【競作・起】 死に愛された夏と二人
始まりました四連続競作イベント『起・承・転・結』
今回は『起』。そしてお題は『肝試し』です。
今回の作品は4部完結の第1章となります。
初の連作なのでうまく書けるかは解りませんが、精一杯頑張らせていただきたいと思いますので宜しくお願いします。
それではどうぞ!
第一章 『守りたい心、壊したい心』
【一、悪夢】
夢。
今日もこの夢。
彼女が死ぬ夢。
大好きなあの子が死ぬ夢。
彼女の首を締める、全身鱗に覆われた半魚人のような化け物。
呆然と見てる俺。
彼女の口が僅かに動く。
潰れた喉から搾り出すように紡がれる一言。
刹那、ビクンッと彼女の喉が跳ねる。
止めろ! 俺は叫ぶ。
だが、俺の叫びは音となることはなく、空しく自分の心の中だけでこだまする。
彼女の手が、操っていた糸を失ったかのように、力無く地面に落ちる。
僕は思った。
『ねぇ、君は最後になんて言ったの?』
【二、肝試しへの誘い】
今日で四日目……如月奨はそう思いながら、自分のベッドで目を覚ます。
全身は汗でぐっしょりと濡れ、起きたばかりだというのに、今までランニングでもしていたかのような激しい動悸。
目覚めの部類としては最悪だ。
だが、そんな最悪の目覚めも今日で四日目になる。
四日前から奨は毎日同じ夢を見ていた。
自分の好きな女の子が怪物に殺される夢。
「めぐ……」
奨は額の汗を袖で拭いながら恋の相手、香月愛の名を口にする。
幼稚園からの幼馴染であり、幼稚園から数えて六年間想い続けてきた相手。
だが、二人の関係は男と女に発展するには近すぎた。
奨の想いは六年間、そんな微妙な距離という壁に立ち塞がれたままだ。
「……」
奨は大きく息を吸うと、重たい思考と頭を振り払うように、勢いよくベッドから身を起こす。
「俺がなんとかしないと……」
ちらりと奨は自分の部屋のカレンダーを確認する。
八月三一日。
その下に書かれた『肝試し・夜八時・学校』というメモ。
「肝試し……」
奨は昨日の愛との電話でのやり取りを振り返る。
『明日、一緒に肝試しに行かない? 夏休み最後の思い出に!』
昨日の愛の話は、クラスの仲の良い連中と夏休み最後の思い出作りとして、自分たちが通う小学校に肝試しに行かないか……という内容だった。
奨はこの話を聞いたとき、不思議と直感的に思った。
(夢で見た出来事がこの日に起こる……)
奨は必死に愛に肝試しに行くのを止めるよう、促した。
だが愛は奨の言うことを聞かなかった。
それも当然だ。奨が肝試しに行くのを止める理由は、愛が殺されるから。
だがそれはあくまでも奨が見た『夢』に過ぎない。
そんな理由で、折角の夏休み最後の楽しいイベントを止めることなど、愛にはできなかった。
「わかった……じゃあ俺も参加するよ。でも絶対、俺の傍から離れるなよ!」
「もう、つとちゃんたら大げさだよ~」
……カレンダーを眺めながら、奨はその時の愛の笑い声を思い出す。
愛の笑顔、愛の楽しそうな笑い声。
そう、愛にはずっとあんな風に笑っていて欲しい。
「俺が必ず……守ってやる!」
奨は胸に強くそう誓った。
【三、夜の学校と七不思議】
『コツコツ……』
シンと静まりかえった夜の校舎に二つの足音が響く。
「や、やっぱり夜の学校って雰囲気あるよね……」
奨の腕を痛いくらいに握りながら、愛が震えた声で奨に話しかける。
「そうだな……」
奨はそんな愛の姿を見ながら、今回の肝試しの主催者……同じクラスの木下に心の中でそっとお礼を言う。
肝試しはくじ引きで男女のペアを作り、そのペアで学校の中の指定されたチェックポイントに行き、そこに隠されたお札を取ってくる……という、ありがちな肝試しイベントだった。
夜の学校に到着した奨は、来て早々木下に呼ばれてこう言われた。
「奨、香月さんとペアになれるようにくじに細工しておいたから! このイベントで少しは進展しろよ!」
奨の心中を知っている木下の気遣いのおかげで、こうして奨は愛となんなくペアになることができた。
(守る手間も省けたし、何より愛と一緒の時間を過ごせる。木下……学校始まったら必ず何かお礼するからな!)
そんなことを考えていると、グイッと奨の袖が引っ張られる。
「もう、わたしの話ちゃんと聞いてるの!」
横を振り向くと、愛が頬をプクッと膨らませながらむくれたような声で、奨を見ていた。
「あぁ、ごめん聞いてなかった……。なんの話だっけ」
「もう! だから、わたしたちがこれから行く『真実の鏡』の噂だよ!」
真実の鏡……この小学校では有名な話だ。
「確かこの学校の七不思議の一つだっけ? 夜に真実の鏡を覗き込むと、自分の本当の姿が映し出されて鏡の中に連れていかれるとかなんとか……」
あまりその手の話に興味のない奨は、クラスメイトが話していた七不思議の話をうろ覚えながら、必死に思い出す。
「そうそう! 他にも鏡が嘘の心を暴いて、鏡に映った自分に本心を喋らせるとか、鏡から手がニョキニョキ生えてきて鏡の世界に引きずりこまれるとか!」
「ん? 待てめぐ。最後のは、黒板から出てくる緑色の手の話と混ざってないか?」
「あれ? そだっけ?」
愛といつものように馬鹿話に興じる奨。
だが、奨はそんな話をしながらも警戒だけは解かぬよう、常に回りに気を配っていた。
(あの化け物がいつ出てくるかわからないからな……気を抜かないようにしないと)
正直、あんな半魚人みたいな化け物とまともに戦って勝つ自身なんて微塵もない。
だがそれでも、愛を逃がす時間稼ぎくらいは自分にもできるはずだ……奨はそう考えていた。
例え、それで自分が命を落とすことになっても……。
(それで愛が守れるなら……)
「あっ! 見て見て、わたし達の教室だよ」
そんな奨の決意などお構いなしに、愛は『6-2』と書かれた自分達の教室のドアの前で立ち止まり、奨の腕を引っ張りながら教室の中を覗き込む。
「うわ~、やっぱり通い慣れた教室も夜になると不気味だね……」
「寄り道してる場合かよ。俺達の目的地は真実の鏡だろ」
グイグイと愛を引きずるように、奨は目的地への歩みを進める。
「わぁ! ちょっと、ひっぱんないで~」
「それに、早くしないと見回りの先生と鉢合わせるかもしれないぞ」
「わかった! わかったから! もう、そんなに急がなくても……」
ズルズルと引きずられながら、ブツブツと文句を言う愛の声を聞きながら奨は思った。
(見回りの先生くらいならまだいいさ。遭ってまずいのはむしろ……)
醜く恐ろしい形相をした半魚人の姿を思い出し、奨の背中をひどく冷たい汗が流れていった……。
【四、真実の鏡】
「これか……」
校舎北側、三階から四階に上がる階段の踊り場に設置されている大きな姿見。
鏡……それはこの世で最も身近なもう一つの世界。
全てが正反対のその世界に佇む自分と愛の姿を見つめながら、奨は得体の知れない薄ら寒さを感じていた。
(もう一人の自分、正反対の自分……)
奨は軽く頭を振って、余計な考えを打ち消す。
夜の校舎と鏡という特殊な演出が、おかしなことを考えさせただけだ……奨はそう思い直す。
(そんなこと考えてる場合じゃない。早くお札を見つけて、ここから出よう)
「見た目は普通の鏡なんだけどね」
愛が鏡の前でクルクル回る。
「踊ってる場合か! ほら、さっさとお札を探すぞ」
楽しげなステップを踏む愛を背に、奨はこの踊り場に隠されているであろうお札を探し始める。
「もう、せっかちなんだから。もうちょっと、この状況を楽しもうって気持ちはない……の?」
「肝試しに楽しむ心もクソもあるか! 俺は一刻も早くここから出たいんだよ」
「……」
「愛?」
急に静かになった愛を不審に思い、奨は後ろを振り返る。
すると先ほどまで楽しそうに鏡の前で踊っていた愛は、まるで置物のように微動だにすることなく、鏡の前で直立のまま固まっていた。
「おい、どうしたんだよ? もしかしてお札見つけたのか?」
愛の背中越しに奨は鏡に映った愛を見る。
鏡に映る愛は見た事がないほどいやらしい顔をしながら……笑っていた。
「め、ぐみ?」
すると戸惑う奨をあざ笑うように、鏡に映った愛が口を開く。
『つとちゃん……わたしね、今付き合ってる男の子がいるの』
「……えっ?」
思いがけない愛の言葉に、奨の思考がフリーズする。
「今……なんて?」
『わたしね、今付き合ってる人がいるの。夏休みに入る少し前から』
薄ら笑いを浮かべながら、鏡の中の愛が楽しそうに語る。
『ホントはもっと早く、つとちゃんに言おうと思ってたんだけどね。つとちゃんの気持ちを考えたら言い出せなくて。だってつとちゃん、好きなんでしょ? わたしのこと』
「!?」
俺の気持ちを知っていた……奨の頭の中が真っ白になる。
そんな奨の表情を見て、鏡の中の愛は口元を歪め、下品な笑みを浮かべながら更に言葉を続ける。
『ずっと知ってたよ、つとちゃんの気持ち。でもね、わたしは今のままがいいの。つとちゃんとは今のこの関係がいいんだよ。兄妹みたいに気兼ねしない、この関係が♪』
ケタケタと笑いながら鏡に映る愛が、奨の心を抉り取っていく。
(ダッタライッソ……)
「っ!」
奨の心の中で何かがざわつく。
まるで自分の中にもう一人誰かいるような、そんな感覚が奨を襲う。
気付くと奨の心は嫉妬、妬み、裏切り、絶望……そんな感情がグチャグチャに混ざり、まるで夕立空のような分厚い灰色の雲が、瞬く間に奨の理性を覆い隠していく。
『それにわたし、つとちゃんのこと、そんな風に見たこと一度もないの。好きな人だってずっと他にいたし』
淡々と紡がれる愛の告白。
(やめろ……もうやめろ)
奨の理性を覆い尽くした雲がゴロゴロと雷鳴を鳴らし始める。
限界は……もうすぐそこまで来ていた。
『だから……』
(やめろ、やめろ、やめろ……!)
ポツッと一滴の雨が零れる。
『ごめんね、つとちゃん♪』
「やめろぉぉぉぉっ!!」
天の底が抜けたかのように、感情という雨が奨の心に激しく降り注いだ……。
鏡に映った奨がうつむき、笑いながら呟く。
『テニハイラナイナラ、イッソ、コワシテシマエバ……』
【五、化け物の正体】
夢。
またあの夢だ。
化け物に愛が殺される夢。
助けなきゃ。
愛を守らなきゃ。
俺の命と引き換えにしても。
そう誓ったんだから。
……あれ?
俺がいない。
俺は何処にいるんだ?
俺は周りをきょろきょろと見渡す。
すると視界に真実の鏡が飛び込んでくる。
……そこに俺はいた。
鏡に映るのは愛の首を締める化け物。
なんだ、そうだったんだ。
---化け物は、真実の鏡が映した……俺の心だったんだ---
愛の口が僅かに動く。
潰れた喉から搾り出すように紡がれる一言。
刹那、ビクンッと愛の喉が跳ねる。
そうか。
愛が最後に言いたかったのは……。
感情という雨が涙となって化け物の濁った目からポタポタと流れ落ちた。
『……人殺し』
【六、???】
『……今回も駄目でしたか』
……。
『いい加減あきらめて、全てを受け入れてはどうです?』
まだやり直せる。
『まだ続ける気ですか?』
まだコインは買えるはずだ。
『確かにまだコインは買えますが……』
だったらもう一度だ。
『……あなた、これまで何回コインを買ったか解ってるんですか?』
これで3回目だろ。
『その通りです』
だったら、まだ後一、二回は買えるはずだ。
『……本当に後悔はしないんですね?』
しない。
『では……』
チャリン……とコインが投入される。
それと同時に世界が目まぐるしく巻き戻っていく。
眠い。
この眠気は始まりの合図だ。
大丈夫。
今度はうまくやってみせる。
だから……。
第一章『守りたい心、壊したい心』 ~完~
如何だったでしょうか?
真実を暴く鏡。よくよく考えると恐ろしい代物です。
こんなものが各家庭に1台ずつあったら、間違いなく人間の人口は3日で半分になるでしょう(汗
というわけで連作第一章でした。
次回は【承】 投稿は7月27日(土)になります。
第二章も、もしお時間がございましたらお立ち寄り頂ければ幸いです。
それでは、ご読了ありがとうございましたm(__)m