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第二十話:修行の成果?

 身を切るような冷たさに、呉羽は身体中の筋肉が強張ってゆくのを感じた。そして、自分の意志ではどうする事も出来ない、この先程から打ち震えている我が身。

 声を上げたくとも狭まった喉からは、吐息さえ吐き出すのは難しい。

 感覚さえ無くなって、まるで自分が機械仕掛けの人形にでもなってしまったかのようだ。


 そして、先程からこのように自分を追い詰めている物とは何か?


 それは現在進行形で己の全身を叩く、恐ろしく冷たい水の固まり。そして飛沫。


 自分は何処にいるのか?


 それは滝壺である。


 自分は一体何をしている?


 それは滝に打たれているのだ。


 では何故こんな事をしているのだろう?


 これは正じぃから言われた修行なのだ。


 何でこんな辛い思いをしてまで修行などしているのだろう?

 一体何の為に?


 何の為……ではない。誰の為、だ。

 誰かは……そう、ミカだ!


 その考えに至った時、今まで虚ろだった呉羽の目に、一瞬だが光が戻った。

 けれど、滝の勢いにすぐさま全てを浚われた。目の光も、なけなしの体力も、意識さえも。


 因みに、呉羽は今ロープで流されないように固定されている。

 そしてそのロープの元はしっかりと正じぃの手に握られていた。

 正じぃの頭には番の小鳥。いつものように切なくなる程のバイブレーション。

 けれど全く危なげなく、寧ろ軽々と、呉羽の限界を察知して引き上げたのだった。


『強さとは己のみの為にあらず。大切な者の為に何かをなさんとするその想いこそが強さなり』


 今まさに意識が飛ぼうとする瞬間、そんな言葉が呉羽に届いた。

 それは幻聴だったのか何なのか……。

 しかしながら最後に呉羽の視界に映ったもの。

 それは、青い空と鳥の巣と正じぃの姿だった。


(あれ? 今の声って正じぃ……?)



 …………

 ………

 ……



 ぼそぼそと何者かの声が聞こえる。


『ねえ、ちょっと起きないんですけどー』

『ふっ、ベイベー。きっと君のさえずりに昇天でもしてしまったのさぁ』

『ちょっとちょっとー、昇天なんて縁起でもないんですけどー、みたいな?』


 何だろうか?

 ギャル? 胡散臭いホスト? みたいな喋り方は一体誰なのか……。


「ん……だ、誰だ……?」


 目を開け身を起こそうとした呉羽の元に、またもやその声は届いた。


『あはは、起きたみたいだねぇ、ハニー。君のさえずりは甘い目覚まし時計さぁ』

『えぇー、さっきと言ってる事違うんですけどー』


 やはりギャルっぽい声と胡散臭いホストのような声。ハッとして呉羽は勢いよく起き上がった。


「だから誰なんだ!?」


『っ!! ちょっとちょっとー、いきなり大声出してビックリしたんですけどー』

『こらこら、いけないなぁ、ボーイ。レディをこんなに驚かせるなんて。こっちは大事な卵を抱えてる身なのさぁ。もうちょっと気を使ってはくれないのかい?』


「え? すみませ、ん……」


 確かにいきなり叫んだこちらとして、悪いと思い謝った。謝った、が……見回してみても誰も居ない。


(オレ、一体誰に謝ったんだ? 正じぃの修行がきつすぎて、とうとう幻聴まで聞こえてきたとか……?)


 因みに、今呉羽が居る所は山小屋の中だ。

 正じぃは恐らく食料調達。

 いつもこの時間帯になると、何処からか魚だの茸だの山菜の類を採ってくるのだ。

 最初こそ「おいおい、大丈夫か!?」等と心配していたが、修行を受ける内に正じぃの凄さを身を持って知らされた。心配など不要の産物である。


(ははっ、正じぃはじじぃの皮を被ったバケモンなんだぜ……)


 フッと遠くを見つめるように視線を向けた先に、黒いモジャモジャがあった。


「あん? これって正じぃの鬘だよな」


 そう、鳥の巣である。

 小屋の中の数少ない家具の一つであるちゃぶ台の上に、ちょこんと乗っている。

 中からはピーちゃんとピー助が相変わらずの仲睦まじさで寄り添っていた。


「何だ、正じぃ置いてったのか……」


(そっか、そうだよな……なんたって卵抱えてんだもんな……そう、卵……ん? たまご?)


 そういえば、つい先程聞こえてきた幻聴の中で、卵に関する事を言っていなかっただろうか。

 確か、“卵を抱えている”とか“さえずり”等と……。

 チラリとピーちゃん達を見やる。

 やはり中睦まじく寄り添って、そして愛くるしい円らな瞳でこちらを見ている。


(いやいやいや、ないないない。さっきのは幻聴だって。第一、何だってギャルやら胡散臭いホストの口調なんだよ。バカだな、オレ! あるわけないって!)


『ちょっとちょっとー、何かこっち見て首振り出したんですけどー。失礼しちゃうんですけどー、みたいな?』

『ははっ、ハニーきっと君の美しさに我が目を疑っているのさぁ』


「…………」


 またもや聞こえてきたギャルとホスト。


(え!? いや、マジで!? 明らかにそっちから聞こえんだけど!? またオレは幻覚……いや、幻聴が聞こえているのか!? 恐るべし、正じぃの修行……)


「よし、寝よう」


 一つ頷いて、再び布団に潜った。


『えぇー、また寝ようとしてるんだけどー』

『ハハン、きっと君が美しくさえずる声が子守歌に聞こえたのさぁ』

『もー、さっきからそればっかりー』

『しょうがないさ、レディ。それほど君は魅力的って事なんだ、か、ら♪』


(うぜー……ピー助、そこはかとなくうぜー……)


『まぁ、愛の語らいはここまでにして……。ダメだよ、ボーイ? 君にはご主人が帰ってくるまで、これをやってるように言われてるのさぁ!』


 バサバサバサッ!


 ピー助の宣言と同時に、呉羽の上に何やら紙の様な物が落ちてくる。

 目を開けてみれば、蝶ネクタイをした小鳥の姿。やはり愛らしい円らな瞳でこちらを見つめていると思ったら、その嘴で一枚の紙を挟んで呉羽に見せてきた。その際、小首を傾げるというあざとい仕草も忘れない。

 呉羽はその仕草に流されないようにクッと奥歯を噛みしめ、ピー助の嘴に挟んである物を受け取った。


「ゲッ、これってプリント!?」


 そう、それはプリント用紙。それも、授業で習うような要点をまとめた物から応用問題まで。

 それが全教科である。


(正じぃが用意したもの、か……そうだよな、正じぃ校長だもんな……勉強疎かにする訳ないよな……)


『えっとー、それ全部自分が帰ってくるまでにやっておくように、だってー』

『サボるともっと凄い修行が待っているらしいよ』


「ゲッ!! これ全部かよっ!? 正じぃ鬼か……」


『解らない所は後で教えるから纏めておくようにってー』

『ハハン、ご主人は優しいなぁ』

『ねー』


「いやいやいや。優しかったらこんな過酷な修行……って、オレ何普通に会話してんだ!?」


 ふと我に返る呉羽。こんな事あり得ないと頭を抱える。


『因みにー、私達の声が聞こえるのってー、第一段階らしいしー』

『レベルに応じて聞こえてくる口調も変わるらしいよ、ボーイ♪』


「つー事は何か? これって修行の成果だと?」


『そうそう、何でも今までのは自然の息吹を感じる為の精神修行だったらしいしー』

『ふぅ~ん、それは凄いねぇ、ハニー。君の息吹も感じ取りたい』

『もー、何言ってんのー? 恥ずかしいんですけどー。そんな事よりー、何か食べ物採ってきてよー。卵があるから動けないんだってー』

『オッケー、まかせて♪ 可愛いレディはわがまま仕様なのさぁ』


「………」


 呉羽は無言のまま、飛んでゆくピー助を眺めていた。

 その目がじとりと半眼になってしまう事は仕方がないかもしれない。

 ふぅと溜息を漏らし、ピー助が散らかしたプリントを集める。トントンと揃えてちゃぶ台に置いたのだが、ふとその目線が鳥の巣に向かう。

 ピーちゃんの脇に、呉羽の物である携帯があった。

 修行開始時に、正じぃに没収されていたのだ。

 どうやら、ピー助の体で隠れていたようである。


「オレの携帯……こんなとこに……」


『ちょっとー、許可も無しに人の巣に手を伸ばすなんてー、礼儀知らずなんですけどー』


「えっ? いてっ!」


 無意識に携帯に手を伸ばした呉羽は、ピーちゃんに嘴で突かれた。地味に痛かった。

 その愛くるしい顔も、今は何処か怒っているように見える。


「ええー……えっと、ピーさん。そこにあるのオレの携帯なんで取ってもいいっすか?」


 何を言っているんだろうと思わなくもないが、何だかもうどうでもいいんじゃないかと投げやりな感じでお願いした。


『もー、最初からそうお願いすればいいのにー。はい、いいよー』


「いや、どうもっす」


 ピーちゃんはコツコツと携帯を嘴で押し出す。それを呉羽は一応頭を下げながら受け取った。


(オレ、マジ何してんだろ……)


 自分の行動に思わず遠くを見つめてしまう呉羽であった。




 携帯を受け取った後、無理だろうと思いながら電波は受信できるのかと確かめてみる。やはりというか、案の定というか、携帯に表示される『圏外』という二文字。

 諦め悪く、小屋に出てみた。

 携帯を上げ下げしながら、アンテナ具合をみる。けれど画面には変わらず『圏外』の文字。

 何だか焦燥感が呉羽の心を支配する。

 ふと受信履歴を見る。

 なんとなしに開いてみた。

 そこには今までのミカとの思い出が詰まっている。そして、あの問題のメールも……。

 それが距離を置こうというような拒否の内容であっても、呉羽にとっては好いた相手からのメールである。

 例えどんなに辛いものだったとしても、女々しいと罵られても、消すことなど出来やしないのだ。


「ん? 何だ?」


 呉羽はその違和感に気づいた。正確には以前にも感じたものであったが、また改めてその違和感に直面したといったところか。

 距離を置こうという文の最後。何やら空白が多くないだろうか。

 そう思って呉羽は空白の終わりまで確認する。

 そして漸くそれを見つけた。

 それは決して拒否の内容ではなく、寧ろその逆。今すぐ逢いたいよ、という内容。

 呉羽はバッと口を押さえた。

 でなければ、何だか訳の分からない事を叫びそうだった。

 丁度ここは鬱蒼と木々の茂った山の中。

 しかも、小屋があるのは山の頂。見下ろせば絶景。

 ただでさえ叫ぶには絶好のシチュエーションなのだ。

 いくら人気がないとはいえ、正じぃや小屋にいる番の小鳥達を思うと躊躇われる。

 例え幻聴だとしても、一度意志の疎通をしてしまったが為に羞恥を覚えたからだ。

 しかしながら、この沸き上がる感情をどう吐き出せばよいのか。やはり叫べばよいのか。

 呉羽は手を口に添え思い切り息を吸い込んだ。


「あ~……なしか?」

「っ!? ~っ、~ゴホッ!?」


 正に声を張り上げようとした所で聞こえた声に、呉羽は出掛かった声を飲み込もうとして思い切り噎せた。うずくまる程に。

 見れば、正じぃが魚やら木の実やらを抱えて立っている。

 因みに、正じぃの言葉にあった“なしか”であるが、抱えているその中に梨はない。

 番の小鳥達の声が聞こえた事によって期待していたのだが、正じぃの言葉の言語理解はなされなかった。

 呉羽は思いのほか落胆している自分に吃驚だ。


(まさかこんなにもガッカリ感が湧くなんて……いやいやいや、今はそれよりもこっちの事だ)


 咳も治まったので、立ち上がり正じぃを見る。

 相変わらず、半端ないバイブレーションである。


「正じぃ、ここまで修行つけてもらっておいてなんだけど……オレ……」

「あ~……」


 呉羽の言葉を遮り、正じぃは横に首を振った。まるで「みなまで言うな」という風に。

 そして携帯を指さし、親指と人差し指をくっつけると頬に当てる仕草をする。

 そう、あのモデルでタレントの「オッケー♪」のあの仕草である。


「ま、正じぃっ!!」

「あ~……」


 感激に声を上げる呉羽。しかし、正じぃは「ちょっと待って」と言うように掌を前に出した。そしてそのまま小屋の方へ。

 それから暫くして、戻ってきた正じぃの頭には鳥の巣の如き鬘が鎮座していた。


「え? 正じぃ?」

「あ~……おみや!」


 頭にばかり目にいっていた呉羽は、正じぃの抱える風呂敷包みに気が付かなかった。グイと押しつけられて初めて気が付いたのだ。

 そしてその言葉。


「ああ、お土産……」


 正じぃも肯定するように頷いている。

 風呂敷の隙間から、先程正じぃが抱えていた食材が見えた。そして、奥の方に紙の束も見える気がする。

 個人的に非常に有り難くないおみやげである。


「プ、プリントもっすか?」

「あ~……あい!」


『終わったら担任に渡しとけ、だってぇ』

『期限も三日以内になったよ。アハハン、優しいご主人に感謝しなよボーイ』


「………」


 相変わらず小鳥の言葉が分かる。チラリと正じぃを見れば、小鳥達の言葉に反応するようにうんうんと頷いてはいる。

 だが、本当に反応しているのかは判定しづらく、返事をするのははばかられた。


「オレ、ちゃんとミカと話してきます」


 無難に今後の話をした。

 正じぃは親指を立て、「あい!」と返事をする。


『あ、仲直りしたらプリント一緒にやればいいんじゃないのー?』

『ハニー、なんて素敵な考えなんだ。ボーイ、しっかり仲直りするんだよ。ハニーの為に!』


 やっぱりピー助はそこはかとなくうざいと思う呉羽。


「それじゃあ、お世話になりました」


 一応、礼儀は忘れない。

 正じぃに背を向け、山を降りる。

 その時、風が吹き、彼は聞いた。


『人を想うこと、これ即ち奥義の極意也。彼女を想うその心を大切にしなさい』


「え……?」


 今のは何だったのだろうか。

 振り返るが、そこにはいつもの正じぃが居るだけである。

 そういえば修行の間、ちょくちょくこういった声を聞いたような気がする。

 ずっとそら耳だと思っていたのだが、やはり正じぃの声なのだろうか? これも修行の成果?

 どちらにしろ、今の呉羽にはそんなの何だっていいと思えた。

 それよりも、早くミカに逢いたい。

 気持ちが逸り、自然と早足になった。

 だがここで、呉羽の足がぴたりと止まる。

 そして、踵を返して元来た道を逆走した。

 その顔は青く、汗が半端ない。


「正じぃー! オレ、そういえば帰り道知らねー!」


 途中で気が付いて良かった。でなければ遭難していただろう。

 何ともしまらない最後であった。




ピー助の口調はホストではなく、花輪君をイメージしております。

因みに、本当に言葉が聞こえている訳ではなく、修行により少しばかり敏感になった神経で、周りの細かな状況を感じ取り予測した上で、小鳥達の感情を読みとった呉羽の勝手なアテレコだったりします。

内容は大体合っており、口調は呉羽の雑念です。

しっかり修行をしていれば、雑念が消えて普通の口調になると思います。しかしながら、修行続ける意志はないので、数日すれば前みたいに戻ってしまう事でしょう。


さて次回、ようやく仲直り?の回です。

お馴染みのノリに戻ってると思います。

杏也も出てくるよ。

お楽しみに!

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