慣れてきたことと、違和感。
それから数日。シルティアは一日一度は必ずクレアの部屋を訪れるようになった。
今日も、侍女に持って来させた紅茶を一口飲みながら、ほっと息をつくクレアを横目で見た。
最初の頃は緊張気味だった彼女も、最近は、少し肩の力が抜けてきたように見える。
「……ありがとうございます」
クレアがティーカップを両手に持ったまま、ぽつりと呟く。
「この紅茶も、こうして毎日来てくださることも……。自業自得ですけど、たまに兵士の方や殿下から当時の事情を聞かれる以外はずっとこの部屋なので──」
シルティアはそれを聞くと静かに頷いた。
景色の変わらない同じ部屋に閉じこもっていては、誰でも気が滅入る。それも彼女の場合、自発的にそうしているわけではなく、命令で外へ出るのが許されないのだから。
なおさら、息苦しさを感じるのは当然のことだ。
「……本当に、どうして、こんなにもお優しいシルティア様を冷酷な方だなんて思い込めていたんでしょう、私」
クレアが少し自重気味に笑って、目を伏せる。
「わたくしも否定いたしませんでしたから」
シルティアはそれだけ言って、手元の赤茶色の水面にふっと息を吹いた。
微かな波紋を見下ろしながら、低く。
「都合もよかったことですしね」
「都合?」
「ええ、誰にでもお優しい殿下の前には、多少、気難しくて近寄りがたい女がいるくらいでちょうどよかったのですわ」
しばらく沈黙が続いたあと、クレアがまた口を開いた。
「演技派……なんですね。エリアル様──じゃなくて殿下も、シルティア様も」
少し困ったように、けれど柔らかく。
彼女は国にとって大切な存在。尋問、と呼ぶほど手厳しいことはされていないとシルティアは認識しているが、エリアルのことだから、事情聴取の場でまで、学園の顔は持ち込まなかっただろう。
クレアは何かのやりとりを思い出したのか、難しそうな顔で、眉間に軽く皺を寄せた。
「あの方は、優しい王子様というより、冷酷系王子様ですよね」
「……まだその認識なことに安心しました」
「え?」
「いえ、なんでも」
シルティアは一瞬目を逸らす。
どうやらエリアルは、被っていた猫こそ外したものの、一応、彼女の前ではちゃんとまだ理性的な仮面を残しているらしい。(よかった)と、胸を撫で下ろした。
「それにしても、殿下って……本当に、シルティア様のことがお好きなんですね。聴取の間も、シルティア様のことばかり仰っていました」
「……否定はしませんわ」
目を伏せ冷静に答えるシルティアに、クレアはくすっと笑う。
「ちょっと怖く見えるところもありましたけど、一途な方なんだなって思いました」
そこに特別な意味を込めた様子はなかった。皮肉でもなく、ただ純粋に見たままを口にしただけの声音。
「だから……きっと」
一拍。
「私の父も、納得してくれると思います」
一瞬。
空気が、ほんのわずかに止まった。
「……お父上は確か」
シルティアが、静かに聞き返す。
声の調子は変わらない。
ただ、胸の端で、小さく何かが引っかかった。
「はい。王都の外の町の教会にいる神父です」
クレアは、あっさりと頷いた。
「孤児だった私を育ててくださった方で……とても優しい方なんです。いつも、正しいと思うことを教えてくれて」
少しだけ遠くを見つめたあと、笑う。
「だから、殿下とシルティア様が結ばれるなら……きっと、喜んでくれると思います」
声は言葉の通りまっすぐで、それ以上の含みはなかった。
「……そう」
シルティアは微笑んだまま、うなずく。
「それは、何よりですわ」
それ以上は、聞かなかった。
⸻
しかし、その夜。
一人になってから、ふと、シルティアはその会話を思い出した。
──優しい神父。
──正しいこと。
──納得してくれるはず。
どれも、悪意はない言葉だった。
──それでも。
残る、ほんの小さな違和感。
理由を探すほどのものではない。
今は、ただ流してしまえる程度のもの。
「……」
そのまま夜更け近くになるまで、シルティアは天蓋の幕を見上げていた。




