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第十六話:大和の肩書きとオプション

「ただいまー」


 そう何時もの如く、帰って来た私は、玄関にて帰宅の挨拶をば……。


『おかえりー』

「ん? この声は晃さん?」


 返事は無いと思われたけれど、リビングにて返事があり、その声は聞き覚えのある声で、どうやら今日は晃さんがいるのだと分かった。

 晃さんというのは、父の友人で、父のバンド『武士ギャラクシー』でドラムを担当している人。因みに私の初恋の人でもあります。


 彼の声がするという事は、父も帰っていると言う事ですね?

 ムムム……また変な事言わなければいいんですけど……(主にエッチィ事)。

 父ってば予測不可能な事をよくやりますからね。

 何をしでかすか……。

 まぁ、その時は躊躇い無く鉄槌を下しますけどね。


 そんな事を考えながらリビングに向かう私は、そこで隅っこでギターを持って項垂れている父を見た訳であります。


 ぬおっ!?

 な、何がありましたか父!?

 なんか黒い靄ときのこを背負っているように見えるんだけど!?


 父の髪は相変わらずの派手な赤い色をしていたけれど、今日はどこかくすんで見えた。

 その表情は憂いを帯びて儚げで、うるさい位に鬱陶しいいつもとは別人のよう……。


「……何してんの、父……」


 誰に聞くとも無く呟く私。

 すると、いつの間にやら此方に来ていた晃さんが肩を竦めながら苦笑いしていた。


「晃さん、何ですかアレ?」


 父を指差し訊いてみる。


「アレって……あんなでも父親だろうに……」

「いえいえ、甘やかすと付け上がりまくりますからね父。それはもう目も当てられないほどに」

「まぁ、確かに……」


 呆れ納得したように頷く晃さん。

 いつも煩わしい位の父ではあるけれど、こんな風になられても鬱陶しく感じる。

 ある意味、処理の難しい有害物質と言えなくも無い。


「それで? 一体全体アレはどういう事で?」

「うん、まぁ……ここん所小鳥さんに会えてないからね」

「ああ、長期ロケで海外行ってますからね」


 何を隠そう、『オヤジ達の沈黙 ザ・ムービー』第二弾の撮影中なのです!

 色気ある役をさせたら右に出る者は居ないという海外でも有名な女優の母、紅小鳥。

 オヤジ達の沈黙では不滅のヒロイン、バタフライるみ子を演じています。

 今回の映画の全貌はまだ明らかにされていませんが、今から楽しみでなりませんよ!

 ムフフー!


「そういう事。ついさっきも電話で話してたんだけど、大和の奴それで余計に会いたくなっちゃったみたいで……」

「………」


 それを聞いた私は、何も言えなくなってしまう。

 いつもなら冷たくあしらう筈の父の行動に、同情の気持ちが芽生えたのだ。


 だってだって、今現在私も父と同じ悲しみ苦しみ味わってますからね。

 好きな人に会えないこのもどかしさが、手に取るように解ってしまう。


「父……」


 よしっ、今日の晩御飯は父の好きな物を出しましょう。

 全品父の好きな物でまとめますよ!


 私は心にそう誓って、キッチンに向かおうとした。

 しかしその時、父がいきなり立ち上がり、ギターを鳴らし出したのだ。

 私と晃さんが見ている中で、父はポロロンとどこか物悲しい音で、それはまるで父の心を表現しているようだった。

 それから父は口を開いて歌い出す。


「♪甘く優しく包み込む」

「……父?」

「オレの心に色づく君♪」


 父、それって母の事を歌っているんですか?


 切なくバラード調の歌を歌う父は、いつものおちゃらけた雰囲気では無く、派手で激しいロックを歌う武士ギャラクシーのYAMATOの姿とも違う。

 その姿は唯一人の女性を思う唯の一ノ瀬大和としてそこに佇んでいるのか……。


「♪君を求めてやまず

 離れれば想いは棘の様にオレを鋭く突き刺す♪」


 どこか遠くを見つめるその眼差し。

 焦がれるようなその瞳は、父の想いをそのままに表しているようだった。


 分かる……分かりますよその気持ち。まさに今の私の気持ちを代弁しているようですよ。

 何か今日は父に優しくしなきゃなんて思います。

 肩でも揉んであげようかな、つぼ押しの方がいいかな……あ、痛いつぼは抜きで……。


 そんな事を考えている間にも、父の歌は情感たっぷりに盛り上がりを見せようとしていた。

 私はそんな父の歌に聞き入るばかり。


 嗚呼、こんなにも父の歌に感化された事なんてありません。何か感極まって泣きそうです。


「♪ああ……今すぐ君に逢いたい」

「うん、うん……」

「♪柔らかい君……揉み心地のいい君……」

「……うん?」

「優しくオレを包み込む……そこに顔を埋めたい……♪」

「………」

「♪そう、君は……君は~……


 コトちゃんの オッパ――ゲフゥッ!!」


「やっぱりそうきたかぁー!!」


 私は皆まで言わせず、近くに置いてあった新聞紙を超高速でハリセン状にして「スパァァン!」と父の顔にお見舞いしてやった。


 そう、父はやっぱり父でしかなかったのだ……。


 もうっ、もうっ!

 さっきまでの私の気持ち返してくださいっ! 危うく泣く所でしたからね!


 新聞紙を振りかぶった体勢のまま肩で息をしていると、顔の中央を赤くした父がそこを摩りながら此方を振り返る。


「いったぁーい、何すんのぉー!? って、あれ? ミカたん何時の間に帰ってたの?」

「ついさっきです! って言うか、なんて歌歌ってんですか! サイテーです父! 父サイテー!」

「えっ? 今サイテーって二回言った!?」

「ほらっ! 晃さんだって呆れて空気になってたじゃないですか!」


 私は今まで一言も喋らないでいた晃さんを指差す。

 彼は普通の日の母ほどじゃないにしろ存在が希薄になっていた。


 それだけ父の歌に呆れてたって事じゃないですか!

 存在が希薄になるほど呆れるってどんだけっ!?


「うん、いやなミカ、俺は別にそこまで呆れてたってほどじゃないぞ? つーか知ってたし。以前にもあの歌聴いた事があってな」

「えっ!? だってあんなに存在が希薄に……」

「おお! 晃は普段から無意識で空気になれる男だ! 存在感が無いのは昔から変わらないぞ! 目立つ為に金髪にしたのに目立たない……どんだけ!? アッキーどんだけ!?」

「何言ってるんですか父! 平凡な上に存在感が薄いなんて最高じゃないですか! どんなに目立とうとしてもその平凡さは損なわれないなんて、そこが晃さんのいい所ですよ! 美徳です、び、と、く!」


「いや、うん……まぁ、その……あのな? 取り敢えず泣いてもいいか?」


 その時の晃さんは何処か遠くを眺めていて、その目には光るものが見えました。





「取り敢えず、お下劣な歌を歌う父はサイテーだと思います。よって、今日の夕飯は抜きでいいと思います」

「え!? 何言っちゃってんの? ほら、折角アッキーも来てくれてんだし、お客様をもてなさないとは何事かっ! って、今のどう? 父親っぽかった?」

「あ、晃さんはちゃんとお夕飯用意するので待ってて下さいね!」

「え!? スルー!? ミカたんパパの威厳に満ちたお言葉をスルー!?」


 スルーも何も、初っ端から父の言葉なんて聞く耳持ちませんよ。

 見直していたのにぶち壊したのは父の責任です。

 というか、どんなに威厳に満ちた言葉だとしても、父が口にした途端、その言葉はゴミの様に汚れる事でしょう。

 もう父は、威厳クラッシャーという肩書きを一生背負うといいと思う。ついでにアホさ加減とお下劣な所はオプションでいいと思う。


 父に対してぷりぷりと怒りながらキッチンへと向かう。背後で父が何やら喚いているけどそれを華麗にスルーする私。


 あ、華麗と言えば、今日は鰈の煮付けにでもしましょうかね。

 うん、そうしましょう。今日は和食です。

 お米とがなきゃ。


 いそいそとエプロンを装着していると、いつの間に傍に居たのか晃さんが声を掛けてきた。


「なぁ、ミカ」

「はい? 何ですか、晃さん。今日は鰈の煮つけをメインとした和食ですよ」

「おお、それは美味そうだな。楽しみにしてる。って、違う違う」

「ん??」

「ミカ、何か元気ないだろ。悩み事なら聞くけど?」

「っ!!」


 私は吃驚して晃さんを見やる。


 流石晃さんです。こんな短時間で私が悩んでいると判るなんて……。


 よし! ここは一つ、晃さんに相談してみましょう!

 吏緒お兄ちゃんに協力はしてもらってますけど、また別の視点からと言うのも大事な事の筈です。

 と言う訳で、私は晃さんに全てを話しました。

 あ、ちゃんとお料理は作りましたよ。

 晃さんはキッチンカウンターに座って、真剣に話を聞いてくれました。


 嗚呼……何故この人が父親でなかったのか……。


 父だったらここまで真摯に聞いてくれるか怪しいですもんね。

 それ所か、面白可笑しく話をややこしくしそうです。


「うーん、そうか。そんな事があったのか……」

「はい、杏也さんの口車に乗せられたばっかりに、話がこじれてこじれて……」

「いや、杏也君ばかりじゃないだろう。あの執事君も……」

「は? 吏緒お兄ちゃんですか?」


 難しそうな顔をする晃さん。


 吏緒お兄ちゃんがどうしたと言うんでしょうか?

 彼は私に協力してくれて……ああ、何か色々と迷惑を掛けてしまってますよね。

 今度お詫びをしなきゃ。

 何がいいでしょうか? 父のサイン……は何か癪だから嫌です。

 手作りで何か作った方がいいですかね。

 お菓子? は甘い者が苦手だった場合はあれですし……直接好物を聞くしかないですかね。

 あ、そうだ! 乙女ちゃんに聞きましょう!

 そうです、それがいいです。


「ミカ? 話聞いてるか?」

「ハッ! ご、ごめんなさい晃さん! ちょっと考え事してました!」


 いけない、いけない。

 またも思考の彼方にトリップしてしまったようです。

 全く私ったら、折角晃さんが相談に乗ってくれているのに……。

 これはお詫びに父秘蔵のお酒をふるまわなければ。

 洋酒ですが、母が言うには和洋どんな料理にも合うと言っていましたから大丈夫でしょう。


 うんうんと頷きながら、鰈がうまく煮つけられているのを確認してお料理を終えました。


 うし! 後は盛り付けるだけ!


「晃さん、後は盛り付けるだけですので、テーブルで待っていてください」

「ハハッ、まーた話聞いてなかったな」

「ハッ、しまった!」

「しょうがない、料理中に話を促した俺もいけなかったんだ」

「ううっ、ごめんなさい」

「いいって。さ、腹が減ってきたから早く食べようか」

「はいです……」


 落ち込みながらも盛りつけた私は偉いです。


「この皿は持って行っていいのか?」

「え? そんな、いいですよ。晃さんは席に座っててください」

「いやいや、毎回お邪魔してご馳走になってるのはこっちなんだから」


 うぅっ、やっぱり晃さんっていい人です。

 何故この人が父親でないのか……。(←二度目)

 私も盛り付けが終わったのでお料理をテーブルに運びます。

 すると何という事でしょう。父が既にテーブルに着いてスタンバっておりました。


「父……父のご飯は抜きと言ったはずですが……」

「え!? あれ本気だったの!? ひどいやミカたん! 毎日ファンに追われてクタクタなのに! オマケに今はコトちゃんに会えなくて精神的にもクタクタなのに! 唯一ミカたんの手料理が楽しみなのに! あ、もちろんミカたんとお喋りする事も楽しみだからね」

「うっ、なんですかいきなり。おべっかですか!?」

「えー、違うのにー!」


 ブーイングと共に頬を膨らませる父。

 いい歳こいた大人がしても、気持ち悪いだけだと思う。


「なぁミカ、大和の奴ああ見えて反省してるんだ。それに仕事で疲れてるのは本当だぞ? だから許してやってくれないか」

「お? アッキーいい事言うねー」

「……父、本当に反省してるんでしょうか……」


 疑わしい事この上ないです。


「大和……お前俺のフォローが台無しだ……」


 ほら晃さんも言ってる。

 ジト目で父を見ていると、晃さんがコソッと話しかけてきた。


「何だかんだ言って、ちゃんと大和の分も作ってあるんだろう? 大和、ミカの料理本当に楽しみにしてるんだ。だから、な?」


 きっと今、私は真っ赤になっている事だろう。

 気付かれないように作っていたつもりだったが、どうやら全てお見通しだったようだ。

 私は少しばかり唇を尖らせると、フイッと父から顔を逸らして言った。


「晃さんがそこまで言うのなら仕方がありませんね。しょうがないので父の分も用意してあげます」


 全く、父は晃さんにもっと感謝するべきですよ。

 最初反省しているようだったらちゃんと用意してあげようと思ってたのに、全然そんな素振り見せないからお預けになる所だったんですからね。


「オイ、聞いたかアッキー! ミカたんが、ミカたんがツンデレった! マイドーター、ツンデレーション!!」

「お、おい。そんなんだからミカに嫌がられるんだぞ?」

「まっ! 何を言うのアッキー! ミカたんがパパを嫌がるなんてある訳ないでしょ!? だってミカたんにはしっかりとオレ様の血がどんぶらこと流れているのだ!! さぁ、思う存分オレ様に甘えるがいい!!」

「お、おい大和? えっとミカ?」

「………」



 ぶぅちぃっ!!



「私はツンでもデレでもない!! オールマイティー無関心だぁ!! ふざけた事抜かすなよ? この威厳クラッシャーを背負って、お下劣とアホがオプションのくせにぃ!!」


 両手を広げて、さも私が甘えてくるのが当たり前のように振る舞う父に、とうとう私は切れてしまった訳だけれども……。

 ああ、父が両手を広げたまま固まっている……。

 あ、今目から涙が流れ出した。

 父って偉そうなくせに打たれ弱いからなぁ……。

 あ、そう言えば思わずカーリーのギャグを使ってしまった……。20円払わなきゃ。


 私は溜息をつくと席についた。

 晃さんも呆れたように父を見やると、やれやれと首を振って私同様席についたのだった。


 それから固まったままの父をそのままにして、何事もなかっように食事を始める私達。


「なぁミカ、一番大事なのはお前の気持ちだ」

「晃さん?」

「一度、呉羽君とちゃんと話をすべきだ」

「でも……」

「第三者に意見を求める事は別に悪い事じゃない。でも、鵜呑みにし過ぎると自分を見失ってしまうよ」


 晃さんは優しく笑って、そう諭してくれた。


「……分かりました。明日にでも話してみます」


 私がそう言うと、晃さんは私の頭を撫でてくれたのでした。

 本当に何故晃さん(以下略)




 〜おまけ的な何か〜


「お、この酒うまいな」

「なに!? アッキーずるいぞ!(グビッ)おおっ、本当だ! これはオレ様秘蔵の酒にソックリな味だ!」

「……あー、それってもしかして……」


 固まっていた大和が復活して、賑やかになった食卓。

 うまい食事と酒に舌鼓を打っていた晃であったが、大和の言葉に手元のグラスを見つめる。

(あー、絶対これ大和の秘蔵の酒だ……)

 ハハッと乾いた笑みを浮かべた。

 晃がミカに目を移すと、何やら携帯を持って難しい顔を浮かべている。


「どうしたミカ?」

「ああ、晃さん。どうせなら明日と言わず、今日話そうと思ったんですけど繋がらなくて……今日って、バイトあったかなぁ?」

「何か用事があったんだろう。心配しなくても明日会えるんだから」

「それもそうですね」

「ああ、そうさ」

「オイ、アッキーにミカたん! 早く食べないと冷めちゃうぞ! んでもってアッキー酒全部飲んじゃうぞ!」

「いや、大和? その酒って……」


 晃の言葉も聞かずにグビグビと酒をあおる大和。

 晃は諦めたように溜息をつく。

 晃の脳裏に、後日秘蔵の酒が無くなっているのを見て騒ぐ大和を思い浮かべるのだった。




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