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あでやかに散りゆく桜の花。
その絢爛さと比例するように、新生活に対する期待と興奮は最大限になる。
しかし四月も末に差しかかり葉桜のころになれば、新しい日常もルーチンと化してしまうものだ。
もっとも、それにはいい点もある。
新生活にも慣れが出てきて、まとまった時間が取れるようになること。
オレ――桜田タクトは十八歳。入学したての大学一年生である。
ここ一か月、目が回るほどいそがしかったが、それらも、ようやく一段落。
キャンパスの緑を楽しむ余裕も戻ってきた。
こうして十分に新入生気分を満喫した後、五月病をわずらう前にやっておきたいことがあった。
今日は土曜日。大学の授業は午前中で終わるし、サークルも今日は休養日。
アパートの自室に急ぎ戻り、オレは段ボールにしまいこんでいた、とあるものを取り出す。
仮想現実ゲームデバイス『ドリーム・キャッチャー』
数か月ぶりに電源を入れると、大手ゲーム機会社のロゴが現れた。
その後、ホーム画面に移り変わる。
だが、しかし――、
「更新がたまってるな。ま、受験中は使ってなかったから、しかたないか」
まあ、いい。どうせご飯を食べてからガッツリやる気だったし。
買い込んできた食料品のうち、コンビニおにぎりをほおばりながら、遅々として進まないインストールの数字をちらちら見る。
動作がやや重いのは旧世代機だからか。
ふだんゲームする分には感じないが、ゲームの初期インストールや大規模アップデートのときだけは、衝動的に新世代機が欲しくなる。
そんなことを考えてるうち、更新データのインストールは完了していた。
「よし、次は……」
続けてゲームデータのインストールにうつる。
ゲーム機の本体メモリは他のゲームデータでいっぱいだ。最近の大作ゲームを全部入れるには容量が足りない。
消したくないデータもあったので今回、ソフトはダウンロード版でなくパッケージ版を購入した。
実はこのゾンビ・ヘイブン、無料版も存在している。
このゲームを運営するギガンティック・リリパット社は、ゲーム内の看板広告および、アイテムとして実在の商品を利用することで広告収入を得ている。
そのため、まずアクセスユーザーを増やそうと無料でもかなり遊べるよう設計されている。
しかし、ガッツリやりこみたい層には、グラフィック、各種特典も含めて有料版のほうがお得なのだ。
実際、無料版から入ったユーザーのほとんどが有料版へと鞍替えしている。
もちろん、オレはしっかりやりこみたかったので有料版を購入した。
昨秋、ゲーム見本市で大大的に発表され、新年早々に公開・発売されたこのゾンビ・ヘイブン。
『武器』『戦闘』『ゾンビ』中二心をくすぐる要素がてんこ盛りのゲームを、オレはなんとしてもプレイしたかった。
それでも受験勉強のため、断腸の思いでプレイをあきらめていたのだ。
だが大学に受かり、新生活の準備もおわった今なら、もう解禁されていいころだろう。
オレはついさっき買ってきたゲームのパッケージを、やや乱暴に開けていく。
「むふふ」
この瞬間のワクワク感がたまらない。妙な声が漏れる。
新品のディスクと包装独特のにおいがいい。ケースを開ける時の音と感触もすばらしい。五感全てで楽しめる。
取り出したメモリカードを挿入する。
ああ、またインストール画面だ。
もっとも、メモリカード版だから時間は最小限で済む。
デザートのプリンを食べてる間に準備はすべて完了。
ヘッドギアを装着したオレは静かにベッドに横たわった。
そして――、
オレはVRゲーム『ゾンビ・ヘイブンonline』の世界へ、ダイブしていく。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『ようこそ。《ゾンビ・ヘイブンonline》の世界へ』
『このサービスは十八歳未満はご利用になれません。あなたは十八歳以上ですか?』
はい/いいえ
もちろん『はい』を選ぶ。飛び級なしの大学生だし。
『続けてプレイヤーネーム、アバターの設定に移ります』
『本体に登録されたユーザーネーム、アバター情報があります。これらを利用しますか?』
はい/いいえ
早くプレイを始めたいので『はい』でお願いします。
ユーザーネームは愛称でアバターも平凡な外見だから個人情報流出にはならないだろうし。
『登録が終了しました。タクさん。ご購入、プレイしていただきありがとうございます』
おお、これはごていねいにどうも。
『ではゲームを開始します』
はい、お願いします。
『これより、ゾンビが大発生した都市空間、領域Bへ、あなたを転送します』
ぶっそうなことを言われてるのに、このワクワク感はなんだろうか?
『到着後、メニューからアイテムを確認してください。購入特典のギフトが封入されています』
さすが有料版。こっちを買ってよかった。サービスが違う。
『あなたが、よき避難所とともにあらんことを……』
――おとずれたのはVRゲーム開始時に特有の浮遊感。オレはプレイを開始する!