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02

2030年、かつて日本と呼ばれていた国の九州地方で一人の男の子が産声を上げた。


ふあっ ふわぁ ふぁぁ


元気いっぱいに声を張り上げる赤ん坊。

顔を真っ赤にして、精一杯に生の喜びを泣き叫ぶ。

そんな子供を胸に抱きあやしているのはまだ若い母親だ。

彼女は「今日も元気ね」とわが子に微笑みかけながら、赤ん坊に乳を含ませる。

「いっぱいのんで大きくなるのよ、葉月」

葉月。

それが彼に与えられた名前だった。

かつての世界を何一つしらない、人類がほぼ絶滅してしまった世界に生まれた幼い命。

その生命はとてもか弱い。しかし眩しいほどに輝いていた。

「健康で強い子になってね、葉月」

母の言葉に頷くようにこくこくと一生懸命に葉月は乳を飲んだ。


腹が膨れると赤ん坊はすぐに眠ってしまう。

母親がそっと葉月を布団の上におろし、服を整えた時「優子」と外から彼女を呼ぶ声が聞こえた。

「はい」

返事をするとすぐに扉が開き、20代半ばと見える男が顔を見せた。

優子の夫であり、葉月の父親でもある岩倉京介だ。

「お、寝たところか」

「ちょうど今」

そう応えて優子は夫の後ろにもう一人男がいることに気づき、あ、と声を上げた。

「もしかして、立花さん?こっちにいらしてたんですか?」

「あぁ、調度お子さんが生まれた頃だろうと思って寄ってみたんだ」

そういって柔和に笑う男は、二人よりも年上で30代の半ばほどと言ったところだ。痩せ型ではあるものの屈強そうな体つきで、大きな荷物を背負っている。

「まぁ。どうぞ上がって葉月の顔を見てやって下さい」

そういう優子を手で制し「いや、やめておくよ」と立花は言った。

「こないだまで旧都市にいたんだ。体にへんな菌がついてるといけない。まだ赤ん坊は耐性が弱いだろう?だからここから失礼するよ」

そういって少し伸び上がって赤ん坊を見ようとする立花を笑って優子は寝かせつけたばかりの葉月を抱き上げ彼に顔を見せてやった。

「うん、いい面構えだな。京介と優子さんによく似た元気な子に育ちそうだ」

「はは、元気だけは折り紙つきだ。もう夜泣きなんか森中に響き渡るくらいにすごいんだからな」

「そりゃ頼もしい」

三人は笑い合い、しばらく話した後、京介と立花は葉月を避けるようにして奥の部屋へと入った。


元々古い日本家屋であったこの家はずいぶんとガタがきていて、少しばかり傾いていて、ところどころ床がたわんでいる。

二人が入ったのは元は客室として使われていた部屋で、小さな床の間がついていて、そこには古い掛け軸とともになかなか良さげな壺が飾ってある。

もちろん電気は通っておらず、ランプを使うしか無いが、それでも住人の努力のおかげか随分と居心地が良い。

随分と年季は入っているものの、まだ柔らかさを残した座布団に腰を落ち着けると立花はほぅっと息をついた。

「いや、なんか、京介の家に来ると、まるで我が家に帰ったような気分になるよ」

「はは、それは嬉しいが、何をじいさまみたいなことを言っている。柄にもない」

「たしかにな。しかし京介たちに赤ん坊が出来るんだ。年をとったもんだと思うよ」

「バカ言うなよ」

「あ、そうそう」

立花は軽く手をたたくと、傍らに置いていた大きなリュックを探った。

「いいものを持ってきたぞ」

ごそごそと袋の中を引っ掻き回し、やがて彼が取り出したのは赤ん坊のおもちゃだった。

赤ん坊が手にもって遊ぶ“がらがら”に、“くるま”のついたアヒルのおもちゃ。それから“ジャックと豆の木”に“ヘンゼルとグレーテル”の絵本。

「おぉ、これはありがたい。こっちにはおもちゃなんてなんにもないからな」

受け取って嬉しそうにする京介。

「本当はもっと持ってきたかったんだがな、容量の問題でそれだけだ」

「いやいや、十分だよ。ありがとう。行商人のあんたがわざわざ金にもならないものを運んでくれたんだ。これ以上は望まないよ」

「まぁ次に期待してくれ。赤ん坊の誕生は俺達にとっちゃ希望だからな」

「希望…か」

京介は絵本をパラパラとめくりながら言った。

「実際どうなんだ?他の村や集落なんかは」

「あぁ。まぁ…どこもかわらずだね。今回は東北あたりまで足を伸ばしてみたんだが、どこも似たり寄ったりさ」

少しばかり暗い顔をしてはぐらかすように言う。

「3家族くらいから5家族くらいがぽつぽつ集落をつくってなんとか自給自足をしてるってかんじだな。小さな畑をつくったり、野生化した家畜を狩ったりさ」

「どこも一緒だな」

「あぁ、以前…文明の崩壊前を忘れられない連中はちょっと悲惨なことになっているがね」

「悲惨っていうと?」

京介の問いに立花は少し口ごもりながら「うん、まぁ…」とごまかすように言った。

「どうなんだ?」

「…まぁ、隠しておいてもしかたがないよな。いや、隠しておく方が逆に悪いことになりそうだな…」

立花は自分に言い訳するように独り言を言い、「近頃、旧都市におかしな連中が住み着いてるんだ」と言った。

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