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ヤンデレ王子に愛される婚約者令嬢のおかげで、王国は今日も安泰です  作者: 月乃ふくや


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2/12

王子の婚約破棄宣言と婚約者令嬢の活劇



 まるで、恋愛小説の悪役令嬢の断罪シーンを見ているようだ、とその場にいた誰もが思った。


「公爵令嬢ともあろう者が、この国にとって最も重要な役目を持つ聖女に数々の嫌がらせ──この国の王子として、そんな女性とは結婚できない!」


 広間のど真ん中。

 

 学園の卒業パーティーで、声を張り上げ高らかにそう言ったのは、シルティアの婚約者であるエリアル・ライトリング・アーチボルト。


 淡い金色の髪とアメジストのような紫の瞳が美しい王子だが、その傍には、桜色の髪と空色の瞳の少女の肩を庇うように抱いていた。




 シルティアは、扇子で隠した口元に薄い笑みを浮かべながら、首を傾げる。


「どういうことでしょうか、殿下。

そして──クレア様?」


 まっすぐに相手を射抜くような冷たい目。


「……わ、わたしは、ただ愛を……」


 対して、少女の小さく震える声は、健気で儚く、場に同情の空気が流れた。


 ──誰もが無意識のうちに、心の中で配役を決めてしまう。


 「守るべきヒロインの聖女」と「その前に立ち塞がる冷たい令嬢」として。




ーーーー


 

 彼女──クレア・ハートは、春の陽射しのような少女だった。


 セミロングの桜色の髪と、空を映したような水色の丸い瞳。

 少し口を開くだけで、場の空気がふと和らぐ──そんな不思議な力がある。


 十七歳で聖女の力を顕現して入学した彼女は、教会出身ながら、学園の貴族子女たちにも必要以上に臆さず、笑顔を絶やさず、男女問わず好かれる少女だった。


 そして、今夜の淡いピンクの花のようなドレスも、彼女の清廉な可憐さによく合っている。

 



 対してその目の前のシルティアは──


 夜空のように濃いドレスと、月光のような長い銀髪。冷たい灰色の瞳。


 研ぎ澄まされた美貌と引き換えに、どこか冷たさを感じさせる佇まい。


 その孤高の雰囲気と、貴族らしさを極めた立ち居振る舞いは、誰よりも目を引くが、誰よりも距離を感じさせた。


 そして、学園では常にエリアルのそばについて回り、他に親しい相手もいないのを、皆、知っている。


 クレアに対してシルティアがきつく当たる場面も何度か見ていた。

 

 とはいえ、このような場でこんなことが起きるとは流石に誰も思っていなかった。


 会場中が固唾を飲んで見るなか、エリアルは、シルティアがクレアにしたと言う嫌がらせの証言を読み終わると羊皮紙を丸める。


「さて、なにか申し開きはあるかな?」


 柔らかい口調で投げられた問い──それに、少し俯いたシルティアの唇が、そっと開いた。


「いいえ、殿下。異議はありません」


 会場に、どよめきが走った。


「たしかに、わたくしは、クレア様を殿下に近づけないためにきつく言葉をかけたことも、頬を叩いたことも一度、ございます」


「彼女を傷つけたことが罪だといわれるなら、それは認めましょう」


 言葉はまっすぐで、言い訳は一切なかった。


「罰も、本当に殿下が望まれるのでしたら、わたくしは、どんなことでも受け入れますわ」


 美しいカーテシーを見せるシルティアに、ほう…と人垣の一部から溜息が漏れる。

 

 しかし──


 もう一度顔を上げた彼女は、きっぱりとした声で言いきった。


「ですが婚約解消については

──お断り申し上げますわ」


「なっ……!?」


 途端、エリアルが紫の目を見開く。


「君はもはや罪人だ! そんな権利があるとでもっ!!」


「ありますわ。」


 シルティアは微笑み、扇子の先を突きつける。


「だって──あなた、エリアル殿下じゃありませんもの」


「え──」


 そう言葉が置かれるのと、エリアルの両足が床からふわりと浮いたのはほぼ同時だった。


 シルティアの扇子を軸に、宙で彼の体がぐるりと回り──


 気がつくと、エリアルは背中から大理石の床に叩きつけられていた。


「な……っ!?」


 ──誰もが固まる。


 そのなかでも一番驚いていたのは、それを最も間近で見ていたクレアだった。


 口をはくはくとさせる彼女には、わけがわからなかった。

 

 それもそのはず。それまで自分の肩を抱きしめていた男性が、気がつくと隣で宙を一回転していたのだから。


 そして、さらにその次の瞬間には、クレアの肩はシルティアに抱き寄せられていたのだから。


 そして、なにより──その音に引かれたように広間に飛び込んできた近衛の兵たちは「確保!」と叫ぶと、暴行を加えたシルティアではなく、床に倒れた王子に次々と飛びかかって抑え込み始めたのだから。


 わけが、わからなかった。


「え、エリアル様!?エリアル様っ!!」


 屈強な兵士たちに殴られ縛りあげられていくエリアルに、シルティアに抱きすくめられて動けないクレアは涙声で叫んだ。


「やっやめてください、みなさん……!

王子ですよっ!!

王子様にむかって、そんなこと……!!」


 しかし、そうして訴える間も、兵士たちは拘束の手を止めない。

 クレアは唇を震わせ、すぐそばにあったシルティアの顔を強い眼差しで見上げた。


「シルティア様、なぜこんなことを!

エリアル様が私を愛してしまったからですか!?

だからってこんな……!」


 泣きつくように叫ぶクレア。しかし──


「クレア様……あなたの“エリアル様”って、どなたのこと?」


 シルティアの問いかけに、クレアは言葉を失った。


「……え?」


「“エリアル様”なんてどこにいます?」


「そ、そんなの、ここに──」


 彼女の指が震えながらエリアルを差そうとし、途中で、宙を泳いだ。

 重なるようにして“エリアル”を抑える兵士たちの下で、彼はまだもがいていた。


「ぐっ……ふ、不敬だ!ぼ、僕は王族だぞ!婚約破棄を告げただけで捕えるのか……っ」


 その言葉に、兵士たちの動きが一度、ぴたりと止まる。


「──殿下が、この方に婚約破棄など叫ぶはずがない」


 一人の兵士が低く呟いた。

 そこからは早かった。“エリアル”の胸元からはみ出た小さな黒のペンダントを引く。


「な、やめろっ」


 鎖が引きちぎれた。

 その瞬間、男の顔がぐにぐにと粘土をこねた塊のように“変化”していく。


 クレアは息を呑んだ。 


「あなた……誰ですか?」


 殴られて顔が腫れているのは別としても……“エリアルとは全くの別人”が、そこにいた。

 ざわめきが会場に広がる。


「ど、どういうことですか……」


「ちくしょう……! なんでわかった!?」


 “見知らぬ”男が、荒々しい口調で叫び出した。


「見た目も声も完璧に同じに“変わる”し、婚約者の女は王子の肩書きしか見てねえ奴だから、中身が入れ替わろうが気づきもしねえって聞いて……!」


「やかましいですわね」


 怯えてしまったクレアを後ろの兵にそっと任せ、シルティアは、這いつくばったままの姿勢で怒鳴り散らす男の鼻先を、ハイヒールの鋭利な踵で踏みつけた。


「ヒェッ」


 男の喉が鳴った。


「あら残念ですわ。もう少しでそのよく動く舌をそこに縫い止められましたのに」


 シルティアがにっこりと微笑んでそう言うと、男は涙目になりながら唇を強く噛んだ。


「ええと、なんでしたかしら? ご質問は」


「ああ──どうして貴方が本物の殿下ではないとわかったかでしたっけ」


 黙ったままぶるぶると頷く男に、シルティアは一息ついたのち、冷たい目で答えた。


「簡単なことです──皆様の想像より、わたくしたちは順風満帆な恋人同士だったというだけですわ」

 




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