまったがね」
と――、
遠い目をしてつぶやくナイスダンディ――二階堂頭取。
ヒサヨシさんの広げたリストをのぞきこみ、なつかしそうな表情を浮かべている。
……ていうか、二階堂さん、ゲームについてよく知ってますよね?
積みゲーとか日常生活だとほぼ使わない単語だ。
そういえば、さっきもゲームに思い入れがあるような発言してたし。
「ああ。かくいうわたしもゲーマーでね。昔は激務のストレスをゲームで晴らしてたもんだ。しかし責任が増えるにつれ、いそがしくなって……いつの間にか遠ざかっていたね。しかしVRゲームか。楽しそうだなあ」
あたりをうらやましそうに見回す二階堂頭取。
けっこうエライ人なんだろうけど、なんだか親しみがわいてきたぞ。
「それでしたら、わが社のゲームをどうぞ。VR初心者にもやさしい作りですから。過去のゲームのリメイクも行っていく予定です」
「ほう。それはありがたい。思い出のゲームが最新技術でよみがえってくれるとは喜ばしい限りだ」
と、売りこみをかけたリックさんと二階堂頭取は楽しそうに意気投合している。
一方で――、
「はぁ~」
「ふぅ~」
横溝社長と西嶋さんは放心状態だ。
あれ? 地位を失った横溝さんはともかく。
西嶋さん、なんであなたまでため息ついてるんですか?
「……ようやくすべて終わったからね。これで肩の荷が下りた」
西嶋さんは疲れたような笑いを見せた。
だが、そんな西嶋さんに、リックさんがいきなり叱咤する。
「おや。まだ終わってませんよ。そんな調子じゃ困りますな。NTN次期社長の西嶋さん」
「え?!」
リックさんの発言に固まってしまう西嶋さん。
意味を理解するための数秒のあと、泡をふきながら反対する。
「無理ですよ! わたしが社長なんて! リックさん、てっきりあなたがやるものだと!」
「いや、おれはリリパットのほうで手一杯。遠く海の向こうの会社の経営なんてできるわけがない」
「だったら……せめて別のだれかに!」
「いや、社長はあなただ。これだけはゆずれない」
断固として西嶋さんを社長にしようとするリックさん。
なんでこうも西嶋さんにこだわるんだろう?
「まさか、いやがらせですか?! わたしなんかにそんな立場が勤まるわけがない!」
西嶋さんは邪推してしまうが、気持ちは分かる。
よく言えば人がよさそう。悪く言うと気が弱そうな人だ。人の上に立つタイプには見えない。
それを自覚してるから、しきりに辞退してるのだろう。
だがリックさんは一歩もひかない。
急に真剣な口調になって言う。
「……ちがう。あなたを社長に推薦した理由は、おれが評価する数少ないゲーム製作者だからさ」
ん? いきなりどうしたんだ? リックさん?
リックさんの急変に西嶋さんばかりか、オレたちも驚きを隠せない。
そんな周囲に向け――、
「…………そうだね。ちょっと昔話をきかせましょう」
――リックさんはいつもの軽い口調でなく、重々しく口を開く。




