03
立花は崩壊してしまった世界を渡り歩き商売をする行商人である。
崩壊後、一気に物騒になってしまった世界を渡り歩き、点在している集落をまわって必要なものを売ったり買ったり、時に危険をおかして旧都市に物品を仕入れに出向いたりしながら暮らしている。
通貨がほとんどものを言わなくなったこの時代、ものをいうのは情報や薬と言ったものである。
その立花は、今回の旅でこれまでになかった奇妙なものをいくつも目にしたのだという。
「動植物が急激に突然変異をしているのはお前も知っているだろう?京介」
「あぁ…こっちでも、こないだ中型犬くらいのどでかいニワトリを見たな。それにアナコンダみたいにでかい蛇が這っているのを見たっていう話も聞いたよ」
「あぁ。しかしその程度なら特に珍しいことじゃない。これまでにだって都市部には、その程度の奴はざらにいたからな」
「そうらしいな。皮のむけたオラウータンみたいなのやら、恐ろしくでかいカラスがいるとかって言ってたな。しかもやけに凶暴なのが」
「あぁ、グレナダ脳炎が人間以外の生物に特化して変異のか、それともグレナダで死んだ人間を食ったせいなのか、はたまた全く違う要因かはしらないが旧都市はいつからか魑魅魍魎が跋扈している。だからこそ俺のような命知らずしかそうそう近寄れないんだが…今回は、旧都市の歩き方のノウハウを知っている俺ですら危ない場面が何度もあった」
「なんだ、化物でもでたか」
半ばからかうように言った京介だが、真面目な顔で重々しく頷く立花を見て顔を強張らせた。
「まさか…」
「俺だって目を疑ったよ。昔やったゲームや映画の世界でしか見たことのない生き物が、まるで最初からそこにいたかのように生活してるんだ」
「夢でもみたんじゃないか?」
「そう思いたいんだが…」
立花が見たのは、子供くらいの…120センチ程度の身長しかない毛むくじゃらのゴブリンのような生き物、それから二メートルほどの身長があるSF世界にでてくるような緑色の肌をしたエイリアンのような生き物、それからでっぷりと太った二足歩行のワニのような生き物だと言った。
それらが我が物顔で旧都市を歩きまわり、生活を営んでいたというのだ。
「生活って…まさか。旧都市は住める状態にはないんだろう?」
「あぁ、もちろん。ただし人間にとってはな。だが、やつらには随分と居心地がよさそうだったな…」
信じられないというように京介は首を振る。
「まぁ、近寄らなければどうということはないさ」
「今のところは…か?」
「…そうだな。今のところ、やつらは旧都市の暮らしに満足しているようだ。わざわざ森に入ろうって様子はなかった。だが、それもいつまで続くかと言われればわからん。…あ、そうだ」
「ん?」
立花はまたリュックの中を探り、茶色い小瓶を取り出した。
「いいものを仕入れてきたぞ」
「いいもの?」
「あぁ」
立花は小瓶の蓋を取ると、テーブルの上に中身を出した。
それは緑色のいかにもまずそうな錠剤だった。
立花はそれを三個ずつ、三組、九粒を数え残りを瓶に戻した。
「それは?」
「万能薬だ」
「万能薬?」
「あぁ。といっても何処まで効くのかは今のところ不明だがな。だが、これを毎日ひと粒ずつ飲むと体が丈夫になるんだそうだ」
「なんだそれは。信用できるのか?」
京介は一粒指で摘み、匂いを嗅いでウッとうめいた。
「強烈だな」
「材料は極秘らしい…が、効果は抜群だ。俺も試してみた」
「どう抜群なんだ?」
「腹が強くなった」
なんだそれは…と怪訝な顔をする京介に立花は笑みを見せた。
「生水にもあたらんし、滅多なことじゃ風邪も引かないし、心なしか怪我の治りも早い」
「怪しい薬だな」
「あぁ怪しさ満点だ。だが、飲んどいた方が断然いいと思うぞ。今のところ副作用の報告はナシ。材料も詳しくはしらんが全て天然のもので作られてるって話だ」
「しかしスゴイ匂いだぞ」
鼻にツンと抜ける匂いを嗅いで、京介は嫌な顔をした。
「ガキの内に飲ませとくほうが効果が高いらしい。葉月にも…嫌がるかもしれんが飲ませてやってくれ」
「一日一粒か?」
「いや、赤ん坊だからな…粉にしてひと粒を3日くらいに分けて飲ませろ。そして次の二粒目は一週間後に」
「信用していいんだよな?」
「あぁ、大丈夫だ。少なくとも飲まずにいるリスクよりも、飲んだ方のリスクが低いはずだ」
かつての文明世界が崩壊してしまってからというもの、赤ん坊の死亡率はかなり高くなっている。
「わかった飲ませてみよう」
京介がそう決断した時、「遅くなってごめんなさいね」と言いながら優子が酒を盆に乗せてやってきた。
「これ、うちでつくった甘酒なの。美味しいかどうかはわかんないけど」
そういって優子が酒を置くと立花は「これはありがたい」と満面の笑みを浮かべた。