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ゾンビヘイブンon-line  作者: 習志野ボンベ
二章
15/59

メモリー! / フラグ!

――なんでこの人、オレの名前を知ってるんだ?!


 身構えたオレに、ヒサヨシさんはにっこり笑う。


「ああ、そんなに警戒しないでくれよ、タクくん。キミは『桐生道場(きりゅうどうじょう)』って覚えてないかな?」


桐生道場(きりゅうどうじょう)』……だって?

 え~と。十年くらい前、たしかそんな道場に通っていたな。

 近所づきあいで行かされていた習い事だったけど、楽しかった。

 道場主さんが堅苦しいことが嫌いな人で、安全のため必要なこと以外は自由にやらせてくれるのびのびしたところだった。剣道っていうよりほとんどレクリエーションだったもんな。

 その後、父親の都合で別の街に引っ越すことになったから、剣を習ったのはそれっきりだったけど。

 他の道場で続けようとはしたけど……どうにもあれこれ押し付けられて嫌だったんだよね。 

 

 あれ……そういえば、あの道場にはオレと同じくらいの子どもがいた。

 兄と妹で――たしかヒサくんとさっちゃん。


「「……あ!?」」

 

 そこでオレとサユリさんが同時にさけんだ。


   

  ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



「もしかしてタッくん!?」

「じゃ、サユリさんが――さっちゃんなのか?!」


 おたがいに口をパクパクしている。

 とんでもない偶然だった。

 まさか、仮想空間(こんなところ)で昔の知り合いに会うなんて。

 

「ようやく思い出してくれたみたいだね?」


 にこにこしながらヒサくん――ヒサヨシさんは言う。このやわらかな口調にも聞き覚えがある。


「え。ええ。でもこのVR空間で、よく気づきましたね?」


 そうだ。なんでオレだと気付いたんだろう?


「神経質なくらい間合いを気にするクセ……かな? そして得物は槍だけど、下段から伸びあがらせるしぐさが、まるっきり昔と一緒だったから」


(うわ。よくそんなことで気づいたな)

 と、思ったが、たしかにこの人は子どものころから目がよかった。

 他人の気づかない癖とかを的確に指摘してくれるいい先輩だったもんな。

 本人は自分の腕はたいしたことないと言っていたが、それでもこんな人に教われる生徒は幸せだろう。


「間合いを見計らって下段の構えから跳ね上げてくるキミの剣――おれも初見ではやられたからね。まさか剣を取って一週間の年下の子に負けるとは思ってなかったから、今でも覚えてたんだよ。サユリなんかは結局、最後までキミから一本も取れず、転校の前は泣きながら食ってかかってたし」


「お兄ちゃん!」

 サユリさんが顔を真っ赤にしている。


 ああ、なつかしいな。

 むしゃぶりついてくる彼女に「全国大会で会おう」なんて言ったけど、転校先では剣をやらずじまい。

 小学生のコミュツール、携帯ゲーとトレカに走ってしまったからな。

 ……ちょっと申し訳ない気がする。


「あれからサユリは君に会うために必死で剣の腕を磨いてね」

「お兄ちゃん! よけいなこと言わないで!」


 そうか。彼女が剣にここまで入れ込むのは、オレのせいでもあるのか。


「すいません。なんか他の道場だとやる気湧かなくて」

「気にすることはないさ。自由すぎるウチの道場が特殊だっただけだしね。その道場も二年前、祖父さんが亡くなって、廃業することになったんだけど」

「そう……なんですか」


 在りし日の道場主さんの柔らかな笑顔を思い出して、ちょっと胸が切なくなった。


 ……あれ、待てよ?


 なんでサユリさんをオレに預ける話になるんですか?

 さっきの話を思い出してたずねてみると――、


「その件なんだけどね。ここの道場もそろそろ廃業しようかと思ってるんだ」


 思ってたより重大な決断を、ヒサヨシさんは笑って告げる。


 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆


「どうしてです!?」

「なんで?」


 オレとさっちゃん、もといサユリさんの発言がまたかぶる。

 そんな光景に笑みを深くしながら、ヒサヨシさんはいう。


「……どうもね。日本版では不人気ヘイブンの廃止が検討されてるらしいんだよ」


 ああ。その話はネットで見かけたな。

 運営のリリパット日本支社でも意見が割れてるそうだ。

 重役のうち何人かが、ヘイブンの統合や廃止を進めている派らしい。なんでもシステムリソースを儲かるヘイブンの機能拡張に回すべきって意見が多数を占めているとか。

 夢を売る企業がそういう話を表に出しちゃうのはどうかと思うけど――、

 ま、大人に生活がかかってると言われたら、のんきな学生としてはそれ以上反論できないんだよね。 


「でね。ひっそりとだけど不人気ヘイブンへの扱いが悪くなってるんだよ」

「そういえば、ここのところ、やたらバタリオンを食らったり、武器の出が悪かったりしましたね」


 ヒサヨシさんの言葉にサユリさんもうなずく。


「うん。あくまで確率の問題といえばそうなんだけどね。プログラムをちょっといじられただけだと、ユーザーにはわかりづらいし」


 肩をすくめ、ため息をつくヒサヨシさん。

 う~ん、なんだかイヤらしいやり方だな。せっかくのゲームが少し興ざめだ。

 このゾンビヘイブン日本版の運営会社、日本のゲーム会社とリリパット社が合資で経営してるらしいんだけど……ちょっと評判が悪いんだよな。

 商売っ気がありすぎて、ときどきひどいユーザー無視なことをするって話だし。


「ユーザー心理として所属ヘイブンが冷遇されてるって噂が流れただけで、自分の不運をこじつけて考えてしまうと思う。……もしかして、最初からそれが狙いだったのかもしれないけどね」


 そうか。それが道場ヘイブンから、どんどん人が離れて行った理由か。


「ま、そこまでして、しがみつかなきゃいけないところでもないからさ」

 

 ヒサヨシさんは周囲を苦笑しながら見回す。

 ええ、オレもそう思います。

 ここの奇妙な内外装には、やっぱりなじめない。


「それで、おれもここを離れようかなって思うんだ。大学の研究もいそがしくなってきたし」


 ちょっとさびしそうな顔をした後、ヒサヨシさんは妹をちらりと見る。


「ただサユリは剣道一筋で来たからさ。人づきあいにあまり慣れてないんだ。顔見知りのヘイブン仲間と離れて、一人でやっていけるとは思えなくてね」


 で、ちょうどいいところにオレが来たってわけですか?


「ああ。タクくん。幼なじみのキミにならサユリを任せられるかなって、急に思ったんだ」


 なるほど。

 しばらくヘイブンには属さないで、あちこち見て回ろうと思ってたからな。

 サユリさんがいいなら、オレはかまわないですけど――。


 ……ヒサヨシさんにはマグレ勝ちの件も握られてるし。


 オレが承諾するとヒサヨシさんは大きくうなずく。


「ありがとう、タクくん。じゃあ……サユリ、タクくんといっしょに……」

「イヤだ!」


 返ってきたのは即座の拒否だった。

 いや……オレってそんな嫌われるようなヤツかな?

 たしかに、マグレ勝ちをごまかしたりはしたけど……。


「せっかく集めたポイントだってあるし。こんなところだけど……それでもみんなで築いた思い出があるもん! 離れたくない! 自分たちの都合だけで勝手に決めないでよ!」

 

 ……だそうですよ?

 

「サユリ、あまりわがまま言わないでおくれ」 


 あきれたようにヒサヨシさんは言うが、サユリさんは首をぶんぶん横に振る。    

 そして、道場内の一室に駆けこんで扉と鍵を閉めてしまった。


 ……ああ、昔もこんなことがあったな。ちょっとなつかしい。



「わたしは部屋(ここ)にこもるわ! 絶対に出て行かないんだから!」 



 室内から聞こえる声にオレは苦笑する。

 こんなホームドラマみたいな光景が実際に見られるとは思わなかった。



 だが――、



「……あ!」



 次の瞬間、ある可能性に気づいて、オレの顔から血が引いて行った。


「あの……ですね、ヒサくん、じゃなかった。ヒサヨシさん」

「どうしたんだい? 昔通りでかまわないよ?」


 まだ苦笑しているヒサヨシさんに、そっと聞いてみる。


「今のサユリさんのセリフって、ゾンビ映画だとまちがいなく襲われるフラグ……ですよね?」 


 化け物が出現してパニックを起こし、安全だと信じこんでいる部屋に立てこもる。

 これは推理物でも似たような状況があるが、その結果はほぼ違いない。


 ――立てこもった人間の悲惨な末路である。


 この『ゾンビヘイブン』というゲームの『フラグ』に対する異様なこだわりは聞いていた。

 そしてこの道場ヘイブンを密かに閉鎖しようとしてる運営連中もいる。


 ……はたして、彼らがこんなチャンスを逃すだろうか?


「あ……!」 


 オレの一言で顔色を変えたヒサヨシさんは、端末のマップを開き、拡大する。


「うそだろ?! 昨日まで危険度2だったここが、なんでいきなり4まで上がってるんだ?!」


 ちなみに危険度4だとどうなるんでしょうか? 

 くわしくないので後学のために教えていただければ……


「バタリオンが襲ってくる! それもアングリー種だよ!? 危険度を変えられてたんだ! チャンスがあればすぐこのヘイブンに差し向けられるように!」


 なんですと!?


 ちなみに『憤怒(アングリー)種』とは――、

 足の遅い典型的なゾンビである暴食(ハングリー)種とはちがって走ることができ、さらに攻撃的だ。

 敵を察知する能力も高く、二、三体でも恐怖の対象となるレベルの強敵である。

 中級ユーザーが五、六人で狩りに行ってすら、全滅したことがあるらしい。


 そんな化け物が大群(バタリオン)で来るのだ。

 オレが以前相手にした暴食(ハングリー)種のバタリオンとは比べ物にならない緊急事態だ。


 せまる大ピンチの予感。 

 ヒサヨシさんとオレが蒼白な顔を見合わせた瞬間――、



 ドゴン! ドゴン!



 ――道場の扉が強く激しくたたかれる!


 


 



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