第十一話:普通は普通じゃない?
またまた新しいキャラ登場。
可愛い癒し系でありたい……。
「ハァー……」
私は朝っぱらから盛大な溜息をついていた。
頭の中は、もう昨日の放課後の事でいっぱいだ。
福山先生は言った。
私がわざと今まで平均点を採ってきたのではないかと。
そして、私のバイト姿の写真を取り出し、これはお前だろうと。
おまけに去年学園内を騒がせた、鳥の巣クラッシャーもお前だろうと言ってきた。
「ハァ~~……」
もう、何もかもお見通しであったのだ。
その後、一体何があったのか。
それは……。
私の心臓が、バクバクと脈打っている。
私の目の前で、不適に笑う担任教師。
そして私達の間にある机の上に置かれた一枚の写真。
それはひた隠しにしたい、私のバイトしている姿。
一体全体どうしてバレたのか……。
この普通メガネ(Myオアシス)のシールドが効かなかったと言うのか……。
その事を告げると、福山先生はシールド云々に対して奇妙な顔をしたのだが、気を取り直して何やら紙を数枚出して見せた。
「これは……成績表?」
「そうだ。今までのお前の成績表だ……」
これが一体何だというのか。
ちゃんとオール平均点を取ってきた私は、ここに何か異常な部分など無い様に思われる。
やはりあれでしょうか……期末テストで風邪なんかひいたばっかりに……。
しかし先生は言ったのだ。
「一ノ瀬、お前は完璧主義者だな」
「ヘ……?」
「こうも完璧に、きっちりと平均点を採り続けているんだ。他の教師はともかく、私の目は誤魔化せない」
先生は、銀縁お洒落メガネの奥から、その鋭い目で私を射抜く。
えぇ~!? 平均点採っていたからバレた!?
それに完璧主義者!? 私が!?
今までそんなこと言われた事も無ければ、意識してきた事も無かったので、戸惑いまくりである。
先生は、全ての成績表を私の前でズラッと並べて見せて、
「一年からの成績表を見てみれば、全部がその時の学年成績の平均点だ。それ以上も以下も無い。
普通なら、多少なりとも上がったり下がったり、得意科目なんかもある筈なのだがな……」
「………」
私は何も喋らず、じっとその成績表を眺めていた。
そ、そんなっ! 普通を目指して平均点を採っていたというのに、まさかそれが仇となるなんてっ……。
私の中でショックは拭えない。
そして先生は更に言った。
「お前が一年の時にその事に気付き、ずっと観察していた。もしかしたらわざと平均点を採っているのではないか、とな……」
「か、観察ですか……?」
「ああ、それで分かった事は、普段から目立たぬように姿や言動、全てにおいて意図的に普通にしているようだという事だ。それに、運動能力……体力測定の数値まで全部平均値であった事……。
ここまで見ていて、私の考えは、もしかしたらがやはりに変わっていった」
頬がヒクッと引き攣るのを感じる。
脳内では例の如く、騒がしく隊長たちが騒いでいた。
たたたた隊長ー!! た、大変でありますっ!! 敵にずっと見張られておりましたぁー!!
なにぃー!? それで、敵の目的は!?
今だ不明であります!! ど、どうすればいいでありますかぁー!?
ヌヌヌ~、敵の思惑が何なのか分からぬ今、無闇に動く事は得策ではない! まずは敵の思惑を探り出し、対処するのだ!!
イエッサーであります、隊長!!
私はゴクリと唾を呑み、先生を見据えながら訊ねる。
「も、もし仮にそうだとして、先生は何が仰りたいんですか?」
往生際が悪いかもしれないが、一応まだしらばっくれてみる。
しかし福山先生は、椅子の背もたれに身体を預けると、腕を組み足を組んで小さく首を振った。
「いや、何も……」
「は……?」
「単なる私的な好奇心だ。疑問に思った事は追及せねば収まらぬ性格でな……憶測が確信に変わった時点で満足していた……」
「じゃあ何故……」
今更こんな風に掘り出したり、特進なんかに入れたりしたのか……。
「それはな、お前の完璧が崩れてきた為だ」
「へ?」
「去年、今はお前の恋人に当たる如月呉羽と仲良くなった頃からか……今まで目立たなかったお前が少しづつ注目され始めた。さて、お前は一体どうするのだろうと、また私的好奇心により、再び観察を始めた」
く、呉羽か~!!
確かに、あの頃から少しづつ目立ち始めちゃったものね。
乙女ちゃんとかも、最初は呉羽が好きで、それで私に突っかかったりしたものね。
その後は、生徒会長の棚上げ嘘吐き男でありチェリーボーイ大空竜貴にも言い寄られてたりなんかもしましたしね……。
「そして、あの学園を騒がせた、鳥の巣クラッシャー騒動……」
私はハッと顔を上げた。
そうである。何故先生は私が鳥の巣クラッシャーだと判ったのか。
「先生は、何でその鳥の巣クラッシャーが私だと思うんですか?」
「私に隠そうとしてももう無理だぞ、一ノ瀬。何故なら、私はお前が鳥の巣クラッシャーになった前後を全て見ていた」
「なっ!?」
「あの時、私は特別棟の化学室に居たんだ。そこでお前が、廊下の窓辺に立って何故濡れていたのかは分からないが、ジャージ姿で髪を乾かしているのが見えた。そして、人とぶつかり眼鏡を落として、校長のカツラにその眼鏡が刺さる所をはっきり見ていたんだ」
「………」
私はぽかんと先生の事を見てしまう。
「み、見てた?」
「ああ。一部始終をしっかりと……」
「窓から飛び降りた所も?」
「あそこまで運動神経がよかったとは驚きだ。それに、校長のファンクラブの生徒達から逃げおうせている所も、四階の窓から落ちそうになった時も……流石にあの高さは無理であったようだな。私も肝を冷やした。近くにあの執事がいてよかったな……」
「………」
………チーン。
それって殆ど全部じゃね?
ノーン! なんてこったい!
ハッ、でもなんで先生はその時点で何も言って来なかったんでしょーか……?
「何度も言っているように、私的好奇心だ」
「そうだとしても、何で今、この事を言ってくるんですか? 私は普通科クラスでよかったのに、特進クラスに入れさせられてしまうし……」
「まぁ、何の断りも無しに勝手に入れてしまった事はすまないとは思っているが……」
「そうですよ。私、特進になんて入る気なんか無かったんですよ? 全然普通科でよかったのに……寧ろ普通科プリーズだったのに……。何でですか?」
すると先生は、銀縁お洒落メガネをクイッと上げて、鋭い目で私を見据えると、一言。
「お前、他の教師から疑われているぞ?」
「………は?」
「今まで平均点しか採ってこなかった生徒が、いきなり学年一位になったんだ。疑って当然だろう」
「う、疑うって……?」
「他の教師達は皆、お前が何かしら不正を行ったのではと言ってる」
「っ!!」
ガーーン!
不正!? つまりカンニングって事!?
ああっ! そういえばここの所、先生方の目線が痛かったような……あうっ、そんな目で見られてたんですか、私……。
ひーん、それはショックであります。
ズーンと落ち込んでいると、福山先生は言った。
「他の教師達はもう一度テストさせてはと言っていたが……」
「ハッ! そうですよ! もう一度テストすればよかったんですよ! そうすれば――あ……」
「そうすればお前は、また平均点を採ろうとして、不正だと確定されてしまっていただろうな」
「えーと……も、もしかして先生、他の先生方に……」
私が今までわざと平均点採っていた事を言っちゃったとか?
はうっ、そんな! 今までの私の努力は一体……。
「私は別にバラしてはいない」
「え?」
「一ノ瀬がここ最近、猛勉強をしていたと言っておいた」
「は、はい? 嘘をついたというか、信じたんですか? 他の先生方はその話」
「フン、日頃の私の行いの賜物だろう。大体の教師は信じた」
日頃の賜物って……何気に偉そうだな、この先生。
ハッ、でも大体の先生って……。
「信じない先生もいたんですね?」
「まぁ、頭の固い一部の教師は信じてなかったようだが、短期間に満点が採れるようになる勉強法など考えられんのだろう。まぁその実それは当たっているのだがな」
「それはまぁ、そうですよね……」
「私が責任をもって監督すると言って、その一部の教師を一時黙らせたがな」
「それは……」
どうもと言って礼を述べるべきなのだろうか。
そうして束の間会話が途切れる。
遠くで部活動に勤しむ生徒たちの声や、吹奏楽の楽器の音が聞こえる。
目の前の教師は、銀縁お洒落メガネの奥から、切れ長な鋭い目をじっと此方に向けて私の事を見ている。
私も何故だか対抗心が芽生え、Myオアシスな普通メガネの奥からじっと担任教師を見つめてみる。
………無理です。
イケメンはやっぱり苦手であります。
ふいっと視線を逸らした時、先生がこの静かな教室の中で口を開いた。
それは……
「よう、おはよう!」
「うひゃぁおぅ!!?」
いきなりポンと肩を叩かれ、回想していた意識を強制的に戻された私は、素っ頓狂な声を上げてしまった。
「うおっ!? 何だよ、吃驚した!」
「え? あぁ、君は昨日の……」
「おう、おはようさん!」
そこに立って居たのは、昨日の運動部をいくつも掛け持ちをしていると言う、名前を名乗らず聞かずのあの新入生の少年だった。
相変わらず朝に相応しい爽やかっぷりだ。
そして、今日は走ってこなかったのか、制服のブレザーをちゃんと着ている。
着崩してはいるが。
新入生で早々に着崩しているなんて……これだからイケメンはっ!
とそう思ったけど、彼は「あちー」とか言ってシャツをパタパタとしている。
どうやら単に暑くて着崩しているようだった。
とは言っても、まだまだ肌寒い季節。彼の言うように暑くは感じない。
後から聞いた話によれば、彼は極度の暑がりだそうだ。
そうしていると、彼の後ろからひょこっと何かが顔を出した。
それを見て、私はぽかんと口を開けてしまう。
「どうも、先輩。初めまして。僕、こいつの友人で 大沢 みこと って言います」
ふわふわのくせ毛にクリクリとした目。ぷくぷくとした頬っぺたに、人好きのしそうな笑みを浮かべている。
背はちっちゃく。頭の天辺が私の胸に届くくらい。
何だこれ!? 物凄く可愛い生き物がいるよ!?
ほぇ~、ちっさいなぁ~。
そのちっさ可愛い生き物は、隣に立つ、倍位はある同級生の脇腹を突付き、すまなそうに頭を下げてくる。
「すみません、先輩。こいつ先輩に対して失礼な態度で。でも許してやってください。ただ単細胞で馬鹿なだけなんです」
「先輩って、えぇ!? あんた先輩だったの!?」
「そうだよ元気! ブレザーのラインの色見れば普通気付くだろ! 全く、脳みそまで筋肉で出来てそーだよな、元気って……」
「って、ちょっと待てよ、単細胞で馬鹿っておれの事か!?」
「あのさー、いい加減、ワンテンポ遅れて突っ込むのやめよーよ、な? 脳みそに伝達いくの遅すぎるって……」
疲れたように溜息をつくみこと君。
どうやら、この爽やか少年は元気という名前らしかった。
ぴったりである。
これほどまでに彼に相応しい名前など無いだろう。
私はただ呆然と、いま目の前で繰り広げられる漫才を見ているしかなかった訳で……。
でこぼこコンビだけど、入り込む隙のない、息の合ったやり取りだ。
一体どれくらいの付き合いなのだろうか、M1に出れそうな勢いである。
「みことさぁ、脳みそに筋肉ついてるって言うけど、当り前じゃん。脳みそにだって筋肉あんだろ?」
「………」
「………」
私とみこと君は無言になってしまう。
元気君はキョトンとした顔で、
「え? 何だよその顔。脳みそ筋ってのがあんだろ?」
「……あのね、元気。誰から聞いたのかしんないけど、そんなのは無いんだよ……」
何だか、哀れな者を見る様な目をして、ポンポンと元気君の背中を優しく叩くみこと君。
私も彼と同じ心境である。
みこと君は、私に視線を移すと、肩を竦めて「こんな奴ですみません」って顔をしている。
なので私も苦笑いを浮べながら「いえいえ、其方も大変だね」という顔をした。
会って早々、目で語り合えるってそう無いと思う。
それほどまでに、元気君がお馬鹿さ加減が群を抜いていると言う事だろうか。
「えぇ! だって、兄貴がそう言ってたんだぜ?」
「元気……それ、からかわれてたんだよ……」
「だー! 兄貴の奴! 帰ったら文句言ってやる!!」
「何かそのセリフ、毎回言ってるよな、元気って……」
つまり、いつもお兄さんにからかわれてるって事?
まぁ、確かに。
彼はカーリーとはまた違った、からかいがいがありそうな感じがするなぁ。
時間差ボケ&突っ込みという新たなスタイルが出来そうです。
彼らの会話を聞きながら、そんな事を考えつつ、私はふとある事を思い出し、ハァーと溜息をついてしまう。
昨日の一件の事についてである。
そして、その溜息は傍らにいる後輩二人にもバッチリ聞かれていたみたいで、怪訝そうな顔で見つめられてしまった。
「どうしたんですか? 何か深刻そうな溜息ですね?」
「何だよ先輩。悩み事か? おれ達でよければ相談乗るぜ?」
「おれ達って……僕も勝手にその中に入れられてんだよな……まぁいいけど……。
それで? 先輩、悩み事って何ですか? 初対面で言うのもなんですが、僕たちに出来る事であれば手を貸しますけど?」
「はぁ……恐らく言った所で、どうにもならない問題なんですが……」
「んだよ水くせーな。おれ達には言えないって事か!?」
腰に手を当て、鼻息を荒くする元気君。
みこと君が「まあまあ」と彼を宥める。
そして私を見ると、
「まぁ、ともかく、話を聞く位は出来ると思うんで、言ってみて下さいよ。愚痴でも全然構わないんで」
「そうだぜ、先輩。話してみろって! あんま難しい話だと眠くなっけど、眠りながらでも聞くからさ!」
「元気、それ聞いてるとは言わない……」
「ううっ、君達……凄くいい子ですぅ……」
私は感動して目がウルウルとしてきた。
会って早々、こんなにも親身になってくれるなんて……。
感動した! 私すんごく感動しました!
世間はまだ捨てたもんじゃないね!
私は目を潤ませながら、彼らに話した。
「実はですね、今度のテストでオール満点を採らなくてはならなくなりまして……」
「はぁ!?」
「はい? な、何で!?」
「理由は聞かないで下さい……」
目を丸くする後輩二人。
そうなのだ。あの時先生が言った事。
『他の教師達を完全に黙らせるには、実力を証明するしかあるまい。今度のテストで再び平均点を採ろうものなら、一ノ瀬が不正を行ったと思われても仕方がないぞ』
銀縁お洒落メガネをクイッと上げながら、福山先生はそうのたまったのであります。
まぁ、こうなってしまった以上、私も実力を出す事は吝かではありませんが……。
私は再びハァーと溜息をつく。
「オ、オール満点!? そりゃあ、大変だな!」
「はは……確かにそれは、僕たちではどうにも出来ない事だよなぁ……」
元気君が肩を落とす私におろおろと声を掛け、みこと君は何だか遠くを見て乾いた笑い声を発した。
二人とも、途方もない事だと思っているのだろうか。
しかし、ケアレスミスさえなければ、満点を採る事は可能である。
しかしながら心は重く沈みこむ。
何もその目立つ行為に落ち込んでいるのではない。まぁ、ちょっとはそれが原因にあるが……。
でも、それが主な原因ではないのだ。
一番の原因は、その後言った福山先生の言葉にある。
先生はこう言った。
『一ノ瀬。お前は何を持って普通を演じてきたのかは分からないが、これだけは言っておく。
平凡を極めようとすれば、もうそれは非凡でしかないぞ……』
つまり、普通を求め過ぎた為に、私はもう既に普通じゃないと言われてしまったのだ。
あうあう~、今までの私の苦労は何だったと言うのでしょうか……。
普通を目指せば普通になれると思ったのに……。
「……普通は、普通じゃなかったんだね……」
ポツリと呟く私。
意味の分からない二人の後輩達は、互いに顔を見合わせている。
「おい、みことっ。先輩なんかすげー落ち込んでんぞ! どーすりゃいいんだ!?」
「僕に聞くなよ……僕だって掛ける言葉が見つからないって」
何処までも深く深く沈み込む私の傍らで、おろおろとしながらヒソヒソと囁き合う後輩二人の声が聞こえてくるのだった。
漸く気付いた主人公。
後、新キャラ みこと君。
彼は女の子みたいな容姿をしています。おまけに背もちっちゃいし。
かつてはそれをコンプレックスにしていましたが、今はそれも個性だなと受け入れられるようになりました。
中学校の時は荒れてたりなんかして……実は喧嘩強かったりして……。