回想挿入
それは、事件より少し前。
「……殿下。少し、気になる方がいらっしゃいます」
何気ない報告の延長のような口調で、シルティアが口を開いた。
「クレア様の育ての父──神父様です。悪意は感じませんでしたが……“正しさ”に疑いがない方でした」
「正しさ?」
「ええ。信仰と法を、同じ重さで語る方。
……そして、聖女を“導かれるべき存在”として見ておられました」
エリアルは、その時点では深くは追及しなかった。
ただ、その名前を記憶し、近衛に顎を向けた。
──それで、十分だった。
⸻
調査は、水面下で進められた。
王家直属の密偵。近衛の情報網。寄進金の流れ、教会周辺の出入り、過去の人脈。
机の上に並べられた資料を、エリアルは淡々と眺める。
「……王都から離れた町の教会。数年前から、不自然な資金の流入」
「聖女の力が顕現し、学園に入学したあとから増えています」
兵士が補足する。
「王都に使いを出していた形跡もあります。
“聖女との婚姻が進んでいないことを不審に思っていた”と」
「ああ、ね」
エリアルは、特に驚きもしない様子で頷いた。
「“法”と“信仰”を裏切られたと思ったわけだ」
心底どうでもよさそうな声。
「あんな決まり、もう形だけだっていうのにね」
別の資料をめくる。内容は、あの変身のペンダントの流通経路や、外部の協力者の示唆についてが並ぶ。その横顔を見ながら、シルティアの声が少し落ちる。
「……でも、やはり気にされる方はいるということですわよね。ここまでのことをして……」
「シルは気にしなくていいよ。それより」
エリアルは、何気ない調子で付け加えた。
「今朝ね。こんな手紙を受け取った」
差し出された一通の封書。
装飾も格式もない、素朴な文字。受け取ったシルティアが割って中を読みあげた。
『殿下に、どうしてもお伝えしたいことがありますクレアと外部とのやりとりの記録を見つけたのです』
『神の御前にて、お話しできればと存じます』
思わず小さく息を吐いた。
「……怪しすぎる動き、コンプリートじゃありませんか」
冷静だが、若干の呆れを含んだ声。
「うん、ここまで揃うと、逆に親切だよね」
エリアルは笑いながらシルティアから取り上げた手紙を机に置き、指先で軽く叩いた。
「何を考えてるのかは知らない。だけど、ちょうどいい」
視線を上げる。
「──準備は、整ってる?」
「いつでも」
兵士が即答する。
「よし」
エリアルは、にこりと笑った。
「じゃあ、行こうか。
“神の導き”を、ちゃんと聞きに」
そうして、あの捕物劇となった。




