謝罪の庭から数時間前の執務室
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それは婚約破棄宣言事件の翌日……エリアルがシルティアに謝罪したその直前に少し戻る
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『──皆様のご想像より、わたくしたちは、順風満帆な恋人同士だったというだけのことですわ』
そう言って、偽物の正体をあっさり見破り、毅然とした態度を崩さなかったらしい──と、後に報告を聞いたエリアルは、一応の安堵はした。
しかし、とはいえだ。
「たとえ一瞬でも──彼女が傷ついた可能性があることは否定できない。…し、第一、偽物といえ僕の口がシルを否定する言葉を言ったのかと思うと吐き気がするよね」
「……」
エリアルにとって、それは、絶対に許してはならない案件だった。
彼の執務室の中、静かな口調ではあったが怒りのこもった言葉に空気は凍りついていた。
「だから、早く、あんなつまらない劇を企てた黒幕を捕まえないといけないのに…」
机の上に提出された今回の事件の調査報告書を、エリアルは冷ややかに見下ろした。
「……証言は曖昧。動機も要領を得ない」
机の端に立つ兵士に視線を向ける。
「直接聞かせて」
兵士は少し躊躇ったが、報告を始めた。
「クレア嬢は……“ある貴族”からこう吹き込まれたと。『殿下はシルティア令嬢を愛していない』と」
エリアルの目が細まる。
「それで?」
「クレア嬢は純粋すぎたのでしょう。殿下に化けた男に甘い言葉を繰り返され、次第に“殿下が自分を選ぶ”と信じ込んだそうです。……しかし、本物が動かないので、偽物があの場で強行したと」
「……くだらない」
指先が報告書をぐしゃりと握り潰す音が響いた。
「本当に……腹が立つ」
──自分にも。
シルティアがそんな目にあっていたその間、学園から離れた寂れた教会の地下に誘き出されていた本物のエリアルは──探しにきた兵士たちから『王子に化けた何者かがシルティアに婚約破棄を言い渡した』と聞いて血相を変えて飛んで帰るまで、その場で飄々と敵を蹴散らしていただけだったのだから。
「なにか仕掛けてくるんだろうとは思ってたけど、まさかあそこまで馬鹿だとは思ってなかったよ」
つい舌打ちを漏らすと、ビクッと肩を跳ねさせた兵士に、エリアルは目を細めながら言い付けた。
「……調査を続けて。次、何かわかるまで報告は必要ない」
「ハッ……!」
素早く敬礼し、兵士は部屋を飛び出していった。
そして、エリアルも。
「! 僕も早く行かないと」
時計を見てハッとしたように動き出した彼は、先ほどまでの冷たい雰囲気が嘘だったかのように、ソワソワしながら外に行く準備を始めた。
「遅れちゃったら悪いもんね」
外は、いい天気だった。
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