白き塗り
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
途方に暮れる、思考が止まる。これらをあらわそうとするとき、つぶらやくんなら、どのように書く?
僕なら、目の前が真っ暗になる、あるいは頭の中が真っ白になる、だねえ。
同じようなことをいいたくとも、黒か白かの無彩色の印象はやはり強い。視界であれば一切の機能を果たさなくなれば、黒の印象が勝るだろう。
たいして、本来はぎっちり詰まっているべき頭脳がまっさらになるとしたら、白紙を思わせる白が思い浮かぶだろう。
光がないことと、寄る辺がないこと。どちらも先行きが不安きわまりなく、足を止めざるを得ない重さを感じさせるねえ。
僕は暗いのは嫌いなんで、白いほうがまだマシかなあ。少なくとも、自分で手を加え直していけるような望みを抱くことができる。
――それは、相手にも自由にしやすい環境があることにならないか?
ふふ、そのとおり。
こちらがくみしやすいものなら、相手だってしかり……と考えるのは当然だろう。自分だけが特別と思い込むことは、心の安定になっても現実では危うい要素さ。
広い視野、寛大な心というのも、危険を避けるための重要ポイントかもしれない。そしてそれに対し、どうアクションを起こすかという知識やめぐりあわせも。
ちょっと前に、いとこから聞いた話なんだけど、耳に入れてみない?
いとこが住んでいたまわりは、このごろ建物の傷み具合がひどくなっていたらしい。
この一年、二年の間で、主だった建物の壁には通行人でもひと目でわかるほど、微細なひびが入り始めた。
物そのものに耐久限界が来るのは当然だけど、それが同じ時期に重なるのは妙だ。材質も建てられてからの年数も、大きく異なっているからね。
首をかしげつつも、門外漢からしたら調査のしようがない。そして、この手の塗り直しを仕事にしている人としては絶好の稼ぎどきじゃないかな……などと、のんきに考えていたようだ。
けれども、事態の進行は想像以上に早かった。
いとこが確認してから、少なくとも3日と経たないうちに、それらのひびは塗り直され、隠されていた。
妙な点は2つ。
ひとつが、それらの作業の際にブルーシートなどで覆われた時間がないこと。
こまごまとしたレベルはともかく、中には数階建ての建物の上から下まで届くものもあった。個人で片手間にできるものとは思えず、専門業者の手が入るなら相応に時間がかかりそうなもの。
それらが、こうもあっさり片付くのは不審だ。
もうひとつが、その塗り直しが本来の壁の色合いを無視し、いずれも真っ白に塗られていることだ。
もともとが目立ちづらい壁面ならまだしも、三原色にきっぱり分かれて塗られている壁に白というのはいただけない。
混ぜ合わせたら白になるからといって、上位存在になったかのごとく、なんでも強権を押し通せば美しくなるわけでもない。度をすぎたわがままは、はたから見たら顔をしかめたくなる醜いもの。
それらが、こうもあっさり色づくのは不審だ。
おそらく、正式な業者の手によるものじゃない。誰かしら、いたずらをしているのだと、いとこは考えたとか。
個人にしては行動半径が広い。ことによると、組織的な細工である可能性も想像できた。
一部の友達とともに、その動機をいぶかしく思っていたいとこの前で、ほどなく奇妙な噂が流れるようになる。
真っ白いサルを、街中で見かけた。そいつを見てしまうと、しばらく頭痛に悩まされてしまう、といったものだったとか。
いとこまわりで、最初に目撃した人の証言によると、夜中にコンビニへ買い物に行った帰りで出くわしたらしい。
コンビニの立て看板の上で、ちらっと何かが動いた。虫か、あるいは鳥かと思って見上げると、そこには尾をこちら側へ垂らして、背中を向ける真っ白い猿の姿があったのだとか。
「あいつは、ほどなくこちらを振り向いた。とたんに、ひどい頭痛が襲ってきてね。反射的にひるんじゃって、顔を上げ直したときには、もうそいつはいなかったんだ。頭痛そのものは一晩寝るまで最悪なレベル。起きてからもいくらか後遺症があって、復調するのに丸一日はかかったな」
それからも、じょじょに目撃者と頭痛に悩まされた者の数は増えていく。一過性の症状であることは、せめてもの救いか。
話を聞いていくうちに、どうもそれらの目撃談は例のひびの塗り直しをした建物近くに集中していると、いとこは感づいたそうだ。
――あの塗り直し、やはりなにかあるのか?
もとより、怪しく思っていたいとこ。
自宅近くのアパートの壁も塗り直しの対象だったのもあり、帰りがけに前を通りかかってみたところ、はっきり目撃したのだそうだ。
アパート壁面の、白い塗り直し。人の腕ほどの太さを持つそのラインから、だしぬけに白い毛を生やした猿の顔が、ぬっと顔を出したのだとか。
当然、塗り直しに背後のスペースなどない。物理的に隠れられるゆとりはない。ひびそのものから、出てきたとしか思えなかった。
同時に、いとこはつい膝をついてしまうほどの頭痛に襲われる。外から万力をキメられながら、内側から頭蓋骨を幾度もげんこつされているかのよう。
――なるほど。こんなの食らったら、一発だな。ひるむな、なんて無理な話だ。
事前に話を聞いていたから覚悟はできていたものの、どうしても足を止められる。それでも顔をあげたところ、白い猿は塗り直したところから軽々とこちらへ出てきて着地。そのまま奥のフェンスへ向かい、飛び越えていったそうなんだけども、問題はその先。
某企業の敷地内にある、倉庫のひとつ。そこもまた白く塗り直されたところがあったのだけど、猿はそこを目掛けて突進。
ぶつかることはなかった。塗り直した箇所は、透き通るように猿の身体を受け入れていき、やがては完全に吞み込んでしまったのだとか。
それから数か月の間で。
今度こそ本格的な塗装作業により、奇妙な白い塗り直しはなくなってしまったそうだ。
でも、いとこはあの白い猿が、まだこちら側にいるかもと考えているのだとか。目撃者の多さからきっと複数匹いる、と踏んでいるらしい。
あの塗り直した箇所がやつらの行き来するポイントであったなら、こちらに取り残されるか、目的をもって残ったものもいるかもしれない、とね。




