オリジナル・エイト!
道場ヘイブン敷地のすぐそば――、
すべての動きを止めたゾンビが、あちこちに転がるその場で――、
光がうずを巻く。
ログイン時におなじみの光景なのだが――、
『おかしい……な』
ヒサヨシさんが首をかしげる。
え? なにがですか?
『ここはさっきまでの激戦区だよ? ヘイブン防衛戦が行われていたすぐそばだ。まだログイン制限がかかっていて、最寄りの別ヘイブンに飛ばされるはずなんだが……』
たしかに。急に防衛戦の真っただ中に放りこまれたらこまるもんな。
それじゃ、もしかして道場ヘイブンのだれかがピンチに気づいてやってきたとか?
『いや。道場ヘイブンのメンバーなら道場の中に出てくるはずなんだ。ということはたぶん……』
ヒサヨシさんが推測を口にしかけた、そのとき――、
光の渦の中、姿を現した人物になんとリックさんが親しげに声をかける。
「やあ、横溝社長。お元気かな?」
ん……横溝? どこかで聞いたような名前だけど……
「『犬が三毛』とかいう謎の一族の話をかいた小説家さんでは?」
……いや、サユリさん。それちがうから。二重の意味で。
「え? 兄からはそう教わりましたが……」
二人で半透明の道場主に視線を送ると――、
ヒサヨシさんは顏をそらしを口笛を吹いている。
あの……ヒサヨシさん。
妹さんであまり遊ばないでください。ただでさえちょっと残念な美少女さんなんですから。
そしてサユリさん。
聞いた話をうのみにせず、せめて日本の推理小説における不朽の名作くらい目を通しましょう。
オレの言葉にサユリさんは顔を真っ赤にしてしまう。
「うぅ……だって横溝なんて名前の有名人は他に知りませんし」
まあ、それはたしかに。あんまりいないよな。
……ん? 待てよ?
リックさんはさっき、たしか『横溝社長』って言ったよな?
そこで、オレはようやく思い出した。ゲーム雑誌で自慢げに映っていた人物の顔と、光の中から現れた中年男アバターの人相が一致したのだ。
あれ? たしか横溝って……ゾンビヘイブン日本版の運営会社の社長じゃなかったっけ?!
いったい、なんでそんな人がこんな場所に?!
しかも、その横溝社長は――、
なんとリックさんに慇懃に頭を下げ、苦々しげな口調と表情で言った。
「こちらこそご無沙汰しております。リリパット社CEO、ミスター・リチャード・ウォーホル」
……え? 今、なんて……言った?
たしかCEOって言ったよな?!
リックさんが、リリパット社のCEO!?
――オレは予想外の事実にぽかんと口を開ける。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「リックさんが……あのリチャード・ウォーホル?!」
ともにゾンビ狩りを楽しんでた相手が、まさかゲームの製作者本人だったなんて!
――あっけにとられてるオレたちの前で、横溝社長とリックさんが向かい合う。
かたやゾンビヘイブン日本版の運営会社『ゾーンB管理公社』の社長。
もう一方はリリパット社最高経営責任者。
密接な関係のある会社のトップ同士だから親密かと思いきや……そうじゃない。
二人の間は妙にひんやりとした空気が漂っていた。
「フルネームで呼ばれるのは敵意の現れに思えるのだがね? 横溝社長」
「そういった気にもなりますよ。影でこそこそ人の庭を嗅ぎまわるようなマネをされては……まして庭でこうも大きな花火を上げられれば、なおさらです」
「おや、まさか自分の作ったゲームにログインして文句を言われるとは思わなかったな」
むむ。なんだか火花がバチバチだ。
ビジネスマン同士のぴりっとするような雰囲気が肌を刺す。
「あの……いったいこれどういうことでしょう?」
サユリさんがオレの手を引いてたずねてくるが、答えようがない。
オレだって驚いていたのだ。
リックさんは雑誌で見たリチャードCEOの外見とはまるでちがう。
ま、ゲームを作った会社のトップだ。アバターの外見なんて、いくらでもいじれるんだろうけど。
と――、
「あ~あ、せっかくのネタバラシをもっていかれちゃった」
ユズキさんがオレの隣で口をとがらせている。
……そうだ。この人もリックさんの関係者みたいだよな?
だったら、この状況を説明してもらおう。
いったいこの状況――どうなってるんですか?
オレが問うとユズキさんはあっさり答えた。
「うん。実はね。このゲームの日本語版、収益率は良いのに評判がやたら悪いみたいでね。うち――つまりリリパット社では首をひねってたのよ」
ああ、たしかに……。
有料版を買わされてるのに、汚染度システムでプレイ時間に制限があったり、制限を伸ばすためのアイテムが課金だったり、わけわからん難易度調整や希少装備の出現率などなど――。
日本語版だけ酷なプレイ条件みたいだ。海外版も遊んだことのあるユーザーから不評が上がっている。
ゲーム自体はおもしろいので課金してでも遊んでる人が多いけど、ことごとく課金される状況に嫌気がさしてやめてった人も少なくないらしい。
「ええ。運営じゃなくこっちのほうに苦情のメールが殺到してね。日本の運営に問い合わせたんだけど、問題無いの一点張り。そこでまずはリリパット社の重役陣のうち、日本語が話せる連中が正体を明かさずプレイして調べてみようって話になったの。日本の運営からの報告はあてにできなかったし、かといってリリパットはまだ日本に営業所を持ってないからね」
へえ、しかし、それで重役がわざわざ?
ずいぶんフットワークが軽い会社ですね?
「うちはもともとベンチャーだから社員はまだそんなに多くないんだ。だから、あたしもふくめ重役陣にどっしりかまえるタイプはいないよ」
ふ~ん。ユズキさん重役だったんだ。
若く見えるのに意外だな。
あれ? 待てよ?
そういえばこの人、衛星砲を撃つときサラ・ヴァレンタインって名乗ってたよな?
その名前もどこかで聞き覚えが……、
と、そこで――
『まさか?!』
そこまで黙ってたヒサヨシさんが大きな声を上げる。
『ユズキさん……あなたはリリパット社のオリジナルエイト!? 法務担当のサラさんなんですか?!』
「あらら、ばれちゃったか」
ヒサヨシさんの問いかけにユズキさんはぺろりと舌を出した。
オリジナル……エイト?
なんとなく聞き覚えはあるけど……。
う~ん。だめだ。
ほぼ同じ話を八回もやった伝説のアニメしか思い出せないや。
――と、そこでサユリさんが首をかしげる。
「オリジナルエイトって。だれなんですか? それ……?」
ずるっ!
ヒサヨシさん、それにユズキさんはがくっと転びそうになった。
おお。ここで堂々とその発言とは……さすがは残念美少女ですね。
オレなんか知らなくても知ってるふりして、それっぽくうなずいてたのに。
――で、つまりオリジナルエイトってなんなんだろう? オレも知りたい。
『ガレージでやってたゲームアプリ製作から、わずか十年で世界規模のゲーム会社にまで成長を遂げたゲーム会社ギガンティック・リリパット社――オリジナルエイトって言うのは、その初期メンバーの八人のことさ』
おお、ヒサヨシさん、わかりやすい解説ありがとうございます。
『サラ・ヴァレンタイン――リリパット社の創設以来、若くして弁護士資格を取得した才女という話だよ。しかし、日系だとは聞いていたが、まさかタクくんの知り合いだったとはね』
……いえ。オレもそんなすごい人とは知りませんでした。
日本語が自然だったから、てっきり日本人だと思いこんでたが、アメリカ人だったのか。
なるほど。それでスキンシップが過剰だったんだな。
それ以外は、ただの気のいいお姉さんかと思ってた。
「あたしの演技力もたいしたものね! ここまで偽装が上手にいくなんて!」
ユズキさんは形よろしき胸を張る。
でも性格に関しては演技というより本性のような気が――
「タクくん、なんか言った? お姉さんに生意気言うのはこの口かな?」
オレの口の端をつかみ、ぐにぐにと引っぱるユズキさん。
――たとえ仮想空間でもひどいあつかいれふ。
ほら。そういう態度とるから本性だと思うんですよ!
オレが言うとユズキさんは子どものように口をとがらせてしまう。
「……ま、とにかくそういうわけだから、後のくわしいことはテムに聞いて。あっちはあっちでもめてるみたいだし、あたしは自分の仕事をしに行くわ」
そう言い残すと、サユリさんはさっさとリックさんのところへ行ってしまった。
あれ? 法務ってことは弁護士資格とかもってるんだろうな、あの人。そうは見えないけど……。
あんな人に弁護士なんかやらせてだいじょうぶなのか? アメリカの司法制度って。
「アイツみたいなのがいても問題ないほど整備されている。そう考えればいいだろう」
テムさんが言った。
なるほど。すごい説得力だ。
「ちょっと! 聞こえてるわよ!」
背後のオレたちの会話にユズキさんが鋭く反応する。
……うわ。地獄耳だ。
オレとテムさんは肩をすくめ、苦笑を交わし合う。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「さて……横溝社長」
ユズキさんがきりっとした顔を見せた。
リックさん――いやリチャードCEOと不毛な感じのにらみ合いを続けてた横溝社長に声をかける。
「……あなたは?」
「このような外見で失礼。契約のときにお目にかかったヴァレンタインです」
けげんな表情を見せた相手へ、冷静に応対するユズキさん。
おお! よそ行きのユズキさんだ。なんかかっこいいぞ!
「ああ、サラさん、あなたでしたか! ようこそと歓迎したいところですが……こういったやり方は感心しませんな。ゲームを製作をなされたのがそちらとはいえ、日本版で勝手なまねをされては困ります」
「いいえ。横溝社長。今回の件については契約書に設定された特約2項、3のAに記載されている事項に該当します。『新規実装アイテムの実証について』です」
そういって目の前の空間に契約書らしき文字列を浮かび上がらせるユズキさん。
なんか、すごくキビキビしている……まるで別人みたいだ。
やたら抱きついて来たり、子どもみたいにPS90やFive-seveNを欲しがってた人とは思えない。
「性格やゲームの腕はともかく、あれで彼女はわが社の優秀な法務担当なのさ」
交渉はユズキさんにまかせて、もどってきたリックさん――じゃなかったリチャードさんが言う。
ああ、もう、すいませんね。
なんだかリックさんで定着しちゃったもんで。
「いや、リックのままでいいよ。そっちじゃ少々生臭い話をしてるが、ここはゲームの世界だ。現実世界の肩書なんて持ちこむべきじゃない。それに親しい人はおれのことをリックと呼ぶからね」
へえ。そうなんだ。
ま、たしかにオレのユーザーネームも愛称だもんな。
……でも社会的地位が上の人を愛称で呼ぶのは、やっぱり失礼じゃないか?
ああ、失礼と言えばオレ、さんざんゲームの文句を言っちゃったし、ちゃんとあやまっとかないと――。
「なに。気にすることはない。むしろ率直な意見がきけてうれしかったよ」
そういってオレの肩をポンとたたくリックさん。
「日本人相手にこちらの正体を知らせると、なかなか本音が引き出せないからね。こういうアンフェアなやり方をせざるをえなかった。非はむしろこちらにある。……だが、どうしてもユーザーの生の感想が聞きたかったんだ」
なんだか想像してた性格とはちがう。
リックさん――リチャードCEOは親しみやすい人柄だ。
にしても、リックさんもずいぶん日本語が上手ですね。
「ああ。大学時代にティム――そこにいるテムと一緒に一年ほどこっちに留学してたのさ。それ以降も定期的にこっそり秋葉原に通い続けてるからね」
なるほど。これだけ日本語が流暢に話せれば情報収集もはかどるわけだ。
「そう。おかげで色々なことがわかった。日本版の運営が目先の利益のために、オレたちが精魂込めて作ったゲームを勝手にいじくりまわし、弱小ヘイブンつぶしに過剰な課金などなど、どれほどやりたいほうだいしてたか……とかね」
う~ん。それは腹が立つでしょうね。
「そのとおり。警告で済ませようと思ってけど……、あれだけ苦情のメールが来てるのに『問題ない』の一言ですまされたあげく、『日本の事情なんぞ分からないだろうから黙ってろ』と言われてさ。さすがにこっちも頭に来てね」
と、そこでリックさんの目がきらりと光る。
「――だから、徹底的に調査を済ませて、その上で少々反撃してやろうと思ってさ」
リックさんはユズキさんと激論をかわしてる横溝社長に、なにやらぶっそうな視線を向ける。
……え?
いったい何をたくらんでるんでしょうか?
――リックさんが放った不穏な空気。オレは思わず背筋を震わせる。




