表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

戦え!戦国マン

第参話『鳥無き島の蝙蝠』 長宗我部元親 × 明智光秀

作者: 舞空エコル

 挿絵(By みてみん)


【今回の戦国マンは、この二人!】


長宗我部元親

 生まれつき背が高く、器量も体格も立派だったが、

 色白で無口、挨拶もろくにできない軟弱なうつけ者

 と思われていたので「姫若子ひめわこ」と馬鹿にされていた。

 しかし二十二歳の初陣で目覚ましい活躍を見せて、

 一転「鬼若子」「土佐の出来人」と家臣や領民から

 畏敬されるようになる。さらに家督を継いでからは

 四国統一※を念頭に一領具足いちりょうぐそく※を率いて戦の日々に

 明け暮れ、阿波、讃岐、伊予を次々に平定する。

 一方で尾張の一大名に過ぎなかった信長に早くから

 よしみ※を通じて同盟を結ぶなど時代を見通す目もあり、

 織田で四国 申次もうしつぎ※を務める明智光秀とは姻戚いんせき※の

 斉藤 利三としみつの妹を正室に迎えるなど昵懇じっこんの間柄となる。


明智光秀

 元々は美濃で斉藤道三に仕えていたが、道三が嫡子

 義龍に討たれたため美濃を離れ諸国を放浪。やがて

 越前の朝倉義景に召し抱えられるが、義景を頼って

 越前に身を寄せた室町幕府15代将軍足利義昭の側近

 細川藤孝と意気投合。朝倉家を去ると、義昭が次に

 頼った織田信長の家臣に迎え入れられる。破格とも

 いえる待遇に応え、織田軍団の筆頭として活躍する

 が、やがて信長の言動に疑問を感じ始める。信長は

 信長で、光秀の生真面目だが融通が利かない気性を

 嫌悪するようになり、主従の溝は深まっていった。




 土佐 岡豊(おこう)城 謁見の間。

 明智光秀が無人の上座に向かって正座している。

 思いつめたような暗い表情。

 廊下を踏みしめる足音が聞こえてきて、

 長宗我部元親が入ってくる。

 光秀を見て、懐かしげに微笑む元親。


「明智殿! 遠路はるばる、よう参られた!」

宮内少輔(くないしょうゆう)殿。此度(こたび)拝謁(はいえつ)の栄を賜り、恐悦至極(きょうえつしごく)……」

「堅苦しき挨拶など無用! 田舎のことゆえ、上方の

 ような気のきいた持て成しもできぬが、土佐は酒と

 食い物だけは旨いぞ。存分に堪能して、ごゆるりと

 寛がれよ!」

「かたじけなき御心遣い、痛み入りまする」

「何の…… 信長殿は、息災(そくさい)か?」

「はっ…… ますます…… 」

「それは重畳(ちょうじょう)※。聞いたぞ、(つい)に京に旗を立てたそう

 ではないか! さすがは戦国の風雲児よ! もはや、

 天下を手中に収めるも、遠き日のことではあるまい!」

「さて、左様に易々(やすやす)とは…… 軍神が(たお)れたとは申せ、

 上杉はいまだ強大。関東では北条、中国では毛利が、

 今も我等の隙を、虎視眈々と窺っておりますれば…… 」

「しかし既に畿内と丹波は、光秀殿、貴殿が完膚なき

 までに平らげたそうではないか!今、名の挙がった

 諸侯の国々にも、柴田、滝川、羽柴といった屈強の

 精鋭が遠征し、目覚ましい戦果を上げておるとの由。

 織田軍団の優勢、いっかな揺るぎあるまい!」

(おそ)れながら世の常として、外聞と内実とはいささか

 異なるものに候えば…… 」

「ご謙遜めさるな光秀殿。ご尊家の快進撃、この元親

 も我が事のように嬉しいぞ!」

「…… 我が事の、ように…… ?」

「そうだ。我が嫡男(ちゃくなん)烏帽子親(えぼしおや)※となってくださった

 信長殿は、元親にとって兄も同然! その兄上が、

 天下統一という一大快心事を明日にも成し遂げよう

 となされておる。わしが四国征伐を終えた暁には、

 ()く京に赴き、天下の平定にご加勢(つかまつ)る所存よ!」

「元親殿…… さまでに当家を…… ?」

「おうよ! 長宗我部宮内少輔元親、嘘偽りは申さぬ!

 田舎大名の願いを聞き入れ、国切り取り手柄次第の

 朱印状(しゅいんじょう)※をくだされた、信長殿のご厚意に報いるのみ!」


   元親の言葉を聞いて、視線を落とす光秀。


「…… されば、そのことにござる」

「ん? どうした、光秀殿…… 改まって?」

「こたびは惟任日向(これとうひゅうが)※、織田右大臣(うだいじん)家より直々の仰せを

 宮内少輔殿に申し伝えるべく、参上仕りました」

「お、おお、左様であったな…… うむ、聞こう。

 さ、申されよ!」

「では…… 右大臣家は、長宗我部家の四国切り取りを、

 一切、お認めになられませぬ」

「 ……何…… ?」

「長年の誼に免じて、土佐一国と、阿波二郡の領有は

 許すが、それ以外の阿波・讃岐・伊予については、

 切り取った城と領地を、すべて旧領主に返し、即刻

 兵を引き上げ、分相応に、土佐に留まるべし…… 」

「ま、待たれい、光秀殿! 貴殿は…… 否、信長殿は、

 いきなり何を申されておる?」

言上仕(ごんじょうつかまつ)った通り…… お聞き入れなくば、日を()かず、

 討伐と相成りまする」


 うろたえて、思わず立ち上がる元親。


「ば、馬鹿な…… 信長殿は、如何(どう)なされたのだ? 

 正気の沙汰ではない!」 

「…… 右、しかと申し伝えましてございまする」

「先程わしは、信長殿を兄も同然と申した。この言葉

 に嘘偽りはない…… されど、わしは信長殿を主君と

 呼んだ覚えはないぞ。所領の大きさに違いこそあれ、

 織田家と長宗我部家は大名としては同格。高下(こうげ)※など

 なかろう。それを、何ゆえ信長殿は、家中の臣下に

 対するがごとく、この元親に平然と下知をくだす?」

「元親殿…… 」

「そもそも四国は、この元親が、誰の助けも借りず、

 己が力で切り取ってまいったものだ…… いかさま※、

 天下を臨む信長殿の覇業と、小さな四国の統一など、

 比べるべくもないやも知れぬが、男が生涯を傾け、

 命がけで取り組んでまいった大望、念願ということ

 では同じはず…… わが存念(ぞんねん)を汲みとってくだされば

 こそ、信長殿は、四国切り取り手柄次第の朱印状を

 発してくだされたのではなかったのか? どうだ、

 光秀殿?」

「畏れながら、わが(あるじ)は先頃、阿波の三好笑岩(みよししょうがん)並びに

 讃岐の十河存保(そごうまさやす)の求めに応じ、格別のお計らいで、

 旧領回復の朱印状を下されたばかりにございまする」

「な…… 何だと…… 三好と十河に!? では、わしが

 受け取った朱印状はどうなる? ただの紙切れか!?」

「当時、わが主は上杉謙信と激しく対立…… 他にも、

 石山本願寺、波多野家、毛利家、紀州雑賀(さいが)衆など、

 多くの敵と干戈(かんか)を交えており※、四国の仕置き※など、

 考える余裕すらなき有様にございました。されど、

 元親殿の名代(みょうだい)※として安土(あづち)を訪れた弟御(おとうとご)親康(ちかやす)殿の、

 即妙な受け答えに、しばし戦のことも忘れ、上機嫌

 となった主は、請われるままにあの朱印状を(したた)めた

 のでございます。私もその座に列しておりました」

「つまり…… 信長殿にとって、あの朱印状は、ただの

 座興(ざきょう)であったと?」

「さまでは申しませぬが、親泰殿の才気への、祝儀(しゅうぎ)

 つもりではなかったかと…… 」

「何たること…… わしは、あの朱印状で、信長殿から

 英雄と認められたと思うて、舞い上がっておった。

 信長殿の治める天下と、わしの治める四国とが共に

 栄えることで、新しい日ノ本を作り出せるものと、

 気負いに気負うて、四国を切り取っておった…… 」

「わが主が望むは、あくまでも織田家による天下統一。

 共存共栄の道はござりませぬ」

「…… この元親が信長殿に寄せる思いの丈は、片恋(かたこい)

 過ぎなかったということか…… ?」

「戦国乱世の(なら)いは義や情理に(あら)ず、力にございます。

 今や織田右大臣家は富裕にして強大…… 戦となれば

 土佐征伐の大軍が渡海(とかい)し、この岡豊城も城下の集落

 も、灰燼(かいじん)に帰すまで(ことごと)く焼き払われましょう。

 ご尊家滅亡は避けがたき成り行きかと」

「つまり、貴殿はこのわしに、おめおめと降伏せよと

 申されるか? …… 笑止! 来るなら来い!」


 光秀、思わず膝を進め、身を乗り出す。


「元親殿、元親殿! これよりは織田家名代ではなく、

 一私人、明智十兵衛光秀として、申し上げまする! 

 何とぞ、何とぞ今しばらく、この光秀の言をお聞き

 くださりますよう!」

「むう…… 何だ、申してみよ」

「元親殿のご正室は、明智家の家老・斉藤利三(としみつ)が妹……

 明智と斉藤は古くから姻戚※なれば、ご尊家と明智も

 また縁続きであり、この光秀にとって、元親殿は、

 もはや他人ではございませぬ」

「うむ、そのとおりだ」

「さらにこの光秀、長年にわたり四国申次(もうしつぎ)※を相務め、

 長宗我部家の治める土佐の気風に、心懐かしき思い

 もございます。日々、戦に明け暮れる(それがし)が、遣いに

 訪れた土佐の晴れやかな景色と、元親殿との誼に、

 どれほど心を慰められたかは言葉にも言い尽くせぬ

 ほど……その土佐が、わが主の手で無残にも焼かれ、

 容赦なく滅される様を、光秀、何としても見とうは

 ございませぬ。土佐を蹂躙(じゅうりん)させてはなりませぬ!」

「光秀殿……?」

「此度の申し入れが、いかに理不尽で無法であるかは、

 誰よりもこの光秀が存じ上げております…… されど、

 意地を通して勝てぬ戦に滅びるは、猪武者(いのししむしゃ)の兵法。

 たとえ強者に膝を屈しようと、家と領民を守ること

 こそ、一国を統べる将の矜持(きょうじ)ではございますまいか? 

 ()げて…… 枉げて、お聞き届けの程を!」 


 平伏する光秀を複雑な表情で見下ろす元親。


「光秀殿。貴殿のお気持ち、この元親、よう分かった」

「…… で、では、ご返答は…… ?」

「待たれよ…… その前に、ひとつ尋ねたき仕儀がある」

「何でございましょう?」

「弟の親泰が、信長殿より朱印状を受け取ったあの折、

 信長殿は、面白おかしくこの元親のことを、何かの

 獣に(たと)えられたとの話を聞いた」

「…… そのことにございまするか?」

「左様。親泰にいくら問い質しても、いっかな教えて

 はくれぬ。その責に列座しておられたなら、貴殿も

 聞いておられよう。信長殿は一体何と申されたのだ? 

 是非とも教えてもらいたい」

「…… それを聞いて、如何(いかが)なさるおつもりで?」

「いや、ただ聞きたいのだ。座興の戯れであったやも

 知れぬが、一旦は天下布武(てんかふぶ)※の朱印を押された書状を

 発し、四国切り取り手柄次第を許した、この元親の

 ことを、信長殿は、いかように申しておられたのか。

 それを聞けばわしも、腹を決められようというもの」

「…… されば…… 畏れながら、わが主の申したままに」

「ふむ、何と申された?」

「…… ムチョウノトウヘンプク、と…… 」

「ん? 何だ、それは?」

「すなわち…… 鳥無き島の、蝙蝠(こうもり)…… 」


 元親の顔がみるみる怒りで朱に染まる。


「蝙蝠、だと!? 左様に、左様に申されたのか…… 」

「…… 元親殿!」

「ふむ、鳥のおらぬ島では、ただ飛べるというだけで、

 蝙蝠が幅を利かすと…… なるほど。信長殿は、この

 元親のことを、さまでに…… ぬう! 慮外千万!」

「元親殿、ど、どうか…… !!」

「面白い…… 光秀殿の顔を立て、更に土佐領民のこと

 を思えば、不本意ながら三国を差し出すも已む無し

 と、我が心も揺らぎ、傾きかけておったのだが…… 」

「も、元親殿、お待ちくだされ! この通りでござる! 

 元親殿!」


 元親の袴を掴まんばかりに縋り、平伏する光秀。


「光秀殿、貴殿が頭を下げられることではない。

 面を上げられよ」

「さ、されど…… !」

「是非もなし…… 左様に見縊(みくび)られておっては、三国を

 返すだけで事が収まるわけがない。やがては土佐と、

 この元親の首をも差し出せという仕儀に至るは必定。

 ここで刃向かいて滅ぶも、臣従して後に討たれるも、

 たいして違いはないではないか…… 違うか、光秀殿?」


 光秀、意を決して居住まいを正し、元親を見る。


「元親殿…… かくなるうえは、この光秀の首をもって、

 わが主へのご返答となされよ!」

「光秀殿? 貴殿、何を……?」

清廉(せいれん)にして剛毅(ごうき)なる四国の英雄・長宗我部元親殿に

 討たれるならば、むしろ武門の(ほま)れ。本望にござる。

 光秀、これより他に、取り成す術がございませぬ。

 何とぞ、わが首を、主の元へ!」


 元親、膝をつき、震える光秀の肩に手を掛けて、


「お心を静められよ、光秀殿…… 貴殿は元親の縁戚。

 斬れるわけがないではないか」

「さ、されど…… 」

「このところ、貴殿が信長殿から受けておる仕打ちが

 尋常のものではないことは、わしも利三殿から文で

 知らされておる。此度も見ず知らずの他人を(つか)わす

 ならまだしも、四国申次として当家と長きにわたり

 懇意の光秀殿に、意に沿わぬ名代などを敢えて申し

 付ける信長殿の底意地の悪さ、如何ばかりか……

 元親、心よりご同情申し上げる」

「私のような者に、左様なお心遣い……まことに、

 まことに、かたじけなく……」

「それに、貴殿には、何としても我が返答を安土へと

 持ち帰り、元親の心情を、一言一句違えず、信長殿

 に申し伝えていただかねばならぬ。むしろ、ここで

 首を失うよりも、過酷な務めと相成るやも知れぬが、

 かまわぬか?」

「元親殿! 光秀、この命に代えて…… 」

「かたじけない。では信長殿には、かよう申し伝えて

 いただきたい…… いかさま、四国は鳥無き島なれば、

 蝙蝠が治むるに何の不都合がござろう。異存あらば、

 いつでもお相手仕る。鷹でも不如帰(ほととぎす)でも、良しなに

 仕立てられ、土佐まで参られるがよい。海内(かいだい)無双の

 一領具足(いちりょうぐそく)※が、弱兵と評判の尾張兵を、情け容赦なく

 切り刻み、心胆寒(しんたんさむ)からしめてみせましょうぞ、とな」

「元親殿……光秀、お言葉しかと承りました……されど、

 これにていよいよ、ご尊家滅亡は避けがたき仕儀に……」

(はな)から覚悟のうえ。この元親にとって、四国を取り

 上げられるは、わが命を取り上げられるも同じこと。

 さまでして無様に生き延びるより、天下を睥睨(へいげい)する

 第六天魔王(だいろくてんまおう)※と最後の一戦を交え、せめて一矢を報い、

 華々しく散って名を残したい」

「天晴れなお覚悟…… されば、急ぎ、安土に戻ります。

 これにて、(いとま)乞いを…… 」

「うむ、光秀殿、お名残(なごり)惜しい…… 次に会うときは、

 敵味方に分かれておろうな」

「はてさて、そればかりは…… 」

「ん…… 光秀殿…… 何を…… ?」

「明日をも知れぬ乱世のことなれば、我が身の行く末

 すら定かではございますまい。驕慢(きょうまん)(やから)が、高転び

 に転ぶ日が、いずれ来ぬとも限りませぬ……」

「光秀殿…… 左様に不穏な…… き、貴殿、まさか!?」

「待つのでございます、元親殿…… ただ、ひたすら……

 (あめ)が下、ときが訪れるのを…… 御免!」



※脚注


四国統一

 天正3年( 1575年)土佐を平定した長宗我部元親は、

 伊予・阿波・讃岐へ侵攻を開始、織田信長から四国

 切り取り手柄次第の朱印状も得て四国統一へと邁進

 する。しかし、天下統一を目前に信長が自らしたためた

 朱印状を無視して、元親に切り取った領地の返還と

 臣従を迫ったため両者は激しく対立、信長の支援で

 阿波や讃岐の旧領主の反抗も激化して、四国征伐軍

 も編成され、元親の命運も尽きたかと思われた天正

 10年( 1582年)6月に、大事件が勃発する。本能寺

 の変である。信長の死によって窮地を脱した元親は

 天正 13年( 1585年)ようやく四国を統一するが、

 その時には既に信長に代わる天下人=羽柴秀吉との

 戦いが数週間後に迫っていた。



一領具足いちりょうぐそく


 長宗我部元親が考案した、半農半兵の兵士と組織。

 普段は農民だが、動員がかかると一領ひとそろいの具足

 (=武器、鎧)を身につけ、召集に応じる。



よしみ 


 親しい間柄。親しい交わり。



申次もうしつぎ 


 武家で、取り次ぎを担当する役。奏者。



姻戚いんせき 


 婚姻によってできた血の繋がりのない親戚。姻族。



重畳ちょうじょう  


 この上もなく喜ばしい。きわめて満足。

 感動詞的にも用いる。



烏帽子親えぼしおや  


 武家社会で男子が成人して元服の儀式を行う際に、

 依頼されて仮親として当人の頭に烏帽子を被せる役。



朱印状 


 戦国大名や江戸時代の将軍が花押かおうの代わりに

 朱印を押して発行した公的文書。



惟任日向これとうひゅうが


 様々な功績のあった明智光秀が信長の計らいにより

 天正3年(1575年)朝廷から賜った姓と官職。



高下こうげ


 身分や程度が高いことと低いこと。



いかさま


 きっと。確かに。いかにも。なるほど。

(現代語の「不正」や「いんちき」の意味にあらず)



干戈かんかを交える 


 交戦する。(干は「盾」、戈は「矛」の意味)



仕置き 


 取り締まって秩序を保つこと。



名代みょうだい 


 ある人の代わりをつとめること。または、その人。



天下布武てんかふぶ 


 織田信長の政策。

「武家の政権で天下を治める」等の意味。



第六天魔王だいろくてんまおう 


 信長の通称のひとつ。

 武田信玄が信長に寄越した手紙に、仏教最高権威の

 ひとつ「天台座主」と署名されていたのを揶揄して、

 返信で自らを天台座主の仏敵である第六天の支配者

「第六天魔王」と名乗った。




 挿絵(By みてみん)

        鳥無き島のエコルン


         【作者贅言】

長宗我部元親は本当にまあいろいろと大変だったかも

けど四国は統一したし、三英傑(信長・秀吉・家康)

とも堂々と対等に向き合っていて、いわゆる戦国大名

として名実ともに確固たる存在感や知名度があります。

可哀想なのはその息子の盛親で、四国の雄と称された

父に比べてどれくらい可哀想で不運だったかはとても

紹介するに忍びないので興味のある人は各自チェック

してみてね。関ケ原とかメッチャしんどかったと思う。

あと本能寺の変の原因が純粋に明智光秀の私怨だった

のか、それとも実は誰かに唆されたのか?その辺をば

ネチネチ妄想した長尺の朗読劇用脚本も追って小説化

しますね。お楽しみに♪


 挿絵(By みてみん)

    「我々も骨を折った甲斐がありました」








          ☆予告☆ 

次回「戦え!戦国マン」第肆話は…… 

あの御館の乱を景勝vs景虎 両陣営の視点でお届けする

まさかの前後編二部作:まずは前編『鮫ヶ尾城炎上』

登場する戦国マンは上杉景勝×直江兼続の名コンビだよ!

この次もサービス、サービスぅ♪


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ