第二十一話:ようやく仲直り
はぁ……どうしましょう……。
私はショーウィンドウの中で、ぼぅっと外を眺めている。
何だか外に母と同じくらいの女性が、こちらに向かってカメラを構えているけれど、それさえも目に入らないくらい私は心此処に在らずという状態に陥っていた。
まさか、その女性があのロリータ三人衆が一人黒苺の母親などと思うわけなく……。
しかも、黒苺とカーリーが兄妹で、この女性が彼のあの愛情たっぷりのお弁当を作っている本人だとは知る由もなく……。
も一つおまけに、後に彼女のおば様ネットワークにより、ドール教信者が全国的に広がるなんて、天地がひっくり返ったって予測できるわけもなく……。
とまあ、それは後で詳しく語るとして……。
とにかく、今の私には何も頭に入ってこないのである。
そう、呉羽の事以外は……。
乙女ちゃんとガールズトークという愚痴大会を開催してから早五日は経過していた。
それなのに、ガールズトークのメインテーマであった呉羽と、全く連絡がつかずにいたのだ。
お母上に聞いても、
『元気にやってるから大丈夫大丈夫! 今山で修行中だから! その内逞しくなって帰ってくるから!』
とか言って、肝心の呉羽の居場所とか連絡先とか教えてくれなかった。
今時山で修行なんて、きっと私を元気づける為のお母上の冗談に違いない。
ううっ、お母上……ごめんなさい。全然笑えなかったです……。
それとも、お母上に嫌われちゃって、それで教えてくれないなんて……無きにしもあらず……。
そんな最悪の考えが頭をよぎり、ショーウィンドウの中でウーンウーンと唸っていると、何を勘違いしたのか姉が入ってきた。
「ミ、ミカちゃん!? どうしたの!? お腹痛い!?」
「ちげーますよ。どっかの誰かさんのせいで、呉羽との仲が拗れに拗れ、今現在進行形で音信不通なんですよ。ケッ」
何とも投げやりに言ってやれば、姉は酷くショックを受けた様に両手を頬に当てよろめいた。
「ミ、ミカちゃんがヤサグレてるー! そんな全身ピンキーメルヘンな格好で言わないでー!!」
姉には姉のこだわりがあるんでしょうが、そんなん私の知ったこっちゃねーんですよ。ケッ。
もうこうなったら、このメルヘンソファーでふんぞり返ってやるわ!
「キャー! ミカちゃん止めて! 今日のコンセプトは純粋可憐な女の子なの! お人形抱えて小首を傾げてるのが通常仕様なの!」
「人形ってこれですか、コノヤロー」
「イーヤー! 足持って振り回さないで! 首捻り取ろうとしないで! 純情可憐が一気に猟奇ホラーになるぅ!」
「あは☆ 二人ともー、お客様放っといて何やってるのぅ? 喧嘩ならお家でやってねぇ♪」
何だか段々姉の反応が面白くなってきた所で、杏ちゃんが通常よりも声の甘さを3割り増しにして注意してきた。
恐らく苛ついているなとは思ったけれど、何かその顔をみたらムカムカとしてきて……。
そういや杏也さんが諸悪の根元じゃなかったっけ?
そう思ったら、殆ど無意識に行動していた。
「全部あんたのせいですやん」
私は無表情で持っていた人形を杏ちゃんに投げつけていた。
きっと心の何処かに恐怖があったのだろう。何故か出た言葉は似非関西弁だった。
そして投げた瞬間に「あ、やっちまった」と思ったわけで……。
「ひ、ひいぃぃっ!! ミ、ミカちゃんっ、なんて恐ろしいことをっ!!」
「………」
投げた人形は、杏ちゃんによっていとも簡単に受け止められてしまった。
あ、あうっ、杏ちゃんの笑顔が輝かんばかりに……こ、こわひ。目がっ、目だけが絶対零度です。
ひぇっ、よく見たら額に血管浮き出てますよぅ~。
杏ちゃんは無言で受け止めた人形の服装を整えると、ゆっくりと私に近づいてきた。
それは本当にゆっくりで、簡単に逃げ出せそうな早さなのにも関わらず、まるで足が凍り付いてしまったかのように動かない。
ひいぃぃっ、冷気がっ! 冷房なんてつけてないのに冷気が漂ってくるぅ!!
ハッ! これは暗黒執事リオデストロイに続くサンバトラー怪人第二段!
鬼 畜 怪 人 オ カ マ ヤ ン !
説明しよう! 鬼畜怪人オカマヤンとは、地上の騙されやすい男性諸君(場合によっては女性も含まれるぞ! 気をつけろ!)を毒牙に掛けんとする、とっても怖い怪人なのだ! 泣き顔フェチだから、泣くととっても素晴らしい笑顔で笑ってくれるぞ☆
必殺技は……って、ギャー!! いつの間にやらオカマヤンが目の前にぃー!!
現実逃避している場合じゃなかったー!!
とうとう私の目の前までやってきたオカマヤ……じゃなかった杏ちゃんは、張り付いた笑顔をズイッと近づけてきた。
そして、三割り増しの甘さの声を一気に底辺まで低くして告げた。
「いーい度胸だなぁ、ミカ。覚悟はできてんだろうな……」
「うひっ」
彼から感じるただならぬオーラに、私は引きつった声を上げるしかない。
頼りの姉はというと、そんな彼を見ただけで半分魂が抜けたようになって、使いものにならなくなっていた。
「いいぜぇ? お前ら姉妹、二人いっぺんに可愛がってやるよ」
「ひっ!?」
私が姉の方を見ていた事で、何を勘違いしたのか杏ちゃ……いや、杏也さんがペロリと赤い舌で唇を嘗めながらそう言った。
「うひー! ごめんなさいー!」
「ごめんなさいで済んだら俺は鬼畜なんて言われねーよな?」
にっこりと笑うと、杏也さんはひょいと私を抱き上げ、スタスタと歩き出す。
「ギャース! おねーたま! おねーたま! 助けてー!」
「ハッ! 何処かでミカちゃんが助けを……って、キャー! ミカちゃーん! ミカちゃんが、オーカーサーレールー!」
意識を飛ばしていた姉は、私の悲鳴で目を覚ました。そして目にした最悪な状況に、また意識を飛ばそうしていた。
ちっ、使えない。
なんて内心思っていたけれど、杏也さんがピタリと足を止めたのだ。
そ、そうですよ。
いくら鬼畜怪人とはいえ、姉という恋人が居るんですからきっと冗談だったんですよ。
しかし、一旦止まったと思っていた杏也さんの足は姉へと向かい、両腕に抱えていた私を左腕へと抱え直したかと思ったら、右腕でガシリと姉の腰を掴んだ。
「え?」
「言っただろ? 2人いっぺんに可愛がるって」
『…………』
怖いくらいににこやかな彼の言葉に、私と姉は暫し見つめ合った。
そして……。
「ギャース! うわーん! 呉羽ー、呉羽ー!」
「杏也君! 杏也君、考え直して! ミカちゃんはっ、ミカちゃんだけは見逃して! お願い、そういった事は全部私が引き受けるからー!」
「お、おねーたま、そんなの……」
「い、いーのよミカちゃん。だって私あなたのおねーちゃんで杏也君の彼女ですもの……」
そう言って笑った姉は、今までで一番姉らしく頼りになって見えました。
しかし、当の杏也さんはそんな私達の事などお構い無しに、控え室の方へと歩いてゆく。
その足取りは淀み無く、スタスタと真っ直ぐに目的地を目指しているわけで……。
ああ、こんな事なら変な意地も小細工もせず、さっさと仲直りするんだった。
後悔が胸に重く伸しかかる。そして今の危機的状況によりグスグスとベソを掻きながら「呉羽……呉羽……」と呟き続けていた。
そしてとうとう控え室に着いてしまう。
そんな現実を見たくなくてギュッと目を瞑っていたけれど、ポスッという音と共に杏也さんとは別の温もりに包まれた。
「ちょっ!? 何でミカ泣いてんだよ!?」
「やだなー、同志のこと考えてに決まってんでしょ? ずっと逢えない、逢えないって嘆いてたんだぜ?」
ずっと聞きたいと思っていた声に、ハッと顔を上げる。
滲む視界の中、焦がれていたいた顔が目の前一杯に広がった。
「そ、そうなのか? あー、ごめんな、ミカ? オレも何があったとしてもお前から離れるべきじゃなかったよな」
「く、くれは……」
「改めて、仲直りしよう。ミカが気が済むなら土下座でも何でもするからさ」
「くれは……」
「気は進まねえけど、ミカが望むならあの執事に殴られてきてもいい」
「呉羽……」
「あー、でも今はそれはちょっと後回しにしてくれねぇ? まずはもう少しミカを感じさせてくれ」
私は目の前に呉羽が居るということで頭が一杯で、彼の言葉に反応する事が出来ずにその名を呼び続ける。
けれど、呉羽も何か一杯一杯のように見えた。
彼は私を抱っこしたまま、腕に力を込め首もとに顔を埋めてくる。
セットされていない髪は何故か少し濡れていて、ちょっと冷たかったけど、抱き締められた事によって胸一杯に呉羽の匂いを感じた。
そうしたらもう我慢など出来なくて、自分からも手を伸ばして彼の首に絡める。
「うぅ~、呉羽~! 本物の呉羽だ~!」
「ああ、本物だ」
「呉羽の匂いです」
「あー……一応急いでシャワー浴びてきたんだけど臭うか?」
「ううん、私の大好きな人の匂いです。臭くないもん!」
離れようとするので、慌ててしがみつく。
そのままグリグリと顔を彼の胸に擦り付けた。
その時呉羽がどんな顔をしてたなんて分からなかったけれど、それはもう力一杯に抱き締められた。このまま抱き潰されるんじゃないかと思った程。
でもすぐに力は緩められて、少し寂しいなと思ったら代わりに顔中にキスをされました。
戯れのようなそれに、嬉しさと擽ったさでクスクス笑いながら、こちらからも頬と鼻の頭にキスを返すと、呉羽は何とも嬉しそうに笑ってくれたのでした。
ああっ、そういえば何時の間にやら杏也さんと姉が居ません。気を使って出ていったのでしょうか。
まあ、もし残っていたとしても、羞恥のあまり悶えまくっていたでしょうけど。
……どこまで見られてたんでしょう。
それにしても、杏也さんは最初から呉羽と会わせる為に私を呼びに来たんですよね、さっき……。
だとしたら、人形を投げちゃったのは悪かったですよね。後で謝らないと……。
……許してくれるんでしょうか……。
「ミカ? どした?」
「いえ……あの、呉羽?」
「ん?」
「会いたかったです」
「ああ、オレも……」
「意地張って、ごめんね?」
「いや、オレの方こそ……って、こっちは土下座しないと……」
そう言って本当に土下座をしようとするので、慌てて止めました。
気が済まないという顔をしていたので、私は自分の唇に指を置いて少しばかり突き出すようにして見せた。
だって、さっきのキスには唇は含まれていませんでした。
「仲直りのちゅーして下さい」
そしたら、呉羽は目を見開き少しばかり照れたように頬を染めると、はにかみながら答えてくれました。
久しぶりのキスは、胸がキューと苦しくなると同時に、とてもとても甘く感じたのでした。
おまけ
ミカを呉羽に預けた後、すぐに部屋を出た杏也とマリ。
「ミカちゃん、よかったっ! よかったわね、ミカちゃんっ!」
杏也の肩ごしに、控え室の扉を眺めながら、涙ながらによかったとマリは繰り返す。
今回の一件、全く一時はどうなるかと思ったけれど、終わりよければ全てよしという言葉がある通り、ミカが幸せになる結末でよかった。
しかしながら、杏也の先ほどの演出は如何なものだろうか。恐ろしくて何度魂を飛ばし掛けたかしれない。
それにあんな冗談もいただけない。二人いっぺんにだなんて、非常識にも程がある。
だって、私がいるのにっ、私だけじゃ満足できないの、とか……べ、別に焼き餅じゃありませんからっ。私ばっかり好きみたいで悔しいとか、思ってませんからっ。
それに今回のミカの一件は彼が元であったらしいし、これはミカの姉であり彼の恋人である自分が怒ってもいいのではないだろうか。
そんな感じで、マリはちょっとばかりご立腹であった。
しかしながら、未だ彼女は杏也に腰を抱かれている状態である。これは怒ったとしても締まらないじゃないか。
そんな感じで、流石にいい加減解放してくれという旨を杏也に伝える。
「杏也君、もう放してもいいと思うんだけど……」
しかし、彼は放すどころか逆に力を強めてきた。
そして見上げるマリを横目に、ニヤリと笑ってきたのだ。
「きょ、杏也君?」
「マリ? あれだけで終わったら、俺は鬼畜なんて呼ばれないよなぁ?」
至極楽しそうな顔で笑っている杏也に、マリは口元がヒクリと引きつるのを感じた。
「ソウイウコト、は全部マリが引き受けるって言ったよね」
「だってあれはっ、さっきのだって冗談……」
「冗談だと思う?」
ん?と首を傾げるその姿は、なまじ杏ちゃんの格好である為、無駄に可愛らしかった。
こんな時でなければ、メルヘンと声を上げていたかもしれないくらいには可愛かった。
でも、今はその無駄に可愛い仕草が恐ろしい。
顔を青くし、アワアワとするマリを愉快気に見ながら、「うん、冗談だけどね」とあっけらかんと言ってのけたのには、唖然とするしかなかったのだが、それでもまだ放さない。
それ所かこの方向は彼専用の更衣室がある方向ではないのか。
つまり、彼のテリトリーでもある The 個 室 ☆
「冗談だったけど、そもそも最初に犯されるなんて早とちりしたのはマリだし? 折角マリが全部引き受けるとか言ったんだし? 無碍にするのもあれだし?」
「無碍にして大いに結構だからね!? 早とちりしちゃったのは私も悪かったけれども! あ! お店! お仕事しなきゃ!」
「あ、それなら杏がさっき閉店の札下げときましたぁ☆」
「えぇ!? 店長私!」
きっと呉羽がやってきた時点で入り口の札を「Close」に変えたのだろう。
何とも用意周到である。
そこでマリはハッとした。
「ま、まさか全部ここに持ってくる為の!?」
「えぇ? 何の事ぉー? 杏わかんなーい☆」
そうしている間に目的地へと来てしまった。
輝かんばかりの笑顔の杏也と今にも泣きそう顔のマリ。
この二人がこの後どうなったかはご想像にお任せする。
ラブラブな二人が好きという方、お待たせしちゃってご免なさい。ようやくイチャラブさせられました。
今回のお話、実は直前までサブタイトルを『鬼畜怪人オカマヤン』にしようか迷ってました。
何というか、自分で書いておいて、オカマヤンがインパクトが強すぎて……。
次回からは新章突入という感じになるんでしょうけど、どうしましょうかね……。
女の子の後輩ちゃんが出てくる話と、オヤジ達シリーズの作者の握手会騒動と、黒苺の兄貴の恋応援しちゃうゾ☆作戦のお話、どれから始めようか迷っています。
まぁ、どちらにしろのんびり更新には変わりないのですがね。




