第二話:遭遇、素敵お姉さま?
オレはその日、普通にお袋の仕事の手伝いに来ていた筈である。
決して、モデルの機嫌取りに来た訳ではない。そう思いたい。
オレは壁際に居るお袋に近づき、小声で言った。
「なぁ、お袋……オレ、いつまでこんな事しなくちゃいけないんだ……?」
出来る事なら今すぐミカの所に行って誤解を解きたい所。
しかしお袋は、オレに向かって手を合わせると、
「本当ごめんね呉羽。もう少しだけ我慢して。
あの子、この前ARAMISのモデルオーディション落ちちゃって、今荒れ期突入しちゃってんのよ」
「……何だよ荒れ期って……それに、あの女うちの専属モデルなんだろ? いいのかよ、他んとこ行かせて」
「いいのいいの、もし本当にオーディション受かってうちを辞めちゃったとしても、ARAMISのモデルは以前ここで専属モデルしてましたって言って自慢できるじゃない? 箔も付くし」
「箔ってなぁ……こっちは迷惑だっつーの!」
「まぁまぁ落ち着いて! その分バイト代弾むから! ホラ、デート代稼ぐんでしょ?」
「だから! そのデートも出来なくなっちまうかもだろ!?」
勘違いしたままで愛想つかされるなんて、目も当てられねーぞ。
「その点はホラ、呉羽の愛の見せ所? ガンバ!」
グッと顔の前で両手を握って片目を瞑り、可愛こ振るいい歳こいたオバサンがっ……。
すげームカつく……こちとらミカと全然連絡とれねーからイラ付いてんだよ。お袋のおふざけに構ってるよゆーもねーんだよ……。
オレが冷たい視線を送れば目を泳がせるお袋。
「え、ええええっとぉー、もしもの時はお母さんがちゃんとミカちゃんの誤解を解いてあげるから、ね?」
このとおりと言うように手を合わせて見せる。
オレはチッと舌打ちをすると、辺りを見回した。
「そういや、あの女は?」
今回の騒ぎの元凶であるモデルの姿を探す。
「呉羽? あの女じゃなくて、ちゃんと“ちゆりちゃん”て名前で呼んだげて? 一度機嫌が悪くなると、中々元に戻んないのよ。機嫌が良ければ仕事も早く終わるし、仕事が早く終われば呉羽も解放されるでしょ? どうせ、撮影が終わるまでの恋人なんだし」
あの女……モデルの名前は深山ちゆりと言う。今は大学二年だそうだ。
まぁ今日限りの付き合いになるだろうから覚える気はない。
すると、たった今話題にのぼった深山ちゆりが此方にやってくると、すぐさまオレの腕に自分の腕を絡めてきた。
ズシッと彼女の重みが腕に掛かる。
嫌そうに眉を顰めてみても、この女には関係ないようで益々しな垂れ掛かってくる始末。
「フフフ、そんな嫌そうな顔しないで? どうせ今日だけの恋人なんだしぃ」
「オレ、恋人居るんすけど……」
暗に嫌だと言っているのだが、深山ちゆりは笑みを深くさせると、
「だからいいんじゃない。後腐れもないし……あ、そうだ。この後、撮影が終わったらデートね」
「は!? んなっ! ちょっと待て──」
「ああ、あなたに拒否権はないから。ただ、私に惚れるような真似はしないでね、後々付き纏われるのは面倒だし。
それと、私の恋人でいる間はさっきみたいに他の女と電話するような真似は止めてね。まぁ例えしたとしてもまた邪魔してやるけど」
フフフ、と不適に笑うこの女を前にオレはお袋に目をやったが、お袋は肩を竦めただけだった。
つーか、やっぱあん時割り込んできたのはわざとだったのか……。
取り敢えず、今日はミカに連絡するのは諦めた方がいいみたいだな。
ハァと溜息をついて肩を落とすオレ。
今日は厄日だ。
つくづくそう思うのだった。
++++++++
パーンパカパーン♪(脳内ファンファーレ)
よぅし、お前達! 準備はいいかぁ!!
隊長! 我々はいつでも出撃可能であります!!
いよーし! では、反撃開始である!!
イィエッサァー!!
私の脳内では、そんな戦いの狼煙が上がる中、実際には落ち着いた様子で着替えなどをしている。
あの後、杏也さんから色々と恋人同士での主導権の握り方とか、小悪魔テクとかを教えてもらいました。
何だかどんどん普通とは掛け離れていく気がしないでもありませんが、これも全て呉羽の為。末長くラブラブする為であります!
ですから私、大いに頑張りますよ!
「それじゃあ、私行きますね」
「ああ、頑張んな」
「え!? 頑張るって何が!?」
着替えも済んで出かける準備も万端である。
真っ白になっていた姉もすっかり我に返り、今は杏也さんの隣で不思議そうな顔をしている。
そんな姉に、杏也さんはニヤッと笑ってみせると、腰を引き寄せた。
「恋愛での主導権の取り合いについて……マリもたまには主導権取ってみる?」
「ひぇ!?」
主導権を握らせてくれると言われているにも拘らず、姉は杏也さんに対して怯えた表情を見せる。
これが、普段から主導権を握られている者の条件反射というものであろうか……。
と言うか、見せ付けないでください! 折角心を鬼にして頑張ろうと決意しているのに、物凄く呉羽に甘えたくなってしまったじゃないですか!
きっと今呉羽に会ったら、主導権を握る事も小悪魔になる事もなく抱きついて、べたべたしてしまいそうです。
そんな事になったらバカップル一直線になってしまいます。
そしたら、そしたら……。
先程杏也さんが言っていました。
「いいか、ミカ。今からそんなバカップルぶりだと、すぐに倦怠期に突入して、その内自然消滅なんて事に成り兼ねないぜ?」
その言葉は深く深く私の心に突き刺さる。それと同時に恐怖も感じました。
い、嫌です! 自然消滅、無関心、それが何より嫌であります!
私はがくがくブルブルと震えながら、気持ちを引き締めたのでした。
そうして、店を出る私。けれど開けた扉のすぐ向こうに、なんと人がいた。
ゴツン!
「キャン!」
子犬の様な可愛らしい悲鳴を上げ頭を押えているのは、少々可愛らしさとは掛け離れたとても背の高い女の人。
「ああっ! ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」
「~~っ!! わ、私こそ扉の前に……邪魔して御免なさい」
私はその女の人から目が離せなくなる。
何故なら、背が高い事を取り除けば、メガネに一本に縛った長い髪。ロングスカートにカーディガン。とても地味な格好をした人であったのだ。
おおおっ! なんとステキングな地味さでありましょうか!
私の心の師匠の斎藤陽子さんの様な完璧な普通さはないけれど、このそこはかとなく漂う普通さと地味さは、見習うべきものであります!
それに何より、そのメガネ! 私の掛けているMyオアシスに負けず劣らずの普通メガネであります!
「素敵なメガネですね!」
私は思わずそう誉め讃えてしまっていた。
するとその女の人は、驚いた顔をした後、微妙な顔をしつつ「あ、ありがとう?」と礼を述べた。
でもこの人、こんな所で何をしてたんだろう?
こんなお店の裏口で……。
「このお店に何か用ですか? もう今日は閉めるみたいですよ?」
「そ、そうなの? 歩いてたら、素敵なお店だなって思って──」
「な、何ですと!? こんなメルヘンチックなお店が!?」
言ってしまってからハッとする。
人の趣味などその人の自由である。よって、何を素敵と思うかもその人の自由。
けれどその人は気を悪くする様子もなく、少し淋しそうに笑いながら、
「似合わないって分かってはいるんだけど。ちっちゃな頃から、こういった可愛くてメルヘンチックな物に憧れてて……」
「何を仰います! 似合う似合わないなど関係ありません! 憧れる事は自由です。好きな物は貫き通してこそ価値があります!
斯く言う私も、普通に憧れ、普通を目指しています! だからちっとも変じゃないと思います!」
ハッ! 思わず力説してしまった……。ひ、引いていないでしょうか?
案の定、女の人は唖然とした顔をしていた。
けれど、暫し間を置いてから女の人はクスクスと笑い出す。
「普通を目指してるなんて変わってるんだね。でも素敵だと思う。普通が一番だもんね」
「っ!!」
私は心に衝撃を受けた。
思わず涙がちょちょ切れそうになったであります!
こんな風に理解してくれる人がいるなんて……初めてかも。
それに何だか胸がほんわかする。
なんて素敵な人なんでしょう……。
私は次の瞬間彼女に向かって、「お友達になってください!」とお願いしていた。
乙女ちゃんじゃないけど、お姉さまと呼びたくなってしまいましたよ。
女の人は驚愕した顔をした後、にっこりと嫌な顔一つせずに笑って、「此方こそ」と言ってくれた。
はわわわわ! なんて優しい人!
この人なら、私の大好きなオヤジ達の話をニコニコと笑って聞いてくれそうですね。
こうして私は、この女の人とお友達と相成った訳であります。
ケー番メルアドも教え合いました。
このステキングな地味地味お姉さまのお名前は、葛城繭羅さんと仰るそうで、ただ今大学二年生だそうです。
「ロリータ好きならここで働けるように口利きしましょうか?」
私は彼女の為を考えて、そう言っていた。
何よりこの店の店長は私の姉。
すると、一瞬嬉しそうな顔をしたけれどすぐに首を振った。
「ありがとう。気持ちは嬉しいけど、止めておくわ。あのショーウィンドウのモデルの子が、あまりに可愛かったからちょっと気になっちゃってただけだから」
「っ!!」
ギクーン! な、何ですと!?
「まさか、繭羅さんもドール教信者!?」
なんてこったい、最近はあのロリータ三人衆も、来年は受験戦争だとあまり来なくなって静かになったと思ってたのに……。
「え? どーるきょうしんじゃ?」
しかし、繭羅さんは聞き慣れない言葉に、頻りに首を傾げている。
どうやら、この名称については知らないようだ。
一先ずホッとした私。
おっとそうだった! こんな所で立ち話している場合ではなかったのであります! ただ今反撃の最中でありました!
あ、そうだ。携帯の電源オンにしたのに、呉羽から掛かってきませんね。何かあったのでしょうか?
ううっ、気になるけれどまだ此方からは掛けてはならないのです。
「……? ミカちゃん? 携帯がどうかしたの?」
携帯をじっと睨み付けていたので、繭羅さんが不思議そうに訊ねてきた。
「いえ、それがですね。今反撃開始中でして……」
「は、反撃!?」
「はい! ただ今ヤキモキ作戦展開中なんです! ところがどっこい、逆にこっちがヤキモキしてしまいそうで……」
くっそー、中々連絡が取れずに、焦らせる作戦なのに!
流石は呉羽です。そう簡単には引っ掛からないという事でしょうか?
「ええーと……?」
繭羅さんは訳が分からないといった様子で、思い切り困った顔をしている。
なので私は、今回の事の一部始終を繭羅さんに語って聞かせる事に。
「……そんなこんなで私は今、主導権を握る為に小悪魔を目指しているのです!」
「へぇ……がんばってね……」
「はい!」
何だかその時、繭羅さんがとても微妙な顔をしていたのだけれど、私は気付かず元気に返事をしていたのでした。
「あ、いました! 今あそこで椅子を運んでいるのが、私の彼氏の呉羽です!」
「えっと、もしかしてロックな感じの髪の色が派手な人?」
「はい! その派手派手ロックな金髪サイド赤です!」
「へ、へぇ……こわ──イ、イケメンな彼氏だね」
「はい! おまけに真面目で優しい自慢の彼氏です!」
何か今、繭羅さんが言い掛けたような気がしたけれど誉められた事で嬉しくなってしまった私。
はい、ただ今私、敵状視察の真っ最中であります。
隊長! 敵は此方に全く気付いておりません!
よし! このまま待機! 例え怪しい女性の影を確認しても、暫くは様子を見よ!
イエッサー!
凛々しき隊長の指示が脳内に響き渡る中、私は繭羅さんの疑問の声を聞く。
「ところで私達は一体何をしているの?」
「え? 何って隠れてるんですが?」
そう私達は今、植木を影にして隠れているのだ。
けれど繭羅さんは周りを気にしながら、
「えっと、でも通行人には丸見えだけど……」
「別に隠れるべき相手からは隠れているのでいいんです」
いつもだったら目立つ事は極力避けようとする私であったが、今回ばっかりはそんな事は言ってられない。
あ、でも繭羅さんはこの事とは関係無いから、隠れなくてもいいんだけど……。
私は「繭羅さん、繭羅さん」と彼女に声を掛けた。
「別に繭羅さんは私に付き合ってくれなくてもいいんですよ」
けれど繭羅さんは、一度何かを気にしたように建物の中を見てから、
「私も隠れたい気分だし、ミカちゃんに付き合うわ」
はうっ、やっぱり繭羅さんはいい人です。
「まゆ? ちょっとあんたこんな所で何してるの!?」
「ひゃっ! ちちちゆりちゃん!」
「ぽえ?」
いきなり背後から声を掛けられたかと思ったら、どうやら繭羅さんの知り合いのようである。
振り返れば大人っぽい女性が、そこに立っていた。
うわっ、モデルっぽい人です……。
「そ、そういえば、ちゆりちゃんはここでモデルの仕事してるんだったよね」
と思ったら本当にモデルさんでした。
でも何で繭羅さんはおどおどしているのでしょうか?
すると、目の前の女性はフンと鼻で笑うと、繭羅さんを睨め付ける。
「何白々しい事言ってるのよ。私があんたをここに呼んだのに。なのにいつまで経っても来やしない。ARAMISの専属モデルだからっていい気にならないでよね」
………チーン。
な、何ですって!! ARAMISの専属モデル!?
ARAMISってあの大手ファッション企業の!?
私が子供の時に乙女ちゃんの兄、薔薇屋敷輝石に誘拐され掛けた忌まわしきあの!?
………ノーン!!
こ、こんな所で思わぬ襲撃にあってしまった……。
「御免なさい、ちゆりちゃん……」
「フン、まぁいいわ。もうあんたには用はないし。私、これからデートなのよね」
とても機嫌が良さそうな繭羅さんのお友達のちゆりという人。
「え? でも彼氏とは昨日別れたって──ハッ!」
繭羅さんが何故か私を振り返った。
そして、建物の中を指差し、
「えっと、もしかして髪の色が派手な人?」
「へぇ、鈍いあんたにしては、よく分かったわね」
「………」
繭羅さんがゆるゆると此方を振り返る。
た、隊長ー!! 敵に易々と防御を突破されましたぁ!! 敵は既に目の前であります!!
いっかーん! お前達、気をしっかり保つのだ!! 次なる作戦を決行する為にっ!
イエッサー!
「へぇ、デートですか? 素敵ですね。何処に行くとか予定は組んでいるんですか?」
「ミ、ミカちゃん?」
「何、この子? まゆ、あんたの連れ?」
「どうも、一ノ瀬ミカと言います。繭羅さんとはついさっきお友達になったばかりです。
それよりも、素敵な彼氏ですね、羨ましいです。
それで? 告白はどちらから?」
「あの? ミ、ミカちゃん!?」
「ねぇ、まゆ? この子物凄く胡散臭いんだけど」
「ち、ちゆりちゃん!」
繭羅さんは私とちゆりという人の狭間でおろおろとしている。
私は携帯を取り出すと、ピッと電話を掛けた。
すると、ワンコールを待たずして相手が出る。
『あはん、お姉さま? 永遠のあなたの妹、薔薇屋敷乙女ですわ!』
そう、掛けた先は乙女ちゃん。
「乙女ちゃん。何も聞かずに、今すぐ私に吏緒お兄ちゃんを貸してください」
『あら、お姉さまとわたくしは一心同体。執事だって共有するのは当たり前ですわ!』
「それで場所は──」
『そんなものは聞かずとも、お姉さまに仕掛けてある発信機で直ぐ様発見できますわ!』
発信機など何時の間に!? と思って少しばかり恐くなるが、何とか気持ちを落ち着ける。
「じゃあ、なるべく早く吏緒お兄ちゃんを寄越して──」
『フフ、それでしたらお姉さまが杜若の名前を言った時点で、既に動きだしましたわ。近くを通り掛かった買い物帰りの主婦から、ママチャリを借り受けそちらに向かっておりますわよ』
「マ、ママチャリ……」
ハッ、思わず想像してしまった。
それはさぞや目立つことであろう。
そして私は礼を述べ、携帯を切ると、不機嫌さMAXのちゆりなる女性を、繭羅さんが宥めている。
「ちょっと! 話の途中で携帯かけるなんて凄い失礼じゃない!」
「まぁまぁ、ちゆりちゃん落ち着いて」
私はそんな不機嫌さMAXのちゆりという人にニッコリと笑い掛けると、また携帯のボタンを押した。
「ちょっとあんた、私に喧嘩売る気!?」
私はそんな彼女を完全に無視すると、相手が出るのを待った。
すると、
『もしもしミカ!? あれは違うんだ!!』
呉羽の声。
相当焦っているように聞こえる。
建物内を見れば、後向きの呉羽が、周りを気にしながらも携帯に出ているのが見みえた。
「フフフ、何が違うんですか? いいじゃないですかデート、楽しそうで……ちゆりさんと仲良く行ってきたらどうですか?」
『なっ!! 何でミカがそんな事知ってるんだよ!?』
「何でって、本人から聞いたに決まってるじゃないですか」
『はぁ!? 本人って──』
呉羽が首を巡らし、キョロキョロとする中で、とうとう此方を向いた。
そして漸く私に気付くと、傍らに居るちゆりという人に目を向け、驚きに目を見開き、同時にその顔が真っ青になってゆくのが見えたのだった。
新キャラ、深山ちゆりと葛城繭羅登場。二人は幼馴染だったりする。
深山ちゆりは性格悪いですが、根はそんなに悪い人ではありません。(多分)
葛城繭羅は、背が高い事にコンプレックスを抱いていて、可愛い物が基本的に大好きだけど、自分には似合わないからと元より諦めてしまっている根暗っこです。
何故彼女がモデルになれたのかは、後々書いていきます。