アングリー!!!
道場内、オレたちが陣取るけいこ場にて――、
裏口から次々と入ってくるのだろう。ゾンビさんたちの数がどんどん増えていく。
しかし、先ほどまでとは違い、その凶暴さをむき出しにしてくることはない。
散発的な襲撃はあるが――まるでオレたちの出方をうかがっているようだった。
「HUUUUUUUUUUH!」
「タクくん、右のヤツの足止め! サユリはとどめを入れて!」
ダン!
オレが突進してきたゾンビの胴体中央に.45ACP弾を撃ちこみ、勢いを殺す。
そこへサユリさんが駆け寄り、ゾンビの肩口から袈裟懸けに斬りつける。
サユリさんのふるった刀は脇腹へと抜け、胴が斜めに分かたれたゾンビはたあいもなく絶命した。
向こうではヒサヨシさんが長巻を横なぎにふるい、ゾンビの胴を腋の下で両断している。
……今のは危なかった。
先ほどからヤツラは高度な連携を見せてくる。
まるでオオカミや猟犬の群れのように、右から左から陽動と本命、役割を決めて襲ってくるのだ。
こっちもヒサヨシさんの指示で連携をとって迎撃しなきゃヤバいとこだった。
そして、また一定距離をおき、こちらを遠巻きに見守るゾンビさんたち。
数は増え続けているので、けいこ場の壁のあたりが埋め尽くされていく。
なんだか、授業参観のときの保護者さんたちのような立ち位置だ。
ちがうのは飛んでくるのが子どもを見守る温かな視線じゃなく、強烈な殺意を含んだ視線ってとこ。
いっせいに襲いかかられてもやっかいだけど、こういう風に距離を取られても不気味なもんだ。
なんてことを考えてたオレにヒサヨシさんが指示を飛ばす。
「タクくん、そろそろ長巻に持ち替えて。こいつらたぶんリロードの隙をねらってるよ」
え? まさか、そこまで賢いのか?
そりゃまずいな。
オレはP7M7を慎重にホルスターへもどす。
この一挙手一投足もじっくり見られている。どうもおちつかない。
上がり症なんで、相手がゾンビさんでも衆目にさらされるのはすごいイヤなのだ。
ちょっとでもうかつな動作を見せたら、一気に襲いかかられる。そんな気がする。
――そしてオレの予感は当たっていた。
「ああ、もう! 長すぎるだろ、この刀!」
長巻の鞘を外すのに、オレが少し手間取った。
――それだけで、ゾンビさんたちが押し寄せてくる。
「GEEEEEEEEEEH!」
「うわッ! いいや、もう!」
迫りくるゾンビさんを前に、もはやお行儀なんて気にしてられない。
長巻をふるい、さやを強引にはね飛ばして抜刀する。
そして刀身や刃紋の美しさを味わうひますらなく、一気にふるう。
ズシュッ!
初めてふるった次郎太刀は、至近距離にまで迫ったゾンビの面に入り、
――そして、あっさりと胴体までを真っ二つにする。
うわ! 硬いはずの頭骨に手ごたえがまるでなかった!
オレは実感した長巻の威力に恐怖すら覚える。
だが、そこで手は止めない。
振りぬいたら、そこで刃を返し、切り上げる。
さらに襲ってきたもう一体のゾンビへ向けた斬撃だ。
股間から入った刃がゾンビの肩口へと抜けていく。
またしてもゾンビを真っ二つにしたのだ。
――床には左右に割られた四つの……つまりあわせてゾンビ二体分のボディが転がっている。
おお、これが長巻の切れ味か!
力の入りづらい切り上げだってのに、まるで抵抗なくあっさりとゾンビを両断できた。
こんなに大きくて長い刃が、長い柄のおかげで苦も無く使いこなせる。
刀身の重さと長さをすべて斬撃の力に転化できるのだ。
こんなピンチの時だが、オレは新たな相棒が見せてくれた力に勇気づけられる。
――と、そこでヒサヨシさんの注意の声が響いた。
「タクくん、お楽しみのところ悪いが……このままじゃ完全に包囲されるよ?」
むむ。たしかに。
じりじりと壁一面にゾンビさんたちが広がりつつある。
「急ごう。ただしあせらずに。武器庫まであと少しだから」
オレたちはゆっくりと武器庫に向けて歩を進める。
ヤツラに背中を見せたらまずい。急な動作も襲撃のきっかけになりかねない。
だからゆっくりと一歩づつ確実に。
お互いに連携し、ゾンビたちへ注意を向け続ける。
さいわい、武器庫は裏口とは逆方向、けいこ場の間近にある。
武器庫に通じる廊下にさえたどり着いてしまえば、そこから先はすぐだ。
しかし――、
オレたちの向かおうとしている先を嗅ぎつけたらしい。
ゾンビたちが武器庫のあるほうへ、まわりこもうとしている。
さらに包囲のほうも完成しかけている。
あと少しで全方向からゾンビが襲撃できる環境だ。
まずい! このままじゃ!
武器庫まで、あとわずか……だが、そこまでが永遠のように遠い!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
と――、
武器庫に通じる廊下が、あと数メートルにせまったタイミングで――、
「よし、走れ!」
ヒサヨシさんの指示に従い、オレたちは一気にダッシュする。
けいこ場から廊下を駆け抜け、先ほど案内された場所へ急ぐ。
まずは真っ先にたどりついたオレが武器庫の戸を開けた。
「サユリさん、中へ!」
「はい!」
レディファーストでサユリさんを先に行かせ、自分も武器庫に身を入れる。
「ふう」
ようやく一息つけた。
あとはヒサヨシさんが来れば……ん?
あれ? おかしいな? ヒサヨシさんが来ないぞ?
オレはあわてて彼の姿を探しに出る。
「ヒサヨシさん、早くしてください! なにやってるんですか!?」
オレの呼びかけに応え、遠くからヒサヨシさんの声だけがとどく。
「……タクくん、サユリ。武器庫にある装備品はマスター権限で使えるようにしてある。いざとなったら利用してくれ」
ヒサヨシさん、何をいってるんです?
いや、まさか!?
そこでオレは彼の真意に気づいた。
……そうか。おとりだ。
あのままじゃ包囲を完成させられ、オレたちは武器庫にたどりつく前に襲われていた。
だからヒサヨシさんは残っておとりになり、オレたちを逃がしたのだ。
廊下の手前、たった一人でゾンビに向かい合うヒサヨシさん。
仁王立ちになり、オレたちを追って来ようとしたアングリーゾンビの大群を食い止めようとしている。
その後ろ姿が……今はひたすらに遠い。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「「「「「GRUAHHHHHHHHHHHH!」」」」」
一方、直前で獲物を逃がした憤怒種ゾンビさんたち。
うなりを上げた彼らは残った最後の獲物――ヒサヨシさんに怒りをぶつけることにしたようだ。
数体のアングリーゾンビがヒサヨシさん目がけて突進を開始する。
「GYYYYYYYYYYYYYYUUUUUH!」
しかし対するヒサヨシさんはあわてない。
長巻をぴたりと腰のあたりにかまえると――、
「せいッ!」
気勢とともに横にふるった。
それだけで、前面180度の敵を一気になぎ払う。
長大な刀を振るった慣性を生かし、その場で一回転。ヒサヨシさんはさらにもう一度、斬撃を送り、迫ってきた敵をまとめてしとめる。
伸ばしてきた手を切り払い、刀身が触れた胴を切り裂く。
ゾンビの腹わたをぶちまけさせながら、この道場の主は苛烈な死の舞を演じる。
連続で鮮やかな斬撃を見せながら、ヒサヨシさんはこちらにむかって大声でさけぶ。
「早く! 武器庫の扉を閉めてたてこもるんだ!」
だが、オレたちはヒサヨシさんの背中に否と告げる。
「ダメです! お兄ちゃんがくるまで閉めません!」
「そうですよ! 早くこっちへ!」
そんなオレたちの返答にヒサヨシさんは、ため息をつき――、
「まったく、しょうがない子たちだ……ならば……」
え? なにをするつもりですか!?
なんとヒサヨシさんはゾンビたちの前で主武装である長巻を捨ててしまった!
目の前の敵が見せた隙に、ゾンビたちが一斉にむらがってくる!
しかし、ヒサヨシさんはゾンビの大群など気にもかけない。
あわてず、さわがず、腰にさしていた副武装の短い日本刀『脇差』を抜く。
そして……なぜか脇差を逆手に持った。刃を自分に向ける形だ。
「まさか!」
その光景を見て、サユリさんは息を飲み、それから大声で兄に呼びかける。
「お兄さま! ハラキリをなさるおつもりですか!?」
ハラキリ? なんですか、それ?
もしかして……腹切? 『切腹』なんでしょうか?
この状況でそんなことして何の意味が?
革命機みたいな必殺技でも出す気ですか?
「じゃあね、二人とも。……おれはここで退場だ」
ヒサヨシさんはこちらに向かってにっこり笑うと、
脇差を――自分の腹に突きたてた!




