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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

処刑台の花嫁〜黒髪の魔女の真実〜

作者: 朧月るの

 雨が降りしきる秋の午後、王都の王立図書館は静寂に包まれていた。羊皮紙の匂いと、古い木材のかすかなきしみ音だけが館内に響いている。


 私、セシリア・ブラックソーンは、いつものように魔術書の棚で古い文献の修復作業に没頭していた。三年前のあの日まで、これが私の平穏な日常だった。


「すみません、古代魔術の文献を探しているのですが」


 振り返ると、そこには金髪を雨に濡らした美しい青年が立っていた。青い瞳には知的な輝きがあり、身なりから貴族とわかったが、傲慢さは感じられなかった。


「こちらでございます」


 私が案内すると、青年は本当に魔術に深い関心を抱いていることがわかった。ただの暇つぶしではない。真剣に学ぼうとする姿勢が、その立ち振舞いから伝わってきた。


「ありがとうございます。僕はアレクサンドルと申します」


 まさか王太子だったとは、その時は知る由もなかった。


 週を重ねるごとに、アレクサンドル殿下は図書館に通うようになった。最初は魔術書の解説をするだけの関係だったが、やがて私たちは国の未来について、民の幸せについて、そして互いの夢について語り合うようになった。


 殿下の瞳は、政治の汚濁に染まっていなかった。純粋で理想に満ちていて、この国をより良くしたいという願いが本物であることが伝わってきた。


「セシリア、君と話していると心が安らぐ」


 殿下がそう言った時、私は自分が恋に落ちていることを認めざるを得なかった。身分違いの恋だと分かっていても、心は止められなかった。


 そして、信じられないことに、殿下もまた私を愛してくれていた。


 図書館の奥の小部屋は、私たちの秘密の楽園となった。魔術書に囲まれながら語り合う時間、彼の手が私の手に触れる瞬間、微笑みかけてくれる優しい眼差し。それらは私の人生で最も幸せな記憶となった。


 だが、幸せな時間は長くは続かなかった。


「アレクサンドル、お前の結婚相手は既に決まっている」


 図書館の片隅で、偶然立ち聞いてしまった王妃エリザベータの冷たい声。


「隣国エルフハイム公国のイザベラ姫との婚約を正式に発表する。来月には婚約式を行う」


「母上、私には愛する人が―」


「身分をわきまえなさい!あの平民の娘のことなど忘れることです」


 王妃は私たちの関係を知っていたのだ。そして、絶対に認めるつもりはなかった。


 その夜、殿下は私に会いに来た。その表情を見ただけで、全てを理解した。


「セシリア、君を守りたい。でも、僕には……」


「わかっています」私は微笑んだ。心は引き裂かれそうだったが、愛する人を困らせたくはなかった。「殿下の幸せを願っています」


 だが、王妃はそれで満足しなかった。私の存在そのものが邪魔だったのだろう。恐ろしい計画を立てたのだ。


 私を魔女として処刑することを。


 最初の異変は、殿下の婚約発表の一週間後に起きた。王宮の使用人たちが原因不明の病気に倒れ始めたのだ。高熱と幻覚に苦しみ、うわ言で私の名前を呟く。


「セシリア・ブラックソーンに呪われた」

「あの女の魔法にかかった」


 そんな噂が王宮を駆け巡った。


 次に起きたのは、王の愛馬の変死だった。朝、馬番が馬小屋で発見した時、愛馬は恐怖に歪んだ表情で息絶えていた。そして、馬の傍らには私の髪飾りが落ちていた。銀細工の美しい飾りは、殿下からの贈り物だった。


「これは魔女の呪いだ」

「セシリアが王家に呪いをかけている」


 宮廷魔術師ベルナルドが調査し、邪悪な魔術の痕跡を発見したと報告した。その証拠とやらを見せられた時、私は戦慄した。完璧に偽装されていたのだ。


 そして決定的だったのは、王の病気だった。政務中に王が突然倒れ、高熱に苦しみながら「セシリア」の名前を繰り返し叫んだのだ。


「魔女セシリア・ブラックソーンが陛下を呪い殺そうとしている!」


 こうして私は逮捕され、今日処刑されることになったのだ。


 全ては王妃の仕組んだ陰謀だった。使用人の病気も、馬の死も、王の病気も、全て毒や薬物によるものだろう。髪飾りも王妃が仕込んだに違いない。そしてベルナルドも王妃に買収されているのだ。


 でも、誰も私の言葉を信じてはくれなかった。証拠は完璧に偽装されていたのだから。


 処刑台の上で、私は群衆を見下ろしていた。何千人もの民衆が私に罵声を浴びせている。


「国王陛下を呪い殺そうとした大罪人め!」

「魔女は死ね!」

「この国に災いをもたらした悪魔め!」


 秋の冷たい風が私の頬を撫でていく。空は鉛色に曇り、いつ雨が降り出してもおかしくない天気だった。群衆の怒号は雷鳴のように響き、処刑台を取り囲んでいる。


 貴族席では、王妃が満足そうに微笑んでいる。その隣で、殿下は苦悶の表情で私を見つめていた。だが、その視線は時々、処刑台の執行人の方へ向けられていた。殿下の手が小さく動いているのが見えた。


 執行人が小さく頷くのを、私は見逃さなかった。


 ああ、やはり最後まであなたは演技をするのね、アレクサンドル様。でも大丈夫。私にも準備がある。あなたの計画通りに「死んで」あげましょう。そして、真実を暴いてあげる。


「最後に何か言い残すことはあるか」


 執行人が問いかけると、民衆はさらなる罵声を期待して身を乗り出した。


「ええ、あります。皆さん、どうか私の話を聞いてください」


 私は深く息を吸い、決意を固めた。


「私は確かに魔女です。でも、皆さんが思っているような悪い魔女ではありません」


 処刑台から響く私の声に、ざわめきが起こった。群衆の中で困惑の表情が広がり始める。


「この三年間、私は密かにこの国を守ってきました」


 これは真実だった。図書館で古代魔術を研究していた私は、この国を脅かす様々な危機を察知し、密かに対処していたのだ。


「隣国ゾルディア帝国が侵攻を計画している時、国境に結界を張って阻んだのは私です」


 あれは一年前の春のことだった。古い魔術書の中に、帝国の密偵が残した暗号文を発見したのだ。解読してみると、大規模侵攻の計画が記されていた。私は夜中に国境まで馬を走らせ、古代の結界術を使って強力な防御結界を設置した。


「昨年の大飢饉の時、密かに作物に成長促進の魔法をかけて収穫を増やしたのも私です」


 冷夏が続き、作物の生育が悪かった年だった。民衆が飢えで苦しむのを見ていられず、私は夜な夜な農地を回って成長魔法をかけていた。おかげで予想よりもはるかに多くの収穫を得ることができた。


「今年の春、王都で疫病が蔓延し始めた時、浄化魔法で感染拡大を食い止めたのも私です」


 これも事実だった。貧民街から始まった疫病を、私の浄化魔法で封じ込めたのだ。


 群衆の表情が少しずつ変わり始めた。怒りから困惑へ、そして疑念へと。ざわめきが大きくなっていく。


「嘘だ!」貴族席から王妃の声が響いた。「そんなことができるはずがない!」


「嘘かどうかは、私の死後すぐにわかるでしょう」


 私は王妃を見据えて言った。その瞬間、王妃の顔に恐怖の影が走ったのを見逃さなかった。


「私が設置した結界が失われ、帝国の侵攻が始まるでしょう。私が魔法をかけていた作物は枯れ始め、来年は大飢饉となるでしょう。そして、私の浄化魔法が途切れれば、疫病が再び蔓延するはずです」


 民衆がざわめき始めた。不安と疑念が波のように広がっている。子供を抱いた母親が不安そうに隣の人と囁き合い、老人が眉をひそめて私を見つめている。


「なぜそんなことを?」執行人が問うた。


「愛するアレクサンドル様のためです」


 私は王太子を見つめた。彼の目には涙が光っている。演技だとわかっていても、胸が締め付けられた。


「そして、この国の善良な民のためです。私は生まれ育ったこの国を愛しています。例え私が魔女として憎まれようとも、この国の人々の幸せを願わずにはいられません」


 これは偽らざる本心だった。王妃に陥れられ、民衆に憎まれても、やはりこの国を愛している。この美しい土地と、そこに暮らす人々を。


「でも、もうそれも終わりです。今日、私は死にます。そして―死んでなお、最後の魔法をかけさせていただきます!」


 私は全ての魔力を振り絞って呪文を唱えた。本当は、これは「強制自白の魔法」だった。事前に王宮の飲み水に仕込んでおいた魔法の粉が、七日間かけて効果を発揮する。権力者たちが隠していた秘密を、意思に反して白状してしまうのだ。


「私、セシリア・ブラックソーンは、己の命と魂を捧げ、真実を暴く呪いをこの国にかけます!」


 処刑台が眩い光に包まれる。魔法陣が青白い炎となって宙に浮かび上がり、群衆から驚きの声が上がった。


「今より七日間、この国の権力者たちに隠された真実が暴かれるでしょう!秘密は明かされ、嘘は白日の下に晒されます!」


「やめろ!」王妃が立ち上がった。顔は青ざめ、手は震えている。「今すぐ処刑を執行しろ!」


 だが、もう遅い。魔法は既に発動している。


「真実の光よ!この国を照らし、愛と正義を示せ!」


 私の叫びと同時に、執行人の斧が振り下ろされた。


 意識が暗闇に沈む直前、私は殿下の悲痛な叫び声を聞いた。


「セシリアーーーー!!」


 その声は、本当に心の底から絞り出されたもののように聞こえた。


 セシリアの処刑から一日後、王宮で異変が始まった。


 朝の政務会議で、財務大臣が突然立ち上がり、まるで操り人形のように口を開いた。


「私は国庫から金を盗んでいました!」


 会議室にいた全員が凍りついた。


「三年間で十万金貨を着服しました!私の屋敷の地下に隠してあります!」


 財務大臣は自分の口を両手で押さえたが、言葉は止まらなかった。


「なんで言ってしまったんだ……止められない……」


 財務大臣の顔は青ざめ、額に脂汗が浮かんでいた。


 その後も異変は続いた。侍従長が愛人との不倫を、宮廷魔術師が研究費の横領を、騎士団長が武器調達での賄賂受取を、次々と白状し始めた。まるで見えない力に操られているかのように、隠していた秘密が次から次へと暴露されていく。


 そして午後、決定的な告白が起こった。


 王妃エリザベータが、突然王の前で叫んだのだ。


「私が隣国エルフハイム公国の大公と密通していました!」


 王座の間にいた全員が息を呑んだ。


「十年間、この国の軍事機密を全て流していました!イザベラ姫との婚約も、この国を公国の属国にするための計画でした!」


 王の顔が青ざめた。愛していた妻の口から出る、信じられない言葉。


「エリザベータ……まさか……」


「止めたいのに止められないの!」王妃は涙を流しながら続けた。「セシリアは無実よ!全部私が仕組んだの!あの子は何も悪くない!私が全部……全部でっち上げたのよ!」


 王宮は大混乱に陥った。衛兵たちは誰を信じていいのかわからず、貴族たちは右往左往している。


 二日目、宮廷魔術師ベルナルドが王宮の中庭で絶叫していた。


「私が証拠を偽造しました!セシリア様は無実です!」


 集まった群衆が騒然となった。中庭を取り囲む人々の顔には、怒りと困惑が入り混じっている。


「王妃様に金貨千枚で買収されて、魔術の痕跡を偽装したんです!使用人の病気は毒でした!王の愛馬は毒矢で殺しました!髪飾りは王妃様が私に渡して、現場に置くよう命じられたんです!陛下の病気も、王妃様が毒を盛ったんです!」


 群衆の間に怒りの声が上がった。


「セシリア様を嵌めるために、全部仕組んだんです!私は……私は金欲しさに無実の人を死に追いやった!許してください!許してください!」


 ベルナルドは泣きながら地面に這いつくばった。その姿に、群衆からは軽蔑の視線が向けられる。


 三日目には、王妃に買収されていた使用人たちも次々と真実を白状した。セシリアの部屋に証拠品を隠していたこと、嘘の証言をしたこと、全てが明かされた。


 そして四日目、ついに王妃の陰謀の全貌が明らかになった。


「私はセシリアが憎かった!」王妃は涙を流しながら叫んだ。「息子があんな平民の娘に夢中になって、政略結婚を拒むなんて許せなかった!だから殺そうと思ったの!魔女として処刑すれば、息子も諦めると思ったの!」


「でもそれだけじゃない!」王妃は続けた。「私は隣国に王国を売り渡すつもりだったの!エルフハイム公国の大公の愛人になって、この国の女王として君臨するつもりだったの!セシリアはその計画の邪魔だったの!」


 王は椅子にもたれかかって呟いた。


「なんということだ……愛する妻が……」


 アレクサンドル王太子は拳を握り締めていた。


「セシリア……君は本当に無実だった……僕は……僕は君を守れなかった……」


 七日間の真実の嵐が過ぎた後、王国は完全に変わっていた。


 王妃エリザベータは反逆罪で処刑され、買収されていた貴族や官僚たちは全て失脚した。エルフハイム公国との婚約も破棄され、逆に公国の陰謀を他国に暴露することで、外交的優位に立つことができた。


 王は責任を取って退位し、アレクサンドル王太子が即位した。新王となったアレクサンドルは、腐敗した政府を一新し、民衆のための政治を始めた。


 そして、セシリアの墓には毎日花束が供えられるようになった。白い薔薇、青い忘れな草、黄色い向日葵。色とりどりの花々が墓石を彩り、香りが風に運ばれていく。


「セシリア」アレクサンドル王は墓前で呟いた。「君の愛が国を救った。君なしでは、僕は……この国は滅んでいた」


 民衆は今、セシリアを聖女として崇めている。邪悪な魔女から愛の殉教者へ、彼女の物語は完全に書き換えられた。街角では吟遊詩人が「聖女セシリアの歌」を奏でている。


 それから一年後の秋の日。アレクサンドル王は、国境近くの小さな村を視察していた。


 村は豊かに実っていた。セシリアが魔法をかけたという作物は、彼女の死後も不思議と良い収穫を続けていた。まるで彼女の愛が土地に宿っているかのように。


 村はずれの丘を歩いていると、一軒の小さな石造りの家から老婆が出てきた。腰は深く曲がり、白髪を布で覆った、みすぼらしい身なりの老女だった。


「おや、まあ、王様ではございませんか」


 忘れるはずのない聞き覚えのある声に、王の心臓が跳ね上がった。その声は、夢にまで見た懐かしい響きを持っていた。


「まさか……その声は……」


 老婆はゆっくりと振り返り、微笑んだ。その瞬間、魔法が解けて美しい黒髪の女性の姿が現れた。少し痩せてはいたが、間違いなくセシリアだった。あの日と変わらない、深い海のような瞳で王を見つめている。


「お久しぶりです、アレクサンドル様」


 王は震える手で彼女の頬に触れた。温かい。生きている。


「セシリア……君は……本当に君なのか?」


「はい」


 王は彼女を抱きしめた。一年間抑えていた感情があふれ出し、涙が止まらなかった。


「君は……死んだはずでは……僕は確かに君の血を……」


「『死の偽装』の魔法です」セシリアは王の胸で微笑んだ。「処刑台では、死体の幻影を作り出していました。本物の私は、事前に掘っておいた地下の隠し部屋に隠れていたのです」


「それでは、あの血は……」


「鶏の血です。事前に仕込んでおきました。そして夜中に、協力者に本物の私を運び出してもらったのです」


 王は困惑した。


「協力者?でも君を助けようとする人なんて……」


「村の老魔女エルミナです」セシリアは振り返り、丘の向こうを指差した。「私の魔法の師匠で、唯一事情を知っていた人です。彼女が全てを手配してくれました」


「でも、どうして一年も姿を現さなかったんだ?僕は毎日君の墓に……」


「見ていました」セシリアは優しく微笑んだ。「あなたが毎日花を供えてくれるのを、遠くから見ていました。あなたが新しい王として国を立て直すのも見守っていました」


 王は首を振った。


「君がいない間、僕は地獄だった。君を失って初めて気づいたんだ。僕が君を本当に愛していたことに」


 セシリアは王の頬に手を当てた。その手は少し荒れていたが、変わらず温かかった。


「私もあなたを愛しています。ずっと、愛していました」


 夕日が二人を照らしていた。金色に染まった空の下で、二人は長い別れを埋めるように抱き合った。


 その後、セシリアは正式に復活し、アレクサンドル王と結婚した。王国中が二人の愛に祝福を送った。一度は死に別れた恋人たちの奇跡的な再会は、まさにおとぎ話のようだった。


 結婚式は盛大に行われた。王都の大聖堂には数千本の蝋燭が灯され、美しいステンドグラスが虹色の光を投げかけていた。セシリアは純白のドレスに身を包み、王の隣に立った。


「愛する民の皆様」セシリアは群衆に向かって言った。「私は一度、皆様に魔女として憎まれました。でも、今は愛をもって迎えてくださっています。ありがとうございます」


 群衆は大きな拍手で応えた。


 セシリアの知恵と魔法により、王国はかつてない繁栄を享受した。農業は豊かになり、隣国との関係も改善し、民衆の生活も向上した。街には笑い声があふれ、子供たちは安心して遊び回ることができるようになった。


 そして二年後、二人の間に双子が生まれた。男の子アルバートと女の子エルミナ。どちらも父親似の金髪と青い瞳を持ち、幼い頃から母親譲りの魔法の才能を見せた。


 ある夜、城の書斎でセシリアが双子に子守唄を歌っているのを、アレクサンドル王は扉の隙間から見つめていた。暖炉の火が部屋を温かく照らし、家族の幸せな時間が流れている。


「お母様、お父様はお母様のこと、本当に愛してるの?」


 五歳になった息子アルバートが突然尋ねた。無邪気な瞳で母親を見上げている。


 セシリアは微笑んだ。


「もちろんよ、アルバート。なぜそんなことを?」


「だって、お城の人たちが『王様は最初、別の理由でお母様に近づいた』って話してるの」


 娘のエルミナも頷いた。


「『お母様は王様の計画を知っていたのかしら』って」


 王は扉の向こうで息を呑んだ。使用人たちの噂話を子供たちが聞いてしまったのか。


 セシリアは少し考えてから答えた。


「人は最初の理由と、本当の気持ちが違うことがあるのよ。お父様とお母様も、最初はお互いを必要としていただけだったかもしれない。でも、一緒にいるうちに本当に愛し合うようになったの」


「じゃあ、僕たちは愛されて生まれたの?」


「もちろんよ。あなたたちは、お父様とお母様の本物の愛から生まれたのよ」


 王は少し安堵した。


「でも」セシリアは続けた。「もし将来、お父様が私を裏切るようなことがあったら……」


 セシリアは双子の頬に優しく触れた。


「その時は、あなたたちがお母様を守ってくれるかしら?」


 双子は嬉しそうに頷いた。


「うん!お母様を守る!」

「お母様の魔法、教えて!」


 王はそっと扉を閉じて立ち去った。


 翌日の夜、城の書斎で二人だけで過ごしていた時だった。


「セシリア」アレクサンドル王が愛妻を見つめながら言った。「僕たちは本当に運命の人だったんだな」


 セシリアは微笑んで、手元の古い革表紙の本を閉じた。暖炉の炎が本の表面を赤く照らしている。


「ええ、そうですね」


 王はその本に目を留めた。見覚えのある革表紙だった。


「それは何の本だい?」


「古い本です。もう用済みになったので、明日燃やしてしまおうと思って」


 王は何気なくその本を手に取った。重厚な革表紙には、金糸で文字が刺繍されている。読んでみると、それは……


「これは何の本だい?」王は革表紙を見つめた。


「あなたの日記です」


 王の顔が青ざめた。


「『王室復讐計画』と表紙に書いてありますね。図書館の奥で見つけました。とても興味深い内容でしたよ」


 セシリアは本を開いた。王の筆跡で書かれた文字が、炎の光に浮かび上がる。


「『母の陰謀を阻止するため、図書館の司書を利用する。知的で魔法の才能があり、感情移入しやすそうなセシリア・ブラックソーンが最適』」


 セシリアは王を見上げた。


「『彼女に恋愛感情を抱かせるため、愛しているふりをする。復讐心を煽り、魔女として処刑させる。その復讐劇を利用して腐敗した貴族を一掃する』」


 王は俯いた。


「そして最後にはこう書いてあります。『計画終了後、証拠隠滅のため、セシリアの生死に関わらず、彼女との関係は完全に断つ』」


 セシリアは日記を閉じた。


「でも、あなたは私の『死』を見て泣いていましたね。あれは演技だったのですか?」


 王は顔を上げた。目には涙が浮かんでいた。


「違う……あれは……」


「本物でしたね」セシリアは優しく微笑んだ。「私がいなくなった一年間、あなたは毎日私の墓参りをしていました。それも演技ですか?」


「僕は……君を失って初めて気づいたんだ。僕が君を本当に愛していたことに」


「私もです」セシリアは王の手を取った。「最初はあなたの計画を知っていて、利用されるふりをしていました。でも、途中から本当にあなたを愛するようになってしまった」


「君は……最初から僕の計画を?」


「図書館であなたの日記を見つけた時から」セシリアは微笑んだ。「でも、騙されるふりをするのも悪くないと思ったんです。あなたより一歩先を行けるかもしれませんから」


 王は苦笑いした。


「君の方が上手だった」


「でもあなたの愛は本物になった。私の愛も本物になった。それで十分じゃないですか?」


 王は頷いた。そして、ふと双子のことを思い出した。


「昨夜の子供たちとの会話……君は僕が聞いていることを知っていたな?」


「もちろん」セシリアは楽しそうに笑った。

「でも、あれは本心でもあります。もしあなたが私を再び裏切ろうとしたら……」


 セシリアは王の耳元に唇を寄せて囁いた。


「今度は本当に、あなたを『処刑』するかもしれませんよ」


 王は震えながらも、妻を抱きしめた。恐ろしくも美しい妻を、心から愛していた。

[短いあとがき(真面目)]

最後まで読んでくださり、ありがとうございました!!!!

面白かったら☆評価で応援してくださると嬉しいです!

普段はもっとゆる〜いお話を書いていますので、よかったらそちらも覗いてみてください。


[長いあとがき(深夜テンション)]←上の続きです、作者のお喋りに付き合ってくれる方!

※以下、深夜テンションにつきキャラ変わっております。普段はもっと真面目……なはず!

……それにしても今回は本当に難しかったです。いや、もう本当に! ところが都合の良いことに完成した瞬間、今までの苦労をきれいさっぱり忘れて「やっほーい!」と浮かれておりました。真っ暗な部屋の中、ひとり喜びの舞を踊っておりました。 その勢いのまま、「次は別視点のお話もいいかもしれない」なんて考えております。 (え、本当にできるのか?と未来の自分に問いかけながら……後悔してたらどうぞ笑ってやってください)

改めまして、ここまで読んでくださった皆さまに心より感謝申し上げます。ありがとうございました!!

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― 新着の感想 ―
図書館に日記置いてあるのが面白かったです笑笑 ファンタジー要素そこか
ローファンタジーじゃなくね?
汚職政治家をどうにかしても、飢饉や疫病はどうにもならないじゃん。 からの、 国が1年持ったということはどこかで魔女は生きてるじゃん。 からの、 魔女が生きていた事に王子は関与していなかったのか。 から…
感想一覧
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