椅子
椅子が壊れた。
俺は床に落っこちた。
腰がへしゃげ、『おう!』という変な声が出た。
壊れた椅子を見ると、足が二本折れていた。
ちょうど真ん中からぽっきりと。
折れ目はギザギザしていて、触ると手が切れてしまいそうだった。
指から血が出て、第二関節からスパッと切断される。
骨が飛び出る。
断面に赤黒い肉が見える。
垂れ下がった皮が風に揺られる。
俺は落ちた指を眺め、それから手元を見て、また落ちた指を見て、それを繰り返した。
痛みが出てきた。
断面から、黄色い液体が溢れ出した。
指先が痺れるように痛み、手のひらが痙攣し、全身から汗が吹き出し、口が乾燥し、体が凍りつく。
「はああああぅ!!!」
声が出た。
乾いた喉は引き裂かれ、口の中に血の味が広がった。
後ろに飛び退いた。
ケツに激痛が走った。
左手で触った。
折れた脚が刺さっていた。
尖った先が尾骨まで届いたように感じた。
右手で引っこ抜くと、脚の先から血が滴った。
床に垂れた斑点が、アリの行列のように見えた。
「どうしたの?」
ドアの向こうから声がした。
女性の悲しい声だった。
曇りガラスのせいでぼんやりとした白い影しか見えない。
「誰だ?」
聞き覚えがない。
「どうしたの?」
「知らない!!」
「可哀想⋯⋯」
しくしくとすすり泣く声。
「消えろ!!」
俺は折れた脚を投げつけた。
尖った先端が指に触れ、皮膚が切れたが気にしなかった。
脚はガラスにぶつかり、鋭い音を立てて落下した。
「今行くからね」
慈愛の声が響く。
「消えろ!!」
俺は必死に叫ぶ。
「今行くからね!」
慈愛の声。
「消えろ!!」
必死に叫ぶ。
「今行くからね!!!」
「消えろ!!!!」
「今行くからね!!!!!!」
「消えろ!!!!!!!!!!」
「今行くからあああああああああああああああ!!!!!!!」
「きえ」
その瞬間、曇りガラスの向こうの影が、うねうねと動き出した。
ひとりでに粘土が踊っているみたいだった。
バクテリアのようにも見えた。
しばらく蠢き、やがて止まった。
そして、蝋のように床に溶けていった。
誰もいなくなった。
窓から、涼しげな風が吹いた。
熱を帯びた体にひんやりと触れた。
心臓の音だけが聴こえていた。
緩やかになっていくリズム。
音。
体の熱が戻ってきた。
唾液が口の中に充満してきた。
指先の感覚も戻ってきた。
俺は立ち上がった。
行こう。
ここから抜け出そう。
歩き出した。
冷たい何かが、肩に触れた。




