ガール!!
「……どうしよう。たぶん、だいじょうぶ……だよな」
オレはVRゲーム機の前で何度目かわからない自問自答をくりかえす。
あの日本刀装備の爆裂和風美少女さんに追われ、ログアウトしてから数日たった。
再ログインする勇気がなかなかつかめない。
しかし――、
「でも……リベレーターはもうカスタム終了したころだろうし」
カスタム工房にあずけたままの相棒が気になってしかたない。
今頃は多銃身化も済み、持ち主であるオレをけなげにも一日千秋の思いで待ってるはずだ。
なんてかわいそうなリベレーター。
よし、お助けせねば――。
「夜中にログインすれば……あの危ない人もいないだろ……おそらく」
最終的に物欲と相棒への愛着に負けた。
ドリームキャッチャーを装着し、オレは数日ぶりに仮想空間にダイブする。
――それが、どれほど甘い見こみだったか、気づかされるまで、さほど時間はいらなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
最終ログアウト地点である警察署の前庭にオレは姿を現した。
周囲を見回すが、あの和服美少女さんの姿はない。
よし。それでも、さっさと用事をすませないと……。
オレは腕の端末でリベレーターの受け取り請求を出し、到着を待つ。
――と、そのとき、オレの肩に手が乗せられた。
ん? 知り合いかな?
テムさんかリックさんだろうか?
いや、こういうボディタッチ大好きなのはユズキさんだろうな。
まったく、もう、なにやってんですか、ユズキさん。
こっちに気づいたなら、まず声かけてくださいよ。びっくりするじゃないですか。
オレは軽く声をかけた。
――だが、返事はない。
「………………」
そして数秒の沈黙――、
現実空間でオレの背中に冷や汗がどっと広がるのを感じた。
こいつ、いったいだれ……なんだ?
オレが戦慄しながら、そう思った瞬間――、
「……タクさん……見ぃつけたぁ……」
後ろから低い声で呼びかけられる。
この声は……サユリさん?
――気づいて心臓が止まりそうになった。
いや、この瞬間に心臓が止まってくれれば、後から続く恐怖も味わわずにすむのかも。
そんな弱気な思考が出るくらい、本気でビビった。
こいつはホラーですよ。それも幽霊やモンスターなんかじゃなく、人間の内側から現れる恐怖だ。
サイコホラーってジャンルはけっこう好きだったが、このトラウマのせいで、もう二度とみられないだろう。
――それでもオレは勇気を振り絞った。
背後へふり返り、声を絞り出す。
「あの……サユリさん。もしかしてずっとオレのこと待ってたんですか?」
「は……い。マッテマシタ、アナタ、ズット」
黒髪をだらりと前にたらし、そのすきまから、白目でこちらを見るサユリさん。
ぎやああ、出た! サイコさんです!
ティ〇ーンズの可変型大型MSです!
強制ログアウト準備せよ!
と、オレがパニくっていると――、
「――なんてこと、あるわけないじゃないですか」
するっと、元の凛とした美少女さんがもどってくる。
なんだ。今のは冗談か。意外とお茶目さんだな?
ちょっと好感度があが……りはしない。
アブないところだった。この人はアブないんだ。アブなくない人だと思ったらアブないぞ。
だいたい、オレがログインしたのにどうやって気づくんだ?
やっぱりここでずっと待ってたに違いない。なんてサイコさんだ!
「いえ。あのときフレンドマーカーを付けましたからね。あなたがログインすればわかります」
え? そんな機能あったんですか?
「はい。といってもつけられた側が気づいて拒否すればそれまでですが、あなたは外さずにいてくれたので……」
はい。そんな機能があることすら知らなかったので。
「よかったですね。新しいことが学べて」
あはは、そうですね……じゃねえよ!
どうしてここまでオレを付け回すんですか!?
「あなたと戦いたかったからです!」
サユリさんは凛とした表情で宣言した。
「あのあと、ユズキさんからバタリオン討伐の真相をききました。その上でバタリオンと戦って生き延びた強者であるあなたと戦いたいのです」
あれ? かなり真剣な表情だ。断りづらいな。
「……オレ、たぶんあなたが期待するほど強くはないですよ?」
生き延びられたのは運の要素が大きい。それはちゃんと言っておかないとね。
だがサユリさんは首を横に振った。
「かまいません。人を一人斬れば初段の腕前といいます。ならば、あの戦いで死線をくぐったあなたの槍にはそれなりの力があるはずです」
おお、なんか説得力がある。
一芸に秀でた人が言うと言葉に重みがあるぞ。
「わたしは武器のおかげで死線といえるほどの事態を経験したことがありません。だからこそ、真の強者の戦いを見ておきたいのです」
ふむ、なんだかチート武器の自慢をされた気がしたが……にしてもすごい向上心だ。
そして生き延びたことをほめられた。真の強者は言い過ぎだけど、それでもいい気分だ。
ま、戦う理由としても筋はとおってるよな。
しかし気になることがもう一つある。
「でもさ……戦って勝っても負けても、なにかペナルティあるんじゃないか?」
そうだ。PK上等ってプレイスタイルじゃないし、PKはステータス上に記録として残るって話を聞いたことがある。
「わたしの属するヘイブン『道場』には特有スキル『真剣勝負』があります。これのおかげで道場内の試合ならPKしても、いっさいのペナルティは発生しません。殺された側も死の代償はほぼないのです」
へえ、そんなスキルがあるのか。
剣術サイコさんだと思ってたサユリさんにも、まともな考えがあったんだ。
だったら――、
――オレは熟慮した上で、サユリさんの申し出を受けることにした。
「それなら……真剣勝負をやりましょう。ちょうど他のヘイブンも見ておきたかったし」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「わたしのヘイブン『道場』はこの先にあります。少々遠いですよ」
サユリさんによると、彼女の属するヘイブン『道場』は警察署から病院に向かい、さらに行ったところにあるという。
オレたちは警察署を出て、てくてくと道場へ向かう。
そこまでの道中、散発的に登場したゾンビさんたちに練習台となってもらい、彼女の剣の腕を見せてもらうことにした。
「わたしの腕も見せておかないと、不公平ですからね」
――ということらしい。
そして、
「テリャァッ!」
気勢とともに刀を一閃。
サユリさんはゾンビに突っ込み、すぱすぱ切り裂いていく。
すごいな。彼女の腕も、日本刀の切れ味も――、
一度、戦い、ゾンビの体の手ごたえを知っているからわかる。
腐ってもろくなっているとはいえ、オレが戦ったとき、肉と骨にはそれなりの――引っかかるくらいの手ごたえがあった。鋭利なダマスクスナイフを使っても……だ。
しかし、日本刀の切れ味は段違いに上を行く。
まるで、そこになにも存在しないかのように、ゾンビの体を斬り抜ける。
一太刀、二太刀、白刃が駆け抜けた後に残るのは、人体標本みたいに、きれいな断面を見せてピクピクもがくゾンビの残骸だけ。
オレも、あの即席ダマスクス槍を使おうかと思ったが、あまりに力量が違いすぎて恥ずかしい。
だから引き取ったリベレーターと、交換したP7M7の試射を優先する。
で、まずP7M7だ。
リベレーターのお試しは後にする。ケーキのイチゴは最後まで取っておく派だからね。
大きくて重い.45ACP弾を使っているから強烈な反動を予想してたが、P7M7の反動は思いのほかソフトだ。
ま、比較対象がリベレーターしかないので、反動が強いとか弱いとか言える立場じゃないんだけど。
そして銃身が細くて低重心だから射撃時の反動のぶれも最小限ですむ。
ゾンビの弱点である頭部を打ち抜き、さらに次の一体の頭部を狙う――そんな実戦的な動作が、かなりスムーズにできる。
……あれ? こいつ意外といい銃だな。メインに使っても十分いけそうだぞ。
ちょっと湧いてきた浮気心をオレは無理やり押さえつける。
そうだ。まだ検証はすべて済んでないんだ。
使っていくうち、もしかしてとんでもない欠陥があるかもしれない。
握りしめてみたグリップは太い。安全装置でもあるスクイズ・コッカーとやらのせいでさらにボリュームは増している。
だが人より手の大きいオレには問題ない。むしろホールド感が増して上々な感触だ。
ま、これもまた比較対象が粗製乱造銃なのでどうとか言えないけど……。
そして何より、一発ごとにきっちりスライドが後退する。しっかり薬莢が排出される。ああ、まっとうな銃器だよ。ちゃんと銃を撃ってる気にさせてくれる。
ていうか、このP7M7って本当にいい銃じゃね?
主武装をチェンジしたくなる気持ちが、どんどん強くなる。
……いや、だから浮気はいかん。
いっしょに大群討伐をなしとげた相棒を見捨てちゃダメだ。
強化されたリベレーターをいじって、あの時の感動を思い出そう。
オレはホルスターからリベレーターを取り出し、P7M7と持ちかえる。
さあ、おまちかねのリベレーターだぞ。
ほら、この持ちづらい直線グリップがなつかしいだろう?
多銃身化したせいで重くなり、かなりバランス悪くなった銃身もイイ味出しているじゃないか?
そして逃げ場のない強烈な反動!
一発ごとに生じる照準のぶれが、なんともスリリング!
リロードのことを考えて、むやみに発砲できないとこなんか、たまらなく……
…………うん、素直にP7M7使おう。
検証に要したのはわずか三発。全弾撃つまでもなかった。
オレが悲しくもやむをえない決断を下したところで――、
「つきましたよ、タクさん」
サユリさんが声をかけてきた。
――おお! ここが新たなる避難所『道場』か!?




