第二十二話:波乱の幕開けは元鞘から始まる
「呉羽! おはようございます!」
「ああ、おはよう!」
私は彼に向かって手を振る。
それに答えるように、彼も笑顔で手を振る。
その眩しい笑顔……。
はぁ~、多分いま凄く顔がほにゃほにゃになっている気がしますぅ~。
これじゃあ、バカップルって噂されても文句は言えません。
目立つのは嫌です。でも、でも~!
もうあんな風に会えなくなる方がもっと嫌だって気付きました。そして、こうして一緒に登校できる事がどんなに幸せか、しみじみと実感しています。
「おぉ……また随分と重量が……」
「えへ☆ 張り切っちゃいました!」
呉羽は私の手からお弁当を受け取ると、当たり前のように空いた手を握ってくれる。
勿論恋人繋ぎです!
あの仲直りした日。
暫くはあの場でイチャイチャしていたんですけど、バイトの途中だって気付いて慌てて戻ったけど閉店になってて、そしたら姉が出てきて今日はもう閉めるから二人でゆっくりしなさいと……。
何かその時の姉、凄く疲れた顔をしていたような気がするんです。絶対杏也さんだ……。
ま、まぁ、そんなこんなで呉羽と一緒に私の家に行って、ご飯とか作って、呉羽が今まで何してたか正じぃの課題をやりながら聞いて……。
正じぃが如何に超人か聞かされました。
そして、正じぃ……ピーちゃん達の声を聞いたと……。
俄には信じられませんが、その事を語る呉羽の顔は少しお疲れ気味でしたが真剣でした。
私は呉羽の事を信じます。
「あ、そーいえば」
「どーした?」
ふとある事を思い出して立ち止まった私に、呉羽も手を繋いでいる為に止まります。
不思議そうに首を傾げる彼に、私はある本について語る事にしました。
それは、この前海外にいる祖父が送ってきた本について。
オヤジ達シリーズの英語版。
その中の『羆の鳴くコロニー』という本。
いやね、こうとしか訳せなかったんだよ。
読んでみたら明らかにオヤジ達の偽物でした。
まず、るみ子が居ないし。
代わりに『Saki Sakuraba』という女スパイが出てきて、コードネームも『blossom』だった。
内容は、ある日その女スパイに出会った『Syouichi Senryuu』という普通の青年が、正義の見方として『J』という悪の秘密結社と戦うという特撮ヒーローっぽい物でした。
何か『rose house company』の支社長の友人が居て、その友人が所有する忍者屋敷があってそこで修行して主人公は強くなる。修行を付けてくれるのは、お金持ちの友人の家に代々仕える忍者で『Iris』と名乗っていました。最後には主人公は悪の秘密結社を壊滅させ、女スパイと結ばれて終わる。
「……それって、偽物っていうよりオヤジ達シリーズと勘違いされた別物じゃないか?」
「でも、作者名の所『万城目 仁八』になってましたし……」
作者名の所は、漢字の名前と共にローマ字も表記されていた。それは、他のオヤジ達シリーズと全く同じ仕様。
それに……。
「何よりも、今まで読んだオヤジ達シリーズに負けず劣らず面白かったんですよぅっ!」
偽物だとして、それが一番悔しかった。
名前を騙ったにしては、その物語は面白すぎたのだ。
「なぁ、ミカ……」
「何ですか?」
「もしかしてそれって未発表の物なんじゃないか?」
「え?」
「何か理由があって、日本では発表できなかったとか……」
「………」
「若しくは、それってオヤジ達シリーズのプロトタイプとか……」
「っ!!」
私はハッとして呉羽の顔を見た。
なるほど、有り得ます。
でなければこんな面白い筈がありません。
文章だって、似せたにしては本人そのものですし。
これは、意図せずして超レアな物を手に入れてしまったのでは。
「あ! そういえば、今度サイン会があるそうですよ!」
「マジでか!?」
「はい! マジです!
それでその時に、これについて聞けばいいんじゃないかと!」
「ああ、いいんじゃないか?」
「うふふー、一緒に行きましょうね、サイン会。今から楽しみです♪」
これってデートですか!? デートですよね!
ムッハー! 俄然テンションが上がりました!
そんなテンションの私は、周りからの『リア充』やら『爆発』等の言葉なんか聞こえません。
ルンルン気分の私に、呉羽がぽつりと聞いてきました。
「そういや……カーリー、って知ってるか?」
「へ? カーリーですか?」
「ああ、何かオレらが喧嘩してっ時に帰り道で待ち伏せてる奴が居てさ。『早く仲直りしろ』って言い去ってった奴なんだ」
「カ、カーリーがそんな事を……」
「やっぱり知ってる奴だったんだな。本名も名乗らず、あだ名だけ名乗ってったんだぜ?」
「カーリーは私が付けたあだ名です。いつも止めろって嫌がっていたのに……」
「何だ、結構仲いいのか?」
「仲いいというか、隣の席で……ツンデレと言えば、ツンもデレも無いオールマイティ無関心だーという鉄板ギャグを繰り出す愉快なクラスメイトです」
「プッ、なんだそりゃ」
そう言って目を細める呉羽は、とても優しい顔をしていて思わずキュンて胸が苦しくなりました。
そんな彼に抱きつきたくて仕方がない。
ハッ、駄目です! こんな公衆の面前で!
ただでさえバカップルと言われているのに、更に破廉恥カップルと言われてしまいます!
ああ、それにしても……。
まさかカーリーがそんな事をしていたなんて……。
やっぱりツンデレです。これは是非とも追求しなければ。
あ、そーいえばバカップルで思い出したけど、後輩君二人にはどう説明しましょう。元気君にみこと君……。
これって騙してた事になりますもんね。しかも我が心の師匠の名、斉藤陽子を騙ってしまっているし。
早いとこ訂正せねば……。
『ええ!? 先輩ってあのバカップルだったのかよ!?』
『しかも他人の名前を騙るなんて……見損ないましたよ先輩』
なんて事になりかねません!
折角できた自分を慕ってくれる可愛い後輩。やっぱり正直に言って謝るべきですよね。
でも、許してくれるかな……。
「どうした、ミカ?」
「え?」
「何か眉間に皺寄ってるぞ?」
「え!? 本当ですか!?」
呉羽の指摘にもにもにと眉間を揉む。
序でに呉羽に元気君とみこと君の事を話してみる事に。
そういえば、一回見てますよね、確か。
すると呉羽は覚えているようで、「ああ、あん時の……」とぽつりと呟く。
「あのさ、後輩と仲良くすんのは構わねーけど、あんま必要以上に親しくすんなよ」
「え? 何でですか?」
「だって相手は後輩でも男だろ?」
「? はい」
「つまり、オレ以外の男とあんましたしくなんねーで欲しいんだよ」
「えっ!?」
私は目を見開いて彼を見上げます。見上げた先で、気まずそうに顔を逸らす彼の耳は真っ赤でした。
えっと、つまり……。
ヤキモチ?
思わずバッと口元を隠す私。
だってこうしないと奇声を発しそうなんですもん。
どうしよう。口がニヤけます。
「あの執事の事があってから、こういうのはハッキリ言おうって決めたんだよ。どんなに情けなくても、さ」
「う、うん」
「だからミカも何かあったらハッキリ言ってくれよ」
「うんっ」
キュッと互いに繋いだ手に力が入って、ぴったりと隙間無く合わさる。
まるで私たちの心みたいに。
「あ゛! 吏緒お兄ちゃんには何て言いましょう!?」
そういえば、浮かれすぎて吏緒お兄ちゃんには何も言ってなかった。
私の言葉を聞いて、呉羽の顔つきが不機嫌な物になる。と、同時に血の気も引いているような気も……。
何かブツブツ呟きだした。
「くっ、執事野郎か……力で敵うか……でも正じぃの修行……成果……」
「く、呉羽!? 私も一緒に謝りますから! お仕置き一緒に受けますから!」
「いや、駄目だ! これはオレが立ち向かわなきゃならない事なんだ! ……それに、お仕置きなんて言って、ミカに執事野郎が何すんのか分かったもんじゃねぇ……(ボソッ)」
「え? なんて?」
「いや、何でもねえ。とにかく、執事のお仕置きだの何だのは全部オレが責任もって引き受けるから! 気にすんな!」
「でも……はい」
何か、正義のヒーローみたいな台詞の後の言葉は聞こえませんでしたが、一緒にお仕置きをというのは必死な顔で止めるので諦めました。
そうしている内に学校の門が見えてきて、周りの生徒の視線も増えてきたように感じる。
そしてその中に、酷く殺気のこもった視線もあったのだけれど、幸せいっぱいで浮かれている私は見逃してしまったのでした。